第二話:不規則生物(イレギュラー)

♢教会に向かう男

ラグクロがシーシャと出会ってから十年後、時は現在に戻る。

「あのゴーレムがやられるほどの、強者(つわもの)が現れたんスか」

謎の男は、まんじゅうを食べながらつぶやく。そして、近くを通りかかった村の人に質問を投げかける。

「あのー…すみませんが、ここに現れたゴーレムを倒した人に心当たりってありますか?」

「ああ、よく知っているよ。ラグクロって言う少年だ。久しぶりに見たけど、まさかあんなに強くなるなんて…」

「そのラグクロ君がどこにいるかは、わかるんスか?」

「それなら、この街を南に進んだところの小さな教会に暮らしているよ」

「あそこの教会っスね。感謝するっス」

男は教会を目指して南に進んで、山奥へと足を踏み入れた。しっかりとした道ができていて、その道を渡って進んでいく。

風に揺れる葉の音、鳥のさえずりが聞こえてきてくる。とても穏やかな所だ。

山を歩いて約七、八分と言ったところか、やっと山の頂上にたどり着けた。

頂上にあったのは小さく、白と茶色でデザインされている典型的な教会と、十人なら軽く暮らせそうな家が一軒あるのみ。

家の方は新しくリフォームしたのか、古臭さを感じさせない木造建築だ。

「懐かしいっスね。この教会も…」

男は教会の扉を開けて、一番手前の木製のイスに腰を掛ける。山道を歩いた足にはいい休憩になった。

「不在っスかね?…家の方も見に行ってみるっスか」

三十秒ほど休憩してから、立ち上がり外へ出る。そして、塀を抜けて家の庭へと行くと、紺色髪でルビーのような目を持つ少年がほうきを持ってちょうど出てきた。


♢名門校の推薦

ラグクロは目を覚ました。

どのくらい寝ていたのだろうと、覚醒してから考えてみる。ベットに寝ているほどなので、最低でも四十分以上は寝ていたのだろう。

「…ふぅーんあぁ」

背筋を伸ばし、硬くなった体を徐々にほぐして起き上がる。起き上がって最初に目が入ったのは、切られた四つリンゴだ。

そして、その手前には置き手紙がある。「街の様子を見てきます」と書かれてあった。字的に、ヨールドが書いたものだっと瞬時に理解した。

裏面には「出来れば、庭の掃除をお願いします」とも書かれてあった。これはアリスの字だ。

仕方がないのでリンゴを直ぐに食べ終え、ほうきを手に取り庭へ向かった。

(早くやり終えて、俺も街の様子を見に行かなくちゃな)

なんて思いながら家の扉を開けると、見知らぬ人が塀を超えてこっちに歩いていた。

オレンジ髪の見るからにチャラそうな男だった。こんな人は今まで見た事がない。ラグクロは気づかれないように、少し身構える。

「そんなに身構えないでくださいっスよ。それより、ラグクロって子がここにいると聞いてきたんスけど…」

「ラグクロは俺ですけど…何か?」

なぜ、バレないように身構えてたのにバレたんだとラグクロは少し驚いた。

そんなことより見るからにチャラい人は、ラグクロに用があるらしい。一体何用だろうかと疑問に思うラグクロ。

「あぁ君っスか…って名前言ってなかったスね。カルシファー・ギルザーっス」

「…初めまして」

(この人、絶対に強い)

会ってからそんなに時間が経っていないのに、この人と全力でやり合ったら何十回、何百回やっても勝てるビジョンがないことを肌を通して思う。

「ラグクロ君。君に提案したいことがあるんスよ」

「…提案?」

「君をサルバニヤ魔法学校に推薦したいんス!」

「?」

ラグクロは、聞き慣れない言葉にポカーンとしてた。ラグクロは住んでる街以外のことは、ほとんど知らないのだ。

ちなみにサルバニヤ王国は、ここローゼンデイからだいぶ距離がある大都市。その王国の学校「サルバニヤ魔法学校」は、誰もが憧れる学校の一つ。

受験生は一五〇〇人を超え、入学できるのはたった一〇〇人ほど。まさに、エリート中のエリートが集う学校である。

そんなエリート校にラグクロは推薦されたらしい。

「な、なぜここにいるんだ?」

ちょうどいいタイミングで、ヨールド達が帰ってきた。

「久しぶりっスねヨールド。そしてバッカルも」

「誰かと思えば、カルシファーかよ」

「二人とも、元気そうで何よりっス」

「あの…ヨールド、この方は?」

思っていたことをアリスは質問してくれた。

見たとこ、二人は昔からの親友みたいな感じなのは誰もがわかるが、この人自身のことは全く謎だ。

ヨールドが親友にだけにする口調を使うほどだから、悪い人ではなさそうだが…

「すみません。この方はカルシファー。私と同期で、元レジェンズの一人です」

「レジェンズって、あのレジェンズですか!?」

「もう生きてるのが、俺だけってだけっスよ」

踏み込んではいけない領域に触れた気がしたとみんなが思った。

「ところで、何しに来たんだ?」

ヨールドが雰囲気を変えてくれた。

「ヨールド、ラグクロ君を貰えないっスか?」

「ラグクロを?一体なぜ?」

「彼を、サルバニヤ魔法学校に推薦したいんスよ」

「「サ、サルバニヤ魔法学校!!」」

これが普通の反応なのかと、ラグクロは疑問に思った。地元以外のことはからっきしで、地元以外の事なんて興味がないラグクロだから、仕方ないと言えば仕方ないかもしれんが…

「本人には、伝えたんスけどね。無反応だったんスよ」

ヨールドは、ラグクロの近くに来て肩を強く掴む。

「ラグクロ。実感はないとは思いますが、あの学校に推薦されるのは、すごいことなんですよ」

「ヨールドの言う通りです。入学すれば、必ず偉大になります」

つかさず、アリスも近寄って囁く。

二人の押しが、とてつもなく強い。それもそのはずだ。ラグクロは大チャンスを、棒に振ろうとしているのだから。

「でも、この街から離れることにもなりますし…」

「何言ってやがる。お前がいなかった頃は、俺らがこの街守ってきてたんだ。だから安心して行ってこいよ」

「そうだよ。あんたはこの世界のことを、もっと知った方が、将来的にもいいからねえ」

「…はぁ、わかりました。行きますよ」

二人の人間と二体の天使にこれだけ押されたら、行くと言わざるを得ないだろう。

「でも先月に受験は、終わっているだろ」

「終わってるっスよ。だから、入学は一年か二年後っスね」

「一、二年ここに住むって事なのか?」

「ご冗談を。彼は、戦いの技術がまだまだヒヨっ子っス。だから彼には、戦闘技術を一から叩き込む必要がある」

ラグクロは、ヒヨっ子と聞いてカチンときた。

もちろん戦闘技術が浅いのは、わかっているつもりのラグクロだが、今日会ったばかりの人にヒヨっ子と言われるような覚えはない。

「カルシファーさん。一回だけでいいので、手合わせお願いしていいですか?」

「手合わせっスか?まさかそっちから頼むとは、思ってなかったスよ。こっちからもお願いするっス」


♢力の差

急遽、ラグクロとカルシファーとの手合わせが始まった。

ヨールド達は、ラグクロたちから距離をとって観戦する。

(あのただならないオーラ。相手にとって不足ない)

「一手目は、そっちにあげるっス。どこからでもかかってこいっス」

「では、遠慮なく!」

ラグクロは、右手を銃のように構え、人差し指の先端から水玉を出現させる。

「基本四種魔法の水魔法っスか…」

「水弾!!」

音もなく水玉は、カルシファーの目の前に接近するが、カルシファーは顔色を変えず、当たる前に水玉はなにかに当たり形を崩し地に落ちる。

「っ!?風の壁」

「舐めないで欲しいっスねえー」

「…そちらこそ、あまり俺を舐めないでくださいよ」

「…どういう意味っスか」

ラグクロは、カルシファーに普通の攻撃は当たらないとはなから分かっていた。

一手目の水弾は出方を伺うため、防がれる覚悟で攻撃したのだ。

カルシファーが出した壁の正体は基本四種魔法の一つ風魔法。目の前を流れる風を操作し、壁代わりにして防いだ。なら次やる事は、四方向からの同時攻撃。

「ほう」

「戦闘のプロには、ただの攻撃は無意味ですから」

「やられたっスね…でも」

しかし、またもや壁によって攻撃は当たらなかった。だが、ラグクロからすればこれも想定内。

ラグクロの真の狙いは、相手を油断させることにある。

「言ってるっスよね。舐めるなと…」

カルシファーは一瞬気を取られ、その隙にカルシファーの背後をとり、ラグクロは次の攻撃モーションに入った。

「舐めてないです。同じような攻撃をするわけないでしょ!」

ラグクロは右手に水弾より、倍の大きい水の塊を生み出す。

「水爆!!」

「さすが見込んだだけはあるっス…けどそれじゃぁ詰めが甘いっスよ」

カルシファーは危機的状況の中、余裕の笑みを浮かべていた。

それを気づいていたラグクロだったが、もう止まることは出来なかった。

カルシファーは、いつの間にか血を出して「血術 抹消(まっしょう)」と唱える。すると、右手にあった水の塊が唱えた瞬間に消えていく。

それに驚くラグクロに追い打ちをかけるように、カルシファーはトドメを刺す。

「ふぅー…危なかったっスけど、俺の勝ちっスね」

「……」

何も言い返せなかった。完全に自分のペースになっていたのにも関わらず、トドメをさそうとした瞬間、勝ちを確信したという油断で、形勢逆転されてしまった。

完敗という言葉でしかない。

「まあ、攻撃を受けたとしても、勝ちはこっちだったっスけどね」

「っ…なんでですか?」

「だって君。あの攻撃で、ほとんど魔力吸い取られてるじゃないっスか」

「っ!?」

水爆は最終手段の諸刃の剣。そういうこともあって、魔力の半分以上を食ってしまう。

カルシファーは、一瞬でその事に気づいたのだ。

「見ればわかるっスよ。水弾って技でも、精々十発が限界。それを塊にして大きくした水爆は、思っているより魔力消費が半端ないっス。水弾で言うなら十五発以上の威力に消費量」

ラグクロは黙り込んだ。完全に見抜かれていたためだ。

「君はまだ体と魔力が合っていない。つまりは、発展途上なんス。そのままじゃあ、いずれ限界が来て誰も救うことが出来ないっス」

「!?…それだけは嫌です。もっと強くなって、この街を救う英雄になりたいのに」

「なら尚更、入学するに越したことはないっス。それでも嫌なら止めないっスけど」

ラグクロは、教会のみんなの方を見た。ヨールドとがっちり目が合い、行っておいでと言われた気がした。

「行きます。俺はサルバニヤ魔法学校に入学します!」

「ニヒッ…よく言ってくれたっス。そうとなれば、準備して出発っスよ」

「ちょ、ちょっと待て!」

ヨールドに引き止められたカルシファーは、不思議にヨールドを見つめる。

「一、二年間という長い期間、君はどこに留まるつもりなんだ。無計画のわけがないとは思うが…」

カルシファーは、この教会に留まる気はそもそもないと言っていた。野宿をするなら、ヨールドの性格上、気持ちは揺らぐ。成長期真っ只中の少年に野宿なんて、耐えられないと思っているからだ。

「そこのところは大丈夫っスよ。計画はもうあるっス」

カルシファーは、何も躊躇わず口にした。余程完璧な計画なのだろう。

「ちなみに…その計画は聞いても?」

「俺と共にシーズンで暮らしてもらうっス」

「「シ、シーズン!?」」

ラグクロは、またわからない言葉を聞いてキョトンとする。

世界には五つ危険区域が存在し、足を踏み入れたら最後、大半は帰らぬ人になる恐ろしい区域。

その例が季節島(シーズン)と言う孤島である。

「大丈夫っスよ。彼には、シーズンで生き抜く力がある。そして、例の感情から生まれた死神もいるんスから」

「っ!?」

「ヨールドから手紙で、教えてもらったっスよ。何か知ってるかってね」

「ラグクロ!!都合がいいのはわかっています。ですが、シーズンは生きて戻ってきた者はほとんどいない。それを踏まえたうえで、決てください」

いきなり、ヨールドにものすごい強さで肩を掴まれた。

(カルシファーさんもシーシャも隣にいるから戻ってこれる気がするし、俺の夢の実現のためにも、これくらいなら軽く乗り越えなくちゃダメな気がする)

ラグクロの答えはまとまったので、目の前のヨールドに口を開いた。

「シーズンという場所が、正直どのような所かは分かりません。でも、俺も強くならないと、この先この街を守っていられなくなる。だから、俺は行きます!」

「…そうですか…では行ってきなさい。強くなるために」

そう口にしたヨールドは、残念そうな顔を必死に堪え、無理に笑顔を作っているような感じだった。

だからせめて、大丈夫ですと意を込めてヨールドの言葉に強く返事をした。

「話も一区切りついたみたいなんで言うっスけど、ラグクロ君。明日の朝には出発するっスよ。何かやり残したことがあるならやっておくっスよ」

「はい」

その直後、森の中から全身が薄汚れたピンク髪の美少女が、キノコや木の実が沢山入ったカゴを抱えながら現れた。

「見て見てアリス〜。沢山取れたよぉ。これでラグちゃんも元気になれるか…な……」

「シーちゃん。まだ森の中にいたのですか!?」

シーシャはゴーレムを倒した後、意識を失ったラグクロを教会まで連れていってくれて、元気にさせるため森に入って薬草やキノコを取っていたらしい。

「なんか知らんが、俺のためにそこまでしなくてもぉ!?」

ラグクロを認識したシーシャは、カゴを落とし、いきなり全速力でラグクロを抱きしめる。

「うぇぇぇぇぇん。生〜きてりゅ〜」

気持ちは嬉しいが、シーシャの立派な胸に今にも殺されそうなので、なんとも言えない状況にあった。

ラグクロは何とか息を吸うことに成功し、窮地は免れた。

「はぁー…お前ぇ…殺す気か!」

呼吸を整えながら口にする。

シーシャは泣きながら、もう一回抱きしめようとしてくるのだが、懲り懲りなので全速で逃げ出した。それをつかさずシーシャは追いかけて来る。

「あれが、ラグクロ君のパートナーの死神っスね」

「あぁ。シーシャちゃんは、この街にはもったいないぐらいの美人だろ?」

シーシャは、子供の頃から街に降りると同年代ぐらいの男から、よくナンパをされていた。

ある人は、今でもシーシャを口説いている。その度にラグクロに引っ付くため、よく睨まれていた。

「人型の死神なら、事情の知らない者からすれば、ただの美人っスからねぇ。さぞ苦労してそうで」

「この前だって、三人に告られたんだ。わざわざ教会まで足を運んでまで…」

「恋はそこまで人を動かすんスね。まぁ教会に来たのは、シーシャちゃん以外の目的もあったんだろうスけどね」

「聖女様か…確かに美人だが、そのおかげで街に降りると大変だ。美人も困りもんだな」

アリスは、シーシャに負けず劣らずの整った顔立ちで、街に出向くと男女問わずたちまち人に囲まれる。

本人はそんなに気にせず、一人一人に対応するほど、女神のような存在で称えられている。

二人が話しているのが聞こえたのか、アリスは赤面していた。アリスはその場にいたたまれなくなったため、教会の中へと移動した。

それを見かけたヨールドは不思議に思って彼女の後ろ姿を見ていた。

「聖女様どうしたんだろ?お手洗いかな?」

「相変わらずの鈍感っスね。そっちもそっちで苦労してるっスねぇ」

「何を言ってるんだ。カルシファー?」

「君は、昔と何も変わってないって言ったんスよ。もちろん悪い意味で」

「どういう意味だ?」

ヨールドはそう言いながら、遠ざかるカルシファーの元へ駆け寄った。

「……というか誰かシーシャを止めてくれー!!」

ラグクロは約十分、シーシャに追いかけられた。


♢発展しない恋

昼もあっという間に過ぎて夜になった。晩御飯も食べ終え、シーシャは部屋に戻って明日の支度に取りかかる。

ラグクロは皿洗いをしているので、まだリビングにいた。

「じゃぁ、ラグちゃんと一緒に旅するってこと?」

「ええそうよ。ちゃんと守ってあげてくださいね。そして、無事に帰ってきてくださいね」

「あなた達がいない間は、街は任せて気にせず行ってくるのよ」

シーシャの部屋で女子トークしている声が、リビングまで聞こえてきた。そのトークを聞いていたヨールドが口を開いく。

「聖女様の言う通り、無事に戻って来てくださいね。ラグクロ」

「…はい。必ず無事に戻ってきます」

ヨールドとの会話もし終え、ラグクロは自分の部屋で明日の準備に取りかかった。

(俺の知らない世界が、明日から見れるって考えただけで、ワクワクが止まらないなぁ)

ラグクロはワクワクの感情を押し殺し眠りについた。


二人が眠りについたことを確認し、ヨールドはリビングに戻った。

「君も、もうそろ寝たらどうだ?」

「いや〜。久々に飲みたくなったんスよ」

「仕方がないな。少しだけだぞ」

ヨールドが倉庫からお酒を取りだし、二人で乾杯をする。すると、風呂上がりの寝間着姿のアリスと二人がバッチリ目が合った。

「アリスちゃんも、一緒に飲むっスか?」

「…では、お言葉に甘えて」

「っ!?…聖女様、あまり飲みすぎないで下さいよ」

「なっ!?私は子供ではありません。そこのところはセーブしている…つもりです」

「ならいいんですけど……」

飲み進めてたった五分、ヨールドの予想は見事的中した。

アリスは、お酒を飲んで、デロンデロンの泥酔状態になった。

「言わんこっちゃないですよ。今お水を持ってきますから、待っていてくださいね」

テクテクと慌てて、キッチンから水を調達して行くヨールド。大変だなとカルシファーが思っていると、アリスが酔いの状態で話しかけてきた。

「あのぉ〜。カルシファーしゃん」

「なんスか聖女さん」

「ラグくんらひを〜、頼みまひらよ。あの子らひは〜、だいひな、だ〜いひな家族なのれすから…ヒック」

アリスは、心に閉ざしていた本音を酔いの力で打ち明けてくれた。そのまま無我夢中に、新しいお酒をがぶ飲みし始める。

「せ、聖女さん!?」

がぶ飲みするアリスを止め、ヨールドが水を持ってくるまでお酒を取り上げる。

消費量を確認すると、新しい酒だというのに、もう三分の一ほどを飲み干してしまっている。「お〜酒〜」と言いながら、せがんでくるアリスだったが、絶対に渡さなかった。

そしてカルシファーは別の何か話題をふきかける。

「っ!…そう言えば、ヨールドとはどこまで行ったんスか?」

「よーるろと?そうれすねぇ〜…なぁ〜にも」

「えっ!?」

(何にも発展していない…いくら鈍感とは言え、あれだけ二人の時間を共有しているのに!?)

