第43話 融合魔獣

「全然魔獣がいないでござるな」


 前を歩いてもらっているアビーさんが呟いた。


 この地下第三層に下りてすぐの場所で、豚頭人オーク5体、大鬼人オーガ3体と立て続けに戦闘した。その後30分程進んだが、アビーさんが言う通りあれから1体の魔獣とも遭遇していない。

 まぁらく出来る分には文句はないんだけど、第三層はより狂暴な魔獣が出て危険という話を聞いていたから、何だか肩透かしの気分だ。


 曲がり角でダミーの地図を見る振りをしながら先に進む。現在、アビーさん、俺、ミエラ、コリン、ルーシーさん、レインという感じで隊列を組んでいる。


「何か来るよ!」


 索敵が得意なミエラが声を上げた。「光球フォス」で照らされている範囲は狭く、その外側は闇に沈んでいる。が、やがて重量物が動く足音のようなものが聞こえてきた。


「ようやくおでましか?」


――ズン、ズズン、ズン、ズズズズン


 何か足音多くない?


「……明るくしてもいい?」


 コリンが聞いてきたので「お願い」と答える。


「『光あれイルミナーレ』」


 コリンが唱えると通路に光が溢れる。そして50メートルくらい先にそいつらがいた。


 はオークやオーガだったと思われるは、前世も含めて見た事のない魔獣だ。……魔獣、でいいのかな? 

 それらは肌が青黒く、俺が作った「守護人形ガーディアン」を取り込んでいた。体のあちこちから、守護人形の無機質なパーツの一部が飛び出ている。

大きな体に隠れて見えにくいが、元人間だったと思われる者も混じっていた。


 融合魔獣、とでも言うべきか。


 そいつらの目には生気がない。死霊アンデッドにも見えるが、そうだとしても守護人形と一体化している意味が分からなかった。


「後ろからも来たぞ」


 レインが教えてくれた。挟撃か……。しかも未知の敵。

 前から50、後ろからも50ほど。100体くらいか。


「コリンは自分とルーシーさんに障壁を、レインは後ろの敵、ミエラはレインの援護! 前は俺とアビーさんで!」

「「「応!」」」


 とは言ったものの、敵の強さが分からないし数が多い。コリンとルーシーさんが落ち着きを取り戻す前に敵を殲滅しよう。


(アビーさん、俺が前に出るから、俺の後ろに派手な炎の壁を出してもらえる?)

(承知したでござる!)


 アビーさんの炎魔法を目隠しにして、先に前の敵を倒す。


 前に駆け出すと、すぐ後ろでアビーさんが「『爆炎スプリンガ』!」と唱える。

 ……アビーさん、滅茶苦茶熱いんですけど。


「『灼熱線ヒートレイ』」


 背中に火傷しそうな熱を感じながら「灼熱線ヒートレイ」を放ち、横に一閃した。

 直径1ミリほどに集束させた超高熱の熱線が融合魔獣達を貫き、胴の真ん中辺りで両断していく。


(ん?)


 40体くらい一気に倒したが、ダメージを負っていない奴がいる。よく見ると、取り込んだ守護人形の頭部が体から露出している奴が残っている。頭部には球状の魔晶石が嵌っていて、それが青白く光っていた。


 なるほど、守護人形の機能の一つである「自動障壁オートシールド」で「灼熱線ヒートレイ」を防御したのか。

 さすがは俺が作った守護人形ガーディアン、防御も完璧だね!


 などと自画自賛している場合ではない。


 自動障壁……厄介だなぁ、ちくしょう。


「アロ殿、ここは拙者が」

「大丈夫、もう少しだけ待ってください。『重力操作ヴァリティタス』!」


 敵周辺の重力を3倍にする。迷宮の床にヒビが入り、立っていられなくなった融合魔獣達が両膝と両手を突いた。


「『氷針アイスニードル』」


 咢の森で、ウルフ相手に散々やった狩りの手法。対象の延髄のすぐ近くから「氷針アイスニードル」を射出した。


 脳か延髄を破壊すれば活動が止まる筈。奴らは人型だから弱点の場所が分かりやすい。

 「重力操作ヴァリティタス」で動きが止まっているため、難なく「氷針アイスニードル」が奴らの延髄を貫き、糸が切れた人形のように次々と倒れていった。


「レインの援護に行きましょう」


 進行方向に敵が残っていないのを確認し、後方へと向かう。コリンは指示通りに神聖魔法で障壁を張り、自らとルーシーさんを守っていた。その向こうでミエラが弓を構え、レインが囲まれないようにうまく牽制している。


