第44話 上級悪魔

 扉の中は、10メートル四方の白い部屋。高さ4メートルの天井全体が光り、隅々まで見える。と言っても、この部屋には机が一つ置いてあるだけだ。


「え? なんにもないの?」

「ああ、実は――」


 言い掛けたその時、背中がゾクリとして振り向く。開いた扉の所に誰かが立っていた。


「ほう。我の気配に気付くとは、矮小な人間にしては見所があるではないか」


 それは一見して20歳くらいの青年のようだった。貴族が着るような上質な服を纏っている。後ろに梳かし着けた真っ黒な髪、こちらを値踏みするような赤い瞳。病的に青白い事に目を瞑れば、かなりの美男子だ。


「何故、こんな所に悪魔がいる?」


 そいつは悪魔だった。しかも上級悪魔。


 悪魔は下級・中級・上級と分けられるが、中級より強力な悪魔は全て上級に分類される。上級悪魔は一番強さの幅が広い。中級より少し強いだけの者も居れば、1体で国を滅ぼせる者も居る。


「ふむ、こんな所とは失敬な。お気に入りの我が城であるぞ?」


 お前の城じゃねーよ。どちらかと言うと俺のだ。


「それは失礼しました。それで、偉大な力を持つ上級悪魔の貴方が何か御用でしょうか?」

「ふん、分かれば良いのだ。長年ここに住む我も、こんな場所に――」

(ミエラ、合図したらあの机の下に勢いよく飛び込むんだ)

「――部屋があるとは知らなかったものでな。興味が湧いたので覗きに来たのだ」


 ペラペラと喋る奴の隙を突いてミエラに指示する。


「それはご足労をお掛けしました。しかしこの部屋には何もないようです」

「ふむ、確かに。このように隠された部屋ならば、何か面白い――」

(その先に『弓』があるから取って来て)

「――物があると期待したのだが。机一つとは興醒めも良い所だな。……ときに人間よ。どうやってこの部屋を知ったのだ?」


 奴が部屋を見回している間に素早く「減衰ディケイの腕輪」を外した。


(『身体強化ブースト』『加速アクセラ』)


 自身に2つの魔法を掛け、背中に回した魔法袋から「聖短剣ソラス」を出して右手に隠し持つ。


「壁に突き当たったので、あちこち触っていたんです。そしたら急に光り始めて扉が現れたので――」

「嘘だな」


 悪魔の魔力が一気に膨れ上がったので、俺も床を蹴って前に飛び出した。


「今だ!」


 ミエラが机に向かった姿を、悪魔が一瞬目で追った。その隙に奴の懐に潜り込み、ソラスを振り上げる。だが奴が体を反らして避ける方が僅かに速かった。


「ふむ、人間にしては良い動き――」


 至近距離から無詠唱で「風刃レピーダアエラ」を放つ。悪魔のお喋りに付き合う気はない。不可視の刃なのに体を捩じって避けられた。どうやら魔力を可視化する能力があるらしい。


「それで? あの小娘はどこに――」


 お喋りすると見せかけて、今度は奴が魔法を放ってきた。悪魔独特の黒い球だ。それが一度に100個くらい出現し、俺を取り囲むように飛んで来た。


(『短距離転移ミクロス・メタスタシー』)


 慌てる事なく、唯一の安全地帯、つまり奴の背後に転移する。直後にソラスで首を刎ねようとしたが、奴も転移して躱した。


 机の下には見えない魔法陣を刻んでいる。それはこの部屋の奥にある、真の隠し部屋に移動するだけの転移陣だ。


 俺は机を背後に、奴は扉の近くまで後退した。お互い転移出来る事が分かり、次の手を考える。


「一つ聞きたい。魔獣とゴーレムを融合させたのはお前か?」

「融合? そんな無粋なものではない。あれは新たな命の創造である」


 悪魔が「命の創造」とか、笑えない冗談だな。


「そうか。じゃあ可愛いゴーレム達を勝手に弄んでくれた礼をしなきゃな」

「俺の……? どういう意味だ?」


(『身体強化ブースト』×3、『加速アクセラ』×3)


 奴に向かって床を蹴ると、石造りの床に小さなクレーターが出来た。


「なんだこの速さはっ!?」


 直線的に向かうと見せかけて左右に体を振る。残像で俺が3人くらいに見えているんじゃないかな? 右に少し飛んで、奴の左側から蹴りを放つ。


――ズドォン!


