第36話 アルマー子爵邸

「ハンザ様……アロをここまで育ててくださって、本当にありがとうございます」


 客車から降りたじいちゃんに気付くと、母様が走り寄って頭を下げた。


「シャル、何を言っとるのじゃ。当たり前の事をしただけじゃよ」


 じいちゃんがそう言って母様の頭を上げさせると、二人は父娘のように抱き合った。母様の目には涙が浮かんでいる。手紙は頻繁にやり取りしていたけど、やっぱり直接会うのは全然違うよね。


「さあ、みなさんもどうぞ中へ!」


 母様が涙を拭って笑顔を作り、じいちゃんの背中を押した。他のみんなも釣られて屋敷に入る。


「素敵なお家……」


 ミエラが俺の隣で呟いた。屋敷の中はとても明るくて清潔だ。あちこちに生花が飾ってある。調度品や絵画も屋敷と調和していてとても良い雰囲気だ。


 と、俺の袖がくいくいと引かれた。


「アロ兄ぃ……こんなおうちにすんでいいの?」


 パルが不安そうな顔で尋ねる。俺は立ち止まって膝を折り、目線をパルに合わせた。


「そうだよ。今日からみんなでここに住むんだ」

「ほんと? あたしもすんでいいの……?」

「当たり前じゃないか。パルも一緒だよ」

「ピルルも?」

「ああ、ピルルもさ」

「すごい……すごくすごいねっ!!」

「ぴるるぅぅ!」


 パルが興奮してすごいしか言えなくなった。パルの肩でピルルも嬉しそうな鳴き声を上げる。


「マリーと申します。ご案内いたします」


 マリーと名乗った侍女に付いて、屋敷の2階に上がる。マリーさんは頭の天辺で纏めた茶色の髪と大きな目が特徴の16歳くらいに見える可愛い女性だ。品のある侍女服を下から押し上げる胸に目を奪われていると、ミエラから脛を蹴られた。


 俺達は2階にそれぞれ個室が与えられた。一人で過ごすには持て余すくらいの広さがある。全ての部屋に大きな窓があり、中に置かれた家具はシンプルな木製のベッドと大きな洋服箪笥、書き物机、椅子のみ。自分好みに出来るよう、敢えて最低限にしてくれたのだろう。


 荷物を置いて1階のリビングに集まった。


 1階にはリビングとダイニングが2つずつ、応接間、義父様の執務室、浴場、調理室、洗濯室、侍従や侍女の休憩室がある。母様や義父様の寝室は3階だ。

 屋敷の裏には住み込みの侍従や侍女、料理人、小間使いが寝起きする2階建ての別棟が建っている。馬車置き場と厩舎もあり、俺達を運んでくれた馬達とレインの馬も、今はそこで休んでいる。


 敷地内には結構大きな木が何本も立っていて、屋敷に近い場所には一面に花が咲き、ちょっとした庭園のようだ。


 リビングに集まった俺達は、思い思いの場所に座った。

 ミエラ、アビーさん、グノエラは義父様と面識があるが、他のメンバーは今日が初めてだ。


「ルフトハンザ・グランウルフじゃ」

「グランウルフ様。私の妻と息子を助けてくださり深く感謝申し上げます」

「いや、こちらこそシャルを妻に迎えてくれた上、アロも養子にしてくださり感謝の言葉もない」


 じいちゃんと義父様がお互い感謝を述べ、母様が先を促した。


「お堅い挨拶はそのくらいにして、他の方も紹介してくださる?」

「レイン・アンガード。帝国出身、ミスリル・ランクの冒険者です。アロを主君と定めて付いて参りました」


 おお。レインが敬語を使っている。母様と義父様がにこやかに頷き、俺の隣にいるパルを見る。


「あたしはパル、です。わるい人たちにさらわれたところを、アロお兄ちゃんがたすけてくれました。この子はピルルです」

「ぴるぅ!」

「妾はサリウスじゃ。魔法には自信があったのじゃが、アロきゅ……くんに上には上がある事を思い知らされた。それで行動を共にさせてもらっているのじゃ」


 一通り自己紹介が終わり、義父様が母様の肩に手を置きながら口を開いた。


「ヴィンデル・アルマー、妻のシャルロットだ。私は騎士団の仕事で家を空ける事が多いから、妻の話し相手になって欲しい。それからこの家は自分の家だと思って寛いでくれ」


 それから、と義父様が続ける。


「アロを養子に迎えるが、アロの名は『アロ・グランウルフ・アルマー』と定め、貴族院の紋章課に申請を出した」


 これは俺が義父様と母様にお願いした事だ。じいちゃんから貰った「グランウルフ」の家名を捨てたくなかったのだ。これについてはじいちゃんとミエラにも相談したので既に2人は知っている。


「それと王立学院の地下遺跡入構の許可についてだが――」


 そこで義父様が少し言い淀んだ。何か問題があったのかな?


