The phenomenons

Cheers To Goodbye -1-

 ドラッグ・ロウは不思議な魔物。

 ドラッグ・ロウはいつもひとりぼっち。

 だってドラッグ・ロウは幸せと共に在ることができないのだから——。



***



 ドラッグ・ロウという魔物をご存知ですか? いえいえ、知らないのも至極当然。だってドラッグ・ロウに出逢った者は、例外なく狂ってしまい自身も魔物となってしまうのですから。


「でもね、アシュリーはそうは思わない。きっとアシュリーの事を愛してくれるニンゲンが何処かにいるはずなのだわ」

「に、ニンゲンなんかのどこがいいって云うんだいアシュリー。ぼくにはちっともわからない」

「パレードにはわからないのよ、だってあなたにはときめく心臓がないんですもの」

「そりゃあ、包帯男ミイラに臓器はないけれども……」


 月の大きく嗤う夜。どこかの国の深い深い森の奥。

 まだまだ半人前のドラッグ・ロウであるアシュリーは、お目付け役でもある包帯男ミイラのパレードと共に夜空を漂っておりました。

 今宵はニンゲンの世界と魔物の世界の境目があいまいになってしまう夜、アシュリーはこれより一人前のドラッグ・ロウになるための『たぶらかしの七週間』へ向かうのです。


 パレードは正直心配でなりませんでした。

 なんせアシュリーはニンゲンを蠱惑し魅了するドラッグ・ロウにしては、他の誰よりも夢見がちで変身の術が下手くそだったのです。

 グロゼイユのような鮮やかな赤い瞳を隠すことができませんでしたし、少々パレードが過保護に面倒を見すぎてしまったのでしょうか、こと恋愛に関しては何も知らないままです。


 ドラッグ・ロウは堕とすニンゲンの好む姿に変化します。

 男女の区別も、年齢も、人種だって、とらわれることなく何にだって。

 ですがアシュリーは「ありのままの自分」を愛してくれるニンゲンを探し求めては、毎年のようにこの一人前になるための七週間の儀式に合格することができません。


 このままでは"未熟者"の烙印を押されかねないぞ……とうとう心配したパレードは、ニンゲンの世界へ繋がるこの森の中にあるお化けだけのホテル——【HOTEL GHOST STAYS】に滞在して、アシュリーの様子を見守ることにしたのです。



***



 【HOTEL GHOST STAYS】には様々なお化けやモンスター、精霊たちが働いておりました。もちろん、滞在するお客さまだってニンゲン以外のなにがしかたちばかりなのです。


「い、いいかいアシュリー。立派なドラッグ・ロウになるために、明日の出発前に他のモンスターたちを見て勉強しておくんだぞ」


 パレードはそわそわしながらそう声をかけましたが、アシュリーは知らんぷりです。さっさとアフタヌーンティーの匂いにつられて、大広間の方へひとり早足で行ってしまいました。


 ハーブや茶葉を練り込んだスコーンに、嘆きの森ベリーのジャム、篝火仕込みのクロテッドクリームに、千年楓のメープルシロップ。ザッハトルテには鮮血のクリームを仕込み、シフォンケーキには霞と蚕のメレンゲを。紅茶はどれも香りがよく、食器やクロスまで素晴らしいものばかりが並んでおりました。

