誰もが想いを抱えてる
25 みつけた糸口
ヴェデレに滞在中のマルーシャたちは昨日決めた通り買い物に出かけた。イグナートだけは情報を収集するために別行動だが、ダニールは女性三人の付き添いだ。
「僕は荷物持ちかな」
苦笑いのダニールだが、マルーシャは首を振る。
「お守り、作るんでしょ? ちゃんと一緒に選んでね」
「それはもちろん」
「たぶん先にそっちに行った方がいいと思うの。石をつけたり大きさを直したりに時間がかかるから」
そう聞いたダニールがス、と左手を取る。薬指をなぞられてもマルーシャはされるがままだ。
「人によってそんなに太さが違うものなのか?」
「ダニールと私でも、ずいぶん違うじゃない」
「それは男女だからな」
そのまま並んで歩き出す二人にラリサはモヤモヤしてつぶやいた。
「……なんだか、すごくいい感じ」
「あさ、ほっぺにチュッてしてた」
ラリサと手をつないでいるミュシカが告げ口する。その報告にラリサは振り向いた。
「何それ? ダニールそんなことしたの?」
「お父さまじゃないよ。お母さま」
「え――マルーシャから?」
ラリサはがく然とした。
なんということだろう、そんな。ミュシカもいたというのに、あの二人できあがったのかしら?
「ちょっとそこは問い詰めたいわぁ」
選んだ下着が役に立ったかどうかも含め、話を聞かなくてはならない。だがまずは用事を済ますのが先決だった。
宝飾店まではみんなで行ったが、品物選びそのものはマルーシャとダニールだけにしてもらう。実用品だが、二人の大切な記念でもあるのだし。店の入口で待たされたミュシカがグズるギリギリでマルーシャは戻った。
「しばらくかかるそうだから、その間にほかを終わらせましょ。お祖父さんに会うための服よね?」
「――てことは靴も帽子も合わせたいのよ、マルーシャ」
「ひいい……」
冷静なラリサの指摘にマルーシャは悲鳴を上げかけた。
そんなに自分の物を買うだなんて、やりつけなくて心苦しい。節約家としての本質が変わったわけではないので軽い拷問だった。なのにダニールが口をはさむ。
「すまないが、部屋着のガウンもだ。風邪がぶり返しそうで怖い」
「あら、それ採用。そうよね必要だったわ」
「待って、私そんなに病弱じゃないから」
マルーシャは食い下がった。
自分はむしろ雑草並みにたくましいはずなのにダニールの中でどう認識されているのか。倒れたのは環境があまりに変化して疲れたからであって、元来繊細な
だがダニールにしてみれば、十二も年下の自分より小柄な人、というだけで子どものように心配なのだった。
「いいじゃないか。どうせ冬になればほしくなる」
「そうよ、ついでついで」
冬までも見据えたことをサラリと言われ、ラリサは相づちを打ちながら安堵していた。なんだか本当に、うまくいっているらしい。
「ううう……お買い物苦手……また寝込みそう……」
もう嫌になったマルーシャがうめいてみせると、ダニールは真面目に眉をひそめた。
「ほら、やっぱり本調子じゃないんだろう? ガウンがいるじゃないか。きちんと静養しなくちゃ駄目だ」
「そういうことじゃないの! こう……何? 言い回しっていうか冗談っていうか」
「冗談なのか? 難しいな……」
真剣に考えこむダニールの難しさが通常と違うところにありすぎて、マルーシャは頭を抱えた。
昼が過ぎて一度宿に戻ったマルーシャたちを、イグナートは手を上げて迎えた。
「お帰り。買い物は順調か?」
「早かったのね。こっちはだいたい済んだわよ。あとでマルーシャたちが指輪の受け取りに行けば終わり」
「……本当に指輪、作ったんだ」
ラリサの報告に微妙な顔になる。
お守りにと聞いたが、指輪なんてものをそういう目的で贈るのは違う気がするのだった。新婚早々の、そして出会って最初の記念品がそれでいいのか。
「作ったよ。悪いか」
「いや、おまえらがいいなら文句言うことじゃないしな」
