Beauty of the Ghost

第20話

 燃え盛る炎の中、後悔と悲しみと狂気の中で彼女は歌い続けた。

 自身が化け物となるまで——。


 あの劇場には愛されることに飢えた幽霊が棲みついている——。




***

 



凍えるような長い冬が終わると、氷河の中に閉じこもっていた氷の精霊たちは一斉に衣替え。

 森の中を元気よく駆け回っていたジャックフロストたちも、雪解けの季節がくるところころと転がりながら山の寝床へと帰ってゆきます。


 ここ【HOTEL GHOST STAYS】にも少しずつ春の陽気が漂ってきました。氷漬けの海からやっと解放されたセイレーンや人魚マーメイドのお客さまたち、そして春先のひと仕事を終えた妖精たちの予約が立て込む時期でもあります。


「今年は凄いや、セイレーンの5姉妹さまが一斉にいらっしゃるそうだよ」

「そいつは大変だ、また僕のご指名で喧嘩にならなきゃいいけれど」


 フロント番をしていたユルの声に、先輩ホテルマンであるヴァンパイアのエレンがそう軽口を言いました。

 なんせそう、エレンはとても美しいヴァンパイアで、彼を一目見たいとこのホテルを訪れる女神さますらいらっしゃるほどなのです。

 その昔は女性に追いかけられるのが恐ろしくて眠れなくなったり、美しい顔をボサボサに伸ばした髪で隠していたこともあったそう。けれど、このホテルにやってきて働くうちに、自分に自信をもって立ち回れるようになったのだとか。

 今や、彼は誰をも魅了し嘘を見抜く瞳を持った、ヴァンパイアの中のヴァンパイアでした。——血を飲むことはいまだに苦手だそうですが。


「エレンったら、強がるのはおよしなさいよ。そんなこと言って、また貧血を起こして倒れちゃうわよ」

「エリース、キミはわかってないなぁ。美女たちの熱気にあてられちゃうこともあるくらい、僕は罪作りなやつだってことさ。売り上げにも貢献してるんだし、少しは多めに見てほしいね」


 肩をすくめてそう答えるエレンの頭上を、幽霊ファントマのエリースが優雅に漂ってリネンを運んでゆきました。

 このふたりはエレンがホテルにやってきた時からの仲良しだそうで、ユルにはふたりがまるで姉弟のようにも見えておりました。


「ふふふっ。そういうことは、こっそり薔薇の花の呪文を唱えずに女性に声をかけれるようになってから言いなさいな、ぼうや」

「ちょっ、ちょっと……!」


 可憐な笑い声をのこして去っていくエリースに、めずらしくエレンが狼狽えているのを見て、ユルは目を丸くしました。


「エレンってさ、エリースには昔っからなんでか敵わないよね。それに、エリースのことは口説いたところを見たことがないよ?」


 よっぽど怖いんだね、とユルはからかいました。

 けれども、エレンはその美しいオッドアイを少しだけ伏せてぽつりとつぶやいたのです。


「いいや。エリースには僕が本気だして告白したって、絶対に通じないんだ。愛の恐ろしさも醜さも、一番知っている幽霊ファントマだからね」

「そうなの……? でもエレン、それって」


 くるりとエレンは翻って、その美しい黒髪をなびかせます。

 ユルも、普通のニンゲンの女の子として育っていたら、彼のその一挙一動にきっと惚れ惚れしていたことでしょう。

 彼はその特徴的な八重歯をニッと出して笑うと、ユルのおでこを軽くぴんと指先ではじきました。


「大昔のことさ。僕はエリースのことが大大大大好きだったんだけどさ、彼女はそれじゃあ揺るがないんだよ。負けたよ、今じゃすっかりいい友達で理解者だね」

「あきらめちゃったってこと……?」

「うーん、それとも違う。そんな後ろ向きじゃないんだよ。でもさ僕たちのような怪物や、一度夜を通りこした者とされる幽霊ファントマにはさ、愛だとか恋だとかは……もっと複雑でややこしいみたい」


 まだ14さいになったばかりのユルには、なんだかとても難しい話のように感じました。絵本で読んだお姫さまや正直者の少年は、素敵な愛を見つけて幸せになっているのに。そうもいかないとは怪物たちの世界はより複雑なのだろうと思うことにしました。


「ほらほら、眉間にシワが寄っちゃってる。もっとユルが大人になったらさ、僕やエリースの話がわかるようになるかもね」


 エレンのふっきれたような美しい微笑みを見ていると、ユルはどうしてだろうとますます不思議になりましたが、彼がそれでも楽しそうなので黙っておくことにしました。


 その時、風通し窓から勢いよく一通の手紙がフロントに飛び込んできました。

 なんとその差出人の名前は、エレンのおばあさまだったのです。

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