第27話 レイン・アンガード

「『魔法障壁シールド』!」


 アビーさんが一瞬で障壁を展開する。


「『麻痺電撃スタンボルト』」


 俺達を取り囲む騎兵に向けて、弱めの「麻痺電撃スタンボルト」を放った。

 なんで弱めかって? 馬が可哀想だからに決まってるじゃないか。


 電撃を受けた馬達は、驚いて棹立ちになったり尻跳ねしたりで次々と騎兵が落馬する。彼らにも電撃が通っているが、気絶させる程ではない。


「グノエラ、ミエラを頼む」

「任されたのだわ!」

「アロ!」

「大丈夫、少し待ってて」


 魔法使いの一人が体を起こし、俺に向けて「魔法矢マジックアロー」を放とうとしていた。

 その選択は正解だ。無属性の「魔法矢マジックアロー」は素早く撃てるし連射も利く。


「『抗魔法アンチマジック』」


 だが、無属性の単純な攻撃だけに打ち消すのも容易い。俺は魔法使いに向かって駆け、鞘に入ったままのロングソードを打ち付けた。通り過ぎ様に4人の騎兵の意識を刈り取りながら。


 振り返ると、アビーさんが槍の石突で次々と兵を無力化していた。「ゴスッ、ゴスッ」と尋常じゃない音がする。アビーさん、殺してませんよね?


 俺も残りの兵を殴ったり鞘で打ちのめして気絶させた。小隊を全滅させるのに1分も掛かっていない。


 赤髪の男の方を見ると、フォートと激しく打ち合っていた。


「オラオラァ! 『竜殺し』はそんなもんか!?」


 フォートってばすっかり性格が変わってる。こっちが素なんだろうな。


 自分で王国5指に入るって言うだけあって、フォートの剣筋は鋭い。一撃一撃も重そうだ。だが、刮目すべきは赤髪の男だろう。身の丈を超える大剣を右手一本で操り、フォートの剣撃を全て受け流している。チラチラとこっちを見る余裕さえあるようだ。


「向こうは終わったみてぇだな。じゃ、そろそろ行くぜ」


 フォートは自分が優勢だと錯覚していたようだ。相手が防戦一方だとそんな風に感じてしまう事もある。

 赤髪の男が、大剣の柄をで持った。フォートが振り下ろした剣を、受け流すのではなく真っ向から受ける。「キン」と甲高い音がして、フォートのロングソードが真っ二つに折れた。


「なっ!?」

「ほらよっ」

「ブホゥ!?」


 赤髪の男は、大剣の腹でフォートの胴を薙いだ。大剣の剣速はロングソードと大差ない。恐ろしい膂力と研ぎ澄まされた剣技だ。

 フォートはそのまま横に吹っ飛び、口から泡を吐いて白目をむいていた。


 赤髪の男が、フォートを見て「フン」と鼻を鳴らしながらこちらへ近付いて来る。


「坊主達もこいつに騙されたクチだな」

「ええ、そうみたいです」


 周りの木々の陰から、冒険者風の男達が姿を現した。ずっと様子を見ていたようだ。


「どうせリーザの嬢ちゃんがどうのこうのって言われたんだろ?」

「リーザ・ラムスタッド様をご存知なんですか?」

「ご存知もなにも、嬢ちゃんを逃がしたのは俺だからなぁ」

「逃がした? どういうことでしょう?」

「教えるのは構わねぇが、その前に手合わせだ」

「は?」


 どこに手合わせする流れがあった?


「俺はな、自分が仕える相手をずっと探してんだ」

「へー」


 それと手合わせと何の関係が?

 男が大剣を振り下ろして来る。俺はロングソードを斜めにしてそれを受け流した。


「お前、さっき使ったの『抗魔法アンチマジック』だろ」


 ん? 「抗魔法アンチマジック」を知ってるのか?

 今度は大剣の横薙ぎ。速い! 「魔法障壁シールド」で受け止めるが一撃で破壊された。


「その魔法を使える人を、俺は一人しか知らねぇ」


 まぁ、俺が前世で作った魔法だからなぁ。

 「身体強化ブースト」と「加速アクセラ」を重ね掛けする。鋭い突きを半身になりつつ剣で受け流した。


「俺の名はレイン・アンガード。前世では『瞬剣』って呼ばれてた」


 レインがニヤリと歯を見せて嗤った。真っ赤な髪、緑の瞳、野性味溢れる顔立ち。

 その皮肉っぽい笑い方。見覚えがある。


「『瞬剣』……レイラ? レイラ・クルツァートか!」


 両手持ちした大剣の振り下ろしを、レインは途中で止めた。

 いやしかし、レイラはかなりワイルド系ではあったけど、れっきとした女性だったよね?

