第42話 学院迷宮地下第一層

「こちらが迷宮の入口です」


 教師のボイドさんが示してくれた先は巨大な「黒い鉄の箱」だった。扉らしき所に、全身鎧の兵士が8人、槍を持って立っている。


「本来の入口はあの扉の向こうにあります」


 ボイドさんが兵士に何かの紙を提示すると、別の兵士が扉の錠を開けてくれた。さらに隣の馬小屋から4頭の大きな軍馬を連れて来て、扉に繋がった鎖を繋ぐ。馬に引かせて扉を開けるようだ。


「これ、閉める時はどうするんですか?」

「ああ、魔法具で自動的に閉まるんですよ」


 なるほど。万が一迷宮から魔獣が溢れた時の為に、簡単には開かない作りになってるんだな。……俺の作ったもので面倒掛けて、なんかゴメン。


「おし、じゃあ行くか!」

「そうでござるな!」


 ルーシーさんと繋いだ手を離し、レインが気合を入れた。


「アロ君! ボクらも行こうよ!」

「え、ちょ!?」


 コリンに手を引っ張られ、扉の中に入る。ミエラが納得のいかない顔をしているが、俺も未だに脳がバグってるよ。コリンに手を繋がれてドキッとしちゃったもん。


 扉の先では、石の柱と下に降りる階段が口を開けていた。俺達の背後で扉が音を立てて閉まる。


「えーと、コリン? 手を離してもらっていい?」

「あっ! ごめんごめん」


 こいつ、わざとやってるよな……。声や仕草が女の子だから、男だと分かっていても変な気分になる。


「アロ殿、よろしく頼むでござる」

「分かりました、アビーさん」


 よし、気持ちを切り替えなければ。


「『光球フォス』」


 直径15センチの光球を出し、2メートル先に浮かべて階段を下った。

 一列になって進む俺達の頭上に、更に2つの光球が浮かぶ。アビーさんとコリンの魔法だ。


 階段や壁は綺麗に切り出された白っぽい石造り。実は灯りもあるんだけど、起動の命令コマンドを俺以外の者に知られていないから「光球」で代用する。


 地下第一層に降り立つと、10メートル程先に十字路がある。順路はそこを左に曲がるのだが、十字路で魔獣が待ち構えていた。


黒蠍百足スコロペンドラ、3体です!」


 大人の身長くらいあるムカデに、サソリのハサミと毒針の尻尾が生えたような魔獣。いや、サソリの体がムカデになったと言うべきか。どっちでもいいか。


「「ハッ!」」

「おらっ!」


 黒蠍百足スコロペンドラを目視して3秒。真ん中の奴がミエラの矢で頭部を貫かれ、左右の奴がアビーさんの槍とレインの大剣でそれぞれ頭部を切り離された。


 ……俺の出番なし。


「わーっ! さすがおじさまです!」


 ルーシーさんが両手をパチパチ叩いて喜んでいるが、レインも満更でもなさそうだ。


「ミエラ、黒蠍百足スコロペンドラは硬かったんじゃない?」

「うーん、これくらいなら一瞬だけ身体強化ブースト使えば大丈夫みたい」

「おお! ミエラも強くなってるね!」

「えへへ」


 前から頼りになってたんだけど、ミエラも確実に強くなっていて嬉しい。

 ……褒めたら照れるミエラの可愛さは言うまでもないだろう。


「アロ君は戦わないの?」

「あ、機会があれば」


 コリンに聞かれたので答えたが、ミエラとアビーさん、レインの3人がいて、俺の出番があるだろうか?


「次は折角だからルーシーとコリンにも戦ってもらおうか」


 おお。レインがちゃんと引率らしい事を言ってる。


 十字路を左に曲がってしばらくすると丁字路。ここも左なのだが、やはり曲がり角に黒蠍百足スコロペンドラが屯していた。


黒蠍百足スコロペンドラ、今度は4体!」

「行きます!」

「いきまーす」


 ルーシーさんが元気に、コリンがやる気のない感じでサソリムカデに向かって行く。その後ろから、アビーさんとレインも付いて行った。


「『神聖障壁ホーリーシールド!』」


 コリンがルーシーさんの前に障壁を張る。なるほど、神聖魔法の術式はあんな風になってるのか。


「ていっ!」


――ズガァン!


 ルーシーさんが可愛らしい掛け声と共に鉄槌メイスを振り下ろすと、岩が爆発したような轟音が響いた。石造りの床が陥没し、サソリムカデの体が半分くらい爆散している。


 ……全然可愛くない攻撃力だ。


 大振りの攻撃だった為に別の2体がルーシーさんに飛び掛かる。しかしコリンの「神聖障壁ホーリーシールド」に弾かれ、逆に隙を見せる形になった。


「えいっ!」


――バチュン!


