第48話 王国の剣
王城の裏には見事な庭園があり、その横に縦横50メートルくらいの闘技場があった。試合を見世物にするような所ではなく、第一騎士団の騎士達が定期的に手合わせする為に用意された場所らしい。要は練習場だな。
観客はカルダイン・ダリアート・リューエル国王陛下、ニコラス・ベンジャール宰相補佐官、そして俺の母様と義父様。それに加えて、周囲には陛下を護衛する全身鎧の騎士が10人程と、見物に来た100人くらいの騎士や文官が居る。
おい。見世物じゃねぇか。
闘技場の俺の居る反対側には、サラサラした金髪の超イケメンが刃を潰したロングソードを携えて立っている。
第一騎士団副団長、ルーナス・ハイアットさんだ。深い色をした青い瞳が俺を捉えて離さない。
身長は義父様と同じ190センチくらいか。端正な顔に似合わないがっしりした体つきをしている。顔が整っているからか、それとも俺を睨んでいるように見えるからか、とても冷たい雰囲気を感じる。
「ルーナス・ハイアットとアロ・アルマーの試合を始める。双方前へ」
ニコラスさんの声に押されてお互い闘技場の真ん中付近まで歩く。
「君がアロ殿か。キリク殿から聞いたけど、かなり
やはり話の出所はキリクさんか。
「いえいえ、俺なんて見た目通りの子供ですよ」
もうすぐ12歳だが、子供である事は誰の目にも明らかだろう。ルーナスさんには余り本気を出して欲しくない。ここで俺の実力を披露した所で誰も得なんてしないんだから。
「フッ。キリク殿が言った通り、功績をひけらかそうとしないんだね。本当の実力を隠したい理由でもあるのかい?」
「……面倒に巻き込まれたくないだけです」
今がその「面倒」な訳だが。
「なるほど……お手柔らかに頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互い少し離れて5メートル程の距離を取る。ルーナスさんはロングソードを両手で持ち、斜め下に構えた。俺は全身の力を抜いて、右手のロングソードをだらっと下げている。
「双方準備は良いな? 相手を
ニコラスさんの開始の合図と同時に、ルーナスさんが踏み込んで来る。大柄なのにかなり早い。5メートルの距離を一歩で詰めたかと錯覚する程の速さだ。
「シッ!」
空気が漏れたような鋭い掛け声と共に、左下から剣が振り上げられる。俺は自分の剣を添わせて斬撃を斜め上に受け流した。「ギィィイン!」と金属の擦れ合う音がして、ルーナスさんの剣は俺の頭上を掠める。
下からの斬り上げは力が入りづらい筈なのに、受け流した手が少し痺れる程の衝撃だ。「王国の剣」と呼ばれるのは伊達ではない。
ルーナスさんが「ニィッ」と嗤い、受け流された斜め上から斬り下ろす。半身になりながらまた剣を当てて受け流すと、途中で剣の軌道が横薙ぎに変わる。バックステップでギリギリ避けた。
かなりの実力者だ。これならルーナスさん一人で魔人と戦っても勝てるかも知れない。中級悪魔でもいけそうだ。武器次第ではあるが。
攻撃は嵐のように続く。上、横、斜めから絶え間なく斬撃が浴びせられ、剣で受け流し、体を捩じって避ける。たまに反撃で剣を振るうが、簡単に受けられてしまう。
じりじりと後退しながら考える。
母様には「遠慮なしで思いっ切りやれ」と言われたが、そんな事をしたらルーナスさんを殺してしまうからそれはナシの方向で。
魔法を使うのも憚られる。ルーナスさんは純粋な剣技だけで戦っているし。
「王国の剣」の攻撃をこれだけ捌いているんだから、もう十分ってならないかな?
