その、夢中の先に
智景は買った本を抱えながら、帰路についていた。
「じゃあね!」
「バイバーイ!」
家に着くと、隣に住んでいる唯菜がちょうどクラスメイト達に、別れの挨拶をしているところだった。
「あれ?智景!今帰ったの?こんな時間まで寄り道?」
唯菜は、自宅の玄関から顔だけ出して、智景に声をかけた。
「あ、うん」
智景は、ぎこちない返事をした。
「ふぅん……その本どうしたの?智景、本好きだったっけ?」
唯菜は、智景が大事そうに抱えている本に興味を示した。
「あ、あのさ!ゆいなん!私急いでるから、また今度ね!」
智景は、唯菜の話を途中で遮ると、そそくさと家の中に入った。
「変な智景……」
***
夕食とお風呂を済ませた智景は、自分の部屋に戻ると、購入した本を本棚に入れた。
「ごめんね。ゆいなん」
唯菜とは小学校からの同級生で、家が隣同士ということもあり、いつも仲良くしていた。中学に上がってからは智景と違って、活発で友達も多い唯菜は、クラスの人気者となり、徐々に智景と遊ぶ回数は減っていった。そして、最近は学校でもほとんど話す機会はなかった。
「こんなことしてるなんて、言えないよね」
独り言を言いながら、ベッドに潜って、さっきの本屋での景湖とのやりとりを思い出した。
「はぁ……景湖さん……」
抱きまくらをぎゅっと抱き締めながら、智景は目を閉じて、数十分後に眠りについた。
***
朝、目を覚ました智景は、目を擦りながらベッドから起き上がる。洗面所で顔を洗い、制服に着替えると、お母さんの作ってくれた朝食を食べてから、鞄を持って玄関を出た。
「行ってきます」
玄関のドアを開けて、家の前の道路に出ると、丁度隣の家から唯菜が出てきたところだった。目が合うなり、彼女は険しい顔をして近づいてきた。
「むぅぅぅぅ」
唯菜は、智景を睨みつけながら、頬を膨らませた。
「ゆ、ゆいなん。おはよう」
「おはよう」
唯菜は、まだ不機嫌そうにしていた。
「ど、どうしたの?」
智景がそう聞くと、彼女は言った。
「智景、何か隠し事してるでしょ」
(ドキッ)
思わず、体が跳ねてしまった。
「あー!やっぱり!」
唯菜は、大声で智景を指差す。
「な、何も隠してないよ!」
「うそ!絶対、隠してる!」
そう言って、唯菜は智景に詰め寄る。彼女の視線に耐えられなくなった私は、咄嗟に目を逸らした。
「智景、こっち見なさい」
唯菜は、目ざとくそれを見逃さなかった。ぐいっと智景の顔を掴んで、自分の方へ向かせると、真剣な眼差しで見つめる。その視線に耐えられず、目を逸らそうとするが、顔を掴まれているのでそれすらも許されない。仕方なく、口を真一文字に閉じて堪えた。するとすぐに手を離して言った。
「ごめんね」
唯菜は、少し寂しそうな顔で謝った。
「ううん、大丈夫」
智景は、そう言って彼女を安心させるように微笑んだ。
「行こっか!」
唯菜は、智景の手を取ると、歩き始める。智景も、彼女の手を握り返すと、一緒に登校した。
***
二人は手を繋ぎながら、通学路を進む。
「やっぱりもう恥ずかしいよ」
「なんで?小学校の時はいつも繋いでたのに」
「それは、そうだけど……」
智景は、まだ心の整理ができていない状態だった。
(でも、手を繋がないとな)
私がそうしないといけないと分かっている。
「やっぱり智景がいいな……」
唯菜は、ポツリと呟いた。
「……」
学校に近づいてくると、智景は唯菜の手を振り払って、歩みを早めた。
「智景?」
「おっはよー!唯菜!」
後ろから、クラスメイト達が唯菜に声をかける。
「あ、みんな!おはよー!」
唯菜は、笑顔で挨拶を返した。智景はそのまま一人、早歩きで学校の中に入っていった。
そんな智景の後ろ姿を、唯菜は寂しそうに見つめることしかできなかった。
***
午後のホームルームが終わると同時に、智景は足早に教室を出た。唯菜に捕まらないように、急いで下駄箱まで行き、靴を履き替えると、逃げるように学校を後にした。校門を抜け、智景は走って古本屋に向かった。
***
「あぁ……いい夕日ね」
景湖は、店の前のベンチに腰掛け、空を見上げていた。日は沈みかけており、空は夕焼け色に染まっていた。
「もうお客さん来なさそうだし、閉めようかしらね」
店を閉めるために、本を元の場所に戻そうと立ち上がる。
「はぁ……はぁ……」
そのとき、後ろから息を切らした足音が聞こえてきた。振り向くと、そこには智景が立っていた。
「わぁ!びっくりした!……あら、いらっしゃい」
「はぁ……ど、どうも……」
景湖は、息を切らす智景の前に行くと、その場でしゃがみ込んだ。
「お茶でも飲んでく?」
「お、お構い……なく……」
智景は、呼吸を整えようと深呼吸をした。
「ふふっそこで座って待ってて」
景湖は、智景を近くのベンチに座らせると、店の中に入っていった。しばらくして、彼女はティーカップを持って戻ってきた。
「はいどうぞ」
紅茶の入ったティーカップを手渡しながら言う。
(あったかい……)
手から伝わる温もりを感じながら、一口だけ飲むと、少し落ち着きを取り戻した。暫く沈黙が続いた後、先に口を開いたのは景湖だった。
