第34話 魔王登場
SIDE:アロ
キリクさんと別れてからの道程は順調そのものだった。ラスターの街で代官にラムスタッド辺境伯の手紙を渡し、一泊してさらに南へ。途中、ワンダル砦を右手に見ながらグーロマルの街に到着。そして間もなく王都に着くという所。
「ねぇ~ん、アロ
「ちょっと、離れなさいよサリウス!」
御者台に、俺を挟んでサリウスとミエラが座っている。俺の右腕にたわわな胸を押し付けるサリウスを、反対のミエラが引き剥がそうと奮闘していた。
そう、旅は順調だったのだ。
それは、グーロマルの街を出て1日経った頃。ちょうど2日前の事だ。
俺達は見渡す限りの草原を進んでいた。先頭のピルルにはミエラとパル、俺が御者をしている馬車にじいちゃんとアビーさん、隣にグノエラ、後ろには馬に乗ったレイン。青空が広がり、心地よい風が吹く午後に、そいつらは突然現れた。
最初に広範囲を結界で覆われ、景色が黒っぽい紫に変わった。
「ミエラ! 後ろに下がれっ」
じいちゃんとアビーさんが武器を手に客車から飛び出す。魔法袋から出した大剣をレインに、弓をミエラに手渡した。
「グノエラ、ミエラとパルを守ってくれ!」
「承知したのだわ!」
「アビーさん、レイン! 周囲の警戒を!」
「「了解!」」
俺もロングソードを鞘から抜いて構えた。
「じいちゃん……」
「うむ、魔族の結界のようじゃ」
「魔族……」
「ピルゥ!」
ピルルが上を向いて短く鳴いた。それにつられて上を見ると、5つの人影が降りてくる所だった。
「ようやく見つけたぞ、我が弟よ! さあ、妾と共に城を奪い返しに行くのじゃ!」
目の前に、露出狂一歩手前の恰好をした20歳くらいの女が舞い降り、俺に向かって手を差し伸べる。
長く伸ばした淡い紫色の髪はウェーブが掛かっており、赤紫の瞳はこちらを小馬鹿にしたような喜色が浮かんでいる。
それはいい。それよりも、大事な部分を最低限の布で隠したようなその恰好は何だ。少し動くだけで胸が揺れて非常に目がしあわ――いや、目に毒だ。
「俺には露出狂の姉など居ない!」
露出狂じゃない姉も居ない。
「貴様っ! 混血の分際で魔王様に向かって何て言葉を!」
遠近感が狂うくらい馬鹿でかい大斧を担いだ男が大声を上げた。残りの男達3人は、槍・ロングソード・大剣をそれぞれ持って俺達を睨んでいる。
「良い良い。可愛い弟の戯言じゃ。血の繋がりは半分じゃがな」
「サリウス様、邪魔な者どもを排除してよろしいでしょうか?」
「うーむ……弟よ、臣下がこのように申しておる。素直に付いて来れば手出しはさせぬぞ?」
全員魔族だが、人間に偽装する魔法具を身に着けているようだ。
マズい。レインが今にも飛び出しそう。アビーさんもさっきから俺をチラチラ見ている。
「いやその前に、誰かと間違ってないか? 俺には姉なんていないんだが」
「何を言っておる。お主の母はシャルロットというのであろう?」
こいつら、母様に何かしたのか?
「安心せよ、お主の母に危害を加える気はない。それに嘘をついても無駄じゃ。妾には偽装を見破る魔眼があるからの」
「何が目的だ」
「さっき言ったではないか。城を奪い返す手助けが欲しいのじゃ」
俺の血縁上の父親は「魔王」だと思っていたんだが、連れの男から「魔王」と呼ばれたこいつはどう見ても女だ。
「どうして俺が手伝わなきゃならないんだ?」
「弟が姉を手伝うのに理由がいるか?」
さっきから弟、弟って……まさか――。
「露出狂の上に妄想狂なのか!?」
「なんでじゃっ!? 察しが悪いのう。お主と妾の父は同じ、
この露出狂が姉、だと……?
「なんじゃその残念そうな顔はっ!?」
「いや、どうせなら可愛い妹が良かったなーって」
「なっ!?
「ちげーよっ!!」
何かこの人と話してると疲れる……早く帰ってくれないだろうか。
「初めて会う人に姉って言われても信用出来ません。どうぞお引き取りください」
「ぐぬぬ……仕方ない、お前ら! 誰か適当に人質にせよ!」
露出狂が大きな身振りで臣下に指示を出したが、それに応じる者は居ない。
「お前ら、返事はどうし――え?」
露出狂の臣下4人は、既に地面に倒れて気絶していた。レインとアビーさんの仕業である。なお俺は一切指示していない。
「ええっと、アビーさん? レイン?」
「拙者分かったのでござる。一瞬アロ殿の殺気が漏れたでござるよ」
「ああ、主君が求めるものを先んじてやっておくのが優秀な家臣ってもんよ」
殊勝な事を言ってるが、俺は知ってるぞ? ただ戦いたかっただけだよね?
