第27話

 さて、ホテルの大ホールではセイレーンの5姉妹がいまかいまかと勝負の始まるときを待ちわびておりました。

 他にも歌声自慢の人魚マーメイドや精霊たちが大勢集まり、ちょっとしたお祭り騒ぎのようです。皆、誰もが自分が一番だと思って、鼻高々の様子でした。


 魅了の力をもつ真紅の右眼の持ち主であるエレンは平気でしたが、従業員たちはその多くがヘッドホンや耳栓、支配人オーナーがこしらえたおまじないのカフスボタンを身につけておりました。何時間も強力な歌声を聴いてしまっては、いつ誰がどうなってしまうのか、怪物たちでさえわからなかったからです。


 その様子を見ようと、世界中から様々なモンスターにくわえ、魔神や悪魔も予約のお客さまにひっそりとまぎれております。ホテルの予約はもう満室、ソラクジラの横断の日以来の大盛況です。

 エレンは内心気が気じゃありませんでした。おばあさまの約束がこれほどに大事になるとは思ってもいなかったからです。ですが、そうやって申し訳なさそうにするエレンに、誰もが明るく声をかけていきました。


「四季折々にそれぞれの元素魔法、たくさんの素材の料理をいっぺんにこしらえるなんて滅多にない機会さ。腕がなるねぇ」

「今日はずーっと燃えてても怒られないってさ、炎の魔神さまがいらっしゃるんだってよぅ」

「こんなにたくさんお皿があるんだもの、今日は全部の腕を余すところなく使って運べるんだ。楽しくてしかたないや」

「お皿洗いだって湧きでるようにできるなんてっ。なんて素敵なのかしら」

「さぁっ、稼ぎどきダァ!」


 エレンは皆の優しさにもう胸がいっぱいでした。

 ですから、本当は逃げだしたいほど嫌なこの場を「皆さまお集まりいただき感謝します」と無理やり笑みをつくっては挨拶してまわりました。

 その様子を、司会を任されたユルとブーブは心配そうに見守っております。


「エレン、あんなこと言ってるけどもう何日も寝てないよね」

「ウム。彼奴アヤツメハ、モトモト怪物ニシテハ気ガヤサシスギルノダ」

「そんなに皆、エレンのお嫁さんになりたいのかな」

「マァ、美シクテ強大ナ一族ノ跡継ギダカラナ。ソノチカラヲ皆ネラッテイルノダロウ」

「えーっ。でもそれって、皆自分のことばかりでエレンの幸せは誰も願っていないじゃないか。そんなの、エレンがかわいそうだよ」

「……ダカラ、エレンハ家カラ逃ゲ出シテ、ズットコノホテルデノラリクラリト過ゴシテオッタノダ」


 納得はいっていないものの、ホテルマンとしてお客さまの事情に口をだすわけにもいきません。ユルは鉄の手袋をはめた手でゆっくりとマイクを持つと、皆に向かって案内をはじめました。

 何かあれば支配人オーナーがなんとかしてくれるかもしれない。そんな期待が実はホテルの皆の中にはありました。


 さていよいよ歌の勝負です。

 時計塔の上から開始の合図として、鋼鉄の鎧に身をつつんだ怪鳥ハルピュイアの鳴き声が降りそそぎました。


 セイレーンはやはり伝説通りの歌声の持ち主でした。

 優しげなる声のヒーメロペー。

 魅惑の声もつもの、テルクシエペイア。

 圧倒して説得的な歌、ペイシノエー。

 美しき声、アーグラオペーメー。

 そして破滅の歌、リゲイア。


 世界中の海に棲まう人魚マーメイドたちや、春の精霊たちもそれぞれが自慢の歌を披露しましたが、どうやらセイレーンにかなうものは出てきません。

 あるものは雨のような涙を降らし、あるものは称賛してびりびりと稲妻を落とし、またあるものは耐えきれずに踊りだしてしまい、ホールはてんやわんやの大騒ぎ。

 さて。しかし誰がこの中で一番なのか、と議論になりそうな時でした。


「ちょっと待ってくださる? わたくしからもこの催しに一曲贈っても?」


 そう聞き覚えのある声がしてエレンは振り返りました。


「エリース!? で、でもきみは」


 エレンのその顔色の悪くて泣きそうになっている表情に、エリースは「仕方ないわね」と笑いました。


「大丈夫。これがわたしたち【HOTEL GHOST STAYS】の勝負の仕方。皆で立ち向かう家族の守り方よ」


 

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