第33話 勇者とひと悶着

 カストーリの南大門を出ると俺達を待っている一行が居た。


「グランウルフ様! 我々も途中まで同行させていただきます」


 勇者キリクさんとその仲間達だ。立派な白い馬に乗っている。仲間達は、これまた豪華な馬車に乗り込んだ。御者は勇者パーティのやや小柄な男性が務めるようだ。

 キリクさんが俺の方に近付いて来た。俺は大きくなったピルルにパルと一緒に乗せて貰っている。


「やあアロくん。私のパーティ加入の返事を聞かせてもらえるかい?」


 うへぇ。有耶無耶になってなかったのか。


 その語り口は柔らかいが目が笑っていない。パルが俺の背にしがみついて小さくなっている。余程勇者の事が苦手らしい。


「大変名誉なお誘いですが、俺にはやらなければならない事があるんです」

「それは勇者の私をサポートするよりも大事なのか?」


 キリクさんの口調が少し冷たいものに変化した。


「俺にとってはそうです」

「……そうか。折角のチャンスを棒に振るとは浅はかだが、まだ若いから仕方ないか。それならアビーのとして、彼女にパーティ加入を命令してくれないかな?」


 どんだけアビーさんに執着してるんだよ。もしかして、アビーさんみたいな「ちみっこ」が好きなのかな?


「主君というのはアビーさんが言っているだけで、俺はそんなのじゃないです。命令する権利なんてありませんよ」


 前世の事はさておき、今は「共に戦う仲間」だからね。


「まったく、どいつもこいつも! 私がその気になれば、力尽くで奪う事も出来るんだぞっ!?」

「それは聞き捨てならんのぅ」


 俺達の馬車の御者台に座っていたじいちゃんが助け舟を出してくれた。


「グ、グランウルフ様! 今のは言葉の綾と言いますか――」

「そうじゃろ、そうじゃろう。民の希望たる勇者が、何かを力尽くで奪うなどあってはならんからの」

「いいんじゃねぇの、そこまで言うんだったら。アロ、相手してやれよ?」


 レイン? 折角話が纏まりそうだったのに、何煽ってんの?


「何なら俺が相手してもいいぜ?」


 なるほど、レインは俺に対するキリクさんの態度が腹に据えかねたんだな。決して勇者と手合わせしたい訳じゃないよね? 違う……よね?


「貴様、勇者を愚弄するのか?」

「愚弄? そんな気はねぇ。ただ、お偉い勇者様がどれ程の実力か知りてぇだけだよ」


 ただ手合わせしたいだけじゃねーか!


「アロくん、こんな野蛮な男と居たら君の品格も疑われるよ?」


 いや、お前が言うな。さっき「力尽くで奪う」って言ってたじゃないか。


「あっはっはー! どの口が言ってるんだよ!?」

「ちょっとレイン、それくらいにしなよ」


 気持ちは分かるけどその言い方は火に油を注いでるからね?


「へぇへぇ。アロはお優しいこって」

「待て! その言い方、私が貴様ごときに負けるとでも言いたいのかっ!?」


 ほら。キリクさんは煽り耐性が低いんだから。


「お前が俺に勝てるとでも?」

「勝負しろっ!」

「いいぜ」

「やめんか馬鹿どもがっ!」


 黙って成り行きを見守っていたじいちゃんのカミナリが落ちた。いや比喩じゃなくて、本当に雷魔法をレインとキリクさんの近くに落としたんだよ。

 2人の乗った馬が棹立ちになり、それを宥めるのに忙しくて手合わせどころじゃなくなった。


「レイン、軽率な言動は慎め!」

「……すまねぇ」

「勇者キリク、倒すべき敵を間違えるでない!」

「も、申し訳ありません」


 じいちゃんから叱られた2人が、すごすごと後ろに下がった。さすがじいちゃんだ。

 あと、ピルルは雷に全然ビビらなかった。雷系統の魔法を操るっていう話は本当かも知れない。まさか、ただ鈍いだけって事はないだろう。ないよね?


 キリクさんは、離れた所で見ていた仲間の所に戻った。この空気で俺達に付いて来る事は諦めたようだ。アビーさんの事も綺麗さっぱり諦めて欲しい。


 勇者パーティは草原を横切って西へ向かった。俺達はこのまま街道を南南西に向かう。


「あの人、いなくなった?」


 俺の背にしがみついていたパルが小さな声で聞いてきた。


「ああ、もういないよ。怖かった?」

「ううん。……あの人きらい」


 人懐っこいパルに嫌われるとは。勇者、色んな意味で大丈夫だろうか?


