第38話 魔人戦

 「魔人の種デモニウムシード」による「魔人化」。


 前世における邪神との戦いで手を焼かされたのを憶えている。

邪神の眷属が人間や獣人に「魔人の種デモニウムシード」を大量にばら撒き、世界中に「魔人」が出現した。


 「魔人」は破壊衝動の塊で、魔人以外の者を無差別に襲う。

 前世では「魔人」1体を倒すのに、100人近い騎士の犠牲を払った。

 一度「魔人化」した者は、元に戻す事が出来ない。つまり殺すほかない。


「アロ様! あの魔人たち、魔法が使えるのだわ!」

「ああ、どうもマズそうだね」

「妾はあんなもの初めて見たぞ。魔人とは何なのじゃ?」

「簡単に言うと、邪神の眷属が作り出した厄介な化け物だよ」

「邪神の眷属? 奴らか!?」


 魔王城――サリウスの住処を奪った奴らと聞いて、彼女の目に怒りの色が浮かんだ。


「あの程度の化け物、妾の極大魔法で――」

「おーっと、ダメだよ? 周りの人を巻き込んじゃうから」

「むぅ」


 「北東2」門の外では、重武装の衛兵と騎士が魔人を取り囲んでいた。魔人の目的は王都への侵入のようだ。自分が攻撃されてもお構いなしに、門を破壊しようと魔法を放っている。それを後衛の魔法使い達が障壁を張って防いでいるようだ。


「うーん、どうしようかな……」


 今魔人と戦っている彼らには、自分達こそが王都を守っている、という自負と誇りがあるだろう。

 そこに、一介の冒険者風情が出て行って良いものだろうか……?

 しかも子供と女二人が、だ。


 「余計な手出しをするな」と言われるならまだ良い方で、たぶん「女子供は引っ込んでろ!」と言われるのがオチだろうなあ。


 かと言って、このまま見過ごすのも……彼らは「魔人」というものを良く知らない筈だ。奴らは今のところ門の破壊に気を取られているが、攻撃が彼らに向けば数百人規模の犠牲が出る。


 最悪、門が破壊されて奴らが王都に侵入する事も考えられる。そうなったら、一般人の被害は目も当てられない数になるだろう。


「よし、ここは多少強引でも介入しよ――」


 そう言い掛けた時、1体の魔人が肩口から血を噴き出してよろめいた。


「私が来たからにはもう大丈夫だ!」

「勇者様だ!」

「勇者キリク様が来てくれたぞ!」

「これで勝てる!」


 魔人の背後には、勇者であるキリク・ラムスタッドさんとその仲間達が立っていた。

 何という素晴らしいタイミング。いや、だからこそ「勇者」なのかも知れない。


 キリクさんの隣には大盾を構えた男性、少し離れた所に双剣の小柄な男性と馬鹿でかいハンマーを担いだ大柄な男性が居る。その後方には、二人の女性が魔法使いの杖を構えていた。


 斬り付けられた魔人はキリクさんの方を向いたが、他の3体は相変わらず門に攻撃を仕掛けている。


「アロ様?」

「ああ、うん。ちょっと様子を見よう」


 勇者パーティなら魔人も倒せる……かな?


 大盾使いが手負いの魔人を挑発して注意を向けさせると、双剣使いが素早い動きで牽制する。そこに魔法使いが魔人の顔に向けて「炎槍フレイムランス」を放った。良い連携だ。

 魔人が片腕で「炎槍フレイムランス」を弾くが、双剣が何度も脚を斬り付ける。魔人の意識が双剣に向けられた時、キリクさんが反対側に素早く回り込んで聖剣クラウを振り下ろした。


――ザシュッ!


 魔人の左腕が飛ぶ。更に追い打ちをかけるように、巨大ハンマーが魔人の胴体を捉えた。「ズガン!」と岩が爆発したような音がするも、魔人は二、三歩よろめいただけ。そこに立て続けに「炎槍フレイムランス」が叩き込まれる。


 魔人の残された右腕が紫の光を放ち、「炎槍フレイムランス」が腕の一振りで弾かれる。それを隙と見たキリクさんが魔人の右側から迫り、聖剣を逆袈裟に振り上げた。


――ガキン!


「なにっ!?」


 聖剣は光を纏った魔人の右腕に止められていた。紫の光が魔人の全身を包み、斬られた左腕が再生する。


「ウォォオオオオオウ!」


 魔人が咆哮を上げると、勇者パーティの動きが一瞬止まった。その隙に、魔人は一瞬で後衛二人の目の前に移動する。攻撃魔法を使っていた女性に向けて右の掌を向け、そこに眩い光が現れた。


「マズい! 『短距離転移ミクロス・メタスタシー』!」


 俺は女性の前に転移し、魔人の右手を蹴り上げる。紫色の光の奔流が空に向かって立ち上がり、上空の雲を散らした。

 魔人の懐に潜り、真下から顎に向けて「灼熱線ヒートレイ」を放つ。超高温の熱線が顎から頭頂に抜け、魔人の脳を破壊した。一瞬で絶命した魔人がその場に崩れ落ちる。


 キリクさんを始めとした勇者パーティの連携は素晴らしい。言葉も交わさずに、お互いの動きを邪魔する事なく攻撃出来るのはたいしたものだ。普通の魔獣相手なら滅多な事では後れを取らないだろう。


 だが、魔人相手に火力不足感は否めない。


「助太刀します」


 魔人は残り3体。こちらを気にしていない今のうちに倒してしまおう。勇者パーティに紛れて攻撃すれば目立たない……可能性も無きにしもあらず、だよね?

