野球観戦
2032年 8月初旬
夏休み前、陽葵にチケットを送ってもらって、2人で福岡に野球観戦に来た千陽と咲里。咲里は初めての生の球場、しかも陽葵が手配してくれた内野のスペシャルシートで選手を間近に見れるとあって興奮気味だ。
「すぎゃー・・・陽葵お姉さんに初めて会った時も思ったばってんテレビで見るより皆できゃー!」
「ふふ、野球選手ってほんと生で見るとやびゃあよね」
と、千陽は練習を終えて近くを通る選手に声をかける。
「晴美姉ちゃん!」
「ん、おおちーちゃん!来とったか。あれ、ママとパパは?」
千陽がお姉ちゃん呼びするこの人物、陽葵の同級生で高校からずっとチームメイトの内野手、前田晴美選手だ。陽葵達と同じく高校卒業直前に颯という名前の夫と結婚し、現在は娘が1人いる。
「今日はこん彼女と2人で来たつよ」
「はじめまして、森咲里です。いつもテレビとかネットの中継で前田選手のご活躍見てます」
「なるほど、そっか。おお、ありがとう!陽葵と俺どっち好き?」
「それは陽葵お姉さん・・・すみません」
「あはは、よかよか。今はみんな陽葵か横浜の千咲のファンばっかなんだけん。ほんで今日陽葵先発だけん、弟とその彼女に不甲斐ないとこ見せんなよて言うとくわ」
そう言って、さらっとサインボールを2人に渡してダグアウトに戻る晴美。
「かっけえ・・・千陽、私前田選手と話したんよな今?!」
「うん、僕にとっちゃ晴美姉ちゃんも、千咲姉ちゃんだっちゃただのお姉ちゃんの友達てくらいだけん、咲里の反応が新鮮ばい」
「だってそらファンなんだけん!ってなんかこっじゃこぎゃんと目当てで千陽と付き合ったごつなるな」
「んねんね、違うてちゃんと僕も分かっとるけん大丈夫よ。あ、始まるよほら」
そろそろ試合開始時刻となり、スタジアムDJのアナウンスで次々に選手が出てきて守備位置につき、最後に今日の先発投手の葛西陽葵の名前がコールされ彼女が出てくると、より一層のどよめきが沸き起こり球場中が大歓声に包まれる。それほど今の陽葵は地元九州のみならず、全国的なトップスター選手なのだ。そしてマウンドに上がって、いつものようにプレイボールの宣告があって一瞬目を瞑ってからふっと息を吐いて投げ始める陽葵。初球からボールがキャッチャーミットに収まるパンパンという大きな音が響き、すげえすげえと感動しきりな咲里。
「初回ストレートだけで三者三振・・・やびゃあね陽葵お姉さん」
「ほんとね・・・」
そして、その後も陽葵が相手打線をたった1安打に封じきって、打者としても今季早くも38号の2ランホームランを打ったり、晴美も7回裏2アウト満塁で意表を突くスクイズを決めてみたりとこの日のファルクスは快勝。陽葵と海野捕手、そして晴美の3人のヒーローインタビューを聞いて勝利の花火を見届け、帰りの新幹線の中でも咲里は・・・いや、千陽も2人とも興奮冷めやらぬ様子だ。
「やっぱ陽葵お姉さんすごすぎよなあ。今日も9回のあの内野安打なかったら完全だったし」
「当たり前んごつ抑えるけんね・・・それに自分で点取るし」
「今日のホームランやばかったな・・・打ったと思ったらもうボールはバックスクリーンに当たって落ちとったし。私も見るばっかじゃなくてどっか野球チーム入ろかな・・・」
「やめて」
「え、なんでや?」
「だって咲里が野球始めたら、練習とかで一緒におる時間減っちしまうけん嫌だもん」
「じゃあ千陽も一緒にやりゃええど」
「いやいや、僕も運動は好きばってんひとつに集中せんで野球でんサッカーでんバドでん色々遊びながらやりちゃあし、なんさん2人の時間優先してほしかと」
「まあ確かに・・・千陽がそぎゃん言うならチームは入らんどくか。私も千陽との時間優先しちゃあとは同じだけん」
「うん、咲里大好き」
「私も千陽大好きばい」
そんなこんなでイチャイチャしているうちにあっという間に熊本に着き、仕事終わりに迎えに来てくれた鈴の車に乗って帰る2人。
「ちーちゃん、咲里がお姉さんに迷惑かけんだった?」
「全然大丈夫ですよ、てか僕は咲里と2人でバスで帰ったっちゃよかて思いよったてわざわざすみません鈴さん」
「なーんなん、いつも咲里もちーちゃんのママとパパに世話んなりっぱなしだけんなんも気使わんちゃよかて。それにお義母さんて呼んで?」
「だけんお母さんは気が早ぁて」
「ま、まあ今はまだあればってん、いつか僕もそぎゃんお呼びできたら・・・」
その千陽の言葉に、おお!と勝手に盛り上がる母親と、成長した花婿姿の千陽を妄想して顔を真っ赤にする娘であった。
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