第30話
「ねえヨル、ヨル。どこにいるの?」
エリースは一生懸命ヨルの名を呼び地下の部屋を探しましたが、どうしてもあの真っ暗な部屋にたどりつくことができません。
「ヨル、わたしできたのよ。歌えたわ。それにあのバラのことだって聞きたいの、ねえヨル、返事をしてちょうだい」
呼んでも呼んでも、どれだけ壁をすり抜けても。エリースはヨルの尻尾すら見つけることができません。
以前ユルや
もしかすると、ヨルはもう自分と会ってくれないつもりなのかもしれない。そう思うと、とたんにエリースは悲しくなって、とうとう泣き出してしまいました。
「ヨル、生意気言ってごめんなさい。どうでもいい話や歌をしんぼう強く聴いてくれていたのね、悪かったわ。でも皆が聴いてくれても笑顔になっても、わたしあなたが笑って話しているところを見たことがないの、そんなのすごく嫌だわ」
ぽろぽろと涙はエリースの頬を伝って床の絨毯を濡らしていきます。
するとどこからか「ああもう」と声が聞こえたのです。ハッとして顔を上げると、そこはあの真っ暗な部屋の中でした。
「なんなの、きみはさ。ぼくのことなんかほうっておいて、あのヴァンパイアと仲良く幸せに暮らしたらいいじゃないか」
「えっ? ヴァンパイアってエレンのこと? どうして?」
びっくりしたのと、ヨルの顔を見て安心したのでしょうか。泣き止んだエリースは目を丸くして首をかしげます。
「だってそうだろう。歌えないけど歌いたいって頑張ったのも、過去の後悔をのりこえたかったのも、全部あいつのためなんだろう? 勝者はあいつのお嫁さんだっていうし、めでたしめでたしじゃないか」
「どうしてそうなるのよ」
エリースは少しむっとした様子で、ヨルの方へと歩いてきました。あまりにもまっすぐヨルの顔だけ見ていたので、そこにあったヨルの尻尾につまずいてしまいます。
小さくため息をつきながら、ヨルはエリースが転ばないように尻尾でその身体を支えました。
「わたしは確かにエレンを助けたくて、歌えない自分が嫌だったわ。でもそれとこれとはべつ。エレンは純血のヴァンパイアのお坊ちゃんよ、この先どうするのかは彼自身が決めるの。わたしみたいな、時の止まった
「……きみはそうやって、自分は時が終わったからと。いまでもひとりでいようとして、自分を縛りつけているのかい?」
「あなたに言われたくないわ!」
エリースはふわふわと漂って、そのヨルの鼻先をぺちんと両手でつかみました。
「な、なんなの。それに未練が消えたのならさっさと浄化されちゃえよ。そんな血だらけのままで、世界にしがみつくことないじゃないか! きみは……ぼくと違って地上を歩けるほど綺麗なんだから」
「えっ?」
「あっ……」
ヨルは目をそらそうとしましたが、目の傷が痛んだのと——あまりにも美しくエリースが微笑んだのでその場から動けなくなってしまいました。
「ねえヨル。嘘つきなヘビさん……、どうして魔法がかかっているだなんて言ってあの黒いバラをくれたの?」
「それは……別にきみの歌声は最初からのろわれてなんかいなかったからさ。勝手に人が恐れて、勝手に狂って、きみを亡霊に仕立てあげたって……知ってたから。ニンゲンが……死んだあとまでずっと傷つき続けるのはよくないって、そう思って」
「ヨルって残念なくらいわかりづらいけど、とても優しいのね。だから世界も滅ぼせないんだわ」
そっと傷痕に触れるエリースの手を、ヨルは拒むことはしませんでした。
「きみだって。後悔こそすれ、のろいや恨みをまき散らすことはしていないじゃないか」
わたしたち、もしかしたら似ているのかもね。そう笑いながら、エリースはヨルの額に自分の額をそっと押し当てました。
「
「だって、だってぼくは……皆が」
「皆が恐れるなんてどうでもいいわ。それにあなたはちっとも
「ちえ」とヨルはつまらなそうに目を伏せて、その大きな顎を床につけて寝そべるようにしました。
「ぼくのことを友達だなんて。きみはユルと同じか……それ以上に不思議なやつだ」
ここは由緒あるホテル、【HOTEL GHOST STAYS】。
ここにはさまざまなモンスターや
そう、ここはお化けたち専用の、ちょっと不思議なホテル。
だから彼らの寝静まった夜明けころには、ちょっと不思議なことがおきることもあるんです。
例えばそう、誰も乗っていないのに動き続ける中央エレベーター。
カトラリーを浮かべて演奏会をする食器たち。
カーテンはドレスのようにひらひらと天井を舞ってゆきます。
それからそれから……おや?
ほら? 聴こえましたか?
地下から響くのは、とてもとても美しい歌声。けれどどうでしょう、とても幸せなしらべに聴こえませんか?
このホテルの地下には、あの歌声を聴きながら眠る巨大な怪物がいるとか——なんとか。
さて。夜が楽しみですね。
本日はどんなお客さまが【HOTEL GHOST STAYS】にいらっしゃるのでしょうか——。
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