第35話 王都フロマンジュール

 リューエル王国の王都フロマンジュールには、都市全体を囲む防壁がない。

 王城と王宮のある中心部とその周りに広がる貴族区は高い防壁で囲まれている。その外に広がる平民区、商業区は流入し続ける王都民によって外へ外へと広がるため、最も外側の防壁は取り払われてしまったのだと言う。


 その代わり、都市全体が強固な結界によって守られている。王都への出入りは、周囲16か所に設けられた「出入門ゲートウェイ」を通って行われるそうだ。


 俺達は今、「北1」という出入門に並んでいる。


 結界は無色透明で、鉄のような材質の巨大な門だけがその場にある。門は開け放たれているが、門の横から通り抜けられそうに見えて違和感が凄い。


 列に並ぶ俺達は、御者台には俺、ミエラ、パル。パルの肩に小さくなったピルルが乗っている。

 客車にじいちゃん、アビーさん、グノエラ、サリウス。馬に乗ったレインが俺達を先導してくれている。


「人、いっぱい!」

「いっぱいだねぇ」

「でも思ったより進みが早いな。人の出入りが多いから慣れてるのかな?」


 入都の列を成す人々の数に、パルが目を輝かせ、そんなパルをミエラが愛おしそうに撫でている。中に入ったらもっと沢山の人が居るだろうから、それを見たらパルがどんな反応をするのか楽しみだ。


 この「北1」門にも、貴族専用、冒険者専用の少し小さな出入門がある他、軍専用、商人専用があるようだ。俺達が並んでいるのは「その他一般」の列。この列が一番長い。


 壁もない所に門だけが並んでいるのがシュールである。


 ところで、サリウスが同行する事についてはみんなの意見が割れた。意外な事にミエラとじいちゃん、グノエラの3人が反対だった。いきなり攻撃を仕掛けようとした訳だから信用がないのも仕方ない。


 だが、ミエラは主にサリウスの俺に対するスキンシップの多さが、グノエラは自分と被るナイスバディな所が気に食わなかったらしい。

 俺もどちらかと言うと反対だった。アビーさん・レイン・パルはどちらでも良いというスタンス。


 最終的には「わらわと弟を引き裂くなんて酷いのじゃあ~」と言って泣かれたので、面倒臭くなって同行を認めた。


 ただし一つだけ約束させた。それは、母様の前で俺を「弟」と呼ばない事。


 母様に前魔王がした事を思い出させたくない。だから前魔王を想起させるような言動をしたら本気でキレると釘を刺しておいた。母様を悲しませるくらいならサリウスも前魔王もこの世から消し去る事を俺は躊躇しない。


 そんな事を考えていると、レインが門の衛兵に手紙を渡しているのが見えた。もう俺達の番が来たようだ。


 衛兵に渡したのはヴィンデル・アルマー王国第四騎士団長、つまり俺の義父様とおさま直筆の手紙。内容は子爵家の侍従に連絡して迎えに来させるように、というごく簡単なものだ。


 アルマー子爵家の家紋まで押されているのに、衛兵はレインの風体を見て難癖を付ける事に決めたらしい。


「アルマー騎士団長の手紙だと~? 貴様、家紋の偽造は重罪だぞ!」

「ああっ!?」


 手紙を偽物と決めつけた衛兵にレインが食って掛かっている。手綱をミエラに任せてレインと衛兵の間に体を滑り込ませる。


「まぁまぁ、落ち着きましょう。衛兵さん、取り敢えず手紙の紋章が本物かどうかご確認いただけますか? 本物だった場合、きちんと対応しなければ問題になるでしょう?」

「そ、それもそうだな……だが偽物だった場合、牢に直行だからな!」


 衛兵が捨て台詞を吐いて門の向こう側にある詰所に引っ込んだ。俺達は次の人達の為に少し横にどいてスペースを開けた。


「アロ、すまねぇ……ああいう奴にはどうも我慢出来なくて」

「別にいいよ。権力を笠に着るような人はどこにでも居るから。慣れるようにしないとね」

「分かった」


 前世のレイラ・クルツァートも、口より先に手が出る性格だった。変わったのは性別だけで、性格は全然変わってないようだ。懐かしいような、どこかほっとするような気持ちになる。


