第37話 魔人の種

SIDE:トリュート砦跡


 時は遡り、アロ達が王都フロマンジュールに到着する5日前のこと。


 アロとレインを殺そうとして返り討ちにあったフォート・ラムスタッドと、彼に加担した騎士達を領都カストーリに連行する為、辺境伯軍およそ100名がトリュート砦跡に到着した。


 砦には「義勇団」に属する元冒険者が4人。その他の者は各地に出掛けており、4人はフォートらの監視の為に残っていた。


「我々はラムスタッド辺境伯から遣わされた! フォート・ラムスタッド他19名の引き渡しを頼む!」


 辺境伯軍を代表して中隊長が声を上げ、「義勇団」の一人が牢に案内する。砦の地下牢は薄暗く、鉄格子越しに見るフォート・ラムスタッド中将は薄汚れ、ブツブツと何かを小声で呟いていた。


「フォート・ラムスタッド、これより貴様達をカストーリに連行する。抵抗すればその場で斬り捨てる許可が出ているからそのつもりで」

「……ワタシが次の勇者……ワタシは誰よりも強いのだ……」

「世迷言か? おい、こいつらに縄を打て」


 中隊長が部下の兵士に命じた。


「『竜殺し』……『悪魔殺し』……あいつらさえ殺せば、ワタシが勇者なんだ……」


 牢に入った兵士が2人がかりでフォートを立たせ、後ろ手に縛ろうとする。


「おら、大人しくしろっ!」


 その時、フォートが何かを口にした。小粒のヒマワリの種のような黒い粒。それを飲み下したフォートの体から、妖しい紫色の靄が立ち昇る。


 それは、2日前の夜にこの場所を訪れた白い服の男から渡されたもの。

 一粒食べれば、常人の3倍の力を出せる。

 二粒食べれば、人の限界を超えた力を手にする。

 三粒食べれば、人を超えた何かに生まれ変わる。

 お前はここで終わるような人間ではない。適切な時に、適切な力を使え。


 そう言われて、フォートと小隊の騎士に30粒渡されたのだった。

 その一つをフォートは食べた。今が「適切な時」だと思ったからだ。


 自分を縛ろうとしていた兵士の剣を奪い、その首を刎ねる。もう一人の喉に剣を突き刺す。更に牢の入り口に固まっていた兵達の胴を横に薙ぎ、3人に致命傷を負わせる。


 刃こぼれした剣を投げ捨て、殺した兵の剣を奪った。地下牢の通路は二人並べば窮屈なくらい狭い。そこに20人以上の兵士達が密集しており、普通に考えればそこを突破するのは簡単ではない。


 しかし、フォートは目にも止まらぬ速さで、彼らの頭上を擦り抜けた。剣が届く範囲で兵士達の首に斬り付けながら。

 そうやって密集した兵士達を次々に殺し、ついでに別の牢に囚われていた元部下を解放する。


「お前達もアレを食え。信じ難い力が手に入るぞ?」


 返り血を頭から浴び、悪鬼羅刹の如きフォートの姿を見て、元部下達が怯んだ。

 自分達を捕縛しに来たとは言え、元は同じ辺境伯軍の兵士。中には顔を知っている者、話した事がある者、仲の良い者もいた。それが一瞬にして物言わぬむくろと化したのだ。


 フォートの元部下の内、黒い粒を口にしたのは3人。残りの16人は躊躇している間にフォートとその3人によって斬り殺され、黒い粒を奪われた。


「二粒食えば人の限界が超えられる、だったか?」


 そう呟いて、フォートは黒い粒をもう一つ口にした。元部下3人も同じように飲み下す。


「カハッ!? ぐっ、うぅ!」


 フォート達は体をくの字に曲げて苦悶した。体から濃い紫色の靄が噴出し、筋肉が不自然に膨れ上がる。彼らの体から「ゴキ、ベキ」と骨が折れるようなくぐもった音がした。

 その変化は10秒程で終わり、彼らが顔を上げると瞳が仄かに赤い光を放っていた。


「クックック……! 力ガ無限ニ湧キ上ガルヨウダ!!」


 金属を擦り合わせたような、人間の喉から出たとは思えないような声。

 体が太く大きくなった事で、それまで来ていた服が破け、下着1枚の姿である。


 足元の死体から新たな剣を拾い、3人は地上へと続く階段を上った。


「遅いぞ! 何をやっているん……だ?」


 部下の兵士がようやくフォート達を連れて来たと思った中隊長だったが、その目に映ったのは、全身がどす黒い血に塗れた半裸の男達。


 そしてその手に握られた剣からは血が滴っていた。


「警戒! そいつらを包囲せよ! 攻撃を許可するっ!」


 既に捕らえられている男達を領都に連行するだけの簡単な任務の筈だった。100人もの味方が居て命の危険などある訳がない。殆どの兵士、騎士はそう思い、気持ちが緩んでいた。


