用済み聖女と嫌われ第一王子の政略結婚〜政略結婚なのに、こんなに溺愛されるなんて聞いてません!〜

夕立悠理

第1話 奪われた立場

『ユキノシア』

 ――あなたに、かつて向けられた笑みを思い出す。深い慈しみが感じられたブルーの瞳は、いまはもう、冷たさしか感じられない。

「……ユキノシア」

 あなたが、久々に名前を呼んだ。

 その後に続く言葉がわかっていながら、名前を呼ばれた、たったそれだけのことでときめいてしまう自分が恨めしい。

「聖女は、メグミがいれば十分です。……君には聖女の座を降りてもらうことになりました」

 ゆっくりと吐き出された言葉とともに、あなたは私の頭から白の花冠を外した。

 ――要するに、わたしはもう用済みということだった。


◇◇◇

「聖女」

 この国の神殿での最上位の女性をさす。

 聖女は、一代につき、一人選ばれ、その代の聖女が結婚もしくは死亡したら、また新たな聖女が選ばれる。

 そして、第105代の聖女に選ばれたのは、わたし――ユキノシア・バークライだった。


 通常の聖女の選定は、前代の聖女の婚姻が決まると同時に行われる。

 国中の十代の未婚の少女全員が身分を問わず、一度に神殿に集められ、その最奥にある樹に祈りを捧げる。

 すると、その中から一人の少女が聖女に選ばれるのだ。

 誰が選ばれたかは、見た目に変化が起こるので、すぐわかる。

 聖女はみんな黄金色の瞳になるのだ。


 そして、聖女に起こる変化がもう一つ。

 髪の色が変わるのだ。


 その髪の色によって聖女が神の加護をどれだけ受けているかが、わかるという。


 一番は、赤。二番目がオレンジ、三番目が黄、四番目が青で、そして、最後が白だった。


 そして――もともとスミレ色だったわたしの髪の色は、聖女に選ばれると同時に白に変わった。


 ここ、100代をさかのぼっても、白髪の聖女はいなかった。

 ……つまり、聖女として落ちこぼれな存在が、わたし、だった。


 それでも。それだからこそ、努力は怠らなかった。

 神の加護たる、傷を癒す力は一日につき一人しか使えないけれど。その精度と範囲を広げられるように。毎日、休まずだれかを癒し続けた。


 それでも最初はすぐに結婚して、次代の聖女と交代すべきとの声が多かった。

 ……けれど神官長が、あなたがわたしをかばってくれたから、この5年間何とかやってこられたのだ。


 けれど。……異世界から本物の神に選ばれた聖女様がやってきてしまった。


「聖女」には、この国の神殿の最上位の女性、のほかにもう一つ意味がある。

 異世界からの客人だ。


 ……もっとも、異世界から聖女様が現れたのは、もう、遠い過去過ぎて、みんな忘れていたけれど。


 彼女の名前をメグミという。

 メグミは、真っ赤な髪に、黄金色の瞳をしていた。


 そして、異世界から現れたメグミは、わたしが一人にしか使えない、癒しの力を日に100人に使えたのだ。


◇◇◇


「ナギト神官長」

 わたしは、ゆっくりとその名を呼んだ。

 銀色の髪に、アイスブルーの瞳がよく似合い、弱冠22歳ながら、この神殿の聖女に次ぐ地位を確立したひと。

 そして――わたしの、初恋の人でもあった。


「いままで、ありがとうございました」


 ナギト神官長には本当に感謝している。

 今日まで、聖女としてやってこられたのは、間違いなく、あなたのおかげだった。

 メグミが現れてから、ずいぶんと冷たくなってしまったけれど、それだけは確かだった。



 ――あとは、引きこもって、一生この淡い恋心とともにひっそりと生きよう。


 深々と礼をして、退出しようとした、そのとき。

「……ユキノシア」

 ナギト神官長に呼びとめられた。


「君の結婚が決まっています」

「……え?」


 でも、もう新しい聖女は現れたのだ。

 わたしが結婚しなくても……。


「神殿と王家の結びつきを強めるため、君はアカツキ殿下に嫁ぐことになりました」

――アカツキ・レイナルド殿下。

王族でありながら、神の加護を得られなかった、この国の第一王子、その人だった。



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