第32話 ピルルの能力

 眠ってしまったパルを抱いて客間に戻ると、キリクさんの姿は消えていた。勇者パーティに入れという話は有耶無耶に出来たようで何よりだ。


 グノエラが立ち上がって手を差し出すので、パルを預ける。グノエラが俺以外の者の面倒を自ら見ようとする姿はあまり見た事がなかったのだけど、パルの事は気に入っているらしい。


「アビーさん、キリクさんってどんな人?」


 今更だけど、アビーさんに聞いてみた。


「拙者もよく分からないのでござるよ。勇者に選ばれて少し変わってしまったようでござる」


 周りからチヤホヤされて勘違いしてしまった系か。

 勇者パーティに入る事が冒険者にとって「名誉な事」だと言ってたしなぁ。誘われて喜ばない冒険者が居るなんて信じられないって顔をしてた。


 アビーさんによると、キリクさんの実力は確かなようだ。ただ、物凄く小さな声で「レインの方が強いでござる」と教えてくれた。大丈夫か、勇者。


 ワイバーン100体の討伐を誇っているようだったからその実力はお察しだが、国から任命された勇者がレインより弱いって心配だよね。いや、レインはかなり強いんだけどさ。


 ワイバーン100体を、素材や肉の事を考えずにただ倒すだけなら、俺一人で10分も掛からないだろう。


 おかしいな……。先々代の勇者であるじいちゃんは相当強いんだけど。剣術だけなら、今でも敵わないんじゃないかって思ってる。じいちゃん、今でもこっそり素振りしてるし。


 キリクさんの従兄弟に当たるフォート・ラムスタッドも「次の勇者は俺だ」みたいな事を言っていたが、勇者って強けりゃ良いってものじゃない。もちろん強さは必要だけど、使命感や責任感、弱者に対する思いやりや自己犠牲の精神も不可欠だろう。


 今はじいちゃんの時代より平和だから、勇者の称号も形骸化しているのかも知れないね。


 まあ、俺にとってはどうでもいい事だ。


 それから小一時間ほど、お茶やお茶菓子を楽しみつつじいちゃん達の話が終わるのを待った。

 パルは20分程で目覚めてケロっとしていた。「おなかすいた」と言いながらお茶菓子をばくばく食べてた。子供の回復力は凄い。


 そんな事をしていると、ようやくじいちゃんとレインが返って来た。辺境伯は別室からそのまま城に戻ったそうだ。


「あの子達の事は辺境伯に任せたからの。安心して良いそうじゃ」


 辺境伯軍が責任を持って保護者の下に送り届けてくれるらしい。それと並行して、領内の闇奴隷商の一掃にも着手するという話だ。


 行方不明だったリーザ様が無事と分かり、辺境伯の安堵は相当なものだった。早速、帝国の貴族に使者を送り、迎えに行く準備をするそうだ。

 トリュート砦跡に捕縛されているフォート達についても、辺境伯軍100人規模でカストーリに連行する予定だ。その際「義勇団」を認め、希望すれば交流を図る事になったようだ。


 レインがお世話になっていた「義勇団」は流れ者の冒険者集団だが、近隣の村々を襲う魔物や魔獣、盗賊などを討伐していたらしいので決してならず者ではない。出来れば彼らの自由を尊重しつつ、良い関係を築いて欲しいと思う。


「それで、辺境伯様から頼み事をされちまったたぜ」


 レインが少し困ったような顔で口にした。


 頼み事とは、次の目的地である「ラスター」の街の代官に手紙を届ける事。これは辺境伯から冒険者としての俺達への依頼で、要するにリーザ様の情報を齎した事に対する報酬だ。手紙を届けるだけの簡単なお仕事なのに、報酬は破格の1000万シュエル。ワンダル砦の時とはえらい違いだ。


 大いに貰い過ぎの気がするが、有り難く受け取っておこう。お金はいくらあっても困らないからね。


 城に泊まっていけ、という誘いは固辞したらしい。ナイスじいちゃん。


 その後俺達は、執事のジャイザルさんの案内で南大門に近い宿に向かった。そこは高級宿でも安宿でもない、中の上といったランクの宿。宿代は辺境伯が負担してくれるそうだ。

 これも高級宿をじいちゃんが断ったらしい。そこは高級宿でも良かったんじゃないかと思う。


「ピルルの事は何も言われなかったの?」


 宿で荷解きをしてから、気になっていた事をじいちゃんに聞いてみた。


「ああ、誰もフレスヴェルグなんて見た事はないからの。鷲型の魔物を従魔テイムしたと言ったら何も言われんかった」


 まぁ、ワイバーンやグリフォンみたいに見た感じ獰猛でもないしな。良く見たら可愛いし、言う事も聞いてくれるし、従魔テイムで誤魔化せたのならそれでいいか。


 よし、ピルルにご飯を持って行――。


「なん……だと?」


 振り返った俺の目に、ピルルが映った。


「?」

「ぴるぅ?」


 俺の驚きの声に対し、パルと肩に乗ったピルルが同じ方向に首を傾げている。可愛い。鳴き声が一段高くなっている。


「ピ、ピルル!? 小さくなれるのか!」

「アロ? 今更なの?」

「何度か小さくなっていたでござるよ?」

「アロ様、わざとなのだわ?」

「アロ……おぇちょっと抜けてねぇか?」


 え、俺だけ……なのか?

