第4話 死についての思索(4)---死の選択・行為の枯渇・棘のある死・思想の断絶・世俗化された死・世代の死

死を選択するとは努力して獲得すべき未来である。奴隷には死を選択することはできぬといえる。奴隷には生命以上に尊重すべき死の形相を創造することは不可能である。奴隷は瓦礫となった神殿で死するのみであり、演劇化された死であるに過ぎない。神殿がなく、瓦礫がある以上、奴隷の死は写実的な偽造の死である。そこでは多くの偽の涙が流されている。啓蒙という詐術の犠牲となった命ばかりである。どうしてこのように奴隷の命は萎縮してしまったのであろう?それは元からそうなのだろうか?


低劣なる命はあるというよりは低劣なる経験的世界があると言わねばならぬ。それは経験の認識を怠ったからでもなく、経験の熟成において腐敗を引き起こしたからでもない。それは行為の才能のためである。行為する才能が枯渇しているのである。生存の幸福が死滅の幸福を上回ったともいえよう。つまり、人間は自然的人間になったということであり、今後もなりつつあるということである。人間の死はもはやその死の明朗さを認識できぬようになってしまったのである。かつてのギリシャ人のような死の明朗性は完全に失われたのである。


熱い心臓が今日も鼓動している。強力な妄想に鼓舞された心臓である。絶えず新たな形式を模索し、苦悶する心臓なのである。彼はずたずたに引き裂かれる夢想に一縷の望みを抱いて、闘争という人生を歩む。最奥の魂は今やその水面に漂っている。その空想に刺激されて溌剌と動き回る様は低次元の蟲である。人間の魂はもはや明瞭なる蟲である。その人間から真の死を導出することは不可能である。その人間はもはや死んでも死ねないのである。人間の凶暴な棘のある死は滅びたのだ。


死は遺伝しないといえる。また死は知識ではないといえる。精神の基礎は最善の死を求めるところにある。思弁的思惟と行為によってその最善は希求され得る。建設的な死とは思惟を芸術化することであり、行為を模範となすことである。死の発展は連続なる死の継承が必要である。死の継承の断絶は死の思想の断絶であり、歴史的転換である。死の墓標の参詣は死の形骸化の象徴である。継承されるものは必ず墓標を伴わぬ。墓はその死の証明である。死の復活は不可能である。死の連鎖は必ず時間的であり、逆行できぬ。復活されるとすれば全く別の姿でなければならぬ。新たな死の出産は誰にも気づかれずに行われていなければならぬ。その死はある時、十分な条件のもとで露呈するであろう。その時、新しい生命が誕生し、新しい思惟へと導くであろう。思想を嗜むことはできぬ。思想の獲得は即自我でなければならぬ。


世俗化された死の浸透。基礎付けられた死の形式。孤立化された人格的な死。もはや現代の死に自律的な領域はない。現代の死は完全に受動的な死であり、能動は微塵もない。最高の幸福を内包した死は死滅したのである。ならば我々はその存在自体が分業としての機能を失った社会機構においてどのように死を迎えるべきであるか? 解答はただ一つであろう。それは、べきの喪失、である。我々は、べき、のない生き方、死に方を通じて生物的個性を味わうしか道はない。人格的個性は味わえぬ。すでに我々の死は敗北の途上にある。その道の脇道にはささやかな自殺の小川が流れているだけである。生育、開花、枯死した時間は取り戻せぬ。今や新しい道が模索されねばならぬ。


ある世代はある死のスタイルを有するであろう。ある世代は世代感情を形成し、特に芸術においてその傾向は露呈するといえる。その時代の流行は悲壮的な象徴として表され、前時代と相対化され、批評される。ただし新しい世代というものは常に古い世代の少数派として在るといえる。新しい芽の土壌は古い土壌に確保され、その基礎を生育しているといえる。新しい世代は忘却なしには創造されぬであろう。忘却とは破壊である。事物自体の痕跡を死滅させることである。人間の歴史的文化もまた死滅せねばならぬ。死滅し、新しい通路が開かれねばならぬ。新しい世代が発生するとは新しい人間の群が発生するということである。古いものは破壊され、加工されねばならぬ。加工の連鎖が歴史的文化の連続である。単なる墓標の維持が文化の継承とはなり得ぬ。墓標は新しい肉体の内に在らねばならぬ。墓標なき肉体は創造的肉体であるとはいえぬであろう。それは単なるからくり人間である。

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