第45話 一つ目の武器と次の目的地
転移した先は、最初の部屋と同じ造りだ。誰のせいだかボロボロになった最初の部屋とは違い、ここは埃一つなく綺麗な状態が保たれている。
部屋の真ん中に、周辺の魔素を集める魔道具が鎮座していた。俺自身が作った物で、その見た目から「綿あめ」と呼んでいる。
高さ1メートルの半球から、空中に向かって極細のワイヤーが無数に伸びている。ワイヤーまで含めると3メートル程度の大きさだ。
ワイヤーが空中の魔素を効率よく集め、それを本体に流し込む。今もワイヤーの先端から青白い光が本体に向かって間断なく流れていた。
本体の真ん中には20センチ四方の穴が開いている。集められた魔素は本体の内部で凝縮され、直径5センチ、厚さ5ミリ程度の「
「3つ、か」
1500年かけて3つのディスクが出来ていた。1つ出来上がるのに500年かかった計算になる。言い方を変えると、このディスクは周辺魔素を500年分集めて凝縮した魔力の塊である。
魔物や魔獣の体内から得られる赤っぽい魔晶石と違い、このディスクは仄かに青白く光っていた。それを手の平に乗せてミエラにも見せる。
「きれい……」
「そうだね。でもこれ、滅茶苦茶強力な兵器のエネルギー源なんだ」
そう。何の為にこれを作ったかと言えば、勿論邪神を滅ぼす為だ。
「ミエラ、その『ミストルテイン』を貸してもらえる?」
「ミスト……何?」
「ああ、その弓だよ。『ミストルテイン』っていう弓なんだ」
ミエラは魔弓「ミストルテイン」を大事そうに抱えてくれていた。
「このディスクをここに入れるんだ」
「このディスクから、弓に魔力が供給される。ミエラも使ってみて分かったと思うけど、この『ミストルテイン』は矢を必要としない」
先ほどミエラが放ったのは、純粋にミエラの魔力によって作られた矢である。無属性の魔力弾が矢になったと言えば分かりやすいだろうか。それでも、上級悪魔の胴体に穴を開けるくらいの威力が出せる。
ちなみに「弦」も魔力で作られるから、弦は張られていない。
「ほら、ここに色付きの石が嵌ってるでしょ?」
「うん」
「赤を押すと火、青は水、緑は風、黄色は土、それぞれの属性を伴った矢になるんだ」
「えっと、魔法みたいな感じ?」
「うん。で、魔力はディスクから供給されるんだけど、ミエラの魔力を上乗せする事も出来る。それと、ディスクからどれくらいの魔力を供給するかはミエラが調整できる」
いっぺんに話し過ぎたかな? ミエラが目をグルグルさせて混乱し始めた。
「ま、まあ、近いうちに実際使いながら教えるよ」
「ねぇアロ。とにかく凄い弓だって事は分かるんだけど……これ、私が使っていいの?」
使い方次第では街を丸ごと滅ぼせる弓だ。真価はまだ分からないにせよ、相当な物であることはミエラにも伝わっている。
「ミエラに使って欲しいんだ。これを使って俺を手伝ってくれる?」
「……うん、分かった。私、ちゃんと使えるように頑張る!」
「ありがとう」
俺はミエラを危険な目に遭わせたくない。改造前の「ミストルテイン」を使っていたアリーシャのような事には断じてさせない。
この「ミストルテイン」には「防御機構」まで備え付けた。生半可な攻撃ではミエラに傷一つ付けられないだろう。
「さてと。次の
奥の壁には、「ミストルテイン」を置いていた台座と、その右に天板がこちら向きに斜めになった小さめの机がある。机と言っても天板以外は石で出来ており、天板は薄い金属製だ。
「
赤い光点から白い線が右斜め上に伸び、青い光点となる。俺は手製の地図をそこに重ねた。事前に準備したもので、金属板に示される位置と縮尺が合うように描いている。これはリューエル王国と周辺国を簡単に書き込んだ地図だ。
「次は……ファンザール帝国とゲインズブル神教国の国境近くだね」
ファンザール帝国はリューエル王国の東隣に位置する大国。国境で小競り合い程度はあるものの、本格的な戦争にはなっていない。友好国ではないが明確な敵国でもない、という感じである。
ゲインズブル神教国は、ファンザール帝国の北東辺りで接する宗教国家だ。リューエル王国やファンザール帝国と比べるとだいぶ小さな国である。
今世でも、詳細地図は軍事機密だ。その辺で手に入るような地図はかなり大雑把で、縮尺も合っていないものが殆どである。
手製の地図は、マルフ村に住んでいた頃からコツコツ作ったもの。「
途中で降りた場所なら「
手製の地図で次の場所と思われる所に印を付けた。各
「よし。じゃあアビーさん達と合流して迷宮から出よう」
「うん!」
「綿あめ」をどうするか少し考えたが、そのまま起動しておくことにした。この迷宮はそれなりに役に立っているようだから。
俺達は元来た道を逆に辿り、扉を閉めてアビーさん達の方へ向かった。
SIDE:コリン
――ズドォン!