「やるな、アロ殿! そろそろ私も本気で行くぞ!」
あー、ルーナスさんに火が付いちゃったよ。全く、大の大人が子供相手に本気って。
母様の方をチラッと見ると、キラキラした目で俺を見ている。俺が負ける事なんて露程も考えていない目だな、あれは。
これって勝っちゃってもいいんだろうか? ルーナスさんに恥をかかせる事になるよね? 下手したら副団長の座を降ろされるかも知れない。その上、国王の命令で強制的に騎士団入りって事にもなりかねないよなぁ。
うん、やっぱりここは負けよう。
本気になったルーナスさんの攻撃は、速さと重さのレベルが数段上がった。もはや観戦している人達の目では追えないレベルだろう。
それでも確信を持って言える。これならまだじいちゃんの方が強い。
じいちゃんの事を考えたら、ここで負けちゃいけないような気がしてきた。
「アロ! 負けるなーっ!」
そこに母様の声で追い打ちが掛かった。
「どうやって負けようか」という思考が「怪我させずに勝つ」に切り替わる。
ルーナスさんの剣戟が左斜め上から襲い掛かる。剣の
俺の体が右に流れるのを利用して、左足で上段回し蹴りを放った。
「なっ!?」
ルーナスさんは体を逸らして蹴りを躱す。空振りした左足が地に着いたと同時に、体を半回転させながら右足で後ろ回し蹴りを腹に放つ。ルーナスさんは右手を剣から放し、右腕で蹴りをガードした。
その隙に、自分の剣を手放しながら懐に潜り込む。剣を持つ左腕を俺の肩に背負い、ルーナスさんを投げる。予想外の攻撃に、ルーナスさんは受け身も取れずに背中から地面に落ちた。
「かはっ!?」
手放した剣を素早く広い、地面に倒れたルーナスさんの首筋に切っ先を突き付ける。
「勝負ありっ! 勝者、アロ・アルマー!」
一瞬静まり返った闘技場は、ニコラスさんの判定を受けてどよめきに包まれた。
ルーナスさんは強い。純粋な剣術において、その強さはまさに「王国の剣」の名に恥じないものだ。
一方で、俺がじいちゃんから教わったのは「戦いに勝つ方法」である。じいちゃんが剣士だから剣術ももちろん習ったけど、それは誰かに見せるための綺麗な戦いをする為じゃない。こっちの命を取りに来る相手に対して、どんな手段を使っても相手に勝つ戦い方を学んだのだ。それには前世で慣らした体術も含まれる。
仮に剣しか使ってはいけない、というルールの下でも負ける気はしないけどね。まだ腕輪は二つとも着けたままだし。
俺は倒れたままのルーナスさんに手を差し出した。
「私は……負けたのだな」
「思わず体術を使ってしまいました。俺の負けのようなものですよ」
そう。剣の試合でそれ以外の攻撃を使った俺の反則負け。そういう風に持って行こうと思ってたのに、ニコラスさんが俺の勝ちを宣言しちゃうんだもの。そういうの困るよね。
「いや、戦の場で『お互い剣だけ使おう』なんて取り決めなどない。君の技が私を上回った、それだけのことだよ」
ルーナスさんは俺の手を取って体を起こしながらそんな事を言ってくれた。
やだ、台詞までイケメン。
「アロ!」
ふわりと柔らかいものに後ろから包まれる。同時にいい匂いが鼻腔を満たした。言うまでもなく母様だ。
「さすが私のアロだわ! 『王国の剣』を完膚なきまでやっつけるなんて!」
母様が、俺の頭に顔をぐりぐり擦り付けながらそんな事を言う。
母様……ルーナスさんの傷に塩を塗り込むような言葉は止めてあげてください。
ふと義父様の方を見ると、顔が上気して鼻の穴が少し広がっていた。物凄く自慢したいのを辛うじて我慢してる、って感じだ。
「アロ殿、良い経験をさせてもらって感謝する。もっと精進するよ」
「こちらこそ、胸を貸していただいてありがとうございました」
立ち上がったルーナスさんと握手を交わした。この人、実力がある上に最後までイケメンだったな。
母様に手を引かれ、カルダイン陛下の前に行って俺だけ跪いた。陛下はしかつめらしい顔を崩さないまま両腕を胸の前で組んでいる。
「お父様! これでアロの実力はお分かりになったでしょ?」
母様がドヤ顔で陛下に詰め寄った。
「ふむ……。アロ、立ちなさい」
陛下に言われて立ち上がった。
「お前の実力は見せてもらった。魔人討伐も
おおぅ……? プロス……何だって? 戸惑う俺に、義父様が必死に目で合図を送っている。あ、そうか。
「謹んでお受けいたします」
「うむ」
義父様がほっとした顔になったのでこれで合ってるんだろう。母様もうんうんと頷いているので間違ってないと思う。
「叙勲は後日行う。詳細はニコラスから聞け」
そう言って、陛下は護衛と共に城に戻って行った。良かった、今日はこれで解放されるようだ。
リューエル王国の「プロスタシア勲章」というのは、国防に大きく貢献した人に送られるものだと屋敷に戻ってから義父様が教えてくれた。
そもそも今日の「試合」についても、叙勲を周囲に納得させる為にカルダイン陛下が画策したものらしい。
騎士や衛兵数十人がかりで手も足も出なかった「魔人」を排除した者の功績を認めないというのは国の沽券に関わる。しかし、それを排除したのが年端も行かない少年で、眉唾と思う者が王城内で多数を占めていた。ならば実力を見せて周囲に認めさせよう、という考えだったようだ。
それならそうと言ってくれれば良かったのに。兎に角、陛下が俺に意地悪したかった訳じゃないと分かって安心した。
それにしても勲章かぁ。……全然要らないんだけど、そういう訳にもいかないんだろうなぁ……。
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