第五話 川の流れはせつなくて
太陽は新鮮な光を地上へと届け、小鳥はさえずり森の目覚めを促す。
投網にくるまった啓太がもぞもぞと動き、もにゃもにゃ言いながらまぶたを開く。
「……あれ? ここどこ?」
ゆっくりと身体を起こした啓太がきょろきょろと周りを見回す。
しばらくぼーっとしていた啓太の目に意思の光が宿った。
「ああ……そうか、拉致されたんだっけ」
木陰で上半身だけ起こした啓太の目に、朝露にぬれた草木が日の光を反射してきらきらと輝く風景が映る。
そこへ光る鱗粉みたいなのをばら撒きながら妖精が空から降りてきた。
『勇者啓太よ……目ざめるのです』
「うん起きてる」
啓太はあくびを一つすると、のっそりと立ち上がって大きく伸びをした。
「顔洗いたい」
『分かりました。近くに川があります、案内しましょう』
二人は朝の爽やかな空気の中、ちょっとしたお散歩気分で川への道を歩くのだった。
『川につきました』
「ついたねー」
二人の前には、なんかすごい勢いで流れる茶色く染まった膨大な水の流れ。
水って大量になるとこんな音がするんだ、というようなお腹に響く音と、でかい樹木が強引に押し流される光景。
控えめに描写すると、氾濫寸前。
『さあ勇者よ、顔を洗うのです』
「命の危険を感じるなあ」
『命の洗濯という奴ですね』
「こんな所で洗濯したらなくなっちゃう」
ふう、と一息ついた啓太は「さて、と」といいながら体の各所を曲げたりひねったりして、入念な準備運動をした後、大きく息を吸い込んだ。
「なんでだよ!」
『どうしました突然』
「氾濫寸前の荒れ狂う河川で顔を洗う奴はいねえ!」
『そうだったんですか……では下の顔を?』
「どこだよ!」
異議を唱える啓太のお腹から抗議の声が上がった。
「……お腹すいた」
『そういうことならあそこを見てください』
妖精が鈍く輝く指の先で指し示したのは、荒れ狂う川の中で浮かんだり沈んだりしながら、圧倒的な水量に蹂躙されている巨大なドラゴン。
「……ふーん、あれなに」
『この辺り一帯を支配領域においている古の知恵ある竜、エルダードラゴンです』
「へえ」
『本来は山の中腹辺りにいるはずですが、増水した川に流されているのでしょう』
「なるほど」
『それではどうぞ』
「何が!?」
『肉です』
「いや無理だからね! 近寄ったら川的に死ぬし、ドラゴン的にも死ぬよ!」
『大丈夫です、よく見てください』
二人の視線の先では、知恵ある竜が浮いたり沈んだりしながらでたらめに大きな咆哮をあげたり、巨大な炎を口から吹いたり大フィーバー。
『見てのとおり、知恵ある竜はとても理性的でめったに暴れたりしないのです』
「どこを見てるの! 生き死にをかけて大暴れしてるよ!」
啓太が声を上げている間にも、めちゃくちゃに暴れていたドラゴンの動きが鈍くなり、濁流に翻弄される声がだんだんと弱々しくなっていく。
「……あれ、助けられないかな」
『どうぞ』
「そうだ、あの空からの光で持ち上げてよ」
『駄目です』
「何で」
『世界を救うのは勇者の知恵と勇気のみ、です』
氾濫寸前の流れを前に、啓太が頭脳を無理矢理まわし始める。
「うーん、一つ質問。森で迷った時俺を光で持ち上げようとしたよね?」
『ええ、勇者を助けるのが私の役目です』
「……じゃあ、後は勇気だけか」
一階深呼吸をしたあと、両手で自分の頬を叩く。
「だー! もー! ちくしょーいくぞー!」
啓太はよく分からない叫び声をあげると、猛り狂う流れに向かって走り出した。
妖精の見ている先で、無秩序に暴れまわる川へと飛びこみ、知恵ある竜の下へとたどりつく。
「ぶはっ、おーい! あれお願い!」
その声を聞いた妖精はかわいらしく小首をかしげた。
『何?』
「うおおおおおおおいいいい!」
啓太の喉から発せられたそれは、まさに魂の叫びと呼ぶにふさわしかった。
「光! 光!」
『ああ、はい』
空から雲を切り裂いて一筋の光が地上へと降り注ぐ。
川の表面を照らした光は、なんかごろっとした大きな岩を持ち上げた。
「違う!」
『狙うのが難しいですね。動かないで』
「ふざけんなああああああ!」
啓太の喉から発せられたそれは、まさに魂の叫びと呼ぶにふさわしかった(十秒ぶり二度目)。
「くそおおお! 狙うのが難しいとか……川! 川の水だけ持ち上げて!」
『はい』
突然川の水が宙に浮き、流れていたものは川底へと落下した。
「痛っ」
ぬかるむ川底に横向きに着地した啓太はすぐさま立ち上がる。
「そこの竜も走って!」
何が起こったのかわからないという感じで動きを止めていた知恵ある竜は、啓太の声が聞こえたのかゆっくりと立ち上がる。
その大きく長い首をめぐらせると、啓太の背後から襟を口でくわえて持ち上げる。
「えっ」
知恵ある竜は力をためるように一瞬かがむと、次の瞬間大きく跳躍。
大きな身体は大地を置き去りにして、妖精の待つ岸へと飛ぶ。
竜がいなくなった空間を、大量の濁流が押し流していく。そこへ浮いていた水も加わり川はちょっとした大洪水。
妖精がいた所にも水があふれ、地上のものを押し流そうとしている。
知恵ある竜はもう一度大地を蹴り、さらに遠くへと飛翔した。
川から離れた小さな丘まで飛んできた竜は、くわえていた啓太を地面におろす。
見上げた啓太の先には、知性の光を感じさせる竜の瞳。
(礼ヲイウ、小サキ者ヨ)
「えっ」
とまどう啓太の近くに妖精がふわふわと浮遊してきた。
『知恵ある竜は思念波で会話が出来るのです、背の小さき者よ』
「背の事は言うなあ!」
びっしいーと決まった。
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