第39話 勇者は意外と良い人なのか?

「いやー、さすがキリクさんですね! お仲間の皆さんもお見事でした。では俺はこれで!」

「アロ君、待ってくれ!」


 シュタッと右手を挙げてそのまま去ろうとしたら、キリクさんに呼び止められた。


「アロ君……以前の失礼な態度を謝罪する。私はまだまだ未熟なようだ」


 あれ……? この人、こんな殊勝な事を言うような人だったっけ?


「いえ、キリクさんの技も素晴らしかったですよ」

「戦いぶりを見て、アビー・カッツェルがキミを『主君』と呼ぶ意味が分かったよ。どうすればキミのように強くなれるんだろうか?」

「あー、俺は赤ん坊の頃からじいちゃん――ルフトハンザ・グランウルフに鍛えてもらったので」


 それに加えて「1500年前の記憶と能力を持ったまま転生した」からなんだけど、キリクさんが求めているのはそういう答えじゃないだろう。


「あ、そうだ! キリクさんは魔力操作の訓練ってしてますか?」

「魔力操作? まぁそれなりには」

「俺は2歳の頃から、今も欠かさずやってます。魔法の操作や威力が段違いになると思います」


 実際、真剣に訓練を始めたミエラの成長が著しいからね。俺自身、同じ魔法でも前世より消費魔力が少ないし、威力も上がっているように感じている。


「なるほど……地味で基本的な訓練が重要ってことだね」


 キリクさんの言う通りだけど、誰でも出来る事をずっとやり続けるのは案外難しい。何の為にやっているのか、そしてどんな成果に繋がるのか、それが分からないと続かない。

 偉そうに言う俺だって、邪神を倒すという目的がなければとっくに投げ出していたと思う。


「今度、機会があったらで構わないから、私と仲間達にアロ君がやっている魔力操作の訓練を教えてもらえないだろうか」

「ええ、俺で良ければ全然構いませんよ!」


 有事の際、国や民を守る勇者とその仲間が強くなるのは良い事だろう。魔力操作の訓練のやり方を教えるくらいなら全く問題ない。


 俺達は「北東2」の門を潜りながら、王都で近日中に再会する事を約束した。勇者パーティに紛れていたので門では止められる事もなかった。さすが勇者だね。


 ……そう言えば、さっきは「転移」で結界を素通りしたな。転移阻害の術式は組み込まれていないのか。


 門の先でグノエラとサリウスが待ってくれていた。キリクさん達に別れを告げ、彼女達と共に屋敷に足を向ける。


「アロくん、妾の魔法はどうじゃった!?」

「威力、狙い共に文句なしだったよ。俺達と一緒に居る意味ないんじゃない?」

「そ、そんなことないのじゃ! 妾はアロくんからもっと学びたいのじゃ!」


 サリウスに、さり気なくお帰り頂くよう勧めてみたがダメだった。


「グノエラの魔法も凄く良かったよ」

「あ、あれくらい朝飯前なのだわ!」


 グノエラは頬を少し赤く染めながらも、腰に手を当てて大きな胸を反らした。

 ……グノエラさん、周りの男達の視線を釘付けにしてますよ。


「それにしてもアロ様? あの勇者と仲良くなったのだわ?」

「なんか、キリクさんの方から前の態度を謝ってくれたんだよ」

「裏があるのだわ!?」

「フフッ。そうかも知れないね」


 疑う事を知らない純粋な精霊なのに、どこでそんな言葉覚えた。


「キリクさんって、自分が認めた相手には敬意を払う人かもね」


 俺は見た目が普通の子供だから、アビーさんが「主君」なんて呼ぶ事に納得がいかなかったのだと思う。それがさっきの戦闘を見て、俺の事を多少は認めてくれたのかも知れない。


 サリウスが「あれが勇者……恐れるに足らんのじゃ!」とか言っていたので、少なくともサリウスレベルの相手に勝てるくらいにはなって欲しいなあ。


 そんな事を話しながら歩いていると貴族区の門まで来ていた。


 門の衛兵さんに、義父様から預かったアルマー子爵家の家紋を刺繍したハンカチを見せると、特に問題なく通過する事が出来た。


 屋敷の門の鉄扉を小間使いの人が開けてくれ、敷地に入って玄関を開けようとしたら、突然開いてパルが飛び出して来る。そのまま俺にボスンッと抱き着いてきた。


「アロ兄ぃ、おかえりー!」

「パル、ただいま」


 お腹の辺りにぐりぐりと頭を擦りつけてくるので、その頭を撫でる。するとパルの尻尾がゆらゆらと揺れた。たぶん喜んでくれてるんだと思う。パタパタと飛んできたピルルが俺の肩に止まる。


「アロ! どうだった?」


 ミエラも出迎えに来てくれた。


「あー、ちょっとマズい奴だったから、キリクさん達と一緒に倒してきた」

「えっ!? キリクさんって、あの嫌な勇者?」

「あたしあの人きらい」


 パルに加えてミエラもキリクさんの事を良く思っていないようだ。まぁ、俺も今日改めて話をするまでは好きじゃなかったからなぁ。


「勇者達はほとんど何もしてなかったのだわ!」

「アロくんが一人で倒したのじゃ!」

「いや、グノエラとサリウスも手伝ってくれたじゃない。凄く助かったよ」


 二人に礼を告げると、恥ずかしそうに目を逸らされた。何なの、この二人?