カルシファーは、本当にヨールドが男なのだろうか、と疑問に思うほどの驚きだった。

「わたひ、よーるろに猛アピールしてぇるはずらのに〜、な〜んもないんれすよれ〜」

「聖女さん、可哀想に…」

今にも泣きそうなアリスの背中を、軽く摩(さす)ってあげた。本来ここにいるべきやつは、来たら懲らしめようと、カルシファーはアリスを摩りながら決意した。

「聖女様。お水を持ってきましたよ…ってどういう状況ですか!?」

「ちょうどいいタイミングに来たっスね。君には失望したっスよ。この鈍感牧師!」

「ちょっと待ってくれ。一体、何がどうなってるんだ。状況を説明してくれ」

この状況を説明しても、彼女の思いは彼には届かない。万が一思いが届いたとしても、彼女はそれで喜ぶかどうか…

(これだから鈍感牧師は困るっス)

ため息を一息ついて、「聖女さんを頼んだっスよ」とヨールドに伝え、貸してもらった寝室まで歩き始めた。

(聖女さんにどうか、幸(さち)あらんことを…)


翌朝。まだほとんどの人が寝ている時間帯、教会は大慌てだった。

「時間より早いっスけど、出発するっスよ」

「じゃあ、行ってきます。みんなさんお元気で」

「そっちもお元気で」

「また、会えるよね」

シーシャは、涙を零しながらアリスと抱き合った。

「まぁ、血術を使えば一瞬で戻ってこれるんスけどね〜…あたっ!」

「雰囲気をぶち壊すんじゃない」

「そうだぞカルシファー。例えそうだとしても、今言うのは空気読めてないぞ」

「そこまで言わなくても良くないっスか」

カルシファーのジョークは、タイミングが悪すぎた。誰もが感動しそうだったのだが、ジョークでその感情が引っ込んでしまった。何もかも台無しだ。

「シーシャ、もう行くぞ」

「うん。またねアリス、カーバス」

「ええ。いつでも帰っておいでね」

「「行ってきます!」」

教会組は手を振って、二人の立派な背中を見送った。

子供の成長は早いのだなとこの時痛感した。そして一分もせず、彼らの姿は見えなくなってしまった。

「行ってしまいましたね、ヨールド」

「そうですね…さて、私たちは朝ご飯の支度でもしましょうか」

「はい」

二人は家に戻り、朝食の準備に取りかかった。朝食は目玉焼きにベーコン、そして昨日買ってきたパンだ。

「準備が出来ましたよ、聖女様」

「こちらも、今できたところです」

アリスが手に持っていたのは、コーヒーの入ったコップ二つだ。

ちなみに、アリスはコーヒーが飲めない。

「あの…聖女様もコーヒーを?」

「私も、新しいことに挑戦しようかと思いまして」

キラキラした目で、ヨールドを見つめたアリスは、一口飲むと舌を出して苦いっ、と言ってコーヒーを拒絶した。

「大丈夫ですか?今、砂糖とミルクを持ってきますので」

「ありがとうございますヨールド。助かります」

アリスは、砂糖とミルクをたくさん入れ、甘くしてからもう一度コーヒーを飲んだ。

今度は拒絶せずに幸せそうな顔をした。それもそのはず、なぜなら、今飲んでいるのはコーヒー牛乳みたいなものなのだから。

「…二人がいないと、寂しいですね」

アリスが口にしたことは、ヨールドも感じていた。

いつもなら、シーシャがラグクロにちょっかいをかけて、場を騒がしくする。いざそれがなくなると、寂しくなるものだ。

「ヨールド。二人はちゃんと、戻ってくるのでしょうか?」

今にも涙が流れそうな顔で、問いかけられたヨールドは、アリスの涙を拭きながら答える。

「彼らは帰ってくると言っていました。私たちは、それを信じて待っていましょう」

「…はい」

二人は戻ってくると言っていた。ならば、ヨールドたちはその言葉を信じ、どんなに月が流れても、この教会のみんなで、無事に帰ってくるのを待つのが筋ってものだ。

二人がいなくなって、まだ一時間も経っていないのに、もうあの二人が恋しいと感じ始める。本当の親ではないが、親バカだと思うほどあの子たちが恋しくなるのを二人は感じた。


♢楽園の都市(オアシス)

しばらく歩いてから、ラグクロは素朴な疑問を聞いた。

「カルシファーさん。シーズンは、どれくらいかかるのですか?」

「そーっスねー…ここからだと、一週間には着くと思うスよ」

「長〜い」

「朝早かったからな。お前は体縮めて、俺の肩にでも乗って寝てればいい」

「じゃぁ、そーする」

シーシャは、体を産まれたての赤ちゃんより、一回りぐらいの小ささになり、ラグクロの肩に乗った。そして、すぐにシーシャは眠りについた。

「へ〜、そんなこともできるんスねぇ」

「シーシャは、変幻自在に体を変えられるんです、体の大きさしか変えられませんけど」

「なるほどっス」

雑談をしていると、目の前にうっすらと建物が見えてきた。

「おっ、見えたっスよ。あそこ、シリヤスレイで食料や武器を調達するっスよ」

シリヤスレイは、食料と武器が豊富で、冒険者や旅人には"楽園の都市(オアシス)"とも言われている。まさに、初心者向けのボーナススポットだ。

「買いたいものがあるなら、気軽に言ってくれっスよ」

「でも、食料も武器も高いんじゃ…」

「大丈夫っス。俺を誰だと思ってるんスか。お金は腐るほどあるし、何より値段を見るっスよ」

ラグクロは、言われた通り値段を見た。

「野菜の詰め合わせが、た、たったの五〇〇ケール!?」

ケールというのはこの世界共通の通過で、主に野菜といった安値で売れる食品と雑貨などの日用品などの単位に使われている。ある地域によっては、銀貨というところもあるらしい。

それから、高級食材や高級武具といった物はゲールという単位が付けられている。

「そうっス。この都市は、比較的なんでも安いんスよ」

「これなら、街のみんなも不自由なく食料が手に入れられる」

「でも、そんな甘くないんスよね。これが」

「それはどういう?」

野菜がこの値段なら、地元の人々が裕福に暮らせると思っていたラグクロに、カルシファーは衝撃の一言を突きつける。

「この街の肉や魚、米といった食料とチート級の武器は値段が、ざっと三〇ゲールなんスよね」

ラグクロはそれを聞いて、驚きを隠せなかった。

「ただ、この街を守った冒険者や功績がある者は、値下げで四〇〇〇ケールとかで売ってくれるっス」

カルシファーは、食料を手に会計口まで向かった。その手には、立派な肉や魚もある。

「おっちゃん、これ全部くださいっス」

「あい…よって、いいのかあんちゃん。こんなに高額の商品を沢山」

持っているので、ざっと一〇〇ゲールほどの値段。カルシファーは顔を変えることなく、あるひとつのカードを商人に差し出した。

「こ、これは!…本人確認をしても?」

カルシファーは、自分の人差し指に小さい針を刺し、微量の血を出す。そして、カルシファーが渡したカードに血をつける。

すると、カードが光り出した。

「確かに本物だ!…ということは、本物のカルシファー様が目の前に!?」

「んな大袈裟な。ところで、これらはいくらで売れるっスか?」

「普通なら一二〇ゲールなんだが、カルシファー様なら六〇ゲールで売る。それより値引きは、いくらなんでも破綻する」

「それでいいっス。じゃ、これで」

まいどと商人が口にして、その場を立ち去った。

「あの、さっきのカードはなんですか?」

「これっスか?これは、いわば冒険者カードっスね」

「冒険者カード?」

「冒険者カードは、功績を記録するもの。例えで言うなら、魔物を倒した数とか」

冒険者カードは、魔物の討伐数以外にも様々な項目がある。街を守ったり、人を助けたり、犯罪者の確保など。そして、功績に応じてカードの色は変色する。

「その色は、何種類あるんですか?」

「色は下から無色、赤、橙(オレンジ)、黄、緑、藍、青、紫、そして黒の九種類っスね。ちなみに俺は紫色っス」

「それって、俺も手に入るんでしょうか?」

「そう言うと思って、今向かってるんスよ」


♢冒険者ギルド

「着いたっスよ」

たどり着いたのは冒険者ギルドだ。

中に入ってみると冒険者たちが飲んだり、食ったりしている。ちなみにまだ十四時だ。

するとカルシファーは、受付の方へ歩きギルドの人に声をかける。

「おねえさん、すまないっス。この子に、カード登録をお願いしたいんスけど、いいっスか?」

「ご登録ですね。少々お待ちください」

セリフをこぼして、一分もせずに受付のおねえさんはカードを手に戻ってきた。

「お待たせ致しました。では、登録を開始しますね。ではまず、どちらかの人差し指に針を刺して、血液を出してください」

言われた通り自分の右人差し指に針を刺し、血を出した。

「それではその指のまま、ここに触れてください」

指定された所に触れると、カードが光り輝き出し始める。そして、カードが変色し始める。

「あ、赤色!?」

カードを見て、ギルドのおねえさんは驚いていた。ラグクロは、赤色ってダメなんですかと問いた。

「逆っスよ。初めは、誰でも無色から始まるものっス。それを飛ばして赤色からなんて、普通は驚くもんっスよ」

再度カードを見ると、目に止まるものがあった。

街を守った数が八回と書かれてあったところだ。これはラグクロが地元を敵から守った数と一緒だったのだ。

「不思議っスよね。これ、君の血液が記憶したのを文字に転換してるっスよ」

自分の血から、様々な記録が文字として現れる。なんて、不思議な力なのだろう。ほんとに血術はなんでも可能なんだなと感心した。

「で、では無事に冒険者になられたことですし、ギルドについてお話しますね。ギルドに提示してある討伐依頼は、受けたい依頼を手に取って、受付まで持ってきてください。依頼のランクは、右下を見て確かめることが出来ます」