 中隊長の切迫した声にすぐさま反応出来た者はほんの数人だけ。地下牢へ下りる階段の近くに居た者達は、武器を手にする間もなく無残に殺された。


 僅か数秒の間に10人以上が殺され、濃密な血の臭いが漂い始めた頃、ようやく本能が警鐘を鳴らす。


 残された辺境伯軍約70人全員が武器を持ち、中隊長・小隊長の指示に従ってフォート達ものを包囲する。

 しかし、その敵は普通ではなかった。数人がかりで攻撃しても全て避けられる。ひとたび剣が振るわれれば一度に何人も斬り殺される。

 腕が斬り飛ばされ、胴を両断され、首を刎ねられる。それは辺境伯軍が今まで相対した事がない、凄惨な殺戮だった。


 時間にして5分足らず。頭から爪先まで返り血で染まったフォート達4人は、自分達が作り出した血と肉の海の真ん中で口角を吊り上げて悦に浸っていた。


 彼らは嗤っていた。


「俺ハ……俺達ハ強イィィィイイ!」

「「「ウォォオオオ!」」」


 フォートはただ一つの目的の為に動き出す。俺は誰よりも強い。俺こそが勇者に相応しい。この強さを国王に認めさせるのだ。そして勇者の称号を得る。


 人を超えた力を手にした4人の怪物は、辺境伯軍の馬に跨って王都フロマンジュールに向かった。





SIDE:アロ


「グノエラ、サリウス、ここで少しだけ待っててくれる?」

「それは良いが、アロくんはどうするのじゃ?」

「ミエラとパルを屋敷に連れて行く」

「なら私が爆発の原因を見て来るのだわ!」

「いや、二人で待ってて欲しい。すぐ戻るから」

「分かったのだわ!」


 グノエラは素直でいいね。


「ミエラ、屋敷に転移する。パルと母様を頼む」

「分かった」

「『長距離転移マクリス・メタスタシー』」


 一瞬の暗闇と浮遊感の後、木と花々に囲まれた屋敷の庭にいた。


「アロ兄ぃ?」


 パルが俺の手を離そうとしない。


「大丈夫、ちょっと様子を見て来るだけだよ」


 反対の手で、パルの頬をムニムニする。


「はやくかえってきて?」

「うん」


 パルはまだ心配そうな顔だけど、手を離してくれた。


「アロ……危ない時は逃げてね」

「うん、分かってる。じゃあ頼んだよ。『長距離転移マクリス・メタスタシー』」


 グノエラとサリウスの所へ転移で戻る。


「アロくん!? 魔法具もなしで転移出来るのか!?」

「ああ……人には言わないでね?」

「さすがは妾の弟なのじゃ!」

「アロ様だからそのくらい当然なのだわ!」


 今更だけど、この二人も屋敷に連れて行った方が良いんじゃないだろうか。


「とにかく爆発があった方に行ってみよう」


 わざわざ厄介事に首を突っ込む趣味はない。だが、ここには大切な人が何人も居る。その大切な人達を危険に晒すのは我慢出来ない。


 グノエラが居れば大抵の攻撃は防御出来るし、厄介事の原因が魔族だったら現魔王であるサリウスなら追い払えるかも知れない。そう考えて二人に残ってもらった。


 さっきの爆発音は何かの事故だったのかも知れないな。走りながらそう思った時、二度目の爆発が起きた。直後に煙が立ち上る。


「あそこだ」


 正面から沢山の人々が走って来る。


「逃げろー!」

「早く!」

「化け物だっ」

「門が壊されそうだぞ!」


 血相を変えて走る人々は何かから逃げているようだ。そして俺達と同じように煙の方へ向かう者も居た。革鎧を着けた衛兵の一団、それに遠くからは金属鎧の騎兵も近付いて来る。あれは恐らく王都を守護する第一騎士団だろう。


「これだけ兵が居れば問題ないかな?」


 俺達は門が見える場所で足を止めて、「北東2」と書かれた門に向かう兵の邪魔にならないよう道の端に寄った。


「アロくん……あれは魔族ではないのじゃ」

「そうなの?」

「うむ」

「アロ様アロ様! あれはアレなのだわ!」

「落ち着けグノエラ」

「落ち着いてる場合じゃないのだわ! あれ、1500年以上前に見たことあるのだわ」

「なんだって?」


 グノエラが指差す方に目を凝らす。


 門の外で兵が取り囲んでいるのは、身長2.5メートルを超える人型の何か。黒に近い紫の肌、不自然に発達した筋肉、赤く光る目。

 そいつが腕を振り回すと、兵が何人も宙に吹っ飛ばされている。

 そんな紫の怪物が4体いる。


「確かに見覚えがある……あれは『魔人の種デモニウムシード』の『魔人化』だな」

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