第28話 領都カストーリへの道中

 バルジ村に戻ると、じいちゃんは昼寝していた。何事も無かったようで何よりだ。


「ん? 何か人が増えとらん?」


 じいちゃん、ボケるのはまだ早いよ。明らかに見た事ない人がいるでしょ。


「俺はレイン。レイン・アンガードだ。あんたが元勇者のルフトハンザ・グランウルフか!」

「ああ、今はただのじじいじゃよ」


 ただのじじいは何人もの兵士を一瞬で無力化したりしないのよ。


 俺はじいちゃんに小声でレインについて、前世で家臣だった事を含めて話した。続いてフォートがした事や、リーザ様の行方についても説明した。


「なるほどのぅ。軍に裏切り者が居るかも知れんのじゃな。なら辺境伯に直接伝えるべきじゃろう」

「そう言えば、何でフォートが襲って来るって分かったの?」

「んー、奴の馬鹿丁寧な態度がどうも気に食わんでな。まぁただの勘じゃよ」


 じいちゃんは「勘」って言うけど、それは多分これまでの経験に基づく「違和感」みたいなものなんだろう。80年近く生き、そのうちの半分近くを「勇者」として過ごしたじいちゃんの「勘」は決して侮れない。


 出発の準備をしていたレインがこちらに近付いて来た。


「なぁアロ。ミエラちゃんは前世の家臣じゃねぇのか?」

「うん、違うと思う」


 レインは「そうか」と言って出発の準備に戻った。


 レインの問いは、俺自身、今まで何度も考えた事がある。

 もしかしたら、ミエラは「アリーシャ」の生まれ変わりなんじゃないかって。そうだとしても違っても、ミエラはミエラだ。大切な存在である事に変わりはない。


「アロ様?」

「ん? どうしたの、グノエラ?」

「西の方で、精霊がざわついているのだわ」

「何か危険が迫ってる?」

「分からない……もっと近付けば、精霊が教えてくれるのだわ」

「そっか。分かったら教えてね」

「任せるのだわ!」


 地の大精霊であるグノエラの言葉は無視出来ない。カストーリへの道からは少し外れているが気を付けよう。


「アロ、準備出来たわよ!」


 俺が出発の準備を手伝おうとしたら、既に終わっていた。なんかゴメン。


 馬車の客車は一応6人程度乗れるようになっているが、レインはトリュート砦から連れて来た馬に乗って行くと言う。レインの荷物も俺が持っている魔法袋に入れた。大剣なんて使わない時は邪魔なだけだしね。


 出発準備を手伝えなかった分、俺が御者を引き受ける。隣にはミエラが座った。ここまでにじいちゃんとアビーさんから操車を習いながら来たので、余程の事がない限り俺達でも問題ない。


 こうしてレインという新たな仲間も加わり、俺達は領都カストーリに向けて出発した。





 カストーリまであと2日程度の地点。陽が沈みかけてきたので街道から僅かに外れた草地で野営する事になった。

 俺が火起こしをしていると、グノエラが近寄って耳打ちする。


「アロ様。精霊のざわめきが近付いているのだわ」

「西からこっちに移動してるってこと?」

「そうなのだわ。危険ではなさそうだけど、助けを求めてるみたいなのだわ」

「助け……」


 精霊と言っても、グノエラのように強大な力を持つものは非常に少ない。殆どの精霊はタンポポの綿毛のように儚くて存在感の薄いものだ。それが集団を成す事で意識に近いものが生まれ、喜怒哀楽や恐怖などの感情を表すようになるらしい。


 そんな精霊達が助けを求めている。ただし危険ではない。どういうことだろう?


 「探索サーチ」の魔法を西に向かって使う。方角を絞ると探索距離が伸びるのだ。西2キロ先くらいの地点に集団が居る事がかろうじて分かった。えーと、20人くらいが10人くらいを囲んで移動してる感じかな?

 ん? 大きな魔力を持つものが居る。10人の塊の後ろだ。


 貴族の一団とその護衛だろうか?