依頼のランクは、カードの色と一緒だ。ラグクロは無色と赤の依頼が受けられる。それより上のランクに挑戦する場合には、手続きが必要らしい。

恐らくだが、ギルド側はなんの責任も負わないと書かれた紙に、サインでもするのだろう。

「最後に飲食をとる際は、ここではなくあちらの受付でお願いします。席は、ご自由にお使いください」

「色々、ありがとうございます」

「またのご利用お待ちしています」

おねえさんに一礼して、三人はギルドを出た。

今はもう夕方に差し掛かる時間帯。今から街の外に出るのは、ラグクロもカルシファーも気が引けていた。

「今日は宿泊でもするのですか?」

「そーっスね。今日は部屋を借りるっスか」

そして今日の宿を確保して、自由時間になった。


自由時間という名目のもと、ラグクロはシーシャと暮れどきの街を歩いていた。昼の時とは少し違い、なんというか味がある。

「どこか行きたい場所あるか?」

「動きたーい」

「そっか、となればボールでも買って公園で遊ぶか」

「うん」

ということでボールを購入し、近くの広い公園まで足を運んだ。そして二人は、準備体操を各々で始める。

「めーいっぱい"やり合う"か」

「いくらラグちゃんでも、手加減しないから覚悟してね」

「望むところだ」

穏やかな公園に勢い良くボールの投げ合いが繰り広げられる。ボールの勢いで、地面に生えた草はちぎれ、土がえぐれ、土煙が舞う。

「なかなかしぶといな、シーシャ」

「ラグちゃんこそ」

どちらかが、地面に落とせば勝ちなのだが、なかなか決着がつかない。投げてはキャッチするの無限ループの状態が続く。

「じゃぁ、これならどう?」

シーシャはボールを投げた。そのボールは、不安定の軌道を描きながら、勢い良くラグクロに近づいてくる。

(ブレのボールか)

ブレ続けるボールは左腰に直撃し、下に落ちていく。だが、ギリギリのところでラグクロは、そのボールを真上に蹴り上げ、ジャンプして、そのままシーシャに向かってボールを投げる。

「それズルじゃない?」

「うるせぇ。身体能力も実力のうちだ!」

「ラグちゃんが、そういうのなら!」

シーシャは、向かってくるボールを軽くキャッチし、ラグクロより高く飛ぶ。そのまま真下にいるラグクロに向かって投げつけてきた。

ボールを避けきれず、腹に直撃して地面に激突。辺り一面土煙に見舞われた。

「ぐはっ!」

「やったー。私の勝ちだね」

身体能力も実力のうちと言ったのはラグクロなので、これに関して言い訳はできなかったが、加減は覚えて欲しい。

「君たち。元気なのは大変いいことだけれど、あまりはしゃぎすぎないようにね」

近くを犬と散歩していた老人が、ラグクロたちに告げた。

辺りを見回すと呆然とした顔で、全員がラグクロたちを見ていた。

「す、すみません」

ラグクロたちは、顔を赤くしてその場を去った。自分らの世界に入り、熱中したせいで恥をかいた。

今後は気をつけようと二人は揃って思うのだった。


♢訪れた店の危機

「遅かったっスね。って二人とも、どうしてそんな赤くなってるんスか?」

「それは…」

ラグクロはカルシファーに全て話した。

「なんスかその面白い話は…」

クスクスと笑うカルシファーに、一発ぶん殴りたくなったラグクロだったが、やめておいた。

するとどこからかグ〜と、腹の虫が鳴り響いた。

「お腹減った〜」

時間を見ると、もう十九時を回ろうとしている。

少し早い気もするが、運動もしたしちょうどいい時間帯かもしれない。

「そーっスね。今から作るのもなんですし、どこかに食べに行くっスか?」

「行く〜!」

そういうわけで、カルシファーの提案の元、三人で外食することになった。

夜の街は街灯で照らされていて、とても明るくラグクロの地元とは大違いだった。

「シーシャちゃんは、何が食べたいんスか?ここらは品揃えが豊富っスよ」

「私は今、お肉の気分です!」

「おぉ、じゃあ肉料理のとこ行くっスよ!」

「おー!」

(この二人、やけに息ぴったりだな)

謎に噛み合う二人に呆れつつ、ついて行くと、ある中華料理店に入る。

「ごめんくださいっス。三人お願いします」

「しまーす!!」

「はいよ」

指定された席に座り、すぐにメニュー表を手に取った。本日おすすめの料理や人気料理がずらっと、写真付きで記載してあり、とてもわかりやすい。

三人は別々で料理を注文して待機していた。

「はーやくこないかなぁ」

「わかってないっスねシーシャちゃん。この待ってる時が、一番いいんじゃないっすか」

「おぉー、なるほど。さすが先生」

「当然っスよ」

ラグクロは、二人の謎のやり取りに呆れていると、とても香ばしい匂いのする料理が届いた。

魔物の肉を使用した角煮やチャーハン、麻婆豆腐などテーブルにギリ収まるほどの品が並ばれた。どれも美味しそうだった。

「いっただきまーす!!」

二人は勢い良く料理に手を伸ばし、かぶりつく。一方ラグクロは、二人と違ってゆっくりと食べ始める。

まず手に取ったのは魔物肉の角煮だ。一口食べると、口の中いっぱいに甘辛いソースの香りが広がる。肉の食感も固すぎず、やわらかすぎない絶妙なバランスで、噛めば噛むほど肉の旨味が舌に絡みついてくる。ほっぺたが落ちるというのは、このことなのだと思い知らされた。

こんなに上手くできた角煮は、今までに出会ったことがないと、ラグクロは感動しながら食べ続けた。

前に一度、挑戦して作ってみた事があるが、これとは比べものにならないほどの完成度だった。流石一流料理屋。勝負にならない。

「嬉しいねぇ、こんなに幸せそうに食べてくれるなんて」

「おばちゃん、どれもこれも美味いっスよ」

「おかわり〜!」

「ごめんなさいねぇ、それが最後の料理なんですよ」

「最後っていうのはどういう……」

「畳もうと思うんです。この店」

「!?」

予想外の出来事に三人揃って数秒間静止した。

「こんな美味しいのに、なんでなんスか?」

全くもってその通りだ。ここのお店の料理はどれも美味。常連客がいてもおかしくないレベルだ。

「ここ最近、食料が届かないことが多くってねぇ。他の店舗にも届いてなくて、畳むって言ってた店舗が、ちらほらいるそうで」

「おばちゃん。いつから来てないんスか?」

「そうだねぇ…先月からだったかねぇ。月に五回来るんだけど、今月は二回しか来なかったわねぇ」

「わかったっス。じゃあ、原因を調べて来るっスよ。こんな美味い店が、潰れると聞いて黙ってるわけないっスから」

三人は出された料理の味を噛み締めた後、料金を支払い外に出た。

しばらく沈黙が続く。カルシファーから漂うオーラが、いつもと違うためだ。恐らく怒っている。これ以上ないほどに…

「君たちに質問なんっスけど、荷車が食料を届けられない場合は、どんな時だと思うっスか?」

突然の質問に一瞬戸惑ったが、二人は歩きながら考える。するとシーシャが「はい!」と、力強く手を上げた。

「はい、シーシャちゃん」

「移動中にお腹が減って、我慢できなくて食べちゃった時!」

シーシャは自信満々に答える。これへの回答は分かりきっている。こいつはこれほどバカだったとは、思いもしなかったと内心ラグクロは思った。

「惜しいっス!」

「じゃあじゃあ、天候が悪かった時!」

「おぉ、正解っス!」

「やったー!」

なんだこの漫才みたいなやり取りは、とラグクロはツッコミを入れたかったがやめておいた。なぜか自然とため息が出てきた。

「荷車が約束に日に来ない原因の一つは、天候が悪かった時。そして、荷車に不具合が起こった時っス」

確かに天候が荒れていたら、事故の原因に繋がる恐れがある。不具合の場合も同様に事故の原因になるし、修理にも時間がかかる。

ただ、この二つが原因で食料が届かなかったとは考えにくかった。

「でも先月に雨は降ってないし、三回も荷車が不具合を起こすのはありえない」

ラグクロは何となくわかった気がした。天候でもなく不具合でもない。とすると他に残っているのは…

「略奪された…ですね」

「正解っス、ラグクロ君」

荷車はここから西に約半日かけて来るらしく、その道のりには一度森を通り抜ける必要があった。しかもそこの森は太陽の光があまり照らされず、とても薄暗い。

恐らくそこで、襲われたと考えられる。もしそれが事実だとしたら、敵の拠点もあるだろう。

「許せない。自分たちの裕福のために、美味しい店を倒産させるなんて」

シーシャはキレ気味に告げた。拳は力強く握られている。

「そーっスね。でももう遅い時間ですし、また明日っスね。一度ギルドに行って報告したら行くっスよ」

そのためにも、今日は早く寝ることになった。

ラグクロは二人の怒りのオーラが漂っていて、すぐに寝ることは出来なかった。


♢無自覚な愛のセリフ

翌朝、三人はギルドで昨日考察したことを報告し、手続きをしていた。的確なランク付けが出来ないためだろう。それから手続きを書いているのは、カルシファー…ではなくラグクロだ。