「こ、こ、こやつらは魔族でも戦闘力は指折りなのに……」
「大丈夫だ、殺してねぇよ」
レイン。そう言う事じゃないと思う。
「くっ、かくなる上は――『
何を血迷ったか、露出狂さんが氷属性の上級魔法を放った。
「っと。『
「なにっ!? 妾の上級魔法が掻き消されただと!?」
いや、魔法名を口にするから。魔法陣だけ見て対抗するより簡単だから。
「『
「よっ。ほいっ」
「ふぐっ、サ、『
「ほい、っと」
魔王と呼ばれるだけあって、四属性の上級魔法を次々と繰り出そうとして来る。それらを全て「
その後20分くらい、上級・中級と繰り出される魔法を悉く消すと、遂に露出狂さんが折れた。
「ふ、ふぇ~ん、ぐっ、ふぐぅ。お、弟が、妾をいじめるのじゃー!」
ぺたんと地面に座り込み、泣き出してしまった。
「アロ、もう止めてあげよう?」
「アロ兄ぃ、かわいそうだよ……」
ミエラとパル、うちの良心代表2人から言われ、俺もやり過ぎたと反省した。
「えーと、やり過ぎちゃいました。ごめんなさい」
「サリウス」
「はい?」
「妾の事は、サリウスか『お姉ちゃん』と呼ぶのじゃ。そしたら許す」
赤く目を腫らしたサリウスが、この期に及んで姉ポジションを確保しようとしてきた。
「じゃあサリウス。俺の事はアロって呼んで」
「アロ……きゅん?」
「……普通に『アロ』で」
「じゃ、じゃあ『アロくん』って呼ぶ」
「それでいいから、取り敢えず上に何か着てよ。目のやり場に困る」
「……アロくんのえっち」
ああ、何だろう。無性にぶん殴りたい。
その後大人しくなった露出狂改めサリウスは素直に男物のシャツに袖を通して結界を解除した。それはそれで目がしあわ――ゲフンゲフン。それから気絶していた男達も「
「
そして残念ながら、サリウスは帰ってくれなかった。本人曰く「姉と弟は一緒に居るべき」なんだそうだ。そんな事は全然ないと思う。
こうして無理矢理俺達に同行する事になったサリウスだが、気になる話を教えてくれた。
「前魔王、つまり妾とアロくんの父だが、魔王城に乗り込んで来た僅か4人にやられ、城が奪われたのじゃ」
「じゃあ前魔王は死ん――」
「ピンピンしておるぞ」
しぶといな、
「その4人は『邪神の眷属』と名乗っておったのじゃ。使い魔を通して奴らの話を聞いた所、どうやら『シュタイン・アウグストス』という者を探しておるようじゃった」
邪神の眷属――。もう復活していたのか。
ワンダル砦襲撃の際、中級悪魔が召喚されたが、それを唆したのも邪神の眷属らしい。
「全く、あのような禁呪を行使するとは……もし生きておれば妾が罰したのじゃ」
あの時召喚された中級悪魔に、眷属の一人が憑依して上級相当に力を増したらしい。
いや、あれには上級悪魔ほどの力はなかったが……あ、だからあいつから名前を呼ばれたのか。
城を奪われてから、弱気になった前魔王は王座をサリウスに譲った。それからサリウスは俺とシュタイン・アウグストスなる人物を探していたようだ。
「眷属どもの話と、砦で悪魔を打ち破った冒険者の話……それらを合わせて考えると、アロくんがシュタイン・アウグストスだと分かったのじゃ」
くっ……こいつただの露出狂じゃなかったのか。意外と頭が切れる。
「それで眷属から城を奪い返すのに、俺を利用しようと?」
「利用ではない。奴らが狙っている事を知った上で、アロくんなら何とかしてくれると思ったのじゃ」
うーん。それは微妙に利用の気がするけど、まぁいいか。
「どうじゃ、可愛い姉の為に一肌脱いでくれる気になったじゃろ?」
自分で可愛い言うな。あとシャツをはだけて肩を出すな。
「あー、あいつらは殺しても復活するんだよねぇ……」
「なんじゃとっ!?」
「邪神そのものを滅ぼさないと駄目だと思う」
アビーさんとレインがコクコク頷いている。眷属には前世で苦労させられたからなぁ。
奴らが大々的に動いていないって事は、まだ全部復活してないか、まだ力が不十分か、その両方だろう。
奴らが完全復活する前に、こっちも準備を急がなければならない。
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