 これまでソラスか魔法で攻撃していたから、蹴りが来るとは思っていなかったんだろう。ガードした左腕ごと肋骨をへし折り、内臓をいくつか潰して反対側の壁に吹っ飛ばした。


 これが普通の人間相手なら間違いなく即死だ。


 だが奴は上級悪魔。石の壁にめり込んだものの、直ぐに体を再生させ、壁を蹴ってこっちに飛んで来た。いつの間にか右手に細剣を持っている。


「あれほどの強化、いつまでも続くまい!」


 お生憎様。このまま2時間くらい強化し続けられるんだ。なんならもっと強化しても良いけど。


 矢のような勢いで突っ込んで来た細剣を軽々躱し、奴の右手首を握って床に叩きつけた。


――ドゴォン!


「かはっ!」


 石の床にクレーターが出来る。綺麗な部屋だったのにボロボロだよ……。全部こいつのせいだ。決して俺のせいではない。


 さて、そろそろミエラが戻って来るかな? あの「弓」の使い方も、ミエラなら分かってくれる筈。


「く、くそっ! 人間ごときが我にこのような事を! 赦さん、絶対に赦さんぞ! その魂を喰らい尽くしてくれる!」

「ああ、そうかよ」


 立ち上がった悪魔は、上質な服はビリビリに破け、綺麗な顔も血だらけになって酷い有り様だ。まぁ、やったのは俺なんだけど。


 怒りの余り鬼のような形相になった悪魔がなりふり構わず奥の手を出そうとする。


「『悪魔召喚サモン・イービル!』

「させないよ。『抗魔法アンチマジック』」


 黒い魔法陣が床に現れるが、すぐに掻き消してやった。魔法陣が見えれば「抗魔法アンチマジック」が使えるからね。


 驚きで目を見開いた悪魔の懐に入り、鳩尾に膝を叩き込んだ。天井にぶち当たって落ちて来た所に回し蹴り。


 もうそろそろ良いか。ゴーレム達の恨みはこんなものでは晴れないかも知れないが、少なくとも俺の気は晴れた。


「ぐぅっ……」


 再生が追い付かないくらい痛めつけたから、悪魔の心も折れかけているようだ。

 そして、立ち上がった悪魔のどてっ腹に大きな穴が開いた。


「ミエラ!」

「遅くなってごめん! 使い方、これで合ってる?」


 悪魔に穴を開けたのは、ミエラが放った矢だ。もっと正確に言うと、魔弓「ミストルテイン」を使って放たれた無属性の魔力矢。


「ゴ、ゴハッ!」


 悪魔は自分の腹に開いた穴に驚き、口から盛大に血を吐いた。


「合ってるよ。後でちゃんと使い方を教えるから」

「うん」

「じゃあこいつを片付けよう。『絶対障壁オービシェ』」


 俺は、障壁に閉じ込めた。


「『原初の炎オリジン・フレイム』」


 「絶対障壁オービシェ」の内部に「原初の炎オリジン・フレイム」を放つ。悪魔の頭上に小さな魔法陣が5重に現れ、そこから滝のように炎が零れ落ちる。


 「絶対障壁」は対魔法に特化した障壁で、俺の攻撃魔法が及ぶ範囲を限定する為に作った。内側の魔法を外に洩らさない障壁である。だから自分や仲間の防御には使えない。外からの魔法による攻撃には脆いのだ。


 円柱型の障壁内部は、太陽の表面に匹敵する温度だろう。目が眩む程の眩い光が数十秒続き、唐突に消える。同時に障壁も消えた。


 悪魔が最後に居た場所には、何も残っていない。最初から悪魔など居なかったかのように、跡形もなく消えた。

 部屋はあちこちにクレーターが出来、壁や天井はひび割れて酷い状態だ。

 全部あいつのせいだ。決して俺のせいではない(2回目)。


 かなり派手に暴れたが、アビーさん達はまだ少し離れた場所に居るようだ。きっと上手く誤魔化してくれているんだろう。


「さて、残りの物を取って来ようかな。ミエラも一緒に行こう」

「うん!」


 幸い、机は無傷だ。奥の部屋に転移するのに机自体は関係ないんだけど、魔法陣が見えないからね。机が目安なんだよ。


 俺はミエラと一緒に屈んで、真の隠し部屋に転移した。

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