普通こういうのは、大人が書くべきことだろうと書きながら思った。当の本人、カルシファーはと言うと、昨日と同じ受付の人にナンパをしていた。そして、シーシャはラグクロの目の前でギルドの飯を食べている。

なんでこの二人は、自由人なんだろうかとつくづく思う。手続きを書き終えて、受付の人に持っていくと…

「おねえさん。この問題が、解決した暁(あかつき)には、一緒に食事でもどーっスか?」

「は、はぁー……」

おねえさんも、こんな人を相手にするなんて大変だなとラグクロは思った。 困っているようなので、ラグクロが止めに入った。

「カルシファーさん、そこら辺にしてください。困ってるでしょ」

「今いいとこだったのに〜。ラグクロ君のケチ〜」

こんなみすぼらしいカルシファーさんは、見たくなかった。

「すみません。あれでも、元レジェンズらしいので」

「いえいえ、構いませんよ。私には苦手と言うだけですから。では、確認しますね…」

受付のおねえさんは一通り目を通した。問題はないらしく印鑑を押され承認された。

「私も、あそこのお店好きなんです。だから、頑張ってきてください!」

「なら尚更やる気が出ますね。あなたの好きなものを助けるのなら」

「……ズキュン!」

「なっ!?ラグクロ君、俺に言っておきながら何やってんスか?」

ラグクロはなんのことだろう、と疑問に思った。ナンパの技術なんてこれっぽっちもないし、今ナンパをしていないと思っている。

「カルシファーさん。ラグちゃんは、誰に育てられたと思ってるの」

「はっ!?まさか…ヨールドの”無自覚の愛のセリフ”が、ラグクロ君にも身についてるんスか!?」

「困りものよね。この”無自覚の愛のセリフ”で、ラグちゃんの周りに勘違い女がウロウロついてくるし」

「よし!シーシャちゃん、ラグクロ君の無自覚をなくすために、少し懲らしめるっスよ」

「ラジャー!」

「おいちょっ……」

二人はラグクロに向かって突進して来た。わけも分からず襲われたラグクロは、何も出来ずただ懲らしめられるだけだった。

早朝だったため、ギルドにはラグクロたちしかいなかったから良かったが、これが昼とかだったら容赦なく顔に拳が入っていただろう。


♢作戦

ギルドを出た三人は、運搬ルートを辿って小さい村に向かっていた。やはり気になったのは不気味な森だ。大体が針葉樹で、とても大きくて高い木が並んでいる。その森を二十分程歩いてやっと抜け出せる道のりだ。食料を盗むのには十分な時間だ。そして草原を歩き続けると、柵で全体を囲んだ村が見える。シリヤスレイから約五十分の道のり。意外と長く感じる。

「じゃ、俺は村長に事情を説明してくるんで、待っててくださいっス」

村にすんなり歓迎された三人は、村で取れた様々なフルーツを食べていた。味は言うまでもなかった。

「なんか、みんな元気ないね。フルーツ美味しいけど、雰囲気が悪いから味が落ちてるような…」

「そりゃそうだろ。なんせ奪われたのは食料だけじゃなくて、人もなんだから」

この村に来てわかったことは、合計五回にわたる食料の略奪が行われたということ。もちろん、荷馬車には馬を操作する御者(ぎょしゃ)という者がいて、御者を解放してしまえば村から、最悪街から応援が来てしまいかねない。そのため捉えたか、殺したかのどちらかだろう。だから、村の住民は落ち着いてないのだ。

「またせたっス。君たちも、村の会議に参加させたいんでついてきてくださいっス」

「えぇー会議とか嫌だ〜!」

「シーシャ、お前はいるだけでいいから行くぞ」

相手が何人いるか分からない状況だ。シーシャの力がきっと必要になってくる。そしてラグクロたちは、村長の家に招かれた。他に、誘拐された御者の親達や今日配達予定の御者と親が会議に参加されている。

「集まりましたな。ではこれより会議を始める。カルシファー殿、お願いします」

カルシファーはみんなの前に立ち、指揮を執るが一向に話が進まなかった。一人が意見を言えば、たちまち一人がそれは無理だと口にする無限ループ状態。それもそうだ。どこで略奪されたか、相手は何人なのか、相手はどこの誰なのか、全く分からない以上話を進めようにも進められない。これでは、埒(らち)が明かないと思い立ったラグクロが思い切って提案を申し出る。

「あの…俺に考えがあります」

「!?」

一斉にラグクロの方に視線が向けられる。もちろん、ラグクロとて分をわきまえている。まだ十五歳の子供。信用されないのは承知の上の行動。案の定、周りがざわつき始めた。「誰だ、あの子供」や「子供が首を突っ込むな」など、あちこちで聞こえてくる。

「ラグクロ君、君の考えを聞かせてくださいっス。案は誰のでも取り入れたい」

そんな中、カルシファーだけが真剣な顔で許可をしてくれた。

「…作戦内容は……」

最終的にラグクロの案が決行されることになった。当然否定の声はあったが、これぐらいの事をしなければ相手を出し抜けないと、渋々賛成してくれた。

「ラグクロ君。準備は出来てるっスか?」

「いつでも大丈夫です」

「じゃ、始めるっスよ!」

こうしてラグクロの初任務が開始された。

荷馬車を走らせてから約十分。今のところは何もなく、奇妙な森を横断していた。ちなみに荷馬車に乗っているのは、ラグクロとアボスという今回の宅配担当の人だけだ。カルシファーは、荷馬車と距離をとって物陰に身を潜めている。シーシャは体を縮めてアボスの肩に忍び込んでいる。順調に荷馬車が進んでいると思ったその時、いきなり何人かに阻まれた。

「お前、殺されたくないなら抵抗しないで降りろ」

略奪者の一人が刃物を突き刺し、脅してきた。抵抗はしないで大人しく支持に従い、縄で捕縛された上で連行された。今のところラグクロの作戦は概(おおむ)ね順調だった。


『作戦内容は、あえて捕まって略奪者たちを一網打尽にすることです。今できる最善策は、これしかないと思います』

『『バカを言うな!それにもしその場で殺されでもしたら、どう責任取るつもりだ!これは、子供が踏み込んでなんとかなるものじゃない!』』

『じゃあ、他に何か策があるんですか!いつまで経っても、話は進まない状況で!この作戦はアジトごと破壊できる。たとえそれがどんなにリスキーな事であっても、これしか作戦が思い浮かばない。相手の情報がない以上、相手の陣地で攻撃を仕掛けるしか…』

珍しくラグクロが怒鳴った。怒鳴り声を聞いて、大人たちは体を強ばらせた。

『…た、たとえそうだとしても、息子をそんな危険なところに、送り出すことなんて出来るわけないだろ!!』

親の言い分は十分理解できる。いつどこで殺されるか、わかったもんじゃない。そんなところに実の息子を追いやるのは、どの家庭でも許可はしてくれないだろう。

『……俺やるよ。それでみんなが助かるなら』

『!?』

やると言い放ったのは、今日配達予定のラグクロと同い年ぐらいのアボスだった。顔は青ざめてはいるが、目は死んでいない。

『『な、何を言っているんだアボス!お前をそんな所には行かせられない!少しは父さんの気持ちも考えてくれ!!』』

親は息子の放った言葉を、涙目になりながらも強く否定した。しかし、アボスの決意は揺るがない。

『父さんの気持ちもわかってるよ。でも、誰かが犠牲にならないと、解決できないんだ。だから…』

『『それは、お前じゃなくてもいいじゃないか!どうして、どうして俺の息子がこんな目に遭わなきゃいけないんだ』』

親は涙を零しながらその場に倒れ込んだ。息子のアボスは、ラグクロの目を見て作戦を教えてくれ、とだけ口にした。だが、ラグクロはアボスに危険が及ばない考えが、もう思いついてある。

『お父さん安心してください。息子さんに危険が及ぼさない方法がありますから』

『!?…そ、それは本当か…』

『でも、危険が及ばない分、彼には重大な役をやってもらいますけど…』

『何をすればいい?』

『それは……』


そして現在。森の奥に連れていかれ、とある洞窟に潜った。潜ってすぐに、御者と荷馬車は別れて運ばれた。八人に囲まれながら通路を渡り、少し広い空間に出る。そこには、略奪者の仲間らしき人物らが五人いて、右側にある檻に誘拐された御者たちがいる。御者たちは体が痩せていて顔色が悪い。恐らく、飲まず食わずの状況なのだろう。

