第40話 【幕間】迷宮引率選抜試験
アロ達が王都の散策に出掛けたのと同じ頃。
アロの義父であるヴィンデル・アルマーとアビー・カッツェル、レイン・アンガードの3人は貴族区と王城や王宮がある中央区の境に位置する王立学院にいた。
「私は学院長と話してくるから、二人はここでしばらく待っていてくれ」
アルマー子爵はそう告げて去って行った。アビーとレインは手持ち無沙汰で、何となく校舎横にある広い運動場の近くに移動する。
「なぁ、アビー。陛下のことなんだが」
「何でござる?」
レインが「陛下」と呼ぶのは、もちろんアロの事だ。
「前より……強くなってねぇ? それもかなり」
レインがブラブラと歩きながら疑問を口にした。
「レイン。アロ殿は、あれで力を5分の1くらいに抑えているのでござるよ」
「えぇっ!? マジで?」
「マジでござる」
現在ワイルド系の男性となったレインは、前世で「瞬剣」と呼ばれたレイラ・クルツァート。レインの性格をそのまま女性にした存在だった。いや、レイラがそのままの性格でレインになったと言うべきか。
「……俺が弱くなったのか?」
「そうは思えぬが……拙者達も強くならねばならん、という事でござろう」
アビーは良く晴れた空を遠い目で眺める。
前世ではカイザー・ブレインとして「槍王」の二つ名を持ち、シュタイン・アウグストスをその武力で支え続けた。しかし、力が及ばずシュタインが最も愛する人、「弓神」のアリーシャ・フォルツ・オーランドを守る事が出来なかった。
アビーは今でもその悔しさを忘れていない。
アリーシャを失ったシュタインの姿が目に焼き付いて離れない。
あの時もっと自分に力があれば。
アリーシャの代わりに自分が殺されていれば。
陛下をあんなにも悲しませずに済んだのに。
生涯主君に尽くす。そう誓ったにも関わらず、主君を本当の意味で守れなかったと後悔したカイザーは、アビー・カッツェルとして今世こそ命を賭してアロを守り抜くつもりだ。もちろんアロだけではなく、アロが大切に思っている全ての人を守ろうと誓っている。
その大切な人の中に自分自身が含まれている事に、まだアビーは気付いていない。
「なぁ……陛下に教えを乞うべきじゃねぇか?」
「もちろん、それは良い考えでござる。ただ、アロ殿の手が空いている時であれば」
レインが転生した理由も、ほとんどアビーと変わらない。
当時、絶対的な強さを誇ったシュタイン・アウグストスが唯一勝てなかった相手。彼の最愛の人で、自分の親友を殺した相手。
邪神イゴールナクを今度こそ完膚なきまで滅ぼす事が目的だ。
レインの前世であるレイラ・クルツァートは、その性格故に友達が出来にくかった。そんな中、アリーシャとは心を通じ合えた。そのアリーシャを奪った邪神に対する復讐心は、アロに負けずとも劣らない。
「もっと……強くなんねぇーとだな」
「そうでござるな」
アビーとレインが決意を新たにしている所に、ヴィンデル・アルマーが戻って来た。
「アビー君、レイン君! 今から選抜試験を行うから、こちらに来てくれ!」
王立学院には、騎士科・魔法科・普通科と3つの科がある。騎士科は騎士団を、魔法科は魔法使いをそれぞれ目指し、普通科では行政・法律・商業について学ぶのだ。
学院迷宮にて研修を行うのは、騎士科と魔法科のみ。
この度、現役のミスリル・ランク、ゴールド・ランク冒険者の戦いを間近に見て学べるとあって、応募者は二つの科を合わせて100人にも上った。
王立学院としては、希望者全員を引率研修に参加させたいが、そもそも狭い迷宮内で100人もの人数を引率するなど不可能。
アビーは引率する人数を1~2人に絞りたいと考え、レインに至っては「面倒だから全員不合格」と最初から決めつけていた。レインは趣旨をよく分かっていなかった。
「トーナメントで決めたら良いでござる」
アビーによる鶴の一声で、騎士科・魔法科に分かれて急遽トーナメント戦が開催された。
アロが魔人との戦いに参戦するか否か迷っていた頃、トーナメント戦の勝者が決定した。
「騎士科、ルーシー・ドルトン。魔法科、コリン・マクファレン。以上の2名が引率研修に参加するものとします!」
審判を務めていた騎士科の教師が宣言する。
「おじさまっ! 私、勝ちました!」
その存在に気付いてはいたが、まさか優勝するとは……。レインが頭を抱えた。
「おじさま? レイン、知り合いでござるか?」
「あー、その……一番上の姉ちゃんの娘だ」
ルーシー・ドルトン、15歳、騎士科三年生。レインの実家、アンガード家長女の娘で、帝国からこの王立学院に留学していた。
ルーシーは騎士ではなく冒険者を目指している。
「おじさま、私優勝しました!」
レインの傍に歩み寄った、燃えるような赤い髪をしたルーシーが、明るい緑色の瞳でレインを見上げた。
「そ、そうだな。よく頑張ったな」
「やった! おじさまに褒められました!」
……ルーシーは冒険者を目指している。何故なら、物心ついた時から伯父であるレインの事が大好きだからだ。いつかレインと一緒にパーティを組んで冒険する事が夢である。
そして、レインはこの純粋過ぎる姪っ子が苦手であった。
「レインの姪御でござったか! 面白い縁でござるな!」
「……面白くねぇよ」
そして、アビーの隣にはいつの間にかもう一人の優勝者が立っていた。
コリン・マクファレン、13歳。薄いブルーの髪をショートカットにし、青い瞳が落ち着いた印象の魔法科二年生。背丈はアロと同じくらい、体つきは華奢だ。
「ボクはコリン・マクファレンと言います。よろしくお願いします」
「おー、これはご丁寧に。拙者はアビー・カッツェル、こっちのガサツなのがレイン・アンガードでござるよ」
「ガサツ言うな!」
コリンは大聖女の孫で、神聖魔法の使い手である。トーナメントでは、対戦相手の魔法を全て防御し、魔力切れに追い込んで勝利した。
「あの……ボクは攻撃魔法が使えないのですが大丈夫でしょうか?」
コリンがモジモジしながら尋ねる。
「ああ、別に問題ねぇ! 敵はどうせこのちみっこが全部倒すから」
「ちみっこ言うな!」
……どうやらアビーは好んでちみっこキャラに偽装している訳ではないようだ。
「アビー君、レイン君。引率する二人は決まった訳だが、せっかく参加してくれた学院生達に、ミスリルとゴールドの模擬戦を見せてやってはもらえないだろうか?」
学院生によるトーナメント戦が行われたこの闘技場は、魔法科の教師達が幾重にも防御障壁を張っている。その障壁の外から、二人の模擬戦を観戦させてもらおうという話だ。
「……俺はいいぜ?」
「受けて立つでござる」
急遽、アビーVSレインのエキシビションマッチが始まった。学院生達が急いで闘技場の外に出て、魔法科の教師達総出で障壁を張り直す。
「一応、殺さねぇように手加減してやる」
「ああ、レインが死んだらアロ殿が悲しむでござるな」
「ああんっ!?」
心理戦はアビーが一枚上手であった。
片手で身の丈程ある大剣を持つレイン。一方のアビーは、自分の身長より長い槍を構える。
「はじめ!」
結果だけ言うと、二人の攻防が早過ぎて学院生には全く見えず、何の参考にもならなかった。ただ、闘技場の床が悲惨な事になり、斬撃の衝撃波が飛んで来る度に障壁を張った教師達は冷や汗が止まらなかったらしい。
「いやぁ、アビーも中々やるじゃねぇか!」
「レインもかなりのものでござるな!」
模擬戦を終えた二人は周囲がドン引きするほど血塗れだったが、とてもにこやかにお互いの健闘を称え合ったと言う。
アルマー子爵邸に戻った二人から、その話を聞かされたアロが一言。
「二人とも、何してんの!?」
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