 いやー、ミエラは素晴らしい。自分の頭で考え、どうすべきかを判断して的確に行動している。


「ミエラ、良くやった! 俺達が中に入ったら遠くにいる奴を攻撃してくれ!」

「分かった!」


 レインは既に5体を倒していた。


「アロ、こいつら――」

「分かってる。守護人形の頭が体から出てない奴を狙って。アビーさんも」

「了解!」

「拙者は右からやっていくでござる!」


 レインは、敵の体から露出しているのが俺の作った守護人形だと気付いたようだ。それが障壁を張るから倒しにくいと言いたかったのだろう。


 1500年も前に俺が作った守護人形ガーディアン。製作者の俺がちゃんと引導を渡してやるべきだろう。


 長い間ここを守ってくれてありがとうな。もう休んでいいぞ。


「悠久の時を超えて守護するものよ、お前達の使命は果たされた。『安らかに眠れドルミアティン・パーチェ』」


 守護人形の活動を停止する命令コマンドを発する。青白い光を発していた魔晶石が徐々に光を失い、やがて完全に消えた。それに伴い、融合魔獣達も膝を折って前のめりに倒れる。


 さっきもこうすれば良かったのだが、今思い付いたから仕方ないよね。


 どういう仕組みかは調べなければ分からないが、恐らくこの魔獣達は既に死んでいて、守護人形の魔力を動力源にして動いていたと思われる。


 誰の仕業か知らないけど気分が悪い。


「コリン、浄化魔法は使える?」

「うん」

「悪いんだけど、この魔獣達に掛けてくれないかな?」

「他ならぬアロ君の頼みならやってあげる!」


 他ならぬって何? え、俺ってコリンからどう思われてるの?

 からかわれてるだけだよね……そうだよね?


「神聖なる光よ、不浄の穢れを祓い清め、迷える魂に導きを与えよ。『浄化プルガティオ』」


 暖色系の光の粒が雨のように降り注ぐ。それが魔獣の体に触れると白っぽい光の球に変化した。光の球が集まって白い光が体を包み込み、ひと際まばゆく光って消える。魔獣の死骸は消えて守護人形の無機質なパーツだけが残った。


 これだけ広範囲に渡って「浄化」出来るとは。コリンの魔力量はかなりのものだ。


「コリン、ありがとう」

「抱きしめてくれてもいいよ?」

「……遠慮しとく」


 分からない……俺にはコリンの事が分からないよ。いや、分かりたくないだけかも知れない。


 コリンに「浄化」してもらったのは、魔獣の死体を動かしていたのが死霊魔法に似ていると思ったからだ。何らかの方法で再利用されるのを防ぐために浄化してもらった。


「アロ、遠いけど、あちこちで魔獣が動き出した気配がする」

「こっちに向かってる?」

「ううん。今まで隠れてたのが出て来たような感じ」

「そっか。ありがと、ミエラ」


 どうやら地下第三層の魔獣達は、今俺達が倒した奴らを恐れてどこかに引き篭もっていたようだ。奴らの気配が消えたから普通に動き出したのだろう。


 俺達も先に進もう。





 更に1時間ほど歩いて、ようやく目的地の近くまでやって来た。アビーさんに目で合図を送る。


「最奥部が近いようでござる。少しの間、二手に分かれて探してみるでござるよ」


 アビーさんとレインがコリンとルーシーさんを連れて真っ直ぐ進む。


「俺達はこっちを見て来ますね」


 俺とミエラは左に伸びる通路に入った。よし、自然な感じでコリンやルーシーさんと離れる事が出来たぞ。


 ミエラの手を引っ張り、小走りになる。


「アロ……?」

「次の角を右に曲がったら扉があるんだ」

「そこが?」

「そう」


 1分ほど進んで右に曲がると突き当りの石壁。一番右側にある、他の石材と変わらないように見える部分に掌を当てて魔力を流す。


パラチウム・ホック・アイディフィカビ我、この宮殿を作りし者なりアベリーテ・オスティウム・エト・シニーテ扉を開き、我を受け入れよ


 命令コマンドを唱えると、突き当りの石壁全体が薄っすらと青く光り、黒い扉が現れた。それが真ん中から向こう側に開いていく。


「アロ……」


 ミエラが俺の左腕に自分の腕を絡めてくる。


「大丈夫だよ。さあ入ろう」

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