「嫌いかぁ。俺も好きじゃないな」

「いっしょ!」

「ああ、一緒だね!」


 パルに笑顔が戻った。やっぱり子供は笑顔じゃないとね。俺も子供だけど。

 ちょっと邪魔が入ったけど、気を取り直して出発しよう。





SIDE:魔族領・元魔王城


「良い方法を見付けたかも知れん」

「あ、ケタニング!? ちょっと、どこ行ってたのよ? バルトサニグったらぜんっぜん喋んないからすっごく暇だったんだけど!?」


 魔王城、魔王の居室。6人掛けの豪奢なソファに、一糸纏わぬ姿で寝そべっていたフライラングが文句を言う。

 バルトサニグはここには居ない。いつものように、城の中をほっつき歩いているのだろう。


 ケタニングが「少し思い付きを試してくる」と言って突然姿を消してから1週間。元々無口なバルトサニグとは会話もままならず、フライラングは暇過ぎてどうにかなりそうだった。


「……何故服を着ていないのだ」

「いいじゃん別に。誰も居ないんだし」

「いや、おかしいであろう」

「お風呂から上がったばっかりで暑かったのよっ!」

「慎みを忘れるな」

「はいはい」


 フライラングはソファの背もたれに掛けていたローブを羽織った。


「それで? 何を見付けたって?」

「神力を早く集める方法である」

「うそっ!?」


 気怠い雰囲気を醸し出していたフライラングだったが、ケタニングの言葉に身を乗り出した。その勢いでローブの胸元がはだけ、童顔に似合わない大きな胸が半ばまで露わになる。


「慎みを忘れるなと言ったであろう」

「もう、あたし達に感情はないんだからいいじゃん」

「いずれ民草の前に出る時もある。イゴールナク様の眷属として威厳が必要なのだ」

「その時はちゃんとするってば!」


 そう言いながらも、フライラングはローブの胸元を元通り合わせた。


「で? で? その方法って!?」

「信仰心の篤い者の命である」


 ケタニングが説明する。普段から神を信仰している人間や獣人を殺す。もちろん、その「神」とは邪神イゴールナクではなく、この世界で広く信仰されているネイト神、ハトホル神、パステト神などだ。


「なるほどー。イゴールナク様以外の信仰心を減らせば、その分イゴールナク様の力が増えるって事かな?」

「恐らくそういう事であろう」


 ケタニングは魔族領から遥か東、アムリア大山脈を超えた先にある「ゲインズブル神教国」と「ファンザール帝国」の国境付近にある小さな村に赴いた。


「そんな遠い所まで!?」

「ああ、まだ神力が不足しておるから、難儀であった」


 実験の為に、現在拠点としている魔王城から遠い場所を選んだ。リューエル王国方面に行かなかったのは、万が一にもシュタイン・アウグストスに気取られたくなかったからだ。


 村は人口70人ほど。農業と少しの家畜を育てる何の特色もない村。ただ、村人は信仰に篤く、村に一つだけある教会に、殆ど全員が毎朝祈りを捧げに来ていた。


 ケタニングはその日、多くの村人が教会に入ったのを確認してから「業火インフェルヌス」を放った。


「ぎゃーはっはー! やり過ぎじゃん!?」

「いや、やはりまだ神力が不足していたようで、村の半分ほどしか焼き尽くす事がかなわなかった」


 だが、とケタニングは続ける。村を蹂躙した直後、明らかに力が増したのだ、と。


「『魔人の種デモニウムシード』も生み出す事が出来たのである」

「マジでっ!? どんくらい?」

「30粒ほど生み出した所で、新たに得た神力が尽きた」

「そっかぁ」


 「魔人の種デモニウムシード」は、人間や獣人を強化・狂暴化させる魔法薬のような物。3粒相当の量を摂取すると理性を失って異形となり、命が尽きるまで暴れる。

 前回邪神が世界に現れた時、この「魔人の種」を世界中にばら撒いて混乱に陥れた。命令せずとも同族を殺してくれるのだから楽なものだった。


「試しに人間に与えて来たのである」

「前と同じ効果があるか実験するのは大事だもんねー」

「うむ」


 「魔人の種」は人間にとって麻薬と同じ。摂取するだけで多幸感、高揚感が得られ、自分が無敵になったような気分になれる。依存性も高く、簡単には止められない。実際に強くもなるので、すぐに次が欲しくなる。


 ケタニングが実験的に「魔人の種」を与えたのは、トリュート砦跡で捕縛されているフォート・ラムスタッドと、彼の企みに加担した20人の兵士達だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る