首なしアルケミィと鳴かない金糸雀
下なるものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし。
それすなわち真実にしてうそいつわりなく、唯一のものの奇蹟を果たすためである。
さぁ、なんだなんだ。
この答えがわかるものはいるのかい——?
***
むかしむかし、アルケミィという名のニンゲンがおりました。
アルケミィはとてもかしこく、またときには素晴らしいうた声を披露することもあったそうです。
つばさの折れてしまった
けれども人々は口々に云いました。
「アルケミィがもっと美しかったら」と。
その顔はまるで潰れたひきがえるのようだとも、木から落ちてつぶれたざくろのようにぐちゃぐちゃだとも、いえいえ冷えてしまった溶岩のようにまるでぼこぼこだった、とも云われております。
幼いころに気にもとめなかったアルケミィ、けれども年頃になるにつれ、人々の声が気になるようになりました。
学びをつづけ、素晴らしい医術を身につけたアルケミィ、皆のひそひそと話す声が恐ろしくてたまりません。
幼いころは楽しく歌っていた歌も、大人になるにつれそれが素晴らしい愛の歌であったとわかると「どうして自分にはこんなに素敵な出会いがないのだろう」と悩みはじめるようになりました。
アルケミィがもっと美しかったら。
アルケミィがもっと美しかったら。
アルケミィはもう聞き飽きていました。
ならば——とあるとき、アルケミィは自身の耳を切りおとしてしまったのです。
なにも聞こえなくなったアルケミィ、これはしめた、とさらに勉学にうちこむようようになりました。
けれども、次にアルケミィは人々の視線が恐ろしいと感じるようになってしまったのです。
鏡なんてもうずっとずっと昔に捨ててしまいました。
井戸や湖の水面すら、のぞこうだなんて思いません。
しかし、人々の声は聞こえずとも、アルケミィを見つめるその表情といったら……!! まるで怪物を見ているかのようなのです。
アルケミィは小さな診療所をもつようになっていました。
自分の知識がたくさんの人を救えると思っていたからです。
もう助からない、と思えるような病人でさえ、アルケミィは救ってみせました。
けれども、人々は感謝よりも、どうして死にかけのニンゲンすら治せるのだろうとアルケミィを恐れるようになりました。
とうとう、アルケミィは診療所の扉もかたく閉ざしてしまったのです。
アルケミィがもっと美しかったら。
アルケミィは得体がしれない。
アルケミィは恐ろしい。
今度はアルケミィはその目をつぶしてしまいました。
人々はアルケミィを悪魔のようだと云いました。
耳を切りおとし、目をつぶしたアルケミィ。けれども外の世界を感じとる感覚はしっかりとありました。
かわいそうなアルケミィ。
アルケミィがもっと美しかったら。
アルケミィが賢くなければ。
ある疫病が流行った年でした。
人々はアルケミィの仕業だと口にし、国中の人がアルケミィを悪魔だととらえにやってきたのです。
アルケミィはただただ、呪文を口ずさむだけでした。
たくさんの知恵、たくさんの術、たくさんの書物。
アルケミィの望むものは、ヒトの世界にはありませんでした。
アルケミィをころせ! 悪魔の仕業だ! 国中が病気にあふれてしまった!
人々は松明をもち、騎士たちは槍をもち、アルケミィの家をとり囲みました。
「それならば、わたしの首をくれてやりましょう」
アルケミィはあっさりと、その首を切りおとし、人々へとさし出したのです。
なんということでしょう! 首をおとしても、その身体は動いておりました。
研究に研究をかさね、ついには錬金術や呪術もその手中におさめたアルケミィ。もはや、自分のいのちの居どころなんて、どうとでもできてしまったのです。
怯える人々は、アルケミィの身体にたくさんの槍も、火のついた松明も投げつけました。
けれど、アルケミィの身体はもうしゃべることなどできません。
ぺこり、とひとつお辞儀をしては、槍の刺さった身体だけがどこかへ去っていってしまいました。
そのころ、神さまの元へ一羽の
遠い空を飛んできたのです。ぼろぼろの姿の金糸雀に神さまは云いました。
「もうがんばらなくていいのですよ、小さき金糸雀。あなたはその美しい声で、天も地も、全ての生き物を癒してくれました。あなたにはこれから天国で囀ってもらいたいのです」
「いいえ神さま、わたしはお願いごとをしにきたのです。あのアルケミィのことなのです」
神さまは深いため息をつきました。
「あわれなあわれなアルケミィ、あれではもう人とも、生き物とも云えないものになってしまった。けれど、あまりにも人ではない術に手を染めてしまったのです。それ相応の罰を受けねばなりません」
「けれども神さま。アルケミィは翼の折れたわたしを救ってくれました。わたしのさえずりに合わせて、楽器を弾いてくれました。かわいそうなアルケミィ、素晴らしいものをたくさんもっているのに、みんなみんな自ら手放してしまったのです」
「あなたは何を望むのですか? 小さき金糸雀」
「アルケミィと生きる時間を——わたしの愛するアルケミィにもういちど命を」
アルケミィはもはやヒトでもなければ、生き物でもありませんでした。
たくさんの術を身につけた……悪魔にちかいものになってしまっていたのです。
「あなたに免じて、アルケミィの魂にチャンスをあげましょう。でも金糸雀、あなたからは一番ほまれとなる素晴らしいものを、代償にいただかなくてはなりません。そして、あなたはアルケミィに語りかけることもできません、それでも——良いですか」
「なんなりと、神さま」
金糸雀はしかとうなづきました。
神さまは雲から編んだ糸と星のしずくを金糸雀にあたえ、ふたたび地上におりることをおゆるしになったそうです。
どこかの国の、深い深い森の奥。
その沼地のさらに奥深くに、誰も寄りつかないような小さな小屋がひっそりと建っておりました。
「こんにちは、アルケミィさん」
ギィとドアの開く軋んだ音。
けれど来客を迎えるかのように、パッと小屋の中に光が灯ります。
フードのついた漆黒のローブ、そして薄いレースのベールで顔を覆った人物が、ゆっくりと小屋の奥から現れます。
その人物は頷くなり、ビーカーの中にいろとりどりの液体と、ふぅと煙を吹きかけるのです。
うらない師のアルケミィ——。
「ノロイはカケたもの、の、ほう、noキモチヲ知らな……ければなラないヨ」
こちらの世界では、知らぬものの方が少ないほどの大賢者。
その姿は、全身が煙なのだとも、巨大な蜘蛛なのだとも……または首のないヒトの姿をしているとも云われております。
アルケミィは言葉を発しません。けれど、世界中の音を拾い集めたラジオのような音声で、的確におとずれた誰かの悩みや病気を治してくれるのだそうです。
その肩には——いつも金色の翼を輝かせた、鳴くことのない一羽の金糸雀がとまっているのだとか。
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