3 借金のカタ
「おっと。本当に来たのかあ」
クジモの声にクリフトはひょいと立ち上がった。ケロリとしている。
「悪いね、ちょっと出てくる」
「クジモさん、お金を受け取りに来たんじゃないの?」
マルーシャの声に不安がにじんだ。
今日納品だと伝えた時、クジモはとても喜んでくれたのだ。かまどを直した金を払わにゃならんと苦笑いされて、本当に申し訳なかったのに。
「まあまあ、事情を話せばわかってくれるさ」
「お父さん……」
クリフトは笑って行ってしまう。反省していないと思う。
「……失礼だけど、大丈夫かな」
流れがわからないながらダニールが眉をひそめた。金銭の話はこじれるとやっかいだ。
「父は……自由なところがあって」
「うん?」
言いにくそうなマルーシャを、ダニールは視線でうながす。
「注文された時計に余計な仕掛けをつけて、お客さんを怒らせてしまったんです。それで買い取ってもらえなくて」
「ああ――今来た人は?」
「友人です。父がそんなで、たまに品物が宙に浮くのでお金に困ることが。助けてもらってました」
恥ずかしげな説明にダニールは微笑んだ。
「クリフトさんは楽しい人だね」
「それは良く言いすぎだわ」
マルーシャは顔をしかめた。娘として、とても迷惑しているのだ。
「でも困るな。もしかしてマルーシャがいないと、クリフトさんは暮らしていけなかったりするのか」
ふとつぶやかれてマルーシャは首をかしげる。
「まあ、しっちゃかめっちゃかになると思います。でもどうして?」
「――訪ねて来た理由だよ。マルーシャに、一緒に来てほしいんだ」
真っ直ぐに見つめられて、マルーシャは視線を外せなくなった。
一緒に行く? ダニールとミュシカと?
「……どこに?」
「アレーシャさんの
ダニールはゆっくり告げた。ミュシカが嬉しそうに足をピョコピョコする。
「わたしのまち!」
「そうだね。僕も住んでいるが」
膝から見上げるミュシカに視線を落として、マルーシャはぼんやり考えた。
それはどういう意味だろう。どんな用事があってのことだろう。旅なのか、移住の誘いなのか。わからないことだらけだ。
マルーシャが困惑しているのはダニールも感じた。詳しく説明したいが、ここからが本題なのでクリフトにも同席してもらわないと。
あちらの話はどうなったかと思ったら、クリフトの大声が台所まで響いた。
「だめだよ、そんなの!」
三人は振り向いた。ミュシカがビクッとマルーシャにしがみつく。何か言い合う声が続いて聞こえ、ダニールは席を立った。
「ここにいて」
言い置いて出て行こうとするが、マルーシャだってそういうわけにはいかない。
「私も行きます。ダニールさんだけじゃ、何がなんだかわからないでしょ」
「……そう、だね」
ダニールは渋い顔だが、マルーシャはミュシカを椅子に抱きおろし、さっさと戸を開けた。強い声で問いかける。
「どうしたの?」
「マルーシャ」
こちらを見て言ったのはクジモだった。さすがに怒っているらしい。眉間にしわが寄っている。
「クリフトは何でこう馬鹿な真似を……!」
「……ごめんなさい」
怒りで二の句がつげないクジモにマルーシャは頭を下げた。気持ちはものすごーくわかる。
だが怒られたクリフトの方も怒っていた。ぷんぷん、という風情で娘を振り返る。
「だからって許すわけないだろ! 借金が返せないならマルーシャを嫁に寄越せなんて!」
「へ?」
父の言葉にマルーシャは間抜けな声で反応してしまった。だって意味がわからない――嫁? って、あの嫁か。男性に嫁ぐ、あれ。
……えええっ!?
「どういうことでしょう?」
大混乱のマルーシャの隣で、ダニールが冷静な声で尋ねた。軽く自分の肩でマルーシャを隠し、かばう。知らない男の出現にクジモはひるんだ。
「――俺も金を返してもらえないと困るんだ。だが親族のことなら、まだ少し言い訳は立つ。だからマルーシャをウチの長男の嫁にもらえないかと」
「その人とマルーシャは恋仲なんですか?」
抑えた調子で訊くダニールの横で、マルーシャは慌てて否定した。
「そんなことないです! 私、おばさんくさいって評判でモテないもの!」
「マル――」
言いかけてダニールはクジモに背を向けた。マルーシャを守るような姿勢だが、手で口を押さえプルプルしている。
またマルーシャの言葉にハマったらしい。笑いのツボがわからない人だ。でも馬鹿なことを言ったかなとマルーシャは後悔した。
「だけどそれは家庭的ってことだ。クリフトを支えて切り盛りしてきた子だし俺は大歓迎だぞ? このままじゃマルーシャは一生嫁になんか行けない。父親のせいでな!」
背を向けられたクジモは言い張った。クリフトは傷ついたが、その内容は正しいとも思う。
好き勝手な父に振り回されるマルーシャには、同じ年頃の友人よりも近所の年配の知己の方が多いのだ。これでは恋もままならない。クリフトは言葉に詰まってしまった。
「お母さま――?」
かわいらしい声が沈黙を破った。
青い瞳を不安に曇らせて、台所からトトト、と出てきたミュシカはマルーシャに抱きついた。
「ああミュシカ。だいじょうぶよ」
マルーシャは少女を安心させたくて、よいしょと抱き上げる。ミュシカはきゅ、と首にかじりついた。
「お母さ……って」
クジモはぎょっとした。
髪と瞳の色は違えどマルーシャに面ざしの似た、愛らしい少女。マルーシャに娘がいるなんて聞いていない。
「マルーシャを嫁にと言われても困ります」
ミュシカを抱くマルーシャに寄りそい、ダニールは言った。
「僕はマルーシャを迎えに来たんですから」
「お父さま」
ミュシカが伸ばす小さな手を取ってダニールがうなずく。
これはどう見ても仲の良い家族――夫婦と娘。クジモは自分がとんでもない横槍を入れていると誤解した。
「金銭的な問題があったようですが、それは僕が立て替えてもかまわない。今はお引き取り願えませんか」
静かな微笑みとともにダニールが告げて、クジモは敗北を認めた。
「――わかった。立て替えると言ったのは忘れるな。こっちも往生しているんだ」
「承ります。借用書などあれば、まとめて下さい」
硬い表情できびすを返すクジモに、クリフトは声をかけた。
「クジモ! 悪かったよ。これからはおまえに頼らないでちゃんとするから。頑張るからさ」
「うるせえ。謝るならマルーシャに謝れ、この阿呆が」
振り返ったクジモはひどい渋面だった。
「いつの間にそんな旦那と娘が? とんでもない恥かかせやがって……」
言い捨てて、クジモは戸の音も荒く出ていった。
マルーシャはすぐ横のダニールを見上げた。旦那、と言われたのはこの人のことだ。
ダニールもマルーシャを振り向く。まるで夫のように振るまったのは、わざとだ。
借金取りを追い返すためだったとはいえ、二人は視線を合わせ赤面する。
「――ダニールくぅん!」
照れ照れした空気を破ってクリフトが駆けよった。ダニールの空いている手を取ってぶんぶん振り回す。
「ありがとうありがとうありがとう! 借金の肩代わりなんて、会うなり申し訳ないよー!」
「あ、いえ……」
ダニールは微妙な顔になった。マルーシャを助けるためだし仕方ない。
「こちらも無茶なお願いに来たところなので……」
「迎えに来た、てやつかい?」
クリフトが真面目な顔に戻った。
「それは――妖精族の何かしら、てことなんだね」
ダニールは無言でうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます