第四話:神獣-朱雀-
♢オフの日(ラグクロ編 其の一)
魔獣遭遇事件から二日が過ぎた。重症だったカルシファーも治療のおかげで魔力も回復し、今はぐっすり病室で寝ている。ラグクロも同様魔力はすっかり戻り、既に退院出来ている。そんな彼はある場所に向かって歩いていた。その場所とは一度訪れたことのある場所だ。
「ごめんください」
「おお、お前さんか。昨日は散々な目にあったらしいのう」
「あはは…」
あの事件は記事に載るほどの大事件に発展し、ラグクロとシーシャは一躍有名人となった。英雄に守られた人として…
事情聴取の際に全てを正直に話しても、誰もが信じてくれるわけじゃない。ミノタウロスを倒したのは、十五歳の少年だなんて尚更のこと。なので、誰も疑うはずもないカルシファーの名を口にして、助けてくれたと言ったのだ。幸いにもギルド側から依頼をしたと証言してくれたため、確信へと変わり、世界中へとその事件は報道された。そのため世界中の人は本当の事実は、知らされていない。
そんなことは置いておいて、ラグクロは本題に入った。
「ザルトさん、ヴィルヲニウムってこの中にありますか?」
「どれどれ」
ラグクロは血術で、鉱石をある分だけテーブルに出した。その量は子供がちょうど埋まるぐらいだ。これは大穴から落ちてきた瓦礫から、それっぽいのをシーシャが集めたもの。なので、ここにはヴィルヲニウムはない可能性もある。これは完全に運まかせだ。
「こりゃまた沢山持ってきたのう。んじゃ一つ一つ見ていこうか。お前さんはくつろいでおれ」
「あの、地下に行ってもいいですか?」
「地下?なんでまた」
「修行です」
「…正直、休憩も大事なんじゃが…まあいいじゃろう」
ラグクロはあの戦いで痛感させられた。誰かが傷つかないと本領を発揮できないということに。
ミノタウロスとの戦いではカルシファーとシーシャで良かったが、それが一般人なら致命傷では済まされない、一大事になりうる。誰かが死んでから行動するのではもう遅い。相手に日和(ひよ)らず、立ち向かえる勇気を身につけなくては、この先やっていけないとラグクロは感じていたのだ。
ラグクロは、ザルトに一言感謝を伝えてから地下へと歩いていった。
「よく頑張る小僧だな。負けてられんわ」
ザルトは地下に歩いていくラグクロの背中を見て、もう一度気合いを入れ直して山になっている鉱石を一つ一つ確認する。
「これは使えん。これも、あれも……」
山になっていたのが、徐々に平らになっていく。確認した中でヴィルヲニウムはまだ一つもない。この中にはないと勝手にザルトは思っていると、ある鉱石を見るけた。
「これはっ!?」
(この鉱石があれば、わしの"仮説"が試せるやもしれん。これをメインに使ってみるとするか)
イメージを膨らませながら、残りの鉱石を確認すると、幸運なことにヴィルヲニウムも見つけることができた。早速、彼の武器を作るために武器を打つ準備に取り掛かった。
一方ラグクロは、瞑想世界で出てくる相手を倒し続けていた。以前と違って指定の場所などはない。そして、ゴブリンだけではなく、あらゆる魔物が出現する設定にしておいてある。
「これくらいにするかな。魔法もだいぶさまになってきたし、ザルトさんも一通り目を通したころだろうし」
ラグクロは瞑想世界を出て、ザルトのもとへ戻った。戻る際に金属のような物をハンマーで叩く音が響いていたので、もう作業に取り掛かっているのだなと察した。
「ザルトさん」
「……」
彼の姿を目視したため、名前を呼んでみたが返事はかえってこなかった。それほど作業に集中していると考えれば嬉しい限りだ。少し眺めていると、テーブルに重りに挟まれた紙を見つける。そこには「早朝までには完成させる。明朝に取りに来てくれ」と書かれてあった。ラグクロは裏に「ありがとうございます。ではそうします」と書き残し、その場を後にした。
♢オフの日(ラグクロ編 其の二)
「昨日は大変でしたね」
「あはは…」
ザルトの家を後にしたラグクロは、ギルドに来ていた。そこで本日二度目の苦笑い。
それより、なぜ彼がここに訪れたかと言うと依頼を確認したかったためだ。翌朝までは時間がありすぎるため、一つや二つの依頼をこなして時間経過を早めらせたいと考えていたのだ。そして、比較的簡単な依頼を二つ申し込んだ。一つは近くの森に住むゼルブベアーの毛皮、そしてスパスライムの溶解液の採取。もう一つは、ホレ草という何かの調合に必要な草をできるだけ集めて欲しいとの事だった。
(この草の名前大丈夫か?)
森に向かう途中にホレ草はあっけなく姿を現した。形はケマンソウという花と若干似ているハート形の花だ。色は濃いピンク(撫子(なでしこ)色)だ。
(こんなものを調合して何作る気なんだろう?)
純粋かつ鈍感なラグクロは、ホレ草をたくさん採取して森へ向かった。
「ブオオオオ!」
森に入って早々ラグクロは、目的の魔物であるゼルブベアーに襲われていた。大きさは三メートル強。ラグクロは少しずつ距離を離し、頃合だなと思った瞬間にくるっと半回転して、ゼルブベアーの頭部に水弾を食らわせた。
「まずは一体。せめてあと四体は狩りたいよなぁ」
(それに水弾の威力を上げたいし。この威力じゃまだまだ全然使い物にならない。これ以上大きくなると、制度がぶれるからなぁ。ピストル型じゃ限界だよなぁ)
水弾は指の先端に水を凝縮して攻撃する技。もちろん水量で弾も威力も異なるが、大きくすればするほど制度が難しくなる非常に扱いが難しい技だ。どうやって制度をあげるか。今それをラグクロは考えているのだ。
すると、目の前に一体のゼルブベアーを見つけた。距離は約十五メートル。今度は接近せずに木の上に登る。
(前みたく魔力練って形を生み出すことができるなら、イメージすればなんでもゼロから作れるかな?)
前とはミノタウロスを倒した技「雷神ノ断罪」でやったナイフに魔力を込めて、ナイフの長さを長くした事だ。もっと簡単に言えば、ナイフを魔力で剣へと変えた感じだ。
つまり、魔力で形作れるならなんでも生み出せるのではないかという事。ラグクロは当たって砕けろ精神で、水で形作りを開始した。
(意外と難しいな。やっぱりイメージが足りないか)
ラグクロが挑戦しているのは、少し複雑な構造なため苦戦しているそうだ。でも時間をかけてやっと完成させてみせる。
そして、その生み出した武器をゼルブベアーに標準を合わして発砲する。ゼルブベアーは音と同時に後頭部を撃ち抜かれ、その場に倒れた。
「やっぱりすごいな。ライフル」
ラグクロが水で作りあげたのはライフル。ピストルとは異なり、長距離でも安定して一直線を描くことが出来る優れものだ。実物はどうかは知らないが、ラグクロの水で作る弾は距離が長ければ長いほど原型維持と軌道修正がしづらくなる。そのため、ピストルの弾速より、ライフルの弾速の方が倍近く違うため、原型維持、軌道修正するのには効率が良いのだ。
それからもラグクロはライフルの素晴らしさを体験し、ゼルブベアーの毛皮の採取を完了した。そして、残るはスパスライムの溶解液のみとなった。だが、溶解液の採取は比較的簡単だ。なんせスライムを討伐する必要がないからだ。
ちなみに、スライムを討伐するとなると物理攻撃は全くもって無意味。魔法でも種類によって効くのと効かないのがバラバラなので、可愛らしい姿ながら最も倒し方が難しい魔物である。
それは置いておいて採取方法だが、まずスパスライムを見つけてその後ろをついて行くだけ。するとあるところにたどり着く。そこは自然に湧き出ている温泉だ。スパスライムは温泉があるところに生息する。そのため、スパ(温泉)と名付けられたのだ。
肝心な溶解液はというと、この温泉が全てそうなのである。スパスライムは他のスライム同様、液体の魔物だ。そんな魔物が温泉に入ればどうなるだろうか。
答えは単純明快、溶けだすのだ。スパスライムは栄養を蓄えれば蓄えるほど体が大きくなっていく特性を持つ。なので、温泉に入って体を溶かし、指に乗る程の小さい状態でもう一度森を旅する。その体を小さくする過程で出た液体こそが溶解液。つまり温泉に混ざっているのだ。この温泉自体を取れば依頼は達成だ。
「よし。これで全部の依頼を達成っと。もうちょっとここにいたいけど、カルシファーさんも心配だし帰ろうかな」
ラグクロは依頼の品を血術で収納し、まっすぐ宿泊先に帰えることにした。
♢オフの日(シーシャ編)
魔獣遭遇事件の翌日。ピンク色の髪をなびかせ、ギルドを訪れたシーシャ。普段はラグクロとカルシファー、二人と来ているが二人は入院中のため、今は一人でここに来ている。そのためなのか分からないが、やけに変な視線を感じるシーシャ。それもそうだろう。なんせ地元では、聖女アリスに並ぶ美少女の上、女性すらも羨ましげに見る美乳の持ち主だ。男女問わず、ここに視線が釘付けになってもおかしなことではないだろう。
シーシャは視線に嫌気がさし、展示してある依頼を眺めた。シーシャが受けられる依頼はそこそこあったが、シーシャからしたらどれも退屈である内容だらけだった。猪肉を取ってくる依頼やこの近辺をうろつく狼の討伐、遺跡調査など、どれもシーシャのエゴがそそらなかった。しかし、そんな中で目に留まる依頼を見つけた。
「世間を騒がしてる極悪集団"土竜"の討伐…」
シーシャは、この土竜(モグラ)という名に聞き覚えがあった。
あれは確か食料が輸入されない原因を突き止めるべく、森にある洞窟に潜入し、盗賊たちを懲らしめていた時だ。次々と倒していく盗賊たちは、気絶する前にいつも同じことを口走った。「土竜が黙ってないぞ」と。シーシャは動物の方だとばかり思っていたのだろうが、言っていたのはこの事だった。
内容を見ると、最近この街で"壠(うね)"と身体に刻んだ不良を目撃したとの事。この字は土竜のメンバーであることの意思表示らしい。本当かどうかは分からないが…
(土に竜(龍)だから、この字ってなんかダサすぎじゃない?)
そう思いつつ、シーシャは依頼の紙をもって受付まで行った。受付の人はこの紙を見た瞬間目を疑ったのか、一度目を擦って再確認する。
「ほ、ほんとにこの依頼を受ける気でいらっしゃいますか?」
「…そのつもりですけど何か?」
「い、いえその…おひとりで?」
「はい」
受付の人は、遠回しに遠慮しておけと訴えかけるが、シーシャはそんなことお構いなし。受付の人の気持ちも分からないわけではない。こんな美少女が極悪集団"土竜"を一人で討伐するって言われたら、誰だって引き止めるだろう。 しかし、それは彼女を全く知らないからだ。
仕方なく受付の人は承諾して、シーシャは外に出た。彼女はすぐ、目撃情報が多くあった裏道に足を運んだ。
(ここに来れば、何か見つかると思ったのに無駄足だったかな)
しかし突如、幾人かのチンピラがシーシャの周りを囲む。見ると、腕や太もも、頬なんかに"壠"の字が彫られてある。こいつら全員が土竜のメンバーだと理解したシーシャだったが、背中に拳銃を突きつけられ、従わざるを得ない状況になってしまう。シーシャは両腕をあげて、様子をうががうことにした。
「あなたは冒険者ですね」
「違いますぅ〜って言えば返してくれるのかしら?」
「そういう訳にもいかないんですよ。我々の顔も知られたわけですし」
上手いテクニックだ。初めから顔を晒し、死ぬか下僕になるかの二択に誘導する。こういう手口で配下を増やしたのだろう。
「私も傘下に入れと?」
「いえ、何かと言えば従人(じゅうにん)に近いですかね。あなたはいい身体を持ち合わせています。立派な"我々の"従人になれるでしょう」
銃口をシーシャに向けた男が口にすると、周りにいる手下たちが、薄気味悪く笑い出し始める。シーシャは、この笑いがなんなのか薄々気づいていた。従人と言葉を丸めてはいるが、言い換えれば奴隷。さらに詳しくは、言わなくてもわかるだろう。
「あんたらサイテェね」
「すまないね。でも、首を突っ込んだ君が悪いんだよ」
「はぁー。類は友を呼ぶってわけね」
土竜アジトのとある部屋。そこには二人の男と六人の女性がいる。女性たちは従人となった者たちだろうか、何かをせがむように体を男たちに寄せている。
「なぁ兄貴。あの役立ずのドレストスが、どこにいるかわかったのか?」
「ああ、あいつは今、刑務所にぶち込まれていやがる。俺たちのことをバラされる前に消さねぇとな」
「んじゃとっとと、抹消しに行きやすか」
「待て待て。お前今朝の新聞読んだか?」
「今朝の新聞だ?」
「お前も噂ぐらい耳にしたと思うが、この近くの鉱山で起きた魔獣遭遇事件。その事件を解決したのが"暴風"らしい」
暴風の名を口にして男は冷や汗をかく。暴風とは、カルシファーの異名だ。相手が元レジェンズなんて、誰でもこんな顔はするだろう。
「あくまで俺の仮説だが、ドレストスは暴風にやられた。不規則生物(イレギュラー)もいて捕まってるんだ。暴風の仕業でも何らおかしくねぇ」
「ど、どうすんだよ兄貴!その件で暴風が絡んでんなら、俺たちは太刀打ちできねぇじゃんよ」
「そんなに焦る必要はねぇ。暴風といえ、この街に長く滞在するわけじゃねぇ。数日経てば、暴風の方からどっか行くだろう。それまで我慢すればいい。我慢つっても、俺たちにとっては、暇つぶしなんざ願ったり叶ったりなんだが」
男は体を寄せる女性の胸をがっちりと掴んで大笑いする。もう一人の男も察して、一緒に笑い始めた。すると、ドアからノックの音が三回聞こえた。二人の男は笑うのをやめて、ドアの方を見る。そして入るよう呼びかける。
「お頭…」
ドアを開けたのはシーシャを襲った子分だった。だが、なんだが様子がおかしい。
「どうした?」
「すみませんボス…相手が強すぎた…」
子分はそれだけ言い残して、その場に倒れた。何事かと戸惑っていると、ドアの奥から見知らぬピンク色の髪の少女、シーシャが現れた。シーシャは、誰がどう見てもわかるほどガチギレだった。
「だ、誰だお前は!?」
「ねえ、あなた達は女性をなんだと思ってるの?」
シーシャの声は冷たく冷えきっていて、一言一言背筋が凍りつきそうだ。
「自分たちの性欲を解消する道具?それとも」
「こ、こいつらは自ら寄ってきてんだ。てめぇには関係ねぇだろ」
「あなた達がそこまでさせたんでしょ。それより覚悟できてる」
「まさかとは思うが、こんだけの数相手に勝てるとでも思ってんのか?」
そう言うと、別のドアから大勢の男たちが現れる。ざっと三十人程だ。
「ビビったか!俺たちを舐めきって、一人で来たのが運の尽きだぜ」
「……」
「なんか言ったらどうだよ」
「やるなら早くしてくれない?こっちお昼から何も食べてないから、お腹減ってるんだけど」
「っ!…殺っちまえ!」
頭にきた男は命令を下し、子分たちが剣や銃を手にシーシャに襲いかかる。だが、シーシャに返り討ちにされる。子分たちを倒すのに、三十秒もかからなかった。
「ど、どうなってんだ…」
男二人は顔色を変えて、シーシャの方を見た。子分たちを山積みにして、その頂上で足を組む彼女の姿はまるで女帝だ。
「ねえ、もう一度聞くけど覚悟できてる」
シーシャは二人ににっこり笑ってみせる。しかしその顔には、笑顔より怒りの感情が強く、二人をビビらせていた。
それからは二人を半殺しにし、縄で全員を縛り、ギルドに報告して女性たちは保護された。そして、四十名以上の土竜を捕まえることとなった。無事掴まったことを確認したシーシャは夜の暗闇に消えていった。
♢オフの日(カルシファー編)
カルシファーは夢を見ていた。遥か昔のはずなのに、昨日のように思い出す懐かしい夢。その夢にいたのは男三人ずつ、計六人の姿だ。みんなと笑っている情景、カルシファーと一人の男が喧嘩している情景、そして怒られてげんこつをもらう情景。どれもちっぽけだけど、大切でかけがえのない思い出だ。
しかし、いい思い出だけではなかった。出会いがあれば別れがあるという言葉があるように、みんなはカルシファーの元から離れて行った。カルシファーは手を伸ばすが彼らを掴むことが出来ず、そこに立ち尽くすことしか出来なかった。カルシファーの顔が青ざめていると、景色がいきなり真っ黒になり、自分自身の姿さえ見えなくなってしまい夢は終わってしまった。
午後の病院のとある部屋で、カルシファーは目を覚めた。彼の目には涙がこぼれていた。懐かしくもあり、同時に寂しさを感じた夢を見たせいだろう。カルシファーはその涙を拭いて、状況の整理を始める。
(確かミノタウロスと戦って…)
すると、カルシファーが寝ている病室のドアが開く音が響く。
「カルシファー様はいつになれば目覚めるのでしょうね」
「仕方ないですよ。魔獣との戦いだったのですから…」
病室に入った看護師たちは目覚めているカルシファーと目が合い、数秒時間が止まったかのようにフリーズしてしまった。カルシファーは苦笑いをしながら手を振った。すると、看護師たちは無言でその場に倒れた。カルシファーは慌てて看護師たちに近寄った。
「おぉ!お目覚めになられたのですね。カルシファー様。おい君、私の診察器具を持ってきてくれ」
「わざわざありがとうございます。ところで俺は何日間寝てたんっスか?」
「あの事件から二日が過ぎたところです」
「そうっスか」
カルシファーは医師の診察を受け、病室のベッドに座っていた。ミノタウロスを倒した英雄として、世間をざわつかせていると、医師から聞かされたカルシファー。このデマ情報は、ラグクロが流したとすぐに理解した。
「退屈っスねぇ。手紙でも書くっスか」
カルシファーは紙一枚とペンを持って、描き始めた。宛先はヨールドとアリスのいる教会だ。教会を離れてわずか一週間という短い間なのに、あっという間のようで大変だった出来事を書き記していく。すると、瞬く間に一ページ書き終えてしまった。
(予想外の展開だらけっスけど、着実にラグクロ君の力が強くなっているっスから、心配するなっと。こんな感じでいいっスかね)
カルシファーは手紙を折り畳み、廊下を通る看護師に頼んで送ってもらった。またしても暇になってしまったカルシファーは、運動がてら病院の中庭を散歩し始めた。この街で最大規模の病院ということもあり、中庭も豪華だ。ここで軽くデートでもできそうなほどに。
「そういえばラグクロ君たちは、今何してるっスかね。お見舞いは来てくれてるって聞いたっスけど」
『あの子たちなら、ギルドで依頼をこなしているわよ』
カルシファーのつぶやきに反応したのは、彼のパートナーのベルセリアだ。そして、カルシファーの体からポッと出てくる。
「あなた、二人に感謝することね。あなたが気を失ってから大変だったんだから」
「わかってるっスよ…ところで、俺が気絶してから何があったんスか?」
ベルセリアは、カルシファーに気絶した後の出来事を話した。ラグクロが一人でミノタウロスを倒したこと、ゴブリンとの追いかけっこのことを。
「なんスか、その一歩誤ればここにいなかった出来事は」
「全て事実よ。あとは…あれ?思い出せないわ」
「?」
「忘れる程だから、大したことではなかったのかも。なんでもないわ。忘れて」
カルシファーは、ベルセリアが言いたかったことが多少気になったが、深く追求することはしなかった。
「それより平気なの?あの事件、大きく記載されちゃったけど」
「あれは仕方がないっス。たとえ、俺の存在が明るみに出ても、一年こもることになるんスから、"亡霊"として一時的に噂になるだけっスよ」
「ならいいんだけど…」
カルシファーとベルセリアの謎の会話は、散歩が終わるまで続いた。そして、カルシファーは自分の病室のベッドで、眠りについた。
♢新聞の亡霊
事件を記載した新聞は各地を周り、一日にして大騒ぎになっていた。それはここ、ヴィーラル城跡地でも同様だった。
ヴィーラル城は今から八年前、ある集団が城を占拠し、集落までもが絶滅したと言われている、危険区域の一つだ。ラグクロたちが向かっているシーズンと違って、狂った猛者が好んで入る雰囲気ではない。集落であっただろう場所には、ヘドロで汚染されているし、周りに草なんてものは存在せず枯れ地。空は永遠に夜のように暗闇で、入ったら確実に迷子になるレベルだ。
これだけでも充分危険なのだが、ヴィーラル城が危険区域と認定されたのは別の問題である。それは魔物に関係する問題だ。
ちなみに、危険区域と認定されるには、次の項目の平均を二倍超える必要がある。
一、魔物問題
二、環境問題
この二つの中で一つでも当てはまれば、危険区域と認定される。ラグクロたちが向かうシーズンは項目全てに当てはまる。シーズンはその名の通り、春夏秋冬の四つで部分分けされているため、各季節に適した魔物が存在する。それに加え、各季節に応じて生活を変える必要があるため、危険区域と認定されたのだ。
そしてここ、ヴィーラル城跡地はシーズンと同じく、項目全てが当てはまる。当てはまるだけでは飽き足らず、項目の平均を三倍を容易に超えている。まさに最凶最悪と言える。
「ころォす、ころォす」
「グオォォォォォ」
ヴィーラル城に住んでいたであろう者が、成仏できずに霊となりあちらこちらをさまよっている。その数は百や二百と言った生易しいものではない。恐るべきは霊だけではない。真っ黒な空の上をネグロドラゴンが四、五体飛び回っているし、人型狼(ヒューマンウルフ)の大群、活性死者(ゾンビ)の群れなど、普通なら現れるはずなんてない魔物までさまよい歩いている。
そんな心臓がいくつあっても足らない環境の中を、白いマントを身につけた男が、トコトコと歩く。
「ふわ〜。英雄の復活ねぇ」
歩き方からしても、この事態に恐れることはなく、平然としているのが分かる。オマケに、あくびまでする始末。そんな身の程知らずの男に魔物が牙をむく。
「ころォォォす!」
「グオォォォォォ!」
成仏出来なかった霊の群れとゾンビ、そしてネグロドラゴンが襲いかかる。しかし、大量の魔物相手に全く怯(ひる)まず、歩みを止めない。
そして次の瞬間、男は片手に収まる程の石を大群目掛けて投げる。すると、全ての魔物の首が宙を舞った。
「ったく、こいつら歯ごたえねぇな。いい加減飽き飽きしてくるぞ」
独り言を呟きながら、男は城の方へ歩く。しばらく歩いていると、目の前に少年が現れた。男はその少年をガン無視してすれ違うのだが、目の前にまたあの少年が現れる。
「お前、邪魔すんじゃねぇよ」
「相変わらず、派手な殺し方を好むなぁ」
男は少年に接近し殴りかかった。しかし、男の拳は少年に当たる直前で、不自然に方向を変えて、男の方に拳が向かった。それを男は回避して、数秒間二人は静止した。
「そして、頭に血が上れば殴りかかる所も変わってないようだなぁ。ガスラド」
「そう言うお前は、自慢の空間魔法の使い方が変わったな。まだまだ俺が強ぇがな」
「口数が減らない奴だな」
「お前もすぐ頭に血が上んな」
ガスラドと少年のいがみ合う姿は、まさに龍と虎だ。このまま行けば、竜虎相搏つ事になるだろう。だが、その心配は一瞬にして消し去られた。
「二人とも"止まりなさい"」
今にも喧嘩が始まりそうだったのだが、止まれの一言で二人は岩のように動きが止まった。
「内輪もめは御法度ですよ。まあ、仲がいいのは変わってないようでよかったです。ガスラド、クランス」
「「こんなチビ助・ゴリラと一緒にすんな」」
「んあ?」
「あぁ?」
動きを封じられたのにも関わらず、二人は喧嘩を続ける。二人の身動きを封じた男は、ため息をついて二人に睨むような目を向ける。
「"お静かに"」
そう男が唱えると、二人の口が塞がり、喋れなくなってしまった。唯一発せれるのは、喉から出る「ふん」や「ん」のみだ。
「私たちが何故ここに呼ばれたのか、わかっているのですか?仲間同士で喧嘩をするために来たわけでは…って聞いてないし」
二人は身動きと言葉を失ったため、立ち姿のまま寝ていた。それに呆れて男は魔法を解除し、二人は地面に倒れた。
「ロダータ、解除すんなら一言言えよ」
「話を聞かないあなた方が悪いのですよ」
「話聞かずともわかってるっつーの。あのゴリラはわかんなさそうだがな」
「うせぇっ。新聞に載ってた英雄の復活についてだろうが」
「わかっているなら早いとこ、城内に向かいましょうか。クランス、空間魔法で私たちを移動させてください」
「お前はまだいいが、ゴリラと転移すんのはごめんだね」
「いつお前なんかに頼んだよ。こっちから願い下げだ」
「ここで意地を張らなくても…」
「じゃあな。お前が死んで来たら嘲笑ってやるよ」
クランスは指を鳴らし、ロダータを連れてこの場から姿を消した。それを見届けたガスラドは城目掛けて歩き始めた。
♢再起動
ヴィーラル城城内。明かりという明かりはなく、薄暗い廊下をガスラドは歩いていた。歩き続けると、一本道の廊下の奥に一つの大きな扉が姿を現す。その扉を開けると、整っていた城内と一転し、崩壊していて開けている広い部屋に出た。この場所は元々、王座の間だったところのようだ。その部屋にクランスとロダータはもちろん、他に六人もの白装束がいる。
「ああ、ガスラドちゃんじゃん。相変わらずいい筋肉してるね」
「ダーダネル、お前の目は節穴か?どこがいい筋肉だ。どう見たってゴリラじゃねぇかよ」
「あなたはもっと筋肉つけた方がいいわよ。クランス」
「お前、ヒョロチビって言いてぇのか?」
「クランス落ち着け。お前のすぐ頭に血が上るとこ、悪いとこだぞ」
「うるせぇぞ、ルシネス。そういうお前はシスコンなくせに、喧嘩して嫌われたらしいな」
「なっ!?クランスどこでそれを!」
久しぶりに会ったためか、仲間同士の会話が弾んでいく。ガスラドは大あくびをしながら、密集しているところとは真反対にあった大きめな瓦礫に腰を下ろした。
「お久しぶりですわね、ガスラド」
「あぁ、久しぶり久しぶり」
「素っ気ないですわね。でも、それが貴方のいい所でもありますけど」
ガスラドに話しかけた女は、近くに座り彼を眺めた。
「ねえ、ガスラド。今夜は私(わたくし)と飲みにでも行きませんか?もちろん、お代はこちらが払いますわ」
「考えとくわ」
「キャルデラ、あなただけズルいわ。行くならあたしも連れて行って!」
「子供にはまだ早いわね」
「ムキー」
キャルデラとダーダネルの女子同士の言い合いが始まった。始まって直ぐに、クランスがガスラドに近づいて胸ぐらを掴む
「お前なんでそんなにモテてんだよ。殺すぞ!」
「こいつらに好かれようが、俺は心底どうでもいい。つか離せよ、チビ助」
「あぁ。ここでぶっ殺してやるよ」
「そこら辺でやめにしろ、クランス。ボスのご到着なられた」
ロダータの言葉を聞いて、全員一瞬だけ身が引き締まった。そして、ロダータにボスと慕われているであろう者が扉からでなく、崩壊した天井から舞い降りてきた。その姿はまさに堕天使のようだった。羽など当然生えているはずもないのに、生えているように錯覚するほどに。
「こうして全員集まるのは二年ぶりかな」
「感慨(かんがい)に耽(ふけ)てんじゃねぇよ。それより本題に入ろうぜ、グローバル」
「ボクはもう少し、この嬉しさに耽ていたかったのだけどね」
グローバルは、深呼吸を深くして気持ちを入れ替えた。さっきまでとは雰囲気が変わり、近寄り難い不気味な気配を漂わせる。
「君たちも知っていると思うけど、新聞の件についてだ」
新聞の件と聞いて、皆にある記事が頭をよぎった。英雄ことカルシファーの復活だ。世の中には良い報告なのだろうが、この者たちからしたら邪魔でしかない。理由は簡単、カルシファーとは敵対関係にあるからだ。そのため、この記事が出されて直ぐ、この者たちは集まっているのだ。
「ボクたちの計画を知る数少ない人物が蘇ったとなると、ボクたちの喉元に刃物が突き刺さるのは時間の問題。だから、早いところ手を打っておく必要がある」
「つまり何が言いたいの?あたしにもわかるように言って!」
ダーダネルの発言に「わかったよ、わかったよ」とグローバルは返し、「おっほん」と言って話を戻す。
「あちらが動き始めたなら、こちらも本格的に動きを再開すればいい。つまり、極悪非道集団と世の中を轟かせた"屍"の再起動だ」
「待ってたぜこの時を!」
「とは言っても、二年前の戦いで人手が足りない。まずは、奴隷(仲間)を集めるのが最優先事項。計画を進めるのはその後だ」
それから屍の連中は、グローバル以外で二人組になって行動を開始した。
「ちょ、ちょっと待て…」
「どうしたよ、チビ助」
「「どうして俺がゴリラなんかと行動しなきゃ行けないんだぁ!!」」
♢魔力の原理
各々のオフ日が過ぎ去り太陽が登る。カルシファーもすっかり元に戻って、退院許可は下りてないが勝手に退院して、今はラグクロたちとともに行動している。
「本当に良かったんですか?勝手に退院しちゃって」
「問題ないっス。なんなら、置き手紙も書いてきたっスから」
(それだけ!?)
ラグクロは、抜けているカルシファーを見て、少し不安になりながら階段を上る。ラグクロたちが向かっているのは、ザルトの鍛冶屋だ。昨日言われた通り、ラグクロの専用武器を受け取りに行くためだ。
「待っておったぞ。今日はカルシファーも一緒とはのう」
「久しぶりっス。ザルトのおっちゃん」
「えっ、二人はお知り合いだったんですか?」
「知り合いも何も俺の武器を作った人っスよ」
「えぇっ!?」
カルシファーの専用武器。通称「ゼフ」は、カルシファーの魔法「変形魔法」を用いて、あらゆる武器に変化しながら戦う。そのため、付与されていない元の形は自在に伸縮するだけの金属棒だ。この代物を作ったのがザルトだった。恐るべき発想力と創作力。
「ゼフの点検にでもしに来たのか?」
「出来たらお願いしたいっスけど、今日はお供っス」
「ラグクロ少年のか?」
「今この子と修行の旅に出てるんっスよ」
「少年と…」
するとザルトは何かを理解したのか、ラグクロに声をかける。
「お前さんがミノタウロス(魔獣)を倒したのか」
「えっ?どうして…」
「昨日の言動から何となく察せるぞ。おおよそ、少年が倒したって報道するよりか、カルシファーが倒したって報道する方が世間様が信用すると考えたんだろう」
「おっちゃんの顔や言動から考えを見抜く癖は変わらないっスね。ってそんな事よりラグクロ君の武器はどこっスか?」
「おっとそうだった、そうだった」
ザルトは鍛冶場から、ラグクロの専用武器と思われる代物を手に持って戻ってきた。
「これがお前さんの武器、「神獣-朱雀(すざく)-」だ!」
ザルトが持ってきた「神獣-朱雀-」は、赤色と黄色のグラデーションになっている短剣二刀流式。形といい、色といい、武器の名前通りの朱雀の羽のようだった。
「カルシファー。お前さん、少年が物に魔力を込めるとどうなるか知ってるか?」
「原型が維持できなくて崩壊する…っスよね」
「その通りだ。ただ、わしはそこに少し疑念を感じたんじゃ。これに限っては、見た方が早い」
ザルトはラグクロに売られている鉄の剣を渡し、それに魔力を注げと命令が下された。ラグクロは剣に魔力を込めると、やはり剣は砕けた。
「別に魔力を込めて壊れること以外、変なことはないっスよ」
「やはり、お前さんでもわからんのか…」
「バカにしてるんスか?」
小馬鹿にしているようだったので、カルシファーは少し怒りを募らせる。そのカルシファーを無視して、質問をなげかける。
「お前さん、魔力を物に込める時、魔力の流れはどんな流れをしていると思う?」
「なんスか?その回答しにくい質問は。まぁ答えを出すとするなら、その対象の物を覆うように流れる感じっスね」
「やはりか。わしも同じコーティングのように物の縁を流れると思っておった」
「…なんで過去形?」
「少年を見て、一般的なイメージは間違っているのではと思ってな」
「?」
カルシファーが不思議に思うのも無理はない。ザルトはポンポンと喋っているが、常人にはよく分からない。天才と常人の間に壁があるのを、聞きながらラグクロは感じた。
「お前さんはわかると思っておったが…まあいいか」
「もったいぶってないで教えてくださいっスよ」
「じゃあ聞くが、コーティング式で物が壊れるとしたらどうなると思う?」
「外側からメキメキメキってヒビが入って壊れる…っスかね」
「その通りだ。じゃあさっきラグクロ少年が魔力を注いだ時にどう壊れた?」
「さっき…バンッ!って一気に壊れたっスね」
「そうだな。コーティング式ではありえない、"内側からの崩壊"だったな」
ザルトがそう口にすると、カルシファーは何かに気づいたように叫び出した。ラグクロはまだわかっていないようだ。
「魔力の流れ方はコーティング式じゃない」
「いや、正確にはコーティング式ではある。違うのは"どこに"コーティングされるかだ」
「対象物の核の部分っスね」
ザルトとカルシファーの話を簡単に略すとこうだ。魔力は、対象物の全体を覆いかぶせるよう(コーティング式)にできているという勝手なイメージが、そもそもの間違いということだ。それだと、ラグクロの魔力を込めた武器の壊れ方が、カルシファーが言うように外側から壊れる形でないと不自然。そこでザルトは一つの仮説を立てた。それが、対象物の核に魔力がコーティングされているというものだ。
「核に魔力がコーティングされ、対象物全体に流れている。もっと正確に言うなら、核を中心に対象物が固くなるってとこか」
「?」
「ラグクロ君、筋肉をイメージするといいっスよ。何も加えていない状態をただの物、力を加えた状態を魔力を込めた物と思ってください。現実にはありえないっスけど、筋肉に力を入れ続けるとイメージどうなると思うっスか?」
「そのうち、限界が来て破裂する」
「その通りっス。君の魔力では、武器に込めようとすると、武器の内側から破壊されるってことっスね」
「そこでこの「神獣-朱雀-」だ。こいつの原型を象っている、ある鉱石の特性がお前さんに非常に適していた」
ザルトはラグクロに武器を渡し、その武器に魔力を注げとまた命令が下された。しかし、ラグクロは少し躊躇った。もし、これで壊れたらと思うと勇気が出ないのだろう。たが、ザルトの自信に満ちた顔を見て、意を決し注いでみる。すると、今まで同様壊れることはなく、原型を保った。
「こいつを象っている鉱石は、シャッドニウムっつーもんを使ってるんだ」
シャッドニウムは、鉱石の中でとても柔らかい分類に扱われる。その柔らかさを利用して、魔力での破壊を回避したのだ。原理は簡単。魔力は内側から硬直するため、通常が柔らかく、原型が崩れないように思考したのだ。さすがその道のプロだ。
「一応、ヴィルヲニウムでも作ってみたんだが使ってみるか?」
ザルトはヴィルヲニウムで作ったとされる真っ黒のグローブを持ってきた。
「こいつがヴィルヲニウムで作った戦闘グローブだ。シャッドニウムと融合させて作ったやつだ。だからゴムみたいな手触りで軽い」
ヴィルヲニウムの特徴、「破壊無効」。そして、シャッドニウムの特徴、「軟質」の合わせ技で作ったグローブは、ラグクロの度肝を抜かれる程の完成度だった。ザルトの話では、「神獣-朱雀-」の方もヴィルヲニウムを使用したらしく、絶対に壊れることはないとのことだった。
(早く…早く使ってみたい)
「お前さん、顔に出やすいタイプじゃのう。そんなに試したいなら、地下に行ってみるといい」
「え!?いいんですか?」
「初めは本物で試させたいのじゃが、お前さんが早く使いたそうだったからのう。それに、ゼフの点検も念の為したいしのう」
こうしてラグクロは瞑想世界で朱雀の力を思い知らされるのだった。
♢目的地到着
朱雀の試し斬りとゼフの点検が終わり、少し早い昼食を取る。ザルトの家にはキッチンはあれど、道具を兼ね揃えていないため事前にカルシファーが作ってきたものだ。
「お前さんも成長したのう。ここに初めて来る時なんて、暴れん坊で手に負えないやつじゃった。そんなやつが料理をだなんてな」
「うるさいっスよ」
ラグクロはそれを聞いて驚いた。昔のカルシファーと今のカルシファーは別人だったなんて信じられなかったからだ。それに暴れん坊なんて尚更。
「へぇ〜。カルシファー先生って、今と昔で違ってたんだ」
「そんじゃよ嬢ちゃん。なんなら、カルシファーに関する昔話でも聞くか?」
「聞きたい」
「聞かせなくていいっス!おっちゃん。シーシャちゃんに聞かれたら、それでいじられそうなんでダメっス」
確かにシーシャに聞かれたらめんどくさい事になるのは経験上知っているため、ラグクロは彼女の味方にはなれなかった。
(でも、カルシファーさんの過去か…少し気になる)
ラグクロは、そんなことを思いながら、カルシファーの手作りの料理を食べた。ラグクロの料理より味付けが濃いが、パンチが効いていてとても美味しかった。
「そう言えば、ここからどうする気なんだ?お前さんの修行だから、この街が修行場所じゃないんだろ」
「そうっスね。ここは食料調達に立ち寄っただけっス。彼の修行場所はおっちゃんも知ってると思うっスけど」
「季節島(シーズン)か。ほんと好きだな」
「あそこはいわば、"俺たち"の訓練場みたいなもんスよ。利用しないわけがないでしょ」
「じゃあ、これを食ったらもう出るのか」
「そのつもりっスよ。おっちゃんにはお世話になったっス」
カルシファーはザルトと軽く喋り、お別れの挨拶を交わした。次は俺の番かと思いザルトに顔を向ける。
「ザルトさん、ほんとに色々ありがとうございました。これ、お礼も兼ねて受け取ってください」
ラグクロが手に持っていたのは、以前ギルドの報酬から獲得した五〇ゲールだ。武器の作成代のつもりだろう。
「……」
ザルトは呆然と立ち尽くしていた。信じられない大金に度肝抜かれたのだろう。
「こんな大金貰えねぇよ」
「いえ、それほどお世話になったのでこれぐらいは当然かと」
「こうなったラグクロ君は渡すまで離れないスよ。諦めて受け取った方が身のためっス」
カルシファーの言葉を渋々受け入れて、ザルトはラグクロから五〇ゲールを受け取った。
「じゃ、これでこの街にいる意味はなくなったんで、そろそろ目的地に向かうっスかね」
「少年。強くなって戻ってくるんじゃぞ」
「はい!」
ラグクロが元気よく返事をしたところで、カルシファーの血術で転移した。
目の前にいたザルトはいなくなっていて、代わりにイチョウの木々が並んでいるところに着いた。
「やっと着いたっスよ。ここが季節島(シーズン)。君が一年間過ごす危険区域っス!」
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