「許可自体は問題ないのだが、学院の騎士科と魔法科の学院生達が、丁度今の時期に地下遺跡で研修を行ってるんだよ」

「研修?」

「まあ、実戦訓練のようなものだね」

「なるほど。研修はいつまでですか?」

「それが……4ヵ月くらい続くらしい」


 長いな! それじゃ王立学院を受験するのと変わらない。

 せめて夜間とか、研修で使わない時間に入らせてもらえないだろうか。


「それで、父上――ボイド・アルマー学院長と少し協議したんだ。事前にアビー君が来るのは知っていたから、現役のゴールド・ランク冒険者が指導を兼ねて学院生をして、それに同行する形にすれば許可を出しても良い、という事になった」


 なるほど。ん、引率?


「拙者が学院生を引率するのでござるか?」

「お願い出来るかな?」

「アロ殿の目的の為なら否やはござらん!」

「良かった。それに、レイン君にも頼めるかな?」

「俺も、ですか?」

「ああ、現役のミスリルとゴールド・ランク冒険者に学べる機会は滅多にないから、レイン君も学院生に色々と教えてあげてくれないだろうか?」

「……分かりました」


 レインは口調こそ丁寧だけど嫌そうだ。確かに、人に教えるって柄じゃないもんね。


 それにしても引率か。

 宮殿パレスが「迷宮化」してるっていうのがいまいちピンと来ないんだけど、学院生を連れながら隠した武器や魔法具を回収して、次の宮殿の場所を確認する作業まで出来るだろうか。


 うーん……いざとなったら俺一人で行動出来るよう、何かしら対策を考えておこう。


 もう日が暮れそうな時間だったので、そのまま全員で夕食を摂る事になった。


 侍従や侍女のみなさんが、俺達がリビングで話している間に準備に奔走してくれたらしく、まるで何日も前から用意していたような豪華な夕食だった。料理人の腕も素晴らしい。


 俺達は貴族のマナーとは縁遠い。お世辞にも食べ方が上品とは言えない。それでも、母様と義父様は俺達の食事風景をにこやかに見守ってくれた。





 翌日。


 屋敷で朝食を頂いた後、俺とミエラ、グノエラ、パル、サリウスの5人で王都散策に出掛けた。

 アビーさんとレインは義父様と一緒に王立学院に向かった。なんでも、引率する学院生を選抜するらしい。


 貴族区の門を通って商業区へ。貴族区から離れるに連れて庶民的な店になっていく。今世で訪れたどの街よりも賑やかで、色んな種類の店があって楽しい。


 パルが迷子にならないよう、俺とミエラが交代で手を繋いでいる。ピルルは俺とパルの肩を行ったり来たりしている。

 サリウスの同行を最初嫌がっていたグノエラだが、いつの間にか仲良くなったようだ。


「ほれグノエラ。あれなんかアロくんに似合うと思わんか?」

「アロ様にはあっちの方が似合うのだわ!」


 既製服を売っている店の前で何やら意見を交換しているが、二人とも、そこは女の子向けの店だから。どうせならミエラやパルに似合う服を探そうね。


 そうだ。パル用の服が少ないからちょっと買っていこう。


「パル、ちょっと服を見てみよう――」


――カンカンカンカンカン……


 パルに話し掛けた時、遠くから鐘を打つ音が聞こえてきた。街行く人々が足を止め、鐘の音がする方向に顔を向けている。


「アロ、あれは何かしら?」

「アロ兄ぃ……」


 人々の焦りを誘うような鐘の叩き方。あれは「警鐘」だ。


 俺がミエラとパルの手を握った時、遠くで爆発音が響いた。

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