「そういえば、私達自己紹介してなかったわね」
「あ、そうですね」
智景は彼女のネームプレートには、名前が書いてあることを知っていたが、自分はまだだったことを思い出した。
「古本屋さんやってます、
景湖は、少し照れたように笑いながら自己紹介をした。
「
智景もそれに続いて自分の名前を言う。
「智景ちゃん!やっと名前わかって嬉しい!うん。覚えた!」
景湖は、嬉しそうに何度も頷いた。
(か、かわいい……)
思わず見惚れてしまう智景だった。そんな様子を見て、彼女はまた笑った。
「ふふっ。智景ちゃん、本好きなんだね」
「え、えぇ……まぁ……」
智景は目を泳がせた。
「私もね、本が大好きで、小さい頃からいっぱい読んでたの」
景湖は、昔を懐かしむように語り始めた。
「絵本とか、学校の図書室にあった、古い本も好きで読んでたわ」
「へぇ、そうなんですか」
智景は、彼女の意外な一面を知れて嬉しかった。そのせいか、相槌を打つ声にも熱がこもる。
「景湖……さんは、どうしてお一人でお店を……?」
今度は、智景が質問をした。
「ふっふっふ……わかるわよ。気になったら、聞かずにはいられない。でしょ?」
景湖は、得意げな顔で言った。
「えっ……いや……」
「あら?サスペンス好きなんでしょう?」
景湖は、不思議そうな顔で智景を見つめた。
「サスペンス?」と、聞き返す。
「だっていつも買ってる本、全部推理物でしょ?」
智景は、何も言えずに固まってしまった。今まで買っていた本は内容など一切見ず、ただタイトルに惹かれて買っていたからだ。
「図星……でしょ?」
景湖は、悪戯っぽく笑った。
「あ、あの、その……」
智景は、言葉が出なかった。それは図星だったからだ。彼女は小さく笑うと、話を続けた。
「智景ちゃんと話してると、私の中ではまらなかったパズルのピースが、ぴったりはまっていくみたい」
彼女は、智景のことを愛おしそうに見つめる。その視線に耐えられずに、思わず目を逸らした。
「あ、あの!私そろそろ帰ります!」
「智景ちゃん!」
帰ろうとする智景の手を、景湖は両手で掴む。智景は、驚いて振り返ると、彼女の熱い眼差しが智景の目に映る。
ドクン!ドクン!ドクン! 心臓の鼓動が速くなる。今にも倒れてしまいそうなくらい、顔が熱い。そんな彼女を見つめながら、景湖は口を開いた。
「もしよかったらでいいんだけど!」
景湖は、智景の手を強く握り直した。
ドクン!ドクン!ドクン!智景はもう限界寸前だ。心臓の音が、自分の耳でもわかるくらいうるさく鳴っている。彼女は頬を赤く染めながら、こう言った。
「これ!私のオススメだから読んでほしいの!」
「へ?」
智景は、素っ頓狂な声を出した。てっきり、告白でもされるのかと身構えていたからだ。
「この小説の作者さん、私の憧れの人なんだ!」
そう言って、彼女は一冊の小説を取り出した。その表紙には『タチアオイ』と書かれていた。
「これ、私の一番好きな小説でね」
彼女は、その本を智景に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
智景はそれを受け取ると、大事に抱えた。彼女は立ち上がって伸びをすると、大きく息を吐いた。
「さて、そろそろ店じまいしようかな?あ!感想はいつでもいいからね!」
景湖は、手を振って店の中に入っていった。智景も、軽く頭を下げると店を後にした。
***
(どうしよう……)
智景は、手渡された小説のことを考えていた。
(漫画ですらあんまり読んだことないのに、字だけの小説なんて読めるのかな?)
悩みながら、ゆっくりと帰路についた。
(で、でも!景湖さんと繋がれるかもしれないし!)
心の中で、無理矢理理由を作り、自分に言い聞かせる。
(そうだよ!これはチャンスだ!)
智景は、立ち止まって空を見上げた。
(もっと、仲良くなれるかもしれない!そうだ……そうしよう!)
彼女は、決心を固めると再び歩き始めようとした。
「ジーーーー」
気付くと、智景のすぐ真横で唯菜が、ジッと見つめていた。
「どわぁ!!!」
智景は、驚いて思わず叫んでしまった。
(心臓が止まるかと思った……)
「なんか嬉しそうだね。家も通り過ぎてるし」
唯菜は、少し拗ねながら智景のことを見る。
「はっ!ほんとだ……」
「もしかして、なにか良いことでもあった?それにまた違う本抱き抱えてるし」
智景は、小説のことを思い出すと、慌ててそれを背中に隠した。そして「なんでもないよ」と言って誤魔化そうとしたが、当然唯菜には通じなかった。彼女は眉間にシワを寄せて、目を細める。その目は鋭く光っていた。まるで獲物を狙う肉食獣のように……
「まぁ、別にいいけど。寄り道してること、他の子にバレても知らないんだから」
唯菜は、そう忠告すると、家の中に戻っていった。
「はぁ……」
智景は、深いため息をつくと、Uターンして、家の中へ入った。
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