第2話 学校
その後三人は電車に乗り、魔術師育成高等学校に向けて出発した。結斗は朔の隣に座っているのだが、東京の景色に目が釘付けになっていて朔のことをすっかり忘れていた。
「枳殻」
朔が何かを思い出したように結斗を呼んだ。結斗は楽しそうな顔で朔の方を向く。
「どうした?」
「魔術とか魔神について説明してなかったな。基本的なことを教えるから、メモしといたほうがいいぞ」
リュックサックから手のひらサイズのメモ用紙と、黒ペンを取り出した結斗はメモの準備をした。朔はそれを確認してから説明を始める。
「まず、魔術は人によって使えるのが異なる。十人十色ではあるが、親から同じ魔術が遺伝することもある。大体はこんな感じだ」
結斗が熱心にメモを取る。朔は腕を組んで向かい側の窓の外を眺めながら続けた。
「魔術師は強さでランク分けされている。ベルトの色がそうだ。下から順に地球を除いた惑星、水金火木土天海。下の三つは茶ベルト、一番上が黒ベルト。今はそれだけ覚えてればいい」
そういえば、と結斗は朔の腰に巻かれたベルトと、四條のベルトを見比べた。曰く、朔は下から二番目のランク、金星ランクで四條は最高ランクの海王星ランクらしい。海王星ランクは日本に六人ほどしかいないので、四條は数少ない人の中の一人だ。
ちなみに結斗は一番下のランク、水星ランクである。
「魔神は未だに詳細が分かっていないが、基本的なものとしては『心臓』を壊すことが消滅の条件だ。彼らの能力も様々なものがある。人間の見た目に近ければ近いほど位が高く、今までに沢山の人間を殺してきたってことだ」
魔神。体内にある魔力の巡りが良い人にしか見えないので、一般人は命の危機に際したときにしか見られない。実は結斗、今まで魔神が見えていたが、それを妖怪や幽霊だと思っていた。自分の常識を覆す数々の情報に結斗は翻弄されていたが、なんとか追いついている。
某駅に着き、三人は人影の少ない路地をすり抜けてから小さな山を登る。木が生い茂る山道には、誰もいない。山はそこまで高くないのですぐに目的地に到着した。
そこには丸太で作られた立派な建物があり、窓から学生が見えることから校舎なのだと分かる。学校の眼下には見晴らす限り高層ビルと、せわしなく動き回る観光客とサラリーマンが見える。草の匂いが風に乗って運ばれ、校舎の方からは生徒の笑い声がする。結斗はその絶景に目が釘付けになった。
「ようこそ魔術師育成高等学校へ」
四條は微笑をたたえて結斗の肩を優しく叩いた。
学校は中央の応接室と両サイドにある二階建ての大きな校舎でできており、後ろには体育館、運動場と校長室がある。右側には四階建ての寮がずっしりと立っており、その窓は初夏の空を映し出している。まずは荷物を置くために寮に行く。
四階建てで各階の左側に入り口が一つずつあり、横に設置されている木製の階段を四階まで三人で上がった。
朔は自分の鍵で玄関を開けた。中には五つの個室と、共有の風呂場とキッチン、テーブル、そしてテレビがある。この階は現在男女二人ずつ住んでおり、結斗が五人目になる。その内個室二つは鍵がかかっているが、男子が使っている二つの部屋はドアが開いていて散らかった内部が丸見えである。閉まっている部屋の主である女子二人は、現在遠征中らしい。
「「は……?」」
中の様子を見て、結斗と四條はあんぐり口を開けた。
生乾きの服の匂い。テーブルには洗われていない食器。床に散らかっている少年誌。朔はそっぽを向いてしらばっくれた顔でぼやいた。
「片付けるのを忘れてました」
四條は腕を組み、朔に鋭い視線を飛ばした。それでも朔は気づかないふりをしている。
「ここの担当は佐神先生で間違いないな? なんだこの荒れ具合は」
ゆっくり四條に顔を向け、朔は乾いた声で笑う。
「そ、そうですね……でもあんまり注意されないので——」
「はぁ?」
真面目な顔の四條から出た素っ頓狂な声が、朔の言葉を遮った。朔は四條の視線を避けるようにして頭を下げる。
「佐神先生の性格からして、このような状態でも注意しないのは理解したくないができる」
どこか遠い目で四條が一度息を吐いてから続ける。
「それでも君たちは綺麗にしようとか思わないのか?」
君たち、というのは朔と結斗のもう一人のルームメイトのことだ。名は晴輝(はるき)。結斗たちと同様に、高校一年生である。
「いやー、いつもこんな感じなので——」
「待て、いつもと言ったな?」
四條がガミガミ言っている傍らで、結斗は床に置かれてある色あせた少年漫画を拾った。
「これ、好きなの?」
朔は顔を上げ、結斗が持っている漫画を見てわずかに目元を緩めた。
「ああ、昔からのファンで今五周目だ」
「俺もこれ知ってるよ。面白いよね」
その少年漫画について二人は熱く語り始めた。四条はやれやれ、と言わんばかりに首を振っていたが、楽しそうにやり取りする結斗と朔を見て口角を上げた。
「仲良くなれそうならそれでいいが、一旦授業に戻るぞ。帰ってきたら絶対に部屋を綺麗にするように」
四條が有無を言わせない雰囲気で朔に念を押す。顔を輝かせていた朔は頭を落として力ない返事をする。
「はい……」
まだ授業時間帯なので四條は早歩きで、朔はとぼとぼと学校に戻る。結斗は明日から授業を受けるので、今日のうちに準備をしないといけない。だが……
「汚すぎる」
両手を腰に当てて改めて部屋を見渡した。やはり汚い。祖父母の家と全く違う光景に虚ろな目になる結斗。
取りあえず彼は一番奥の部屋である自分の寝室に入る。質素な机とタンス、ベッドがある。小さなベランダも。
スーツケースとリュックを床に置いて結斗は思い切り窓を開けた。涼しい風が流れ込み、柔らかい陽の光が部屋に舞っている埃を照らす。
リビングに戻ると結斗はまず窓を全て全開にした。出されたままの食器を一旦キッチンに持って行き、洗剤があることを確認した後に掃除機を探す。
朔は四條にこっぴどく言われていたので帰ってきたら片付けるだろう。だが、枳殻結斗はそれまで我慢できない。
「掃除が趣味の人間の本気を見せるか」
恐らくあまり使われていない掃除機を風呂場で見つけ、結斗は目を輝かせる。早速電源を入れて部屋の掃除を始めた。
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