「ボス。今回も獲物が釣れやしたぜ!」

「よくやった。これでようやく三ヶ月分ってとこか。あと二、三回やったらずらかるぞ」

「ボス。こいつらどうしやしょう?」

「ほっときゃ、勝手に死ぬだろ」

本当に酷いやつらだ。荷馬車を操作していただけの人を勝手に捉え、挙句の果てに殺すなんて。許されることじゃない。

「おい、そいつも牢屋にぶち込んどけ」

「了解」

略奪者の一人が服を掴み牢屋を開ける。すると、開けたと認識してすぐに、御者の人が「食いもん!」と叫びながら食べ物を追い求める。そんな御者を蹴り飛ばし、牢屋にぶち込まれる。

「そこで大人しくしてろ。死ぬまでなぁ」とわっきゃわっきゃと笑う。何がそんなに面白いのだろうか。無性に腹が立つ。

「んで……」

「あっ?」

「なんでお前らは、自分らの欲望のために罪のない人を殺せる?」

「なんだ、てめぇ!」

「そんなお前らは、絶対に許さない」

「お前、自分の置かれてる状況、わかって言ってんのかぁ?」

略奪者の数名が怒りを爆発させる。すると、略奪者のボスが立ち上がり、仲間に命令する。

「おい、そいつを檻から出せ。半殺しにすりゃあ、大人しくなるだろ」

「ヒヒっ、了解!」

略奪者の一人が檻に入り、強引に檻の外に連れ出される。そして、身動きが取れないように固定される。

「お前が言った、セリフを後悔させてやるよ。まずはそのフードとって、お前のツラ拝めてやる!」

略奪者のボスは、深く被ったフードをとった。フードをとると、おりに囚われている御者たちは不思議に思った。こんなやつ村の人ではないと…それもそのはず。なぜならフードを深く被っていたのは、ラグクロなのだから。


♢反撃開始

『俺は何をすればいい?』

『あなたは食料の中に紛れて欲しんです』

『は?…それはどういう…』

『御者役は俺がやります。フードを深く被って、囚われている御者たちに気づかれなければ、俺はこの村の子供と認識するでしょう』

御者だといつ殺されるか分からない。そのためアボスには荷が重すぎる。いつでも対処できるように、自分が御者をやった方が効率がいいとラグクロは判断したのだ。

『それは分かったけど、食料の中に紛れるってのは?』

『樽に身を潜めてくれれば大丈夫です。恐らくアジトには倉庫がある』

食料を五回にも渡って略奪していれば、倉庫があってもおかしくはない。

そのため、アボスには倉庫に侵入してもらい、食料を確保する役だ。もちろん、危険が及ぶ可能性を考慮し、シーシャを同行させるつもりだ。

『カルシファーさんは、荷馬車を遠くから監視して、俺たちがアジトに入って少ししたら、略奪者を倒しつつアジトを攻略してください』

『了解っス!』

これでできることは終わった。予想外が起きない限り、作戦は順調に進むはずだとラグクロは思っていた。しかし、これから先に起きる現実はそうも行かなかった…


「まずは一発!」

隙だらけのパンチが降り掛かってきた。それを軽く回避して、相手の顔に頭突きを与えた。突然の出来事で後ろにいた仲間の力が弛(ゆる)んだその一瞬で起き上がり、半回転して首元に蹴りを繰り出す。

「だ、誰だてめぇは」

略奪犯のボスは、鼻に手を当て質問してきた。

「決まってんだろ。お前らを牢獄にぶち込みに来た冒険者だ!」

「冒険者だと!?…ちっ、お前ら殺っちまえ。あいつは腕を縛られて、なんも出来ねぇはずだ!」

十二人が手に武器を持ち、襲いかかって来た。腕を縛られただけで何も出来ないと思ってるのが、心外だとラグクロは感じた。

「風魔法 旋風蹴り(サイクロンショット)!」

前方、広範囲に旋風(つむじかぜ)を起こし攻撃を与える。見事攻撃は与えたが、すぐに何人かは起き上がる。

(やっぱり、こんなんじゃダメか)

「よくもやってくれたな。喰らえ!」

すると、次々にあらゆる魔法の魔力玉が襲いかかる。

「はっはっ!逃げてるだけか?それじゃ牢屋になんて、ぶち込めねぇぞぉ」

確かに逃げてばかりでは、倒すことなんて出来ない…この逃げに意味がなければの話だが…

「さっきの威勢はどうしたよ。ってなんだこれ!?」

「水魔法 神速鳥"隼(ペレグリン)"!」

複数にちらばった水玉を、渡りながら隼(ハヤブサ)が襲いかかる。隼は鳥の中で一番速く、そのスピードは三九〇キロメートル毎時。チーターのスピードの三倍に及ぶ速さ。そんな驚異の速さを持つ隼の突進を食らえば、いくら水の隼と言えど軽く気絶させられる。

「くはぁっ!」

隼(ペレグリン)のおかげで、十三人中九人を撃破することが出来た。

「くそっ!立った一人に、何てこずってやがる。おい!外の連中を連れてこい!」

「りょ、了解」

一人が大広間から、応援を呼びに行くため出ていった。だが、ラグクロはそれをスルーした。なぜなら、応援要請など出きっこないからだ。ラグクロはバカにするような顔で、略奪者たちを見上げた。

「あんたら、まさか俺が一人で来たと思ってたのか?」

「おま、まさか!?」

すると、大広間から出ていった男が吹っ飛んで戻って来る。その男は、口から泡を出しながら気絶した。

「っ!?」

仲間はそれを見て、呆然としているようだった。理解が追いついてないからだろう。すると、てくてくと通路から足音が聞こえてきた。

「よーし。これで七人討伐したっス。あれれ〜、シーシャちゃんは?」

「私、五人…」

「勝負は俺の勝ちっスね」

「いや、まだ負けてない。だってここに四人いる。私が三人以上倒せば、引き分けか勝ちになる」

「じゃあ、第二ラウンドっスね」

(何競い合ってんだ?この一大事に)

ラグクロはゲーム感覚で、ここまで来れる精神が恐ろしいと感じた。それに今も、残りの四人をなぎ倒しているのも恐ろしく思う。ラグクロの今までの苦労は、どこに行ったのやら。自然とため息がこぼれた。

「バ、バケモンがっ」

「あなたがここのボスね。あなたのせいで、美味しいお店が潰れかけてるの。覚悟できてるわよね?」

「シーシャちゃん、そんな怖い顔したら怖がっちゃうっスよ」

二人共、怖い顔しながら指を鳴らす。ポキポキではなく、ボキボキと…

(あっ、あの人終わったな)

「ぎゃあああ!!」

痛い目を見たところで全員縄で拘束する。そして、御者たちを救出することを試みるが、檻が頑丈すぎてビクともしない。あの馬鹿力のシーシャでさえ、檻はピクリとも動かない。

「これは、誰かの魔法によって作られた檻っスね」

魔法の類(たぐ)いなら使用者が気絶すれば勝手に解除される仕組みになっている。まだ解除されていないとするなら、意識がまだ残っていて、魔法の維持が可能な範囲(一キロメートル)以内にいる。運良く逃げきれたのか、倒し損ねたのかのどちらかだ。いずれにせよ見つけて魔法を解除しない限り御者たちに自由はない。すると、洞窟の入口付近(村の住民がいる方角)から怒りを秘めた獣の鳴き声が響き渡った。


♢檻の中にいる化け物

謎の冒険者が風魔法で攻撃してきた。気絶すれば、捕らえた奴らが解放されてしまう。そんなことは許されない。攻撃を食らって、一瞬気絶しそうになったが何とか耐えることが出来た。この場にいればいずれ気絶する。なら逃げるしか方法がないのだが、ボスがいるのに逃げるなんて出来ない。

「お前は裏から逃げろ。そして、"やつ"を解き放て。ここにいても、全員捕まっておしめぇだ」

「りょ、了解」

子分は"やつ"のいる場所までひたすら走った。一秒でも早く着くため全力疾走で。

「はぁ…はぁ……やっと着いた。お前とは、会いたくなかったんだけどな」

"やつ"は子分の魔法で檻に牢獄されている。暗闇の中で、目を光らせ威嚇して来た。

「よ、よーし、落ち着け。お前をここから出してやる。だからボスを守れ!」

五十メートルほど離れて魔法を解除する。すると、一瞬にして目の前まで迫られ、爪で攻撃された。

「うわあああ!」

一瞬にして目の前が真っ白になった。子分が覚えているのは、大量の自分の血が吹き溢れた所まで。体が冷たくて、何も感じなくなるのが理解出来た。

「「ガオォォォ!」」


♢"やつ"の正体

獣の鳴き声が聞こえてすぐに御者たちが囚われていた檻が消えた。

「フフフフ、ハーッハッハッハ。"やつ"が開放された以上、もう誰も生きては帰れない」

「それはどういうことっスか!」

「決まってんだろ。"やつ"は誰にも止められねえからだよ!"やつ"は目に入った人間全員を殺し続けるバケモンだ!そんなやつを誰が止められるってんだぁ?」

鳴き声が聞こえた方角は村の住民たちがいる。最悪もう住民たちがいるところまで着いている。距離はざっと四〇〇メートル。しかも直線でなく複雑な通路。到着するのに最低二分はかかる。

(二分は長すぎる。一秒でも早く駆けつけないと村のみんなが…探せ!この状況を打破する一手を!)