 「北1」の門を通って王都に出入りする人々を眺めていると、あっという間に1時間近くが経っていた。門の内側でちょっとした騒ぎが起こっている。


「私の息子を罪人扱いした衛兵とはどの者だっ!?」


 チラッと中を覗くと、まさかのアルマー子爵本人が馬に乗ってやって来ていた。後ろから侍従と思わしき男性が慌ててこちらに向かっている。


 アルマー子爵の怒声に、先程手紙を偽物と決めつけていた衛兵が青い顔をしている。


「アルマー騎士団長!」


 衛兵が可哀想なので間に入ろうと声を掛けるが、こちらを向いてくれない。絶対聞こえてる筈なのに。

 ……仕方ない。


「お義父とう様っ!」

「おお、アロ! 待ちわびたぞ!」


 「お義父様」と呼ぶと、さっきまでの怒りが嘘のように(実際演技だったのだろう)喜色満面でこちらを振り向いた。


「お待たせして申し訳ありません。それと衛兵殿ですが、彼は仕事に熱心だっただけですのでどうかご寛恕ください」

「そうか、私の息子がそう言うならその通りなのだろう。衛兵、済まなかったな!」


 うーん、凄く「私の息子」を強調するなぁ。この人、こういう人だったかな? ついこの前まで「アロ」と呼ばれていたのが、今日は呼び捨てに変わってるし。まぁそれは全然良いのだけど。


「アロ、何をしている? さっさとの屋敷にぞ」

「はい、承知しました」


 義父様はそう言うと、乗って来た馬の手綱を侍従さんに任せ、御者台に座る俺の隣に無理矢理体を捻じ込んできた。パルが慌ててミエラの膝に乗る。

 子供3人でギリギリだったのに、体の大きな義父様が割り込んだので完全に定員オーバーだ。気を利かせたミエラが俺に目配せしてからパルを抱いて飛び降り、客車に移った。


「……アロ、済まない。大人げなかったね。ミエラさんと獣人の子には後で謝ろう」

「いえいいんです。それより、人数が増えてしまったので部屋を借りようと思うのですが」

「何を言っている? 多少増えたところで問題ないよ」

「俺を含めて8人もいるんですよ?」

「大丈夫だよ。それでもまだ部屋は余るからね」


 ほー。子爵家の屋敷は貴族の中では小さい方と聞いたけど、8人いても大丈夫なのか。いったい何部屋あるんだろう。


 御者台側に付いている客車の窓を覗いてみると、パルが窓に顔をくっつけて通りを眺めていた。時間が出来たら王都見物に連れ出してあげよう。そう言う俺も王都は初めてだ。みんなで王都を楽しみたいね。


 侍従さんの先導でゆっくりと馬車を進める。


「アロ!? この馬車、やけに乗り心地が良くないかい?」

「自分で作った魔法具を使ってるんですよ。後でお見せしますね」


 この辺りは道幅が広く、石畳の地面も他の街に比べてかなり平坦だけど、継ぎ目などは粗い。継ぎ目を乗り越える衝撃が来ないので、義父様も乗り心地の良さに気付いたようだ。


「ほう、魔法具……私に商才はないが、これは貴族達が欲しがるんじゃないかな?」

「アハハッ、どうでしょう?」


 もし需要があるのなら、どこかの工房に製造を委託して販売するのも悪くないかも。前世では忙し過ぎてそういう事を考える暇がなかったからね。


 フロマンジュールの街並は、雑多な中にも美しさがあった。


 建物は3階建て以上が多く、壁や屋根の色に統一感はない。だけど街路樹や花壇、ベランダでも花を育てている人が多いようで、様々な色で溢れている。道行く人々が着る服も明るい色が多く、思いつめたような暗い顔の人はあまり居ない。


 30分程で貴族区を囲む壁まで到着した。歩くより少し早い程度のスピードだったから、「北1」門から4~5キロといった距離だろう。

 貴族区に続く門は、侍従さんが衛兵と少し言葉を交わしただけで止められる事もなく通り抜けた。


「もうすぐ屋敷に着くよ」

「貴族区の門から近いんですね」


 門を抜けて2つ目の角を左に曲がり、次の四つ角まで来ると義父様が指差して教えてくれる。


「この一角が私の屋敷だ」


 どうやら道は貴族の屋敷と屋敷の間にあるようで、隣家とは接していないらしい。アルマー子爵邸は横約50メートル、奥行き約100メートルのこの区画全体のようだ。敷地は高さ3メートルくらいある細い鉄の柵で囲まれているが、隙間が10センチ程開いているので閉塞感はない。


そこから見える敷地内は緑が溢れ、色とりどりの花が咲き乱れていた。


「ここが正門だ」


 同じく鉄製の門扉にはアルマー子爵家の家紋と、花や蔦の意匠が上品に象られている。侍従さんが中に声を掛けると門扉が左右に開き、中に進んだ。門から屋敷の玄関まで20メートルくらいある。玄関前の馬車寄せで馬車を停めると玄関が開き、中から母様が飛び出してきた。


「アロ!」


 俺は御者台から飛び降りて母様を受け止めた。

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