第29話 フレスヴェルグ

「ピルルルゥゥゥ!?」


 その、スケールのおかしな鳥(?)と目が合った。11人の女の子達が捕まっていた檻と同じ大きさだが、ほとんど隙間がない。どうやって入れたのか首を傾げてしまう。


「お前も捕まっちゃったのかい?」

「ピルルゥゥ」


 不思議と会話が成立してる気がする。

 その馬鹿でかい鳥は、嘴や脚、爪の感じから猛禽類の特徴を備えていた。近くだと全体が分からないので少し後ろに下がって観察すると、どうやら「鷲」のようだ。鷲にしてはデカ過ぎるけど。


「ねえ、お兄ちゃん」


 服の裾が引っ張られてそちらを見ると、7~8歳に見える獣人の子が俺を見上げていた。捕まっていた子の中で一番幼く見えた猫人族ねこびとぞくの子だ。


「どうしたの?」


 俺は膝を曲げてその子と目線を合わせた。


「ピルルもたすけてあげて?」

「ピルル?」


 その子は鷲モドキを指差している。ピルルって名前なのか。大きさの割に可愛い名前だな。


「君の名前は?」

「あたしはパル。ピルルはおともだちなの」

「パルか。俺はアロっていうんだ。友達なら助けないといけないね」


 さっきみたいに「灼熱線ヒートレイ」は使えない。下手するとピルルに当たってしまう。

 物理で壊すか……。いや、気絶させた男達を檻に入れてカストーリまで運ぶ事になりそうだから出来れば壊したくない。意識を取り戻す度に気絶させるのも面倒だし。


 ここはグノエラさんの土魔法で檻の鍵を作ってもらいますか。


「みんなちょっと集まってくれる? 俺の仲間が野営してる所に連れて行くから。みんな良い人だから心配しないで。ちょっとクラっとするけど大丈夫だからね」


 これくらいの距離なら一度で全員を転移出来る。


「『長距離転移マクリス・メタスタシー』」


 一瞬の暗闇と浮遊感の後、野営地に移動した。女の子達は驚きで目を丸くしている。

 ああ、転移魔法を使える人は珍しいんだったな。後で口止めしておこう。


 突然現れた2台の馬車と女の子達に、ミエラとアビーさんがこちらに駆けて来た。


「ど、どうしたの、これ!?」

「一体何事でござるか!?」


 彼女達が違法奴隷として運ばれていた事、よく分からない謎のデカい鳥が一緒に居た事を説明する。


「グノエラ、魔法でこの錠を開ける鍵を作ってもらえないかな?」

「お安い御用なのだわ!」


 グノエラが手を当てると檻の錠が仄かに光って「カチャリ」という音がした。


「さすがグノエラ!」

「えっへん! なのだわ!」


 グノエラが腰に手を当てて豊かな胸を反らした。目のやり場に困ります。


 鍵が開いたので檻を開くと、ピルルと呼ばれた巨大な鳥が「いいの?」とでも言いたげに俺とグノエラ、最後にいつの間にか俺の隣に来て服の裾を摘まんでいたパルを見た。


 パルが俺を見上げて首を傾げるので、「大丈夫だよ」と伝える。


「ピルル、だいじょうぶだって! でておいで!」

「ピルゥゥゥ!」


 ピルルが檻から出て荷台から飛び降りると、パルが「テテテッ!」と走り寄ってその首に抱き着いた。大きな翼をわさわさと上下して喜んでいるようだ。パルは安心したのか、ちょっぴり泣いていた。


「アロ様、精霊がお礼を言ってるのだわ」

「お礼? なんで?」

「助けてくれてありがとう、って言ってるのだわ」

「そっか。うん、出来る事をしただけだから気にしないでいいって伝えてくれる?」

「分かったのだわ!」


 ミエラとアビーさんに、女の子達の事を任せる。じいちゃんは強面だし、レインは見た目が暴れん坊だから少し離れてもらったら2人がちょっと拗ねた。

 拗ねた2人は放っておいて、俺は闇奴隷商の男達を回収に向かう。ピルルが解放された事で空いた檻ごと転移し、まだ気絶してる男達を檻に詰め込み、また檻ごと野営地に戻ってきた。


 さっき拗ねていた2人に、檻の男達の監視をお願いする。グノエラにお願いして再び鍵をかけてもらった。


 ミエラや女の子達が見当たらないので周囲を見回すと、天幕の向こう側に大きな土壁が出来ている。


「アロ、女の子達をお風呂に入れるから覗いちゃダメだよ?」


 なるほど、土壁でぐるっと囲み、即席の風呂を作ったようだ。グノエラとアビーさんのコンボ技だろう。


 俺がミエラの言葉に頷くと、ミエラも壁の向こうに行くが、顔だけ出して念押しされた。


「覗いちゃダメだからね!」

「覗かないよっ!」


 これはアレか? 覗けっていうフリなのか!?


