第16話 13日のウェンズディ

 どこかの国の、深い深い森の奥。

 そこにひっそりと佇む【HOTEL GHOST STAYS】はちょっと変わった……けれど格式高いホテルです。

 いえいえ、けれどそんなに肩肘張らずとも、リラックスして心ゆくままに……どなたでもお泊まりいただけますよ。——ニンゲン以外は、ね。




◆◇◆◇◆◇



 カランコロン、げこり、と鍵のカエルがベルを鳴らします。

 本日ご予約のお得意様が今宵も正面のドアから紳士的な佇まいで現れました。


「ようこそギャシュリー卿、お久しぶりです。本日もご要望通り、7階のお部屋をご用意しております」

「やあユルくんか、ニンゲンは随分と時が経つのがはやいものだなぁ、その制服……もう一人前かね?」

「いえいえ、まだまだ勉強中の身です」


 お客様——まじない悪魔のギャシュリー卿から荷物を受け取りながら、ホテルマンのユルはそうにこりと微笑みます。


「きみのそののろい……ああ、珍しくて本当にいつ観ても素晴らしいものエクセレントだね。いつだって、私のコレクションに加える準備はできているのだけど」


 その深く被ったシルクハットから覗く眼差しが、微かにウインクをしたように視えました。


「さて、と。あまりきみをお誘いしては、怖いウルフマンが黙ってはいないだろうからね、いつでもショウケースは空けているとだけお伝えしておこう」

「光栄です。相変わらず、ギャシュリー卿はお上手ですね」


 本気か嘘かわからない。そんな悪魔の甘い言葉も、嗜みのひとつ。

 優秀なホテルマンとはそつなく上手に交わすもの、ユルの成長を幼い頃から眺めているギャシュリー卿も、ただただこの会話を愉しんでいるだけなのです。


「さて、今回も私のスカウトにかなうような、めぼしい子たちはいるだろうか」

「ええきっと。最近新しい子たちが増えたばかりでして」

「子たち・・——ねぇ、それは愉しみだ」


 クラーケンの落とした腕が持ち上げるエレベーターに乗って、まるでこちらが本題だったとばかりにギャシュリー卿は呟きます。


 ホテルの7階はいわくつきのお部屋ばかり。ここには、ふらりとやってきた呪いたちが棲みついてしまうからです。

 呪いが大好物な食いしん坊の怪物が、ときおり指定するのも、呪いの叫び声が心地良いと悪魔の方々が好んで宿泊するのもこちらの7階なのです。




 ギャシュリー卿の趣味は、呪いのコレクション。ですから、彼のお眼鏡にかなう呪いたちは、今ユルが持っている混沌のトランクに入って、外の世界へと旅立っていくこともあるのです。


 さてさて。呪いうごめく、染みつく7階のフロア。トランクを受け取り、ふうとギャシュリー卿は椅子に腰掛けます。椅子から伸びてきた手が、卿の手をにぎろうとしましたが「ぎゃっ」とちいさな叫びをあげて、それからぽんと煙になって消えてしまいました。