 その割には、街道もない草原や低木ばかりの所を進んでいるのが解せない。


 精霊にとって危険ではなくても、俺達には危険という可能性だってある。こちらに近付いているようだし、皆の安全の為にもちょっと様子を見に行ってみよう。


「ミエラ、ちょっと西の方の様子を見てくる。ここは任せていい?」

「え、一人で行くの?」

「ああ、『飛翔フライ』で上空から見てくるだけのつもりだから」

「そう……気を付けてね」


 アビーさんにグノエラ、レインにじいちゃんまでいる。しばらく俺が居なくても大丈夫だろう。

 俺は「飛翔フライ」で上空に舞い上がった。太陽が沈む方に飛んで行く。地上から見られても巣に戻る鳥と思う筈だ。


 しばらく進むとさっき「探索サーチ」で見付けた一団が見えた。3頭立ての馬車が2台、それを囲むように22人の人間が歩いている。

 さっき感じた大きな魔力の持ち主は後ろの馬車に乗せられているようだ。馬車は荷台に大きな箱のような物を乗せ、布を被せて中が見えないようにしている。


 暗いから断言は出来ないが、どうも貴族や商人の一団には見えない。


 普通なら野営の準備をする時間だが、彼らにはそんな様子もない。と、先頭の男が東を指差しながら何か言い始めた。風魔法の「風集音ギャザノーツ」を使って音を拾う。


「おい! かなり先に明かりが見えるぞ。焚火みたいだ」

「くそ、この先は街道だな。南に折れるぞ」

「おいおい、夜だし別にいいんじゃねぇか?」

「商人だったらついでに襲っちまうか!」


 ろくでもない会話を聞いてしまったな。


「ダメだ! こいつらを運べばデカい金になるんだ。余計な事をするんじゃねぇ!」

「チッ、分かったよ」


 う~ん……。善人の会話でない事は確かだ。


 俺は聖人君子じゃないし、自分の大切なものが傷付けられる恐れがなければ面倒事には首を突っ込みたくないタイプだ。

 でもなぁ……グノエラの言ってた「精霊が助けを求めてる」って、たぶんコレだよなぁ……。


 後ろの馬車に居るの、明らかに人間じゃない。魔獣や魔族でもないし、何か精霊が助けたいって思う存在が捕まっているのかも知れない。


(……すけて)


 その時、俺の頭に直接声が聞こえたような気がした。


(おねがい、たすけて!)


 今度ははっきりと聞こえた。後ろの馬車の、やたら魔力が大きい奴じゃない。前の馬車の荷台から俺だけに向けられた言葉だ。

 俺は得意じゃないが、「精神感応テレパス」のような魔法を使える者が居るのか。助けを求める者が居るなら助けよう。馬車の周囲に居る男達はどう見ても悪人だしね。


 俺は魔法袋からマントを取り出して袖を通し、フードを深く被ってから音もなく馬車の後ろに下りた。一応変装したつもりだ。


「あのー、すみません」


 声を掛けると、男達が一斉に振り返った。


「「「誰だっ!?」」」


 全員が武器を構える。と言ってもまともな武器を持っているのは5人。他は木の棒や草刈り鎌だ。


 剣を持っているリーダーらしき男がこっちに近付いて来た。


「てめえ、どっから来やがった?」


 抜き身の剣先を俺に突きつけながら聞いてくる。


「おっと。剣なんか向けたら危ないですよ?」

「うるせーな! どっから来たって聞いてんだよ!」


 悪人ではないという万が一の可能性を考慮したのだが無駄だったようだ。


「『麻痺電撃スタンボルト』」

「「「「「ギャッ!」」」」」


 手前に居る5人に向けて電撃をお見舞いする。リーダーっぽい奴も含めてその場に倒れた。


「な、何しやがった!?」


 向かって来る4人、その場で棒立ちになった6人に向けて電撃。残りの5人は逃げようとしたので、「加速アクセラ」で先回りして電撃。2人だけ、武器を捨ててその場に蹲ったのでお仕置きはナシにしてあげた。

 と思ったら、その2人が懐からナイフを抜いて同時に襲い掛かってきたので、掌打を顎に当てて意識を刈り取った。


 結局、馬車の周りにいた22人全員を無力化してしまったな……どうしようコレ。


 兎に角、奴らが何を運んでいたかを確かめよう。先に前にいた馬車の布を捲ってみた。


「はぁー。やっぱりか……」


 それは鉄の檻になっていて、中にはボロい服を纏った人間と獣人が捕まっていた。数えてみると獣人が7人、人間が5人。俺と年齢が変わらないような、女の子ばかりだ。


 リューエル王国では、借金を返す為に奴隷になった一般奴隷と、罪を犯して奴隷に落とされた犯罪奴隷以外は違法である。彼女達は、好事家に売る為にどこかから攫われて来たのだと思われる。もちろん違法行為だ。

 地面に倒れている男達は、闇奴隷商か、その雇われだろう。


 みんな疲れて、怯えた目をしている。倒れた男のポケットから鉄格子の鍵を探すが見つからない。

 なんか腹が立ってきたので、魔法袋から縄を取り出し男達を縛って近くの木に括り付けた。縄は冒険者の必需品だよね。


「みんな、危ないから奥に行ってくれる?」


 出来るだけ優しい声でお願いしてみる。全員が檻の奥に固まったのを確認してから「灼熱線ヒートレイ」で入口をぶった切った。

 一人一人手を貸して地面に降ろす。魔法袋からコップを取り出し、飲み水の入った樽を地面に置いた。


「喉が渇いてる人はこの水を飲んでね」


 さて、後ろの馬車だ。精霊は「危険はない」って言ってたらしいけど……。意を決して布を捲る。


 そこには、馬よりも大きな鳥が居た。

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