 これはアレか。アビーさんの逆パターンか。


 レインが大剣を地面に突き刺し、俺の前に跪いて頭を垂れた。


「やはりシュタイン陛下ですね……やっと会えました」

「あ、いや、頭を上げてもらえます? それに俺はアロって名前ですし」


 頭を上げたレインの瞳は涙で潤んでいた。野性味溢れるイケメンからうるうるした目で見られて喜ぶ趣味はない。ないったらない。


 周りを見ると、ミエラとアビーさん、それにグノエラまで生温かい目で俺達を見ている。グノエラなんてうんうん頷いてるけど、何を納得したの?


「激しい戦いの末、固い友情で結ばれる……お約束なのだわ!」


 何を言っているのか全然分からない。何故ミエラとアビーさんはそこで頷くんだ?


 まぁ兎に角、「竜殺し」のレイン・アンガードとはこれ以上戦わずに済んだ。後はフォート達だが、これどうしよう?





 俺達は、レインに案内されて崩れかけの砦の中に案内された。意外な事に中は補強がされた上、清潔な生活スペースが作られている。


 フォートを始めとした小隊の面々は縛られて地下牢に放り込まれた。砦だったので元から地下牢があったらしい。

 乗って来た馬達は、ここを拠点にしている「義勇団」の皆さんが世話をしてくれている。


 リビングのように整えられた部屋で、俺達は改めて自己紹介をした。


 レインは東の隣国「ファンザール帝国」の出身。そこで冒険者としてミスリル・ランクになったが、帝国貴族の謀略で無実の罪を着せられ、リューエル王国に流れて来たらしい。

 空腹で行き倒れになりかけた所を助けてくれたのが「義勇団」で、半年くらい前からここをねぐらにしているそうだ。

 別に「義勇団」のリーダーという訳ではないと言っていた。


「それで、リーザ・ラムスタッド様を逃がしたっていうのは?」

「何やら命を狙われてるってんで、俺と何人かで帝国まで連れて行って、知り合いの貴族に預けて来たんだよ」


 レインは砕けた口調で教えてくれる。前世のレイラも丁寧な言葉が苦手だったなぁ。俺は気にしないから楽な喋り方をするように告げた。ついでに俺のことは「アロ」と呼び捨てで構わないと言ったら例の笑い方で喜んだ。


「辺境伯軍が絡んでるって言ってたから、案外嬢ちゃんの命を狙ってたのは今日のアイツかも知れねぇな」


 フォートはレインと俺を殺して「勇者」がどうのこうの言ってたけど、リーザ様を亡き者にするのも関係あるんだろうか。


 しかし、出発の時じいちゃんが「後ろに気を付けろ」って言ってたのはフォートの事だったんだな。何で分かったんだろう。後で聞いてみよう。って言うかじいちゃんの方は大丈夫かな。一人で残してきたから心配だ。


 じいちゃんはラムスタッド辺境伯と知り合いみたいだったし、直接辺境伯にフォート達の事とリーザ様の事を伝えた方が良いだろう。


「レイン、俺達は戻らなきゃならない。フォート達の事は任せていいかな?」

「ああ、って言うか俺も一緒に行く」

「へ?」

「言っただろう? 仕える相手を探してたって」

「うん、言ってたね」

「やっと見つけたんだ。付いて来るな、なんて言わねぇよな?」


 付いて来るなって言っても付いて来るんでしょ、どうせ。まぁ言わないけどさ。

 「義勇団」には元高ランク冒険者が何人も居るから、フォート達の事を任せても問題ないそうだ。


「ねぇレイン、ほんとに竜を倒したの?」

「いや、俺が倒したのは亜竜だよ。ちょっとでっかい地竜だった」


 亜竜とは言え、地竜を倒したなら称賛に値する。あの大剣捌きは伊達じゃないんだな。


「ああ、そう言えば。こちらのアビーさん、前世は『カイザー・ブレイン』だから」

「はああっ!?」


 分かるよ、その反応。


「『槍王』のカイザー!? このちっこいのが!?」

「失礼でござるな。だいたいお主も前世は女、人の事は言えぬでござろう?」

「ぶはっ! それにしても違い過ぎるだろ!」


 アビーさんが「失礼な!」と言いながら、レインをポカポカと叩いているが、レインはツボに嵌ったのか蹲って背中を震わせながら笑っていた。


 ちなみにグノエラの事は一目で分かったらしい。なら何で斬りかかって来たのかな?

 まぁ細かい事はいいか。そろそろ、家臣達が何で俺を追うように転生しているのか聞く必要がある。答えは聞くまでもない気がするけどね。


「よし、じいちゃんの事も気になるから、村に帰ろう」

「そうだね!」


 俺はミエラの手を引いて砦の外に出た。

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