「あーあーあー、その子はハズレ、ハズレ、ハズレ」

「ラズル……ダズル……わるくち、いけない」

「アノキシア、おまえはもう少しおおきく話せよう」

「ははははは、でもでも、なんだかすっごい同類お仲間の感覚がするねぇ」

「クオ……リア、は、あいまいに、あかるすぎる」


 トランクから、ぼそぼそぎゃあぎゃあといくつもの声が聴こえてまいりました。ギャシュリー卿のコレクションたち、世界中の『つまらない呪い』たちです。


 誰かを一度のろいころしてしまえばおしまい——それじゃあちょっともの足りないけれど、大魔術や悪魔の悪意と共に地上に堕ちてしまった呪いよりも、もっとささやかなもの。


 そこに、ふおんと音を立てて、そっくりな顔をした子どもがふたりあらわれました。

 音を立てて、ひとりが消えて、ひとりが耳元で何かを囁きます。

 小さなちいさな呪いが、ギャシュリー卿の周りをくるくると漂ったり、消えたり、探したりを繰り返しておりました。


 ギャシュリー卿は、ははんとうなずきました。

 きっとこの子たちが、ユルの云っていた新しい子たちだろうと思ったのです。


「ふむ、きみたちの名前はなんだね?」


 ——ぼくはハイド、ハイド・ウェンズディ。

 ——あたしはシーク、シーク・ウェンズディ。


 13にちのすいようび。

 かくれんぼ、かくれんぼ。

 すいよう、シークはさらわれた。

 もくよう、ハイドはおっかけた。

 きんよう、シークはないていた。

 どよう、ハイドはぼろぼろかえる。

 にちよう、シークはみつかって。

 げつよう、ハイドはちからつき。

 かよう、ふたりはもやされた。


「マーヴェラス!!!」


 ギャシュリー卿は両手を広げ、声高らかにそう叫びました。


「ぴったり7日間だ、しかも13も揃っているとは!」


 トランクの中から不服そうな声がひとつ、あがります。


「中途半端な呪いだなぁオイ。中途半端に悲劇的、しかもなんだ、『13日の水曜日』って金曜日にまけちまう弱さだ」



 アンゴルモアの砕けた欠片のステラ。

 ずーっと壁から語りかけるだけのパラノイア。

 ぞわりとさせる「つもり」だけしか伝わらないクオリア。

 奇妙奇天烈、けれど誰にもその騒がしさしか残せないラズルダズル。

 そして息をうばうのに、水辺では自身が溺れてしまうアノキシア。


 そして、666をかかげた半天使半悪魔のオーウェン。


 皆がみな、ギャシュリー卿のコレクションです。彼らは、漂っていても忘れさられてしまう呪いたち。おおきくて派手な呪いばかりが目立ってしまい、インパクトにかけてしまう呪いは——やがて忘れさられて消えてしまうのです。


「だいたいよ、13がよくねぇって誰が決めた? 666は獣の数字のはずなのに、エンジェルナンバーって新しい信仰のせいで、いまや俺はこんな惨めな姿だってのに」

「それを云うならオーウェン、このSevenという数字もそうだね」

「旦那はいっつもそればっか」


 トランクの中から、オーウェンと呼ばれた声がでろりと飛び出し、ふたごのようなハイドとシークの前に姿をあらわします。


「やい、チビども。お前らはどうしたい? 天に召されるか、もっと呪いころすか、それとも……」


 ハイドとシークはきょとんと首をかしげ、シークは消えては背後にまわり、それからふたりいっしょにこう言いました。


 ——かくれんぼ、したい。

 ——まだまだしてたい。

 ——じゃまするひとはかくしちゃう。


 ——ぼくが、

 ——あたしが、


 ——そうされたように。


 ——でも、

 ——ただおあそびがしたい、それだけなのに。


 シークが「きれい」とオーウェンのちぎれた白い翼をみて静かにぽそりと云いました。


 ——おじさんは、ぼくたちと

 ——あたしたちと

 ——あそんでくれる??






 7つの大罪、7つの封印。


「それから7つのラッパに7つの鉢——堕天使だって7なのに。ニンゲンはいつだってこじつけたがる。こんなにも、素敵な呪いが溢れていると云うのにね」


 ラッキーセブン、それは果たして本当のほんとうなのでしょうか?

 等しく——世界にとって真に恐ろしいものだって、7の冠をかぶっているというのですから。


「きみたちはウェンズディ。13日のウェンズディ。今日から私の家族だよ。恐ろしくも、愉しくもなろう。そうさ、家族とはいっしょにお茶を飲むのが私の流儀でね」


 ダージリンの湧き出るティーポット、少しだけはねるティーカップ。シュガーポットはスキップをしているので捕まえなければなりません。夜泣きミルクポットは、めそめそずっとミルクをこぼしてばかりです。


「そのトランク、どうしてもはいらなきゃだめ?」

「いいや、きみたちの好きな方でいいよ」

「せまくてくらいとこはいや」

「けれど、まいごもひとりももうたくさん」

「ならば手を繋ごう。その脚で、一緒に世界を歩こうか」


 世界の裏側、7番目に生まれた不幸の悪魔には翼もツノもありませんでした。

 まじないを呟きのろいを集める紳士、一見すればまるでヒトの姿。けれどニンゲンにはひとつも知られぬ——不思議な悪魔がいるのだとか。


 その呪いの詰まったトランクと——彼の両脇にはいつしかかくれんぼをするちいさな白い影がふたつ。一緒に世界を歩いて回ったそうです。

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