「ほとんど言ってますよ、イグナートさん」
マルーシャは苦笑いだ。心配してくれているのはわかる。でも贈り物なんて実用品で十分だった。
「買い物はともかく、おまえはどうだった」
ブスッと言い返すダニールに、イグナートは真面目な顔になった。チラリとミュシカを見る。本当の両親に関することだ、聞かせたくない。マルーシャはさりげなく言った。
「ねえミュシカ、お部屋で服と帽子を合わせたいんだけど。見てくれる?」
「わあ! じゃあ、おくつもはかなきゃ」
「そうね、ぜんぶ着てみましょ」
これで女子会が始まるのでダニールたちはゆっくり話せる。イグナートがニッと笑って親指を立てた。
「楽しそうだな。ダニールがのぞかないように見張っておくわ」
「僕はのぞいたりしない!」
「お父さま、みちゃだめ!」
ミュシカは笑ってマルーシャを引っぱる。ラリサも男二人に目配せを残してついていった。
別室に入って、イグナートは鋭い視線をダニールに向けた。
「当たりだ。ザラエの商人がロジオン・メレルス」
「――そうか」
誘拐の原因はダニールだと確定してしまった。
だがマルーシャ的解釈なら行方の手がかりがつかめたとも言えるのだ。ダニールはうつむきかける顔を上げ、イグナートの報告を聞いた。
「ロジオン・メレルスは妙な勘のはたらく奴だと言われてるらしいぜ」
「それは、妖精の力かな」
「そういうことだろう――今年は雨が多いと予言しておいて自分で雨乞いするとかさ。やりようはある。あまりおおっぴらじゃなきゃいいんだが」
イグナートは渋い顔だ。
何世代も前にファロニアから出た妖精族は、人前でおまじないを使うことが禁忌だとわかっていないことがある。普通でない力は迫害のきっかけにもなり得るのに。
人族とまじわり薄まった血にも先祖がえりする者は現れる。代々口伝えされたおまじないを唱えてみて強い効果があれば、それを利用したくもなるだろう。だが危険もあると知るべきなのだ。
「それにしたって、おまえの術をはねかえしたってのはおかしいぜ」
「僕が彼のおまじないを打ち消したからな……僕の研究を調べて勉強したんだろうか」
「うわー努力家」
ファロニアにおいてダニールは学者だが、他国では不思議な言い伝えを集め歩く物好きとしか思われていないはず。記した書物も各地の寓話集の体裁だ。ファロニアの図書館にならばひっそりと収蔵されているが、それを見つけたのか。
「ラリサじゃないが、そいつ本気で暗い性格してるぞ」
「……さすがに引く」
憎まれた側もあきれる執念の持ち主ロジオン・メレルス。だがどんな男が相手でもルスランとリージヤを救出しなくてはならない。
「ザラエに行くしかないな……」
「いちおうファロニアからの指示待ちだ」
「連絡したのか?」
「ここはバルテリスでの窓口の街だし」
ファロニアに近い大きめの街といえばこのヴェデレだ。ここに拠点をかまえるファロニア商人が本国との連絡を請け負ってくれている。鳩を飛ばしたので人が行くより早く伝わるはずだった。
「報告は上げなきゃな。いろいろあるだろ。マルーシャちゃんを見つけたことも、連れてきてることも、なぜか結婚したってこともさ」
「あ……ああ」
ダニールは口ごもった。
結婚について、マルーシャの父クリフトからは了承を得たが、そもそもの指示をしたファロン侯爵には無断だ。ついでにダニールの両親にも。
古物商をルスランに任せて悠々自適のはずの両親は今、次男夫婦の失踪に心を痛めている。そこで一生独身かと思っていた長男が嫁を迎えたと聞けば喜ぶだろうが、相手が侯爵の孫ならどうだろう。驚いて心臓が止まらなければいいのだが。
ここにきてダニールは、クリフトに乗せられて心の求めるまま行動したことを少しだけ後悔した。
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