第46話 ミストルテイン
SIDE:アロ
学院迷宮から戻った翌日。俺はミエラと二人で「荒野」に転移してきた。
別にミエラと二人きりになりたいとか、何かやましい事をしようとか、そういうのは一切ない。いや正直言うと、久しぶりに二人きりなのは嬉しかったりする。
本当の目的は、昨日約束した魔弓「ミストルテイン」の威力や性能、使い方をミエラに見せる事である。
「アロ、ここはどこ?」
「えーっと、俺は単に『荒野』って呼んでる。魔法の試し打ちをしてた場所なんだ」
ここは、俺が5歳の頃から魔法をぶっ放していた場所だ。位置的に言うとリューエル王国からかなり北、魔族領さえ越えた海の傍である。
元々は見渡す限り平坦な岩地だった。遥か後方には深い森があり、前方は崖になっていてその下は海、という地形だった。
それが、色んな魔法を試し打ちした為にかなり起伏の激しい場所になっている。俺があちこちにクレーターを作ったせいなのは内緒だ。
近くに人や獣人、魔族などが住んでいる気配が全くないので、遠慮なく大魔法も撃てる場所だと勝手に思っている。違ったら本当にごめんなさい。
今日も、俺達以外に生き物の気配はなかった。
「まったく……二人で出掛けようって言われたから、私てっきり……」
「え?」
「な、なんでもないっ!」
海からの風が強いから小さな声だと聞こえない。
……ごめん、ミエラ。本当は聞こえてた。今度埋め合わせするね。
「じゃあちょっとミストルテイン貸してね」
俺とミエラは殆ど同じくらいの背丈で、今の俺達だとこの弓は少し大きいかも知れない。だが、本来の弓と違ってこのミストルテインを射るのに物理的な力は不要だ。いや、物理的な力もあるに越したことはないけど、魔力さえあれば射る事は可能なのだ。
「まず無属性の矢。これはこの前ミエラが射ったね」
そう言って弓を構える。弓の両端である、
「すごい……」
「今のはディスクの魔力だけ使って、俺の魔力は上乗せしてない。因みに今くらいの威力の矢は、ディスクの魔力だけで100万本以上射る事が出来るよ」
「ひゃっ!?」
驚いたミエラが変な声を出した。可愛いなぁ、ちくしょう。
「どれくらいの威力にするかは持ち手に流す魔力で決まる。およそ10段階に調節出来ると思えばいい。さっきのが『5』くらいだよ」
「さっきので『5』……」
「ミエラが無意識に初めて射ったのも、威力は『5』くらいだった」
「そうなんだ」
その後ミエラに射ってもらい、威力調節の感覚を掴んでもらった。魔力操作が随分上達したミエラは、すぐに感覚を掴んだ。
「この調節には殆ど魔力を使わないのね」
「うん。それで、『10』以上の威力にしたい場合は更に魔力を流すんだ」
「なるほど」
「10」以上の威力が必要な敵というのは、邪神そのものかその眷属くらいだ。
「次に属性付与だけど、使い方は同じ。射る前にこの石を押し込むだけなんだけど……1回だけ俺が射るね」
赤い色の石を押し込んで火属性を付与する。
「あそこに小さい島があるでしょ?」
「うん」
「あれに向かって射るから」
崖から1キロメートルくらい離れた場所に岩礁のような小島がいくつかある。実はこれ、俺が「
自分でもそれほどの威力があると思っていなかったので驚いた。その時は確か8歳くらいだったと思うけど、一発で魔力が枯渇してしばらく気を失っていたのは秘密だ。
「じゃあ行くよ」
無属性の矢と同じように魔力の弦を引くと橙色の矢が生まれる。体の近くにある間は熱くない。狙いを定めて矢を放つ。標的に近付くに従って色が変わり、最後には青白い炎になって小島に吸い込まれる。その間1秒程度だ。
――ズゴォォオオオン!