 

 まあ、キリクさんや他の5人は面白くないだろうけど。魔人に殺されるよりはマシだろう。機会があったらあとで謝ろう。


「『身体強化ブースト』、『加速アクセラ』!」


 魔法袋からロングソードを取り出し、手前に居る魔人に向かって地を蹴る。


「『風刃レピーダアエラ』!」


 瞬きの間に近付き、斬撃と共に魔法をぶち込む。


「グギィッ!?」


 魔人の胴を両断した。

 ……もうちょっと強力な剣だったら魔法なしでもイケそうなんだけどな。今はこれしかないから仕方がない。


「『炎弾フロガスフェイラ』!」


 遠い方の魔人に炎魔法を放って牽制。すると近い方の魔人に二つの魔法が飛んで来た。物凄く鋭くて大きな「岩礫ロックバレット」、これはグノエラだな。もう一つは恐らくサリウスの「爆風刃ウェントゥス」。岩に貫かれ、大きく体を斬り裂かれた魔人は体から紫の光を発生させる。再生する気だ。


「させないよ。『灼熱線ヒートレイ』」


 魔人の頭上に跳躍し、真上から頭に向けて熱線をお見舞いした。頭蓋を貫いた熱線が地面を穿ち、直径1センチの穴から溶けた土がオレンジ色のマグマになって溢れる。やり過ぎた。


 さあ、残るは1体のみだ。


 ほんの僅かな時間で3体の魔人を倒したので、勇者パーティや周りの兵達は何が起こったか分かっていないようだ。うん、好都合。さっさと終わらせて――


「キミは、アロ君かっ!?」


 突然呼び止められて前につんのめりそうになった。声がした方を振り返るとキリクさんが信じられないものを見たといった顔をしている。


「あの化け物を3体も……キミは何者なんだ!?」

「いや、1体はキリクさん達が弱らせてくれてたし、1体は不意打ち、1体は仲間が魔法でほぼ倒してくれて――って、その話は後にしましょう」


 残りの1体がこちらを睨んでいた。


「ユ……ユウシャ……アクマ……ゴロシ」


 何だって? こいつ、意識が残ってるのか……ん? あの顔、どこかで見た事があるような――。


「その顔はフォート? お前、フォートなのかっ!?」


 おお! 言われてみればフォート・ラムスタッドに似てるな。いや、ほんのり面影があるだけだから断定は出来ないけどね。

 従兄弟のキリクさんが言うならたぶんそうなんだろう。


「キィリィグゥゥウウウ……ウゴォォオオオ!」


 キリクさんの事が分かるって事は、やっぱりフォートなのか。

 フォートだった魔人が咆哮を上げると右手が紫に光り、見る見るうちに薄く長く伸びていく。それは2メートル近い剣の形になった。


 魔人が前屈みに小さくなる。力一杯引き絞った弓から放たれる矢のように、魔人が地面を蹴ってキリクさんに迫った。


――ギィィイン!


「うぐぅっ!?」


 魔人が振り下ろした剣の腕を、キリクさんが辛うじて聖剣クラウで受け止める。だが魔人の膂力が予想以上だったのか、キリクさんが押し込まれて片膝を突いた。


「キリク!」


 巨大ハンマーが魔人の側頭部に叩きつけられ、その隙にキリクさんが体勢を立て直す。


「ズール、助かった!」


 ハンマーの男性はズールさんというらしい。


「俺達もいるぞ!」

「ラスター! ヘイム! よし、リズ、魔法で援護! サリーは俺に補助魔法をくれ!」


 うん。名前を覚えるのは諦めた。


 最後は勇者パーティに華を持たせるのが良いだろう。そうすれば、俺の印象が薄れるに違いない。


 キリクさん達が魔人を包囲しようと動いている間に、俺は「短距離転移ミクロス・メタスタシー」を連続で使い、周囲の人にバレないように魔人の両膝を「灼熱線ヒートレイ」で撃ち抜いた。

 今度はかなり威力を抑えたので地面にちょっぴり穴が空いただけだ。


 魔人が大盾の人に吶喊しようとして「ガクッ」とよろける。


「今だっ!」


 牽制の「炎槍フレイムランス」が炸裂し、双剣の人が魔人の両脚に斬り付けた。


「よし、いける!」


 魔人が両手両膝を地面に突いた時、キリクさんが奴の首に聖剣クラウを振り下ろした。


(『風刃レピーダアエラ』)


 キリクさんの斬撃に合わせ、不可視の「風刃レピーダアエラ」を首に放つ。


――ザシュッ


 よし! タイミングばっちりだ。

 魔人は首を落とされ、その場に崩れ落ちた。

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