 横を見たらじいちゃんが口をあんぐり開けてた。じいちゃんも気付いてなかったようだ。


 そのサイズになれるんなら、闇奴隷商の檻からいつでも逃げる事が出来たよね……パルが捕まってたから、大人しくしてたって訳か。


「アロ兄ぃ、ピルルちいさくなったらいっしょにねれる?」

「そ、そうだね、もちろんだよ!」


 パルの純粋な目が眩しい。パル、俺はピルルが大きくたって一緒に寝るぞ。フワフワの羽毛が最高だからね。


 それにしても、フレスヴェルグって体の大きさを変えられるのか。これなら、街に入る時に小さくなって貰えば騒ぎにもならないな。


 宿の厩舎に預けた馬達に俺が配合した飼い葉を与え、アビーさん、ミエラ、レインと一緒に蹄の点検とブラッシングをして一日の働きを労ってから、俺達はみんなで夕食を食べに出掛けた。


 食事処もジャイザルさんが手配してくれて、さらに勘定は辺境伯持ちにしてくれていた。


 宿には大浴場があったので男女に分かれて入る。その後に部屋分けでひと悶着があった。


「あたしもアロ兄ぃと寝る!」

「私だってアロ様と寝るのだわ!」


 グノエラ、ちっちゃい子に対抗してどうする。


「わ、私も今日はアロと寝ようかな」


 ミエラが遠慮がちに口にした。まぁ俺とミエラは幼い頃からよく一緒に寝てるし、パルはまだ7歳だし、グノエラは精霊だから間違いなどは起きない。

 結果的に俺とミエラ、アビーさん、グノエラ、パルが一つの部屋、もう一つの部屋をじいちゃんとレインが使う事になった。ピルルはもちろん俺達の部屋だ。


 各部屋にベッドは2つしかない。大きい方のベッドを、ミエラ、俺、パル、グノエラの4人で使い、アビーさんはもう一つのベッドを独り占めだ。


 慕われるのは嬉しいけど、広々とベッドを使うアビーさんが羨ましいです……。


 俺の脇に潜り込むように眠るパルの体温が高くて、その温もりを感じているといつの間にか眠っていた。





 久しぶりにベッドで眠れたので体が軽い気がする。今日は朝のうちに足りなくなりそうな調味料や食材を補給し、南大門から次の街、ラスターへ出発だ。


 俺達は3つのグループに分かれて買い出しに行き準備を済ませた。


 ラスターまでは馬車で10日程の道程。途中に川があり、そこがラムスタッド辺境伯領とラスターを含めたタウロス伯爵領の領境に当たる。


 俺はみんなが戻る前に宿に戻り、一人でこっそりベイトンの街へ「長距離転移マクリス・メタスタシー」した。以前防具屋に依頼していたワイバーンの革を使った防具を受け取る為だ。


「おっ、アロじゃないか! 丁度昨日出来上がったぞ」

「ああ、タイミングが良かったです」


 防具屋の主人には、出発する時に出来上がる頃に取りに来ると伝えていた。転移の事はもちろん話していないから、まだ近くに居たと思ってるかも知れないね。


 主人から赤黒い胸当てを二組渡された。胃の辺りから首の下まで、体の前と後ろを守る革鎧だ。特に凝った装飾もないが、艶があって見栄えがいい。


「前も言ったが、ワイバーンの革だからって過信は禁物だぞ?」

「はい、分かってます。ありがとうございました」


 代金は既に支払っているので、礼を言って防具屋を出た。人目に付かない路地に入ってカストーリに転移する。


「アロ兄ぃ!」


 宿の部屋に戻ると、いきなりパルが飛び付いて来た。


「もう! アロがいないってパルが大変だったんだからね!」

「そっか……ごめんよ、パル」

「アロ兄ぃ、だまっていなくならないで」


 お腹の辺りにぐりぐりと頭を擦りつけながら、くぐもった声でお願いされた。


「うん。今度からちゃんとどこに行くか言うから」


 パルが潤んだ目で俺を見上げる。


「やくそく?」

「うん、約束」

「私にもちゃんと言ってね?」

「ミエラもごめん。次からちゃんと言うよ」


 パルとミエラからお許しをもらい、3人で厩舎に行くと出発の準備が出来ていた。


「よし、じゃあ出発しよう!」

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