第47話 リューエル王国の国王陛下
屋敷の使用人さん達に手伝ってもらって、貴族の子息が着るような豪奢な服に着替える。紺色の上下に所々金糸で縁取りが施され、目立たない黒糸でアルマー子爵家の紋章が胸に刺繍されている。中に白いシャツ、首元には落ち着いた緋色のスカーフを巻いてもらった。
「アロ、良く似合ってるわよ!」
「母様……」
着飾った俺の姿を見て、母様のテンションが上がっている。
直ぐ成長するから仕立てるのではなく借りれば良いのではと言ったのだが、母様と義父様は聞き入れてくれなかった。
たぶん、二人は俺に高級な服を贈って「親」らしい事をしたかったのだろう。そんな事してくれなくても、二人は十分俺の「親」だし、感謝してるんだけどなぁ。
母様は余所行きのちょっと良いドレス、義父様は騎士団の礼服を着ていた。準備が出来たので屋敷の玄関を出ると、子爵家の紋章が入った豪華な馬車が待っていた。
この馬車にも「
御者は侍従長さんが務めてくれるようだ。この人は義父様と同じくらいの年齢で、スコットさんと言う。
「やはりアロの魔法具があると乗り心地が全然違うな!」
「本当に。王家に献上したら喜ばれるでしょうね」
うんうん。何せ俺のトラウマが生みの親だからな。この魔法具付きの馬車に乗ると、他の馬車には乗れなくなるのだ。
「王城は遠いのですか?」
「それほどではないよ。中央区の壁まで15分くらいで、そこから10分くらいかな」
中央区とはその名の通り王都の中心で、王城と王宮、離宮、庭園、近衛である第一騎士団の隊舎などがある。それらをぐるりと囲む壁は「中央壁」と呼ばれているらしい。中央壁には出入口が1か所しかない。
貴族区では馬車も人が歩くくらいの速さしか出してはいけないらしく、のんびりと進む。中央に向かってやや上り傾斜が付いているようだ。中央区に近付くにつれて周囲のお屋敷が大きくなるのはお約束である。
上位貴族の屋敷や庭を眺めていると、直ぐに中央壁の門に辿り着いた。ここの門兵は第一騎士団の精鋭が交代で務めている。
王城から通達が来ていたようで止められる事なく通過した。
貴族区も道幅が広くゆったりした区域だったが、この中央区はまた雰囲気が違うな。馬車が通る道と人が通る道が区別されていて、その間には美しい花壇が延々と続いている。所々に木も植えられ、木陰にはちょっと休憩出来るようにベンチが置かれていた。
きっと中央区で働く人々が気持ちよく仕事出来るように配慮されているんだろう。道行く人々の顔は明るく、この国が安定していて平和である事が窺える。
そして馬車は王城の前で止まった。目の前には眩しいくらいに磨き上げられた白い石造りの城があった。ここからでは全容が見えないが、目に入る範囲だけでも豪華な造りである事が見て取れる。
入口に続く道の左右にはよく手入れされた芝生が植えられ、道自体は四角く切り出された光沢のある石で出来ており、継ぎ目がないと錯覚しそうな程滑らかに繋がっている。
「アロ、行きましょう」
知らず知らずのうちにキョロキョロしてしまっていたようだ。母様に促されて入口に向かう。
4本の巨大な柱に支えられた張り出し屋根の下を通り、槍を携えたフルプレートメイルの衛兵の横を通って中に入る。
「アルマー子爵、シャルロット様。お待ちしておりました。アロ殿、はじめまして。宰相補佐官のニコラス・ベンジャールと申します」
茶色の髪を後ろに梳かしつけた30歳くらいのイケメンに挨拶された。
「はじめまして。アロ・グランウルフ・アルマーと申します」
右手を左胸に当て、左手は腰の後ろに回してお辞儀をする。この3日で教わった、リューエル王国貴族の礼である。
義父様と母様はニコラスさんと知り合いのようで、気安く挨拶を交わしていた。
「それではご案内いたします」
ニコラスさんの後ろについて行く。宰相の補佐官ともなると、ドレスを着た母様の歩調に合わせて歩くくらいの気遣いは出来て当たり前のようだ。
仕事が出来て、気遣いも出来て、その上イケメン。ニコラスさん、モテるんだろうなぁ。
王城内は複雑で、これは慣れている人か案内がなければとても目的地に辿り付けそうにない。俺は義父様と母様に左右を挟まれながら歩く。さすがに手を繋がれる事はなかったが、母様は時々俺の方に手を伸ばしかけては引っ込めていた。