何かを見落としているはずと思い、記憶を遡った。洞窟に入った時、戦いの最中、そして獣の鳴き声が聞こえた時…

(あれ…隼(ペレグリン)を繰り出した時は略奪者たちは全員いたはずだ。技を繰り出してから、鳴き声がするまで一分ちょっとしか経ってない。鳴き声がしてから檻は解除された。つまり"やつ"って呼ばれるのに気絶、最悪殺されたって事になる。あの複雑なルートをどうやって…)

ラグクロはこの時一つの仮説を立てた。この仮説が正しければ、目の前にある通路とは別の通路がある。ラグクロはその望みをかけて必死に探す。

(別のルートがあるはずなんだ。なにかに隠れて見えないのか?でも、ここに障害物なんて……あっ)

障害物は思ってたよりすぐそこにあった。一際目立ち、違和感しかない玉座。見ると来た時より位置がズレているような気がする。とりあえず玉座をずらすと、そこに小さな抜け穴を発見した。

「あった。別ルート!」

「っ!?…行かせるかよ」

略奪者のボスは魔法を天井目掛けて放つ。放たれた魔力玉は、天井に激突して岩が落ちてきた。

「っ!?」

「危ない、ラグクロ君!」

あの一瞬でカルシファーは、ラグクロを風魔法で通路側に吹き飛ばした。

「聞こえるっスか、ラグクロ君。君はそのまま向かってくださいっス。こっちは俺とシーシャちゃんで何とかするっスから」

「分かりました。ご武運を!」

その言葉を残してラグクロは、全力疾走で直線の通路を走って向かった。

(このまま行けば一分もしないでたどり着ける。絶対に傷つけさせない。俺があの人たちの英雄になるんだ!)

走り続けると、久しぶりの太陽の光が照らされたところが現れる。その光を浴びている人々と獣がいる。幸運なことにまだ犠牲者は出てないようだったが、今にも襲いかかりそうだ。

「来るな…来るな!!」

「ガオォォォ!」

「逃げろぉぉ!」

アボスは獣に怯え腰が抜けていた。獣はそんなこと関係なく襲いかかる。獣は右手を振りかざした。当たる寸前にラグクロが救出し難を逃れた。

「お前…」

「もう大丈夫。あとは任せて!」

大口叩いたが目の前にいるのは白虎だ。ラグクロは以前、読んだ本に書き記してあったことを思い出した。

白動物(アルビノ)は別名、不規則生物(イレギュラー)と呼ばれていて、普通の生物の倍の力と知識を持っている。そしてまれに、魔法も兼ね備えているらしく、高確率で帰らぬ人となる。

(不規則生物なんて相手が悪すぎる。ある程度距離を保って、二人が来るまで時間を稼ぐしかない。二人に頼るのは癪(しゃく)だけど、今の俺じゃ力不足だ)

魔力も略奪者たちとの戦闘で使い果たし、残り僅(わず)かしかない。こんな状況でできることは限られる。できるとするのなら二人が来る間の二分間、村の人たちを守る肉の壁となることだけ。すると、白虎はラグクロを無視してアボスに向かうって爪を立てた。すかさず、アボスの前に入り羽織っていたマントを右手にぐるぐると巻き、攻撃を受ける体制に入る。勢いよく白虎は右手に噛みついて来た。牙が腕の中に侵入し大量の血が流れる。

「「うわぁぁぁ!!」」

今まで感じたことのない激痛が襲いかかった。痛みを我慢し、噛み付いている白虎の油断を突き左手で攻撃を繰り出すが、白虎は噛み付くのをやめ一旦後ろに下がり、攻撃を回避する。

「はぁ…はぁ……」

マントを巻いていたおかげで、牙が奥深く刺さることはなかったが、これでも動かすと激痛が走るほどの大怪我だ。この状況はまずい。通常でも倒すのは至難の業なのに、片腕負傷の致命的な問題が起きた。これだと二人が来る前に、ここにいる全員があいつの餌になる。

「おいお前、その腕じゃもう…」

アボスが顔を真っ青にしてラグクロに声をかけてきた。周りも同じ顔をしていた。自分たちは死ぬんだと言わんばかりの顔だった。

(あぁ…何やってんだ俺は…みんなにあんな顔させないために、絶望を植えつけないために、あいつに立ち向かったのに、結果的に植え付けてんじゃねえかよ)

白虎は再び襲いかかった。しかも、今度の狙いはラグクロだった。片腕負傷というダメージがあるから、いけると思ったのだろうが、標的がラグクロになったことは好都合だった。白虎は右手の爪で攻撃を仕掛けて来た。それを回避するが、逃げた先でしっぽの追撃がラグクロを襲った。その攻撃を回避することは出来ず、もろに食らってしまう。

「ぐはっ…」

口から血を吐きながら壁に激突した。そして激突した壁の奥の空洞に出た。広さは家がすっぽり入るほどの、大きめの空洞だった。白虎はその空洞に入り、ラグクロの出方を伺っている様子。二人が来るまでまだ一分強ある。白虎の攻撃をあと一分も食らい続けるのは、ラグクロの身が持たない。餌になっておしまいだ。

「ふっふっふっふっ……」

(苦しい…辛い…なのに、この体の奥深くから湧き上がる感情がとても心地良い)

自分でも今、狂っていると感じる。苦しくて、辛くて、死んでしまいたいのに、心地良い感情がラグクロの心を支配していく。まるでラグクロ以外の誰かが、体を支配しているかのような感覚だった。あらゆる感情が麻痺し、全てが心地よくなってしまっている。ラグクロが唯一できるのは、笑うことだけだった。白虎も危険を察知しているのか襲っては来ない。なんなら距離を置いている。

「はっはっはっはっ…」

笑いながら立ち上がり白虎を眺める。自分の顔を見ることは出来ないが、恐らく不気味な笑を浮かべているのだろう。さっきまで攻撃的だった白虎が、体を縮めて怖がっている程なのだから。すると、負傷していた右手から黒いモヤが発生する。自分でも何か分からなかった。だがそんなのどうでもいい。あいつを倒せるならなんでも利用する。

「んはははっ」

ラグクロは白虎に向かって飛躍したが、予想以上のスピードで壁に激突する。なのに痛さは感じられなかった。感情だけでなく体も麻痺したのだろう。すると、痺れを切らした白虎が反撃を始める。右手を上げ爪での攻撃を繰り出すが、ラグクロにその攻撃は当たらなかった。狂ったせいか分からないが、白虎の攻撃の動きがはっきり理解出来るようになったからためだ。感情と体が麻痺した代わりに、頭は覚醒している感じだった。攻撃をかわし続けていると、白虎の攻撃が少し単調になっていく。簡単に言えばやけくそだ。動きが単調になった白虎の右手を掴んで動きを封じ、がら空きになっている腹部に右膝蹴りを繰り出す。攻撃は見事ヒットして相手が怯んだ。たちまち、白虎の顔面目掛けて左手を勢いよく振った。途中、黒いモヤが手を覆い隠したが、そんなこと気にせず容赦なく殴った。そしてそのまま、足元に叩き落とした。地面が砕けるほどの威力。もちろん、白虎は意識を保てず気絶した。

「はっはっはっはっ!」

勝った喜びの感情と、心と体を支配する感情が入り交じり、大量な血を流しながら、ラグクロは悪役みたいな笑い声を出し続けた。


♢英雄とは何か

「ラグクロ君!大丈夫っスか?」

絶妙なタイミングで二人は現れた。二人は、目に映る風景を見て驚いていた。当然と言えば当然だが…

「はぁ…はぁ……カルシファーさん…うっ」

白虎が気絶したことと、二人が駆けつけてきたことに安堵したのか、心と体を支配していたアレはピタリと収まった。収まったのはいいが、その代わりに麻痺していた体が治って再度激痛が走る。それも何倍、何十倍もの痛みで戻ってきた。立っていることもままならないので、ラグクロはその場に屈んだ。

「ラグクロ君!」

「すみ…ません……だいぶ…無茶しました」

「すぐ手当するっス。少し我慢してくれっス」

カルシファーは、自分の服をちぎってラグクロの右腕の応急処置を開始した。血を止めて腕に巻いてくれた。途中ものすごく痛くラグクロは涙目になっていた。

「にしても、よく不規則生物(イレギュラー)に勝ったっスね。正直驚いたっス」

「俺もです。途中、誰が体を支配したような感覚に陥(おちい)りましたけど、そのおかげで倒せました」

「!?…それってどういうこと?」

意外にもシーシャが食いついてきた。だが、興味という感じではなく見えた。

「どういう感じだった?例えば体が軽いとか、妙に頭が冴えてるとか」

「落ち着けシーシャ。急にそんな沢山聞かれても…俺の身に異常があったことを今話すから」

「……」

シーシャの圧を一旦沈めて、ラグクロは事情を話した。

「そうだな…まず、心の底から溢れ出すような心地いい感情(?)が出てきた。そんで、体から黒いモヤみたいなのが出てきたような気がした」

「黒いモヤ!?」

「あ、ああ。俺は、あの黒いモヤに助けられた。今では感謝してるほどだ」

「……」

あの黒いモヤが出現しなければ、ラグクロは白虎に勝つことなんて出来なかった。黒いモヤとあの感情は謎のままだが、感謝しかない。シーシャはラグクロの話を聞いて、顔色が悪くなったように見える。本人に直接聞くことはしなかったが、一体なんだったのだろう。