 フリの可能性を否定しきれないので土壁に近寄ったら、ピルルが居た。横を通ろうとすると嘴で襟首を掴まれた。行くな、って事らしい。


 いや、覗きませんって。ホントだよ?


「ピルルは大人しいなぁ。羽毛もフワフワだぁ」


 首や頭、翼を撫でていると、ピルルが俺に頭を擦りつけてくる。デカいのに人懐っこい。こうしていると可愛く思えてくる。目もクリクリしてるし。


「さすがアロだな! もうフレスヴェルグを手懐けたのか」


 男達の監視に飽きたのか、レインが話しながら近付いて来た。


「手懐けたって……仲良くなったって言ってよ」

「いや、普通は仲良くなれねぇ筈なんだけどな」

「へぇーそうなんだー」


 フワフワの手触りが気持ち良すぎてレインの言葉を聞き流した。


「レイン? 今『フレスヴェルグ』って言った?」

「ああ」

「もしかして、『幻獣フレスヴェルグ』のこと?」

「そうだが?」


 俺はピルルを撫でる手を止め、その顔をまじまじと見た。


「えぇーーーっ!?」

「ピルルゥゥゥウッ!?」


 俺が急に大きな声を出したものだから、ピルルもびっくりしたようだ。変な声を出した。


「あの子に凄く懐いてるみたいだけど……本当に幻獣なのかな」

「この辺りにはいない筈だがなぁ。俺も帝国北西部の山ん中で一度見た事があるだけだが」


 幻獣とは、動物や魔物、魔獣と異なり妖精や精霊に近い生き物だ。人に懐く事は滅多にないと記憶している。確かフレスヴェルグは空の王者って言われてたんじゃなかったっけ? 飛行速度は音よりも速く、雷系統の魔法を操るんだったと思う。


 ピルルに改めて目をやると、「ピルゥ?」と小首を傾げて見返してくる。可愛さは満点だが、「空の王者」の風格は……ない。


 パルがお風呂から上がったら、ピルルの事を詳しく聞いてみよう。

 もし本当に幻獣フレスヴェルグだったら、パルやピルルの身に危険が及ぶ可能性もある。世の中には珍しいものを欲しがる金持ちが結構沢山いるからな。





「アロ、みんなお風呂から上がったよ~」


 ミエラから声を掛けられるまで、性懲りもなくピルルの手触りを堪能していた。病みつきになりそう。


 ミエラがパルの手を引いて俺の所に来る。おっと、パルのお友達を独り占めしちゃいかんな。


「アロ、この子がアロにお礼を言いたいって」

「アロお兄ちゃん、あたしとピルルをたすけてくれてありがと」


 パルがミエラの手を離し、両手を添えてペコリと頭を下げる。

 お風呂に入って、本来の髪色が露になった。髪の毛は濃い銀色、耳と尻尾は黒っぽいグレー。瞳は黄色い。年齢相応の可愛い顔立ちだ。


「どういたしまして。ちゃんとお礼を言えて偉いね」

「むふー」


 思わずパルの頭を撫でてしまったが、パルは何だか嬉しそうだ。尻尾がゆらゆらと揺れている。そのままミエラとパルと連れ立って焚火の方に移動する。後ろからピルルも付いて来た。


 レインとグノエラが食事を作ってくれていた。大鍋でスープを煮込み、焚火の周りに串に刺した肉を並べて焼いている。もちろん解放した女の子達の分もある。


 食材は俺の魔法袋に大量に入っている。実は、ワンダル砦の依頼を受けた時に買った食材が余りまくっていたのだ。あの時は補給が絶たれたという話だったから、他の冒険者の分もと考えてかなり大量の食材を買ったのだが、結局それを消費する事がなかった。

 魔法袋に入れておけば食材は傷まないので、あれからずっと入れっ放しだった。今日は大量に消費出来るので逆に都合が良いくらいである。


 スープの入ったお椀と皿に取った肉串、白パンをパルの前に並べる。ピルルには焼いてない生の肉と焼いた肉、両方を大皿に盛って、水を入れた小さな樽と一緒に前に置いてあげた。


「た、たべていいの?」

「もちろん。ゆっくり食べるんだよ?」

「あい!」


 闇奴隷商に捕まっている間、まともな食事を与えられなかったのだろう。簡単な野営料理なのに、パルは物凄いご馳走を前にしたかのように目を輝かせている。周りの女の子達の中には涙ぐんでる子も居るくらいだ。


「みんな、急に食べたらお腹がびっくりするからゆっくり食べるんだよ! おかわりもあるから、焦らなくていいからね」

「「「「「はーい!」」」」」


 ゆっくりと味わいながら食事している様子を見ていると、助ける事が出来て良かったという思いがじわじわと胸に込み上げる。


 ニコニコしながら肉を頬張るパルの頭を優しく撫でながら、今後の事に思いを馳せた。

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