第41話 迷宮に入る前の大いなる謎

「アロ、怪我しないようにね?」

「はい、母様。行ってきます!」


 屋敷の玄関で、母様が俺を抱きしめてくれる。


「アロ兄ぃ、早くかえってきて?」

「うん。パルも良い子にして待っててね!」

「あい!」

「ぴるぅ!」


 今回は留守番のパルとピルルも見送りに来てくれた。


「アロ様、本当に私は行かなくて良いのだわ?」

「ああ、グノエラにはここの守りを頼みたい」

「任せておくのだわ!」

「妾も行きたかったのじゃ……」

「サリウスは……問題起こさないでね?」


 グノエラとサリウスも留守番である。この二人が居れば、例え魔王が攻めて来ても何とかなるだろう。あ、サリウスが魔王だったわ。


「じゃあ、じいちゃん! みんなを頼むよ!」

「おぅ、任せておけ」


 最後に、屋敷に残す人達の事をじいちゃんに託した。


 別に遠くへ行く訳ではない。アルマー子爵邸から馬車で10分程の、王立学院に行くだけである。正確には、その地下の迷宮化した宮殿パレスだが。


 俺、ミエラ、アビーさん、レインの4人で馬車に乗り、王立学院に向かった。


 学院迷宮は地下三層まである事が判明しているそうだ……。元は俺が作ったので、それで間違いない。

 ただ、第三層の最奥部と思われる場所には誰も到達した事がない。単純に、扉が何をしても開かないし、破壊も出来ないからだ。


 うんうん。ちゃんと機能しているようで良かった。その扉は特定の「命令コマンド」を言わなければ開かないのだ。今回目指すのはその扉の奥である。


「一応順路は記憶にあるけど、壁や通路がから、間違えたらごめん」


 馬車の中で、先に3人に謝っておいた。

 学院迷宮は、先に進もうとすれば壁や通路が動いて侵入者を迷わせる作りになっている。と言うか、俺がそういう風に作った。


 正しい順路を進めば簡単に最奥部まで行けるようになっている。

 あと、もちろん転移は使えない。宮殿パレス全体に転移阻害の魔法障壁を発生させているからだ。


 ちなみに罠はないし、入口に戻ろうとすると単純な一本道で帰れるように通路が変わるようになっている。そういう所が、学院で研修にも使える比較的安全な迷宮と考えられている一因だ。


 最後にここを離れる前「守護人形ガーディアン」を50体ほど放ったのだが、さすがにもう動いていないだろう。


 馬車の中で迷宮内の動きについて再確認していると、あっという間に王立学院に到着した。


 正門の前に、学院の制服を着た若者が二人と、教師らしき男性が立っている。


「お待たせしてすみません。アロ・グランウルフ・アルマーです」

「「グランウルフ!?」」


 学院生二人が揃って驚きの声を上げる。先々代なのに、じいちゃんの名前は有名だよね。


「こら、二人とも! 失礼しました。王立学院教師のボイド・カウフマンです。本日はよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」

「こちらこそよろしくお願いします。レインとアビーさんはもう知ってますよね。こちらはミエラです」

「よ、よろしくお願いします」


 ミエラがペコリと頭を下げた。相変わらずの人見知りだけど、旅をした事で挨拶くらいは出来るようになったのだ。


「私は騎士科三年生のルーシー・ドルトンです。レインおじさまの姪です!」


 レインと同じ、燃えるような赤い髪に、明るい緑の瞳をしたスレンダーな女性が自己紹介してくれた。その体型に似合わず、体を隠せるくらいの盾と、トゲトゲ付きの球体が先端にある鉄槌メイスを持っている。


 ……虫も殺せなさそうな可愛らしい顔をしてるのに、何て凶悪な武器なんだ。


「魔法科二年生、コリン・マクファレン、です」


 一方のコリンは俺と同じくらいの身長で、華奢な体つきをしている。アビーさん寄りかな? 薄いブルーの髪はショートカットで、青い瞳は少しおどおどして見える。白い肌に大きな目は庇護欲をそそる小動物系だ。


「マクファレンは大聖女様のお孫さんで、神聖魔法の使い手なんですよ」


 教師のボイドさんが教えてくれた。なるほど、制服の上に羽織ったローブは魔法耐性に優れているようだ。その体に似合わない大きなロッドも、魔法の触媒になっているのだろう。


 ……ん? 


「ドルトン君とマクファレン君の二人をお願いします」


 ああ、女性に君付けするタイプね。とにかく、コリンさんが神聖魔法を使う人か。今日は仲良くなって神聖魔法について教えて貰わねば。


「それでは迷宮の入口にご案内します」


 ボイドさんの案内で移動する。


「おじさま! 手、繋いでいいですか?」

「何でだよ……いいけど」


 3日前に聞かされた通り、ルーシーさんはレイン大好きっ子らしい。


「ああいうレインは珍しいでござる」

「本当、そうですね」


 嫌そうな素振りをしながら満更でもない表情のレイン。いや、どっちだよ!


「コリンさんって大人しそうな人だね」

「うん。こっちから話し掛けた方がいいかな?」

「そ、そういうのはアロに任せるわ!」


 ボッチになりそうなコリンさんを気に掛けるミエラだが、人見知りなので自分からは話せない。


「コリンさんのおばあちゃんは大聖女様なんですね!」


 気軽な感じで話し掛けたのだが、コリンさんが「ビクッ!」と肩を震わせた。


「ああ、すみません! 驚かせちゃいましたか?」

「あ、ううん、大丈夫。……アロさんはルフトハンザ様のご係累なんですか?」

「アロでいいですよ! まあ育ての親と言うか、じいちゃんみたいな感じです」

「へー。うちのおばあ様、若い頃にルフトハンザ様とパーティ組んでたらしいです」

「えっ!? そうなんですね!」


 じいちゃん、何も言ってなかったな……ボケたか?


「あ、大聖女のおばあ様は母方で、ポーリーン・スクラットって言います」

「なるほど」


 姓が違ったからピンと来なかったのかも知れない。


「じゃあ神聖魔法は大聖女様から?」

「そうですね……うちは姉が3人いて、そっちの方が次代の聖女として期待されてます」

「へー、お姉さん達が……」


 見たところ、コリンさんの魔力もかなり膨大だけどな。お姉さん達はそれ以上って事なんだろうか?


「聖って言うくらいだから……ボクには務まらないので」

「……え?」

「ボク、良く間違われるんだけど男なんだ」

「ええーっ!? あ、ごめんなさい、俺、凄く失礼な事を――」

「いいよ、悪気がないって分かってるから。その代わり、ボクの事はコリンって呼び捨てにしてくれる?」

「あ、はい」


 どこからどう見ても女の子だぞ!? コレで男、だと……?


「信じられない? フフッ、確かめる?」

「あ、いや、その、大丈夫です」


 男のナニを確認する趣味はない。


「フフフッ! アロ君、仲良くしてね?」

「は、はいっ!」


 ミエラと肩を並べるくらいの美少女っぷりなのに、男? 本当に?

 本人がそう言っているにも関わらず、脳が男として見る事を拒否している。


(ミエラ、ミエラ!)


 コリンさんが少し離れた時、ミエラを小声で呼んだ。


(どうしたの? コリンさんと何かあった?)

(いや、それが……コリンさんはコリン君だった)

(……何言ってるの?)

(いや、コリンさん、男の子だって)

「えぇっ!? ウソでしょ!?」


 せっかく小声で話してたのに、ミエラが驚きの余り大声を出した。うん、気持ちは分かる。


(ご、ごめん)

(そうなるよね? 俺もまだ信じられないし)

(騙して楽しんでるとか?)

(そんな風に見えなかったけどなぁ)


 俺達がコソコソ話してると、アビーさんが近付いて来た。


(どうかしたでござるか?)

(ねぇアビーさん。コリンさんが男の子って知ってた?)

「えぇっ!? 冗談でござろう!?」


 この人もか。


(め、面目ない)

(いや、じゃあアビーさんも女の子って思ってたんだね)

(たぶんレインも同じでござる)

(そっか……)


 俺達、迷宮にまだ入ってもいないのに、とんでもない謎に直面したのでは?

 いや、まあコリンさんがコリン君だろうと、今日やる事に変わりはないんだけど……。何かすっごく気になるじゃない!?


 股間を触れば直ぐに分かるんだろうけど、もし女の子だったら「ごめん」じゃ済まない問題だよね。いや、男の子だとしても触るのは問題か。


 俺がモヤモヤと頭を悩ませていると、アビーさんがタタターッとボイドさんの所に走って行って、何やらコソコソと話していた。


「確認したでござる。コリン、で間違いないでござった」


 おお、さすがアビーさん! 大いなる謎が解明されたよ!


 そんな俺達3人の姿を、コリンがニコニコしながら見ていた。アイツ、楽しんでいやがったな!?

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