少し離れた所から、くぐもった音が聞こえてきた。
「ア、アビーさん! アロ君達が危ないのではないでしょうか!?」
「そんな心配はないでござるよ」
コリンの焦る声に、アビーは気の抜けたような声で返した。
(え、でもアロ君はシルバー・ランクでしょ? 何でそんなに落ち着いてるの!?)
――ドゴォン!
「や、やっぱり様子を見に行った方が――」
「大丈夫だって。そもそもアロが負けるような相手だったら、俺達が行っても何の役にも立たねぇんだから」
焦るコリンを窘めるようにレインが告げる。
(いや、おかしいでしょ!? その言い方、ミスリルとゴールドの冒険者よりもアロ君が強いみたいじゃん!?)
最初から何かおかしいとは思っていた。自分達の引率者であるレインとアビーは、アロの指示を受けているように見えたからだ。
そしてこの地下第三層であの変な魔獣に前後を挟まれた時、疑念は確信に変わった。明らかにアロが指揮を執っていた。
だからと言って、自分と然程年齢が変わらないアロが、この二人より強いなどとは思えなかった。先々代勇者の威光で従えている、そう考えていた。
「レインおじさま? おじさまでしたらどんな敵でも倒せると思います!」
「お、おう……」
ルーシーとレインは相変わらずである。コリンから見れば危機感が感じられない。
「うーん、こっちは行き止まりでござるなぁ」
「じゃあ引き返すか」
アビーとレインがようやくアロの方に向かってくれそうなので、コリンはホッと安堵する。
コリン・マクファレンは、現在の王立学院に通う学院生の中で、ぶっちぎりの可愛さを誇る。小さな顔にクリクリとした大きな目、サラサラの薄青髪、抜けるような白い肌に桜色のややぽってりした唇。庇護欲をそそる小動物のような見た目と鈴の鳴るような声。
念を押すが、コリンは紛れもなく「男の子」である。だが、学院の男子からの人気が異様に高い。
男の子である事を信じていないのか、これ程可愛ければもう男の子でもいいと思っているのか。それは定かではないが、とにかく人気なのだ。
一方のコリンだが、生物学的には男性であるものの、その心は「女の子」であった。見た目と心は同じなのに、神様の悪戯で性別だけが異なるのだ。
本人はその差異に悩んでいる。リューエル王国では同性愛自体は禁じられていないし、マクファレン家や母方のスクラット家が代々崇め仕えるハトホル神教でも禁忌となっていない。それでも、体と心の性が異なるというのは苦しい。
ただ、コリンとしては自分の思うままに生きて行く、と開き直ろうと考えている。
男子にモテモテのコリンであるが、心奪われるような相手はこれまで現れなかった。
そう、今日までは。
「アビーさーん!」
通路の向こうから、アロとミエラが手を振りながらこちらに近付いて来る。
アロの無事な姿を見て、コリンの心臓が跳ね上がった。
「アロ君! よかったー無事で!」
コリンが心奪われるような相手はこれまで現れなかった。
今はまだ、自分の気持ちに気付いていないコリンなのであった。
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