第30話 カストーリ・北大門前
お風呂に入った上にお腹いっぱいになったので、女の子達はみんなウトウトし始めていた。
予備の天幕と敷物、人数分の毛布を魔法袋から出し、寝床を準備する。十分とは言えないが狭い檻よりは快適に眠れるだろう。
ミエラを焚火番に残し、残りの仲間で女の子達を天幕の下に寝かしつけた。
元の場所に戻ると、パルが舟を漕ぎながらその場で待っていた。
「パルは寝ないの?」
「……んんっ、ピピルとアロ兄ちゃんといっしょにねる」
なんと。パルに随分と懐かれたようだ。ミエラを窺うと微笑ましい感じで見てくれてる。幼いから「妹枠」で見ているんだろう。
ミエラを横に呼んで、大きめの毛布を出してパルと3人で寝る事にした。するとピルルがモソモソとこちらに寄って来て蹲って目を閉じた。モコモコした羽毛の塊みたいになった。
傍にピルルが居るだけで凄く温かい。その温かさに釣られ、俺もいつの間にか眠りに落ちていた。
パル達を助けて2日後。もうすぐ領都カストーリの防壁が見えてくる頃だ。
俺は今、
俺達の右横には、ミエラが御者を務める馬車。アビーさんは女の子達を運ぶ荷馬車、じいちゃんは捕らえた男達を詰めた檻を引く荷馬車の、それぞれ御者をしてもらっている。
女の子達はもちろん檻には入っていない。荷馬車の荷台部分に簡単な柵を作って乗ってもらっている。
男達は檻の中でぎゅうぎゅう詰めだが、一昨日の夜から水や食料を与えていないので静かだ。声を出す元気もないのだろう。罪人に優しくする程お人好しじゃないからね。
荷馬車の乗り心地改善と馬の負担軽減のため、急遽「
そして、ピルルも当たり前の顔で俺達に付いて来たのだが、パルが「ピルルに乗ろう!」と誘ってくれたので一緒に乗っている。
俺はてっきり空を飛ぶのかと思ってワクワクしたのだが、普通に地面を歩いている。
何故だ。空の王者じゃないのか、ピルルよ。
まぁ、ふわっふわの羽毛の感触をたっぷりと味わえるので不満はない。ないったらない。
これまで何組かの商人や冒険者とすれ違ったが、全員がピルルを見てギョッとしていた。普通びっくりするよね。
「アロ
「おっ! ほんとだね」
パルが前方を指差しながら俺の方を振り返って報告してくれる。まだ距離があるが、背の高い建物と防壁の上の部分が見えてきた。
昨日一日で、手分けして女の子達の素性を聞いた。彼女達は王国の北部や北西部から攫われて来たようで、故郷に帰ればちゃんと親兄弟がいる事が分かった。
ただ、パルだけは事情が違った。
住んでいた村が盗賊に襲われて、たまたま近くの森にいたパルだけが助かったらしいのだ。
一人で途方に暮れ、同じ猫人族の集落を探そうと森を彷徨っていたところ、サーベルウルフの群れに襲われてしまった。
絶体絶命の中、空から颯爽と現れたのがピルルだったそうだ。群れを一掃したピルルとしばらく一緒に過ごすうちに、ピルルはすっかりパルの保護者気取りになったらしい。
しかし、森から森へ移動する途中でパルが闇奴隷商に捕まってしまった。パルを人質に取られ、ピルルは大人しく自分から檻に入ったそうだ。
人に懐かない筈のフレスヴェルグがパルと絆を結んだ理由は分からない。ピルルが特別人懐っこいだけの可能性も大いにある。現に俺にも凄く懐いているし。
その話は置いておくとして、保護者が居る女の子達はラムスタッド辺境伯に任せる事にした。
じいちゃんが「リーザ嬢の情報を渡せば、それくらいはやってくれるじゃろ。フォートもやらかしたしの」と言っていた。
問題はパルとピルルだ。
幼いパルを一人には出来ないし、ピルルがどんな問題を引き寄せるかも分からない。
みんなで話し合って、パルとピルルさえ嫌じゃなければ、このまま一緒に王都に連れて行く事に決めた。パルに聞いてみたら「いっしょに行く!」と即答だった。ピルルは嬉しそうに「ピルルゥゥゥ!」と鳴いたので、多分了承したんだと思う。多分だけど。
パルの俺に対する呼び方も「アロ兄ちゃん」から「アロ兄ぃ」に変わった。
じいちゃんの事は「じいちゃ」。
お姉さん達3人の事は「ミエラ
レインのことだけは「レイン」と呼び捨てである。パルの中でどういう基準になっているのかは分からない。レインは特に気にしていないようだ。
俺は3台目の馬車の所まで下がるようピルルに伝える。