 お腹も空いて、ほんの少しぷりぷりしていたアシュリーは、紅茶を口にしてほっとひと息。おかわりのベルを鳴らすと、見目麗しい少年がティーポットを持ってやってきました。


「ありがとう……とても美味しいものばかりだわ」

「そう云っていただけて光栄です。当ホテルは季節に合わせその時期一番の素材をご用意しておりますので」

「そう……あら、アナタって」


 アシュリーはその可愛らしい鼻をくんくんと動かしました。


「もしかしなくても。アナタ、ニンゲンなのでしょう? どうして? ここにはモンスターや精霊、幽霊ファントマばかりがいると聞いたけど」


 興味津々に身を乗り出すアシュリーにポットが当たらないように気を配りながら、少年はふわりと微笑みました。


「おっしゃるとおりです、レディ。当ホテルに唯一のニンゲンとして勤めているユルと申します。幼い頃にこの森に捨てられ、ホテルの皆に拾っていただいたのです」

「へええっ。それはすごいわ、素敵なことだわ! だってニンゲンとモンスターが共に暮らせているということだもの。ねえユル、気になる人はいるの? ニンゲンでもモンスターを心から愛したいと思ったりするのかしら? アシュリーそれがすごく気になるの!」


 質問攻めのアシュリーに、ユルはほんの少し戸惑ったようでしたが、彼女が椅子からから転げ落ちないように気を配りながらゆっくりと口を開きました。


「ぼくにはまだ少し早いかもしれません。けれど、ぼくにとってホテルの従業員皆は一緒にいたいと思える家族です。だから例えニンゲンでも、魔物や精霊の方々を心から愛したいと思うこともあるんじゃないかと」

「そうなのねっ。アシュリーね、これからアシュリーのことを心から愛してくれるニンゲンを探しに行こうと思っているの」

「それはまた……可愛らしい旅ですね」

「うん、だって怪物になることを選ばなくったって、愛し合う者たちは一緒にいられるって……アシュリーそう信じてるのだもの」

「……?」


 少しばかり首を傾げたユルに「ごちそうさま」と告げ、アシュリーは軽やかに大広間を去っていくのでした。



***



『誑かしの七週間』

 ・その夜に初めて出逢ったニンゲンを贄とすること

 ・ターゲットを変えてはいけない

 ・自身のもてる全ての術で、そのニンゲンを惑わし狂わせること

 ・ニンゲン自身の意思で同じ怪物となることを選ばせること

 ・期限は七週間以内とする

 ・そして怪物となった者の心臓を食べること



「いいかい?」そう何度もパレードに言い聞かせられながら、アシュリーは身支度をしていました。


「わかったってば。ほんとパレードってば口うるさいんだから」


 グロゼイユの真っ赤に輝く瞳は、まるで星が中で瞬いているかのよう。スモーキーピンクの髪も、雪のように白い肌も、愛らしいアシュリーのままでした。

 夢見がちなアシュリー。ドラッグ・ロウに生まれついたのに、物語のような恋を今でも夢見ている。その天真爛漫さが、パレードには不安でならないのでした。


「い、いいかいアシュリー。ニンゲンなんて、自分よりもさっさと死んじまうんだ。だから怪物になってでもドラッグ・ロウのそばにいたがるような、みにくいみにくい生き物なんだよ。そ、そんなのに、本気で恋をしてはいけないんだから……」

「あーもうわかってるって。ちゃんとやるわよ、今年こそ。パレードもいいかげんアシュリーのおりなんて疲れちゃったのだわ」

「そ、そうじゃないよ。ぼくは、ぼくは、ただ……」

「心配しないで、パレード」


 アシュリーは少しだけ、その瞳を伏せてパレードの包帯だらけの手を握り締めました。


「今年こそはね、やるわ。アシュリーのことを愛してくれるニンゲンの心臓を、見事に持ち帰ってくるわ」

「う、うん。期待してるよアシュリー。きっと奥さまも——」


 ええ。と呟いてアシュリーは箒に跨がりました。


「ママにも伝えて、心配ないわって。アシュリーだってね、やればできるのよ」

「わかったよアシュリー。どうか気をつけて」


 今にもついて行かんばかりのパレードの不安そうな表情に笑いを堪えながら、アシュリーはホテルの屋上を軽やかに蹴りました。


 そらクジラが季節を引き連れ、上空を渡る夜。

 その流れに乗って、世界の狭間の向こうへ。

 魔物たちはめいめいの思惑のもと、ニンゲンたちの世界へと旅立っていったのです——。

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