すぐ傍に雷が落ちたかのような轟音と振動が届く。小島は一瞬炎に包まれ、すぐに跡形もなく消滅した。
「……とんでもない威力ね」
「今のも『5』くらいだよ」
「あれでっ!?」
「うん。属性付与でこの威力なら1万本くらい射る事が出来るよ」
「い……いちまん……」
本当にこんな威力の武器が必要なのかと言われれば、これでも足りないと言う他ない。邪神とは、それほどまでに強大なのだ。
「ま、まあ、普段は使わないかもね」
「こんなの普段使いしたら国が滅ぶわよ」
「デスヨネ……」
ミエラが呆れている。お気に入りのオモチャを自慢する男の子を見る目で見られた。俺もちょっと大人げなかったが、精神年齢が肉体に引っ張られてるんだから大目に見て欲しい。
その後、四属性の付与をそれぞれ威力「1」で試してもらい、ミストルテインについては十分理解してもらえたと思う。
因みに「風」と「水」の複合属性である、より強力な「雷」も使えるのだが、今日はもう良いだろう……。これ以上やると、ミエラに「狂人」を見るような目で見られるかも知れない。
防御機構は、弓本体が使用者への攻撃を察知すると自動で障壁を展開する。もちろん任意でも張れるが、今日の所はミエラがいっぱいいっぱいなので今度説明する事にしよう。
ミストルテインを魔法袋に収納し、二人で手を繋いで「
屋敷の自室で、コリンが使っていた神聖魔法を思い出しながら、対魔人用の防御と攻撃の術式を紙に書き出すと言う作業をしている。
簡略化出来る部分がないか検討したり、術式に間違いがないか確認したりする為にも紙に書き出すのが良い。
こういう作業をする時、机に向かうよりも床に胡坐をかいてした方が俺の場合は捗る。
俺の膝では、さっきまでリューエル王国文字の読み書きを教えていたパルが頭を預けて眠っている。後ろにあるベッドではミエラが横になって目を閉じていた。ピルルは俺の肩でバランスを取っている。
みんな自室があるのだが、俺の部屋にはなんやかんやで誰かが居る事が多いのだ。
今日はグノエラとサリウスが来ていないのでマシな方である。この二人はずっと喋ってるしくっついてくるので他の作業が出来なくなる。
「なるほど……ここは省略出来そうだな……」
紙に書いた術式を見ながら独り言を呟くと、パルとミエラが「うーん……」と寝言で返事する。
――コンコンコン
「アロ様、旦那様と奥様がお呼びです」
扉がノックされ、侍女のマリーさんから声を掛けられた。
「はい、直ぐ行きます」
マリーさんに聞こえるように、しかし二人を起こさないくらいの声で返事する。パルをゆっくり抱き上げてミエラの隣に寝かせた。
「ピルルもここで待っててね」
「ぴるぅ」
ピルルをパルの枕元に載せ、術式を書いた紙と筆記具を机に戻して廊下に出るとマリーさんが待ってくれていた。
「執務室でお待ちでございます」
「すみません」
マリーさんを始めとした屋敷で働く人達が、俺に丁寧な言葉を使うのに中々慣れない。養子とは言え子爵家の息子になったのだから、使用人さんからすれば当たり前の対応なんだけど。今世で間もなく12歳だが、環境が変わって少し戸惑ってしまう。
案内してもらわなくても行けるのだが、マリーさんもお仕事なので大人しく後ろをついて行く。
「アロ様をお連れしました」
「入ってくれ」
執務室のドアまで開けてくれて、恭しく俺に頭を下げるマリーさん。思わず俺も頭を下げて「ありがとうございます」と言ってしまった。しまった、と思ったら、マリーさんがクスリと笑ってくれたので救われた。
「
「アロ、座ってくれ」
学院迷宮から戻った日、目的を達した事を報告してお礼を言った。上級悪魔の討伐についても告げてある。
マリーさんとは別の侍女さんが部屋に入って来て3人分のお茶を淹れてくれた。
「実は王城から遣いが来てね。3日後に登城せよ、との事だ」
「へぇ……誰がですか?」
「私達3人だ」
「へぇ……えっ!? 俺もですか?」
「もちろん」
えーと、登城って事は王城に行くって事で……。
「まさか国王陛下とお会いする訳じゃないですよね?」
「そのまさかよ」
母様が悪戯っぽく笑いながら教えてくれる。
「我が家が養子を迎えたと言う事は、つまりシャルロットの息子になる訳だから、陛下もいずれ会いたいとはおっしゃってたんだよ」
「ええぇ……」
「それが、この前の魔人騒ぎで、アロの活躍が陛下の耳に入ったらしいんだ。どうやら勇者殿が伝えたみたいだが」
「な、なるほど?」
「それであなたに早く会いたいって、お父様が言い出したみたいなの」
「はぁ」
平民なら、孫がおじいちゃんに会うのはどうって事ないが、相手が国王ともなると事情が全然違うよなぁ……。これって断れないかなぁ……断れないよなぁ。
「公式の謁見じゃなくて私的な顔合わせみたいなものだから、そんなに気負わなくていいのよ?」
母様はそう言ってくれるが、はい、そうですか、とはならない。
その後、国王と会う為の服を仕立てたり、リューエル王国貴族の礼儀作法を最低限教えてもらったりで、あっという間に3日が過ぎるのだった。
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