ピルルには手綱も鞍もつけていない。羽毛がフカフカなので腰近くまで埋もれ、体が固定されるのだ。移動の速さや方向は、言葉にするとちゃんと伝わるので凄い。
「じいちゃん、あれがカストーリ?」
「おお、そうじゃ。儂もここに来るのは12~13年ぶりじゃな」
辺境伯から頼まれて幼いフォートに剣術を教えていたのだが、フォートの家で家督相続の問題が持ち上がり、その時に預かっていたフォートを送る為に来たのが最後だと言う。
その時に彼の実家で問題がなければ、今頃俺はじいちゃんと一緒に居なかったか、フォートが兄弟子のような存在になっていたかも知れないな。
「パル、あれがカストーリだって」
「かすとりぃ?」
「カストーリ、っていう大きな街。領都なんだ」
「りょーと」
「そうだよ。領主様が居て、この辺りで一番大きな街だね」
「へぇー!」
ピルルに再び先頭に出るようにお願いしてからパルにカストーリである事を教えた。
昼に一度食事の為に休憩を取り、カストーリの防壁にある北門に着いたのは休憩から3時間程経ってからだった。あと2時間もすれば日が暮れる。入街には審査のようなものがあるらしく、100メートル近い列が出来ている。
(毎回街を出入りする時に何か調べられるのか? 冒険者は大変だなぁ)
などと思っていたら、大きな門の左右に馬車1台がなんとか通れるくらいの門があり、左側は貴族用、右側が冒険者用になっているみたいだ。
俺達は大半が初めてカストーリに来たので、大門から入街して「滞在証」を発行して貰う必要がある。費用は無料だそうだ。
ただ並んでいるのも暇なので、パルやミエラとお喋りしながら列が進むのを待っていると、右の門に向かっている冒険者のグループから声が掛かった。
「アビー? アビー・カッツェルじゃないですか!」
真ん中の馬車の御者台でウトウトしていたアビーさんが、その声で「ハッ!?」と背筋を伸ばして声の主を探す。
「キリク殿? おお、久しぶりでござるな!」
直前まで居眠りしていたとは思えない反応。さすがアビーさんだ。
アビーさんに声を掛けたのは、18~19歳くらいに見える男性。真っ白な鎧が眩しい。サラサラの明るい金髪と明るい緑の瞳で人のよさそうな笑顔を湛えている。
キリクと呼ばれた男性の近くには、冒険者風の男性が3名、魔法使い風の女性が2名居た。パーティメンバーだろう。
「こんな所で会えるとは……え? 後ろにいらっしゃるのは、もしやルフトハンザ・グランウルフ様ではありませんかっ!?」
自分に声が掛かるとは思っていなかったじいちゃんが軽く「ビクッ」として居住まいを正した。
「いかにも、ルフトハンザ・グランウルフじゃが。お主はどちら様かな?」
じいちゃんの返事に、キリクさんは少し顔を上気させて答える。
「お目にかかれて光栄至極です! 私はキリク・ラムスタッド、不肖の身ながら今代の
ほえー。勇者ってこんな所に普通に居るんだね。もっとこう、過酷な戦いの場にしか居ないイメージだったけど……。
ん? ラムスタッド? また辺境伯の親戚か?
「ところでアビー、その子達はどうしたんだい?」
じいちゃんと少し言葉を交わしていたキリクさんが、闇奴隷商に捕まっていた10人の女の子達に視線を送りながら尋ねた。
「ああ、この子達は――」
アビーさんが説明している間、キリクさんがチラチラと俺の方を見る。何だろう、その視線にはあまり好意は感じられない。
「アロ兄ぃ……」
「大丈夫だよ」
パルがキリクさんの視線に少し怯えている。幼女を怖がらせるとは勇者にあるまじき行為だな。
「そういう事なら、私が
一転してにこやかな笑顔を作り、アビーさんとじいちゃんにそう言うと、キリクさんは仲間達と共に冒険者が出入りする門から街の中に消えて行った。
父上、か。フォートのように親戚じゃなくて息子なんだな。
じいちゃんをチラッと見ると肩を竦められた。どうやらキリクさんの事は知らないらしい。
「アロ殿、キリク殿がああ言っているので、あっちの門の近くで待つでござる」
アビーさんは、キリクさんが勇者に任命される前、一時同じパーティに居たらしい。とは言っても特別親しいという訳でもないようだ。
いずれにしても辺境伯とはじいちゃんを通じて連絡を取るつもりだったし、ここは都合が良かったと思っておこう。
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