やがて王城の3階まで登った。城の中は天井がかなり高い。4メートルは軽くありそうだ。また通って来た廊下には窓がたくさんあって、この時間は陽の光が差し込んでかなり明るい。一定の間隔で置かれた美術品や調度品は、それ一つで下手すると一生食べていける価値がありそうだった。
3階のかなり奥まった所にある豪華な木製扉の前で止まる。天井近くまである1枚板で、美しい木目と精緻な彫刻が素晴らしい。
両開きの扉の左右には、城の入り口と同じ全身鎧の兵士が佇んでいる。ニコラスさんは兵士に目で合図すると、ノックしてから扉の向こうに声を掛けた。
「アルマー子爵家の御三方がお見えでございます」
「入れ」
くぐもった男性の声で返事が聞こえた。扉は中から開けられ、廊下からも室内が垣間見えるが、返事をしたであろう人物の姿までは見えない。
「失礼いたします」
義父様、母様、俺の順で入室する。床には踝まで埋まりそうなフカフカした紺色の絨毯が敷かれていた。中はうちの応接間の2倍くらい広い。革張りの巨大なソファが4つ。それぞれ6人くらいは余裕で座れそうだ。
このソファには、ミエラが嫌いな
ソファは落ち着いた赤茶色で、その一つに恰幅の良い男性がどっかりと座っていた。
「陛下、ご壮健そうで何よりでございます」
「お父様、ご無沙汰しております」
国王陛下は「うむ」と鷹揚に頷く。
「これがアルマー子爵家の新しい家族、息子のアロでございます」
「アロ・グランウルフ・アルマーと申します」
俺は再び精一杯の貴族の礼をした。
白に近い金色の髪は短く整えられ、母様と同じ金色の瞳が鋭く俺に向けられている。座っているから背の高さは分からないが、肩幅は義父様より広い。厳つい顔つきと相俟って「武人」の雰囲気を漂わせている。
母様からも国王の若い頃についてなんて聞いた事ないけど、自ら剣を持って前線で戦っていた人っぽい。
「ふむ。余がリューエル王国第21代国王、カルダイン・ダリアート・リューエルであるが……お主が本当に『魔人』を討ったと申すのか?」
自分では「申して」ないけど、そういう事じゃないんだろうな、きっと。
「畏れながら、私はキリク・ラムスタッド様とその盟友の方々を少々支援しただけでございます」
「それは余が聞いた話と違うようだが?」
カルダイン陛下の鋭い目が、更に剣呑さを増して俺に向けられた。
「お父様! うちのアロを苛めるのは、例えお父様であっても許しませんよ!?」
普段の優しい母様からは想像できない厳しい言葉が、よりによって陛下に向けられた。
……うん。さすが俺の母様だ。ぷんすか怒ってても綺麗で可愛い。
陛下に食って掛かる母様の姿を見ても、義父様は穏やかな笑顔を湛えている。これはよくある光景ってことか。
「シャ、シャルちゃん!? 違うんじゃ、苛めるなんてそんなつもりは――」
「言い訳しないっ!」
「は、はいっ!」
……え? 今なんか、ミエラに怒られてる俺の姿が陛下に重なって視えた気がするけど、気のせいだろう、たぶん。
「……コホン。アロよ、儂の言い方が不味かった。シャルちゃ……アルマー子爵家の養子となった者が、どれほどの実力か知りたいと思っただけなのじゃ。許せよ」
さっきまで鋭かった眼光が鳴りを潜め、急に好々爺然とした雰囲気に変わる。一人称も「儂」に変わっちゃったし。こっちが「素」なのかな?
「大丈夫です。私は気にしませんので」
「それなら良かった。では第一騎士団の副団長、ルーナス・ハイアットと少し手合わせしてもらうとするか」
「はい?」
陛下の口の端がニヤリと上がる。人の好いおじいちゃんは只の演技で、やはり国を動かすだけの策士という事だろう。油断ならないなぁ。
ちらりと横を見ると、母様と義父様は鼻息を荒くして俺を見ていた。
「ルーナス殿と言えば『王国の剣』と呼ばれる程の手練れ。我が息子にそのような御仁の胸を借していただける事、深く感謝いたします」
あー、手合わせするのは確定なのね。義父様が物凄く嬉しそうな顔をしてるよ。まぁ怪我しないよう適当にやるかな。
「アロ、遠慮は要らないわ。思いっ切りやりなさい!」
「はいっ!」
母様にキラキラした目で思いっ切りやれと言われたら、そりゃやらざるを得ないよね。
そうして俺達は、王城の裏にある闘技場に向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます