第31話 勇者キリク

 貴族用の小門前で少し待っていると、ラムスタッド辺境伯の息子、キリクさんの使いと称する執事のような初老の男性が迎えに来てくれた。彼はキリクさんを出迎える為に近くまで来ていたらしい。


「キリク様から城にご案内するよう仰せつかっております」

「おお、ジャイザル殿! 久しいですなぁ」

「グランウルフ様。ご壮健で何よりでございます」

「いやぁ、もう見ての通りのじじいですじゃ!」


 ジャイザルさんはやはり辺境伯家の執事で、じいちゃんとも顔見知りのようだった。じいちゃんが俺達の事を紹介してくれて、女の子達や闇奴隷商の男達を乗せた荷馬車は制服を着た兵士達に預ける。


 ジャイザルさんが乗った馬車と、4騎の騎兵に先導されて領都中心地に近い領城へと向かった。

 俺とパルを乗せたピルル、アビーさんが御者台に座る馬車、馬に乗るレインという順で騎兵の後ろをついていく。ミエラとグノエラは馬車の客車だ。じいちゃんはジャイザルさんと一緒の馬車に乗っている。城までの道中でジャイザルさんに色々と説明してくれる筈だ。


 北門を入ってすぐの場所は、半径200メートルほどの広場になっている。そこから放射状に広い道が伸びていた。真ん中の一番広い道を進む。


 騎兵はピカピカの金属鎧を着ていて目立つが、ピルルがそれ以上に街の人々から注目を集めていた。領都カストーリでも、人間を背中に乗せて歩くデカい鳥は珍しいようだ。


 道の両側には沢山の商店が軒を連ねていた。建物も石造りの3階建て以上が多く、5階を超える建物もチラホラ見受けられる。通りを歩く人の数もベイトンとは桁違いだ。さすがは領都である。


 しばらく進むと貴族街を囲む防壁があったが、ジャイザルさんのおかげで何事もなく通過出来た。貴族街では物欲しそうにピルルを見る人が何人か居たが、俺達と一緒に居るのが辺境伯家の執事と気付き、話し掛けられる事はなかった。


 客に何かして、辺境伯のご機嫌を損ねるのはリスクが大きいと考えたのだろう。


 やがて領城を囲む城壁まで辿り着いた。門には騎兵と同じ金属鎧を着た兵士が2人立っている。

 先頭の馬車が門に近付くと、金属製の門が重そうな音を立てて開く。そこから城まではまだ結構距離がある。途中いくつもの建物があり、俺達はそのうちの一つに案内された。


「辺境伯も忙しいからの。今日は会えんかも知れん」


 客間のような場所でじいちゃんからそう言われた。確かに、王国北東部で公爵に匹敵する力を持つと言われる辺境伯が暇な訳がない。


 当初、カストーリには補給を兼ねて1泊だけする予定だった。あまり長居するのは本意ではない。何と言っても母様が王都で待っているのだから。

 正直言って辺境伯に会わないといけない理由はない。あまり時間がかかるようなら、手紙で済ませてしまおうか。詳しい事情はじいちゃんがジャイザルさんに話してくれただろうし。ジャイザルさんから辺境伯に伝えてもらえば問題ないだろう。


 そんな事を考えていると――。


「グランウルフ様! お久しぶりにございます」


 50代半ばと見られる体格の良い男性が現れた。隣にはジャイザルさんと、鎧を脱いだキリクさんを従えている。


「ラムスタッド辺境伯様。わざわざご足労いただき――」

「そのような固い挨拶は抜きにして、昔のように『クレイトン』と呼んで下され!」


 クレイトン・ラムスタッド辺境伯その人が、わざわざ城から出向いてくれたらしい。護衛の兵士や文官、侍女といった面々がわたわたしながら後から部屋に入って来る。マイペースな主人に振り回されているんだろう。


 じいちゃんが俺達の事を辺境伯に紹介してくれて、じいちゃんとレインが別室で辺境伯と話をする事になった。レインはリーザ様をファンザール帝国に逃がした経緯と、フォート・ラムスタッドを捕縛した件を説明する為に付いて行った。辺境伯に失礼な態度を取らないか心配だ。


 俺達はそのまま客間のソファに誘われ、勇者キリクさんを囲んで話をする事になった。


 パルはキリクさんの事が苦手のようで、俺の陰に隠れるように身を小さくしている。俺とミエラでパルを挟むように座って安心させた。俺の横にはグノエラ、アビーさんが座り、その向こうにキリクさんが一人掛けの椅子に座っている。


 ちなみにピルルは外で待っている。水桶とおやつ代わりの生肉を置いてきたから大丈夫だろう。


「アビー、君の強さははっきりと憶えている。また私達のパーティに加わらないか?」


 確かにアビーさんは強い。見た目は小さくて華奢な少女だが、戦えば修羅なのだ。


「君が加わってくれれば心強い」

「折角のお誘いでござるが、お断りするでござるよ」

「なっ!? なぜだ、勇者の私が誘ってるのに!?」


 キリクさんは断られると思ってなかったようだ。


「キリク殿がいれば、拙者の力など不要でござろう」


 アビーさんはちゃんとキリクさんの自尊心を満たしつつ断る。


「それはそうだが……その『アロ』君のお守りが望みなのか?」


 キリクさんの「お守り」発言にアビーさんが目を細める。ちょっとアビーさん? 殺気が漏れてますよ?


「アロ殿は拙者の主君。主君を愚弄するなら相手になるでござる」

「まあまあアビーさん、落ち着いて」


 立ち上がろうとしたアビーさんを言葉で制する。すぐ隣のグノエラは「美味しいのだわ」と言いながら優雅に紅茶を飲んでいた。勇者に興味がないのだろうが、君の方が近いんだからアビーさんを止めてよ。


「愚弄なんてする気はないさ。……そうだな、じゃあアロ君。私のパーティに入らないかい?」


 アビーさんが主君なんて言うから、俺ごと引き込もうとし始めた。


「君も冒険者なんだろう? それなら『勇者パーティ』に入る事が、どれだけ名誉な事か知ってるよね?」


 勇者とは、民を守り、国を守るものだとじいちゃんが言っていた。例え自分の身を犠牲にしても、守らなければならない、と。


 それなら、ワンダル砦が危機に陥っていた時、この勇者様はどこに居たんだ?


 その疑問には勇者本人が先んじて答えた。


「聞いたよ、ワンダル砦の事。私達はワイバーン討伐で間に合わなかったけど、君とアビーが砦を守ったそうじゃないか」

「いえ、ここに居るミエラやグノエラ、それに砦の兵や他の冒険者みんなが必死になって戦った結果です」

「ふ~ん、若いのに謙遜家なんだね」


 うるさいな。目立ちたくないだけなんだよ。


「ところで、ワイバーン討伐とは?」

「蒼竜山の麓付近にワイバーンの群れが現れてね。100体以上を私達6人だけで倒したんだ」


 蒼竜山とはリューエル王国南西部の山地にある最も高い山だ、とアビーさんが補足してくれた。


「100体のワイバーン……何種ですか?」

「何種……かは知らないけど、黒い鱗に濃い青の縞模様だったよ」


 ほう……ガイダム種か。咢の森でたまたま遭遇したアムリア種より一回り小さいが、ガイダム種もかなり美味いんだよなぁ……。


「じゅるり」


 音がした方を見ると、パルが口を開けて涎を垂らしていた。


「あれ、パルも食べた事あるの?」

「うん。パパがとってきてくれたの。すっごくおいしかった」


 美味しかったというパルの発言に、キリクさんが眉を顰める。あれ? もしかしてワイバーン食べた事ないの?


 と思っていたら、右の脇腹の辺りから「ぐすん、ぐす」と声が聞こえた。パルが俺の服を握って静かに泣いている。


「ど、どうしたのパル?」

「パ、パパのごど、ぐすっ、お、おもいだじで……」


 そうか。盗賊に襲われて、パルは家族を失ったんだ。


「失礼します」


 キリクさんに一礼して、俺はパルを抱き上げて客間から出る。ミエラも付いて来てくれた。そのまま外に出て、ピルルの所まで行った。


「ピルゥ?」


 丸くなっていたピルルは、パルの泣き声にすぐ気付いて俺達の方に近付いて来る。


「パル、ピルルも来てくれたよ」


 パルは俺の首に縋りついてわんわん泣いている。その背中をミエラが優しく摩り、ピルルはパルの左腕に頬擦りした。


 家族を亡くした幼い子に、俺は掛ける言葉を持っていない。ただ「大丈夫だよ」「みんな居るからね」と繰り返す事しか出来なかった。


 パルの気が済むまで泣かせてあげよう。


 やがて、パルは泣き疲れて俺に抱かれたまま眠ってしまった。その耳元に「俺達が守るからね」と囁く。その囁きはミエラにも届いていて、力強く頷いてくれた。


 ただ、俺の胸には一つの疑念が浮かんでいた。


 パルは、父親がワイバーンを「とってきた」と言った。ワイバーンは普通の人が敵う相手じゃない。もしパルの父がワイバーンを狩れるくらいの実力者なら、盗賊ごときにやられるだろうか?


 もちろん、何かの偶然でワイバーンの肉を手に入れただけの可能性だってある。今すぐは無理だが、いつかパルが落ち着いて話せるようになったら、事情を聞いてみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る