第2話 初恋にさよならを

 わたしが、アカツキ殿下と結婚……。

「……それ、は」

 拒否はできないわよね。

 わたしは、今は貴族の養子になっているとはいえ、元々平民だった。そんな元平民が、聖女に選ばれ、王子と結婚できるのだ。

 喜びこそすれ、悲しむなどあってはならない。


 けれど……。

 まだ残る淡い恋心が、わたしの胸をぎゅっと絞った。


「もちろん、優しい君なら、喜んで嫁いでくれますね?」


 あなたに、それを言われたくなかった。

 他の誰かから言われたのなら、頷き、光栄です、と言う余裕すらあったでしょう。


 ……でも。よりにもよって、あなたに、「喜べ」と言われるなんて。


「はい。ナギト神官長」


 それでも、微笑んで見せる。

 好きなひとに映る最後の表情は、笑顔でありたいから。


 ……きっと、ナギト神官長は、わたしの恋心に気づいていたのだろう。メグミと恋仲だと噂されるナギト神官長にとって、この想いは迷惑だったに違いない。


 その証拠に、アイスブルーの冷たい瞳は、わたしの返事に満足そうに細められただけだった。


「……では、失礼致します」


◇◇◇


 ナギトに神官長の部屋を出て、自室に帰ってきた。


 あのあと、詳しい説明を神官長補佐のヒルサから聞いた。わたしの結婚式は、数日後に行われるらしい。



 一応一国の王子と元聖女の結婚式にしては、あまりにも急すぎるけれど、これは、神官長がゴリ押したスケジュールだとヒルサは言っていた。


 元平民の落ちこぼれ聖女のわたしに、侍女はいない。


 だから、この部屋にはわたしだけだ。


「……は、はは」


 カーペットにシミができる。

 ぼろぼろと頬をつたう涙がとめられない。わたしは、本当に邪魔者だったんだわ。


「……は、ぁ。好きだったんだけどな……」


 過去には、神官長と聖女が結婚した例もなくはなかった。もちろん、本当に結婚できると思っていたわけではないけれど。それでも、何度か苗字を彼のものと掛け合わせて、想像したことは、あった。


 ナギト神官長は、落ちこぼれなわたしに優しかった。

 いつだって、大丈夫、君には私がついています、と励ましてくれた。


 ……まぁ、メグミが現れてからは、一気に冷たくなったのだけど。それも、当然かもしれない。

メグミは、真っ赤な髪色で神の加護が厚く、そして何よりーーナギト神官長の恋人なのだから。



 泣くのは今日までだ。

 明日になったら、わたしはアカツキ殿下とちゃんと向き合おう。


 そう決めて、一人で声を押し殺して、泣く。


「……っ、う」

 本当のわたしの名前はユキ、だ。聖女にしては、簡単すぎると、ユキノシアという名前を与えてくれたのも、ナギト神官長だった。


 声が好きだった。


 いつも、優しく柔らかくわたしの名前を呼んだ人。


 瞳が好きだった。


 空みたいに、美しく、海のように深い瞳。


 手が好きだった。


 わたしが、癒せる範囲が大きくなると、一緒に喜んで、頭を撫でてくれた大きな手。


 全部、ぜんぶ、大好きだった。


 ーー肩を震わせて泣くわたしを、月だけが見ていた。


 

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