「勇者パーティが倒せないような敵……?」

「それについてはみんなが揃ってから話をするよ」


 リビングに移動すると、母様とじいちゃんが本を読みながら優雅にお茶を飲んでいた。ただいま、と声を掛け、俺達もお茶を飲みながら王立学院に行った3人の帰りを待つ事にした。





「それで、その『魔人』というのがもっと大勢現れる可能性があるんだね?」

「はい、義父様。俺の前世ではそうでした」


 義父様とアビーさん、レインの3人が学院から戻ったので、俺は「北東2」門で起こった事を話した。


「魔人に対抗する手段は考えています」


 前世で随分手こずったので、邪神封印後に魔人についても対抗策を考えた。

 俺が直接戦うなら、ある程度の数が相手でも勝てるだろう。だが、魔人が数万という大軍になった場合、俺だけが勝てても意味はない。国を守る騎士や兵士でも勝てる手段が必要だ。


「ただ、完成には至っていません」


 魔人は物理・魔法ともに耐性が高いが、「神聖魔法」には弱い。問題は俺に「神聖魔法」の適性がない事。魔法具で「神聖魔法」を再現しようとしたのだが未完成だった。


 何故なら、身近に「神聖魔法」の使い手がいなかったからだ。術式の重要な部分がどうしても解明出来なかった。


「つまり、神聖魔法の使い手が居れば、魔人の対抗手段も作れる。そういう事かな?」

「理論上はそうです。しかし神聖魔法の使い手は極端に少なくて――」

「大丈夫でござる!」

「ああ、大丈夫だな」

「うん。アロ、それなら大丈夫だよ」


 アビーさんとレイン、義父様から「大丈夫」と言われた。


「我々が今日学院に行ったのは、迷宮に同行する学院生を選抜する為だ」

「はい」

「まぁ色々とあったのだが、最終的に2名を選抜した」

「2名……思ったより少ないですね?」

「少ない方が都合が良いと思ったのでござるよ」

「あー、本当は全員落とす気だったんだが、そうも行かなかった」


 いやいや、全員落としちゃダメでしょうが。引率するのが迷宮に入る条件なんだから。

 アビーさんはちゃんと分かっていらっしゃる。頼りになるなぁ。レイン一人に任せたらどうなっていたか。


 それにしても、何で二人とも傷だらけなの? 学院生と試合をしてもそうはならないと思うんだけど。


「アロ、そのうちの一人が神聖魔法の使い手なんだよ」

「っ!?」


 それは素晴らしい。その使い手の魔法を見せてもらえれば、対魔人用の魔道具を完成させる事が出来そうだ。


「迷宮には、3日後に入る許可を得た。その時、選抜した2人とも会えるよ」

「楽しみです!」


 よしよし。色んな事が良い方向に向かっている気がするぞ!


 学院の地下に発生した迷宮――他の迷宮と区別する為に「学院迷宮」と呼ぶ。

 学院迷宮は、勇者時代のじいちゃんが持ち帰った魔法具(今俺が着けている「減衰ディケイの腕輪」)から、ここに秘匿した「武器」については分かっている。


 その武器を回収したら、あと四か所ある宮殿パレスの位置を正確に確定するのが目的。


 全部の宮殿パレスが迷宮化しちゃってるのかなぁ。してるんだろうな……。


 そもそも「迷宮」とは何か。

 魔力の素になる「魔素」が濃い事が原因で、魔獣が巣食う場所がある。「咢の森」のような所だ。そして特別に魔素が濃い場所が「ダンジョン」や「迷宮」。

 自然発生したのがダンジョン、元人工物の遺跡などを迷宮と呼ぶらしい。


 ここには強い魔獣が居るのだが、それらは元々そこに迷い込んだ普通の動物などが変化したものだと言われている。それが内部で淘汰されながら繁殖し、結果的に強力な魔獣だけが生息しているようだ。


 俺の宮殿パレスが迷宮化したのは、恐らく俺のせいだと思う。いや、恐らくじゃなくて間違いなくそうだな……。


 邪神や眷属との戦いに備えて、周囲の魔素を集めて魔力を貯めておく魔法具を作って設置した。そのせいで魔素が濃い環境になり、迷宮化したんだろう……。


 迷宮では魔獣の素材が獲れるから、悪い事ばかりじゃないんだけど、やっぱり王都のど真ん中に迷宮があるって危険だよね。


 学院迷宮は潰した方が良いのか、義父様に後で聞いておこう。

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