 ルーシーさんが鉄槌を真横に振り、サソリムカデが壁に吹っ飛ばされて潰れる。


 ルーシーさんの攻撃力は中々のものだが、コリンの障壁がとても良い仕事をしている。ルーシーさんの動きに合わせて障壁を最適な位置に動かし、敵の攻撃を防いでいるのだ。


 その後、相変わらずの可愛い掛け声で、ルーシーさんが残り2体も倒した。と言うか潰した。コリンはルーシーさんを完璧に援護した。


「二人ともよくやったな!」

「良い連携でござった!」


 レインとアビーさんが二人を褒める。その後に「ここをこうすればもっと楽に倒せる」とか「こう動くと危ないからこうするべき」といったアドバイスをしている。


 ま、まともに引率の仕事をしている……だと?


 そう言えば、3日前に王立学院から戻ってきた二人から模擬戦をしたと聞いた時、傷だらけの二人を見て呆れてしまったのだ。


 真面目に仕事をしているのは、たぶん、その時の名誉挽回のつもりだろう。


 そんな事を考えていると、アビーさんとレインからのアドバイスを聞き終わったコリンがこちらに駆け寄って来た。


「アロ君! ボクどうだった?」

「コリンの障壁の使い方、凄く上手いなって思った」

「ほんと!? やった!」


 コリンがぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現する。

 ……あざとい。コリンは自分が可愛い事をよく理解した上で、女の子のように振る舞っている。何の為にそうしているのかは分からない。


 ミエラと共にコリンの行動に首を傾げつつ、丁字路を左に進む。どうやら地下第一層に巣食う魔獣は曲がり角辺りに居るのがデフォルトらしい。次の十字路の真ん中には、赤黒い体に紫の縞模様がある巨大なクモ型魔獣が鎮座していた。


錆赤蜘蛛ラスト・アラネア、1体!」


 クモに似ているが脚が16本もある。体高2・5メートル、脚を伸ばすと4メートルくらい。びっしりと生えた短い毛は鉄以上の硬度があるため物理攻撃の耐性が高い。動きが早く、鋭利な脚の先を使った攻撃に加えて腐食性の毒液まで吐く厄介な魔獣だ。


 20個以上ある、赤く光る眼が俺達を捉え、16本の脚を激しく動かしてこちらに迫って来た。わさわさと音がして気持ち悪い。


(『風刃レピーダアエラ』)


 不可視の刃が巨大クモの体を縦に両断した。


「アロ殿!?」

「あ、すみません!……気持ち悪かったので、つい」


 アビーさんに窘められた。

 普通の大きさの普通のクモは別に苦手じゃないんだけど、デカいし、動きが気持ち悪かったんだもん。


「今のアロ君の魔法!?」

「あっ……うん」

「え、アロ君って魔法使えるんだ! すごい!」


 コリンにキラキラした瞳で見られる……そんな瞳で見られても嬉しくなんかないんだからねっ!?


 何だかコリンと仲良くなってはいけない気がする……俺の理性がダメだって言ってる。俺が好きなのは女の子だ。断じて女の子みたいな男の子ではない……ない筈だ。


「……先に進みましょう」


 そう、今は俺の性癖とかコリンが本当はどっちなのかとかどうでも良い事だ。ここに来た目的を果たさなければ。


 その後も時折どちらに行くか迷う演技を交えながら、俺はさり気なく正しい順路を進んだ。


 地下第一層はムカデ・クモの他に蟻や蜂と言った昆虫系の魔獣。昆虫ってでっかくなると気持ち悪いよね。見た目とか動きとか。


 地下第二層はサーベルウルフ、ワーウルフと言ったお馴染みの魔獣に加え、二本角のホーンウルフ、尻尾が鞭のウィップウルフなど、ウルフ系が殆どを占めた。ここは俺も剣で戦わせていただきました。


 王立学院騎士科と魔法科の研修で使われるのは、この第二層まで。しかし俺達の目的地は地下第三層の最奥部なのでそのまま進む。


「こんなに早く第三層の階段が見つかるなんて、さすがレインおじさまです!」


 道案内について、レインは特に何もやっていないが、ルーシーさんが嬉しそうなので良いだろう。


「ねぇアロ君。もしかして、この迷宮に来たことある?」


 コリンが鋭い指摘をする。しかし、この質問は想定内なのだ。


「俺はないけど、じいちゃんが現役時代に何度も潜ったらしくて。その時に作ったマップを譲ってくれたんだ」


 そう言って、懐からいかにも古そうな地図を出して見せた。もちろん出鱈目である。


「そっかー、グランウルフ様がねぇ」


 一応納得させる事が出来たようなので第三層へと降りていく。


「ここからは研修じゃ来ねぇ所だ。ルーシーとコリンは前に出るなよ」


 レインが二人を後ろに下がらせた。そう。第三層は少し危険なのだ。俺達にとっては「少し」だが学院生にとっては生死に関わるので、ここから先は前もって決めていた通り、俺達(と言うかレインとアビーさんメイン)で進んでいった。

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