『僕(やつがれ)を倒し者よ…』

突如謎の声が聞こえた。声は倒れている白虎の方から聞こえた。

「白虎が喋った!?」

「これはテレパシーっスね。この白虎自身が持つ魔法のような力っスね」

『左様。黒髪の、汝(なんじ)には完敗だ。まさか負けるとは思わなんだ』

「俺も勝てるとは思わなかったです」

『そうか…しかし汝を襲ったこと、謝罪する。僕もどうかしていたようだ。怒りのあまり、目の前にいる相手の善悪も判断できなかった』

怒りが暴発すれば、我を忘れることはあるだろう。それは仕方がない事だし、もう終わったことをどうこうするもない。

「そういえば、なんで檻に囚われてたのですか?」

『……十二年前だろうか…僕は襲撃にあい仲間は絶滅。残っているのは僕だけとなった』

「定番な手口っスね。彼は不規則生物。高値で売れるし、魔除にもなるっスから」

「なんて酷いことを……」

一斉に手足を縛られ、何も出来ない状態の略奪者のボスに目をやった。何かを察したボスは額から冷や汗が出ていた。

「お、俺らじゃねぇぞ。そいつは、闇市で買い取ったんだ。そいつがいりゃ、食料調達も簡単に行くと思ってなぁ」

『こやつが言っているのは事実だ。仲間を絶滅させたのは別の奴らだ』

「そいつらのことは…」

『残念だが、何も分からぬ』

虎の寿命は野生で約十年、飼育されても二十年前後。その話が十二年前なら、まだ幼い時に事件は起こっている。その時のことは分からないが、きっと怒りで我を忘れ状況把握どころではなかったのだろう。

『ところでだが、僕(やつがれ)を殺さないのか?』

「えっ?なんで殺さないといけないんですか?」

『僕(やつがれ)は、お前を殺しかけたのだぞ。これは、たとえ怒りに支配されていようが罪だ。殺される理由は十分にある』

確かにラグクロの腕はボロボロで体はズタズタだ。ただ、白虎のせいであっても罪ではない。腕を犠牲にすると決断したのは本人だし、肉の壁になると決めたのもラグクロだ。白虎のせいで傷ついたわけではないと、ラグクロは白虎に話した。白虎は汝は変わっておる、と口にして初めて笑った。

「でも、殺さない代わりに頼みを聞いてもらいます」

『よかろう』

「俺の頼みは一つだけです。ここにいる村の人たちを守ってあげてください」

『……それだけで良いのか?』

「不規則生物がいれば、村を襲う奴も配達の時の襲撃も減ります。それに相手は人間だけじゃない。ここへ来る途中に魔物の気配を感じました。だから、言い方は悪くなりますけど、魔除けにもなれます」

もうこんなことが起きないためにも、早めに対処した方がいい。偶然にも、白虎という不規則生物という化け物がいることだし、使えるものは使っておこうと判断した。

『正直に言えば、要求が弱いがよかろう。汝の願いを引き受けた』

ということで、カルシファー以外は村へ戻った。カルシファーは、略奪者たちを近くの監獄に連れて行くため別行動となった。

村へ戻ってすぐに村長に事情を説明し、白虎を引き取ってもらう事になった。村の仲間になるので、当然名前はつけられた。白虎の白を取って「白(ハク)」と名付けられた。そして村長の提案により、夜は宴となった。この村で取られた果物や肉、魚あらゆる品で飲んで食べあった。

「ここの果物で作った酒は美味いっスね」

「そうだろ〜、そうだろ〜」

ラグクロにはまだ縁のない世界が、目の前に繰り広げられていた。酒臭いのもあり、ラグクロは一時撤退してこの村の牧場に向かった。ここには馬を始め、牛や豚、鳥、羊など幅広く飼育している。当然、飼育方法は異なるので大変だろう。

「おやおや。ラグクロくんではないか…何用じゃ?」

牧場に着いたラグクロは、暗闇から声をかけられた。暗闇から声をかけた人物は村長であった。

「いえ、そういう訳ではなくて…その、お酒の匂いにやられまして…」

「ほっほっほっ、なるほどの〜。あの匂いは、ラグクロくんにはちと早いの」

「村長こそ、どうしてここに?」

「わしゃ〜君に用があって、ここにおったのじゃよ」

村長の魔法は、相手がどの場所に行くのか情景として把握出来る「未来情景魔法」という魔法だ。この力により、ラグクロより先に牧場で待っていたのだ。

「君はこの村を救ってくれた。だから、村長として改めてお礼を言わせてくれ」

「そ、そんな頭をあげてください」

ラグクロは慌てて村長に声をかけた。村長はすんなりと顔を戻し、改めてラグクロに声をかけた。

「しかしだ、恩を仇で返す訳にもいかん。わし個人にできることがあれば、全力を尽くそう」

「…じゃあ、一つ質問をいいですか?」

ラグクロの問いかけに村長は何も反論せず、ただまっすぐラグクロを見ていた。

「俺は夢があるんです。親が行方不明になって、何もなかった俺を優しく育ててくれて、家族の温かさを教えてくれた恩人のいる村を守る英雄になるという夢が…そのために俺は、カルシファーさんと共に知らない世界に旅立った。でも、俺はあの場でただみんなの肉の壁になっただけ……教えてください!俺は、俺はあの時、どうすれば英雄になれたんですか?そしてこの先、俺は英雄になれると思いますか?」

ラグクロ自身も驚くほど熱く語った。息を切らしていることにも気づかないほどに。

「……」

村長は黙ってラグクロを見つめていた。しかし、しばらくすると村長は口を開いてラグクロに告げる。

「ラグクロくんは、英雄とはどんなものだと思う?」

「…村や街、国を背負って悪党を倒す人?」

村長の謎の質問に一瞬戸惑いながらも、ラグクロは自分なりの答えを口に出した。

「…やはり君は英雄という言葉の意味を、難しく考えすぎておるな」

「えっ?」

「いいかい。わしの思う英雄とは、諦めずに立ち向かえる人じゃ!」

それを聞いて、ラグクロは自然に大粒の涙を零しながら膝をついた。

「だから君はあの場の誰よりも、英雄であった。これは、誰にも覆(くつがえ)せんよ。そういえば、英雄になれるかどうかだったか…断言しよう。近い将来、君の名が英雄としてこの世界を轟くじゃろう。わしの魔法をフル稼働させれば、このぐらいはお見通しじゃよ」

十中八九嘘だろう。だが、今のラグクロにはこれ以上ない信憑性(しんぴようせい)があった。ラグクロは気が済むまで大泣した。

どのくらい泣いたのだろうか。ラグクロは大泣していたせいで、目が痒く擦っていた。

「すみません。みすぼらしい姿を見せてしまって」

「なにも謝ることじゃない。じゃが、わしの言葉にそれほど大泣するとは思わなかったのぉ」

「一番言って欲しかった言葉を言ってくれたら、誰でも泣くものですよ」

村長と言葉のキャッチボールをしながら、みんなのいるところにゆっくりと進んでいく。

「おっと、忘れておった。君に一つ問いたいのじゃが良いか?」

「はい。なんでも」

「お前さん、武器は持たんのか?」

「武器ですか?」

そういえば、ラグクロは今まで拳ひとつで戦っていた。そのため、自身も必要ないと思っていたが、白虎との戦いを思い出すと武器は重要だと思い知らされる。

「わしが言うのはなんだが、武器は持つに越したことはない。これを機に作ってみてはどうだろう。わしの知人で鍛冶師をやってるヤツがおる。あいつは少し変わったヤツじゃが、気に入れられたら頼りになる男じゃよ」

「分かりました。ではそれでお願いします」

「決まりじゃな。帰ったら早速、伝えておこう。ヤツはシリヤスレイに住んでおるから寄ってみるといい」

「はい」

(村長が認めているのなら、悪い人ではなさそうだ。シーズンに行く前に寄ってみるか)

そんな話をしていたら、あっという間に着いてしまった。村人の大半はだいぶ酔っていた。顔を赤くして全員で肩を組んで喜んでいる。もちろんそこにカルシファーもいる。シーシャは、遠くで子供たちと遊んでいた。とても微笑ましい光景だった。

「あっ、ラグちゃん。もーどこ行ってたの。心配したんだよって、どうしたのその顔。泣いたの?」

「あーいや、これはだな…」

「ラグちゃん。私のお胸で泣いていいんだよ。ほら〜」

自分の胸をやたらと強調して誘惑してくるシーシャ。誰が彼女の胸で泣くもんかと思いながら、ラグクロは反対方向に走り出した。

「あぁ、待ってよラグちゃん」

「来んじゃねぇよ。絶対にお前の前で泣かねぇからな」

「ほっほっほっ。元気じゃな、若いもんは…」

ラグクロは太陽が登るまで、必死に走り続けたのだという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る