第24話
エリースはその昔、プリマドンナ(女性の主役歌手)を目指すオペラ歌手でした。貧乏な生い立ちながらも、やがては舞台のひと役を勝ちとりさまざまな音程を歌うことのできる彼女の歌声は、精霊の再来とさえ言われるほどでした。
パトロン(支援してくれる人)もつくようになり、プリマドンナになれるのも時間の問題。幼なじみで記者のフィリップとは恋人同士で、彼女の夢を応援してくれていました。
より多くのパトロンをもつアガーティアはわがままなプリマドンナでした。
自分よりも賞賛されはじめたエリースのことが目ざわりでなりません。ドレスを破いたり、嘘の噂を流してはエリースのじゃまをしたのです。
エリースはより多くのコンサートに出られるよう、たくさんレッスンをして、応援してもらえるようにパトロンであるお金持ちの男性たちと出かけるようにもなりました。
フィリップはそんなエリースを心配して、出かけるのをやめるように言いましたが、夢のためにと彼女は聞き入れませんでした。
けれど次の舞台の主役はアガーティアに決まってしまいます。しかもなんてことでしょう、フィリップが仲良さげにアガーティアと街を歩いている姿を、エリースは見てしまったのです。
その日はエリースの誕生日でした。お祝いにフィリップが持ってきてくれたぶどう酒を飲むと、エリースはとたんに深い眠りに落ちてしまったのです。
目を覚ましたエリースが慌てて劇場に向かうと、なんと5番のボックス席でフィリップがアガーティアの主演劇をうっとりと眺めているところでした。
エリースは目の前がまっくらになってしまったような気分です。もうなにを信じていいのかも、何もかもがわからなくなってしまいました。
彼女は狂ったように踊り、アガーティアでは決して歌えない高い音の旋律を歌いあげました。突然のできごとをサプライズだと思った観客は大喜び、しかしフィリップはそんな彼女に「早くここから立ち去るんだ」と告げます。
彼の心がもう自分のところにないのだと思ったエリースは、そのときやっと「成功したかったのは夢と、彼と一緒に幸せに暮らしたかったからだ」とさとりました。
もう自分の望むものは何もないのだと、彼女は燭台を倒して舞台を火の海にしてしまったのです。人々は大混乱で逃げまどいました。そして燃えさかる劇場の中、天井が崩れ大きなシャンデリアが落ちてきたときに、エリースを突き飛ばしてシャンデリアの下敷きになってしまったのは……なんとフィリップでした。その手には、エリースに贈るつもりだったバラの花が握られていました。
そう。記者であるフィリップは、アガーティアの悪事を暴こうとして近づいたのです。この舞台で彼女の悪事が明るみになるようにと、仲間たちと仕組んでいたのでした。けれど、エリースには疑いをかけられたくない、危ない目にあわせたくないからと嘘をついて眠らせていたのです。
真実を知ったエリースは、後悔で大粒の涙を流しました。美しい顔にはガラスが刺さり、燃えさかる炎が身体をじりじりと焦がしていきます。何もかもが、もう遅かったのです。
そして彼女は、この世の全てを恨んで歌いながら死んでしまいました。
それから何十年もの間、その劇場には幽霊が現れると噂されていました。
その歌声を聴いたものはのろいころされてしまうという、愛に裏切られ、愛を求めてさまよう歌姫の幽霊が——。
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