第26話 突然の依頼

 フォートさん達に先導され、俺達は領都カストーリへの途中にあるバルジ村で一休みする事になった。

 じいちゃんと俺が倒してしまった兵士達は荷馬車でどこかに運ばれて行った。余罪が無ければ下級兵士からやり直し、もし余罪があったら犯罪奴隷として鉱山送りだそうだ。


 あの難癖の付け方は手慣れてたから、きっと他にも同じような事をやっているだろう。


「ラムスタッド辺境伯の次女、リーザ様が行方不明なのです」


 辺境伯軍の兵士が街道を封鎖していたのは、この件が原因らしい。


 フォートさんのフルネームはフォート・ラムスタッド。辺境伯の弟を父に持ち、現在は辺境伯軍で中将を務める猛者らしい。行方不明のリーザ様とはに当たる。

 俺がじいちゃんから保護される前、フォートさんが幼い頃にじいちゃんから剣術を指南してもらっていたそうだ。ラムスタッド辺境伯が直接じいちゃんに頼んだのだとか。


 今は俺とじいちゃんが御者台に座っていて、すぐ横にフォートさんが馬を寄せて3人で話をしていた。俺の事はじいちゃんが「孫だ」と紹介してくれた。


「もしや、ワンダル砦で悪魔を討ち取ったという冒険者では?」


 あれから10日程しか経ってないのに、耳が早いな。


「ああ、それは客車にいる女性達の助けがあったからなんです」

「ほほぅ。あの茶色い髪の女性もですか?」

「グノエラですね。もちろん彼女も助けてくれました」


 フォートさんはグノエラをロックオンしているのか。グノエラ、砦のワーデル副団長といい、モテモテだな。

 などと思っていたが、一部俺の勘違いである事が間もなく判明する。


 バルジ村に到着すると、フォートさんは見た目の良い女性に片っ端から声を掛け始めた。


「あなたのように美しい女性がこの村にいらっしゃったのですね!」

「まるで花のように綺麗です!」

「こんな所に天使がいたとは!」


 ……歯の浮くような台詞が立て板に水を流すようにポンポン出て来る。女性達も、綺麗な顔立ちのフォートさんから声を掛けられて満更でもないようだ。

 なるほど、フォートさんはグノエラを狙っていた訳ではなく、単なる女好きなんだな。


 バルジ村には120人程の騎兵と兵士が居て、リーザ・ラムスタッド様の捜索隊を編成しているようだった。20人ずつの小隊に分かれて捜索に向かうようだ。


 俺達は空いている天幕を借りて休憩した。くびきを外して馬達に水と飼い葉を与える。軛を引っ張る綱が擦れて怪我をしていないか確かめる。うん、問題ないようだな。「浮遊フロート」の魔法具で馬達の負担はかなり減っているのだ。


 少し早いが、俺達も昼食を摂る事にした。辺境伯軍が作った石の竃があったので、断りを入れてから拝借する。

 魔法袋から鍋や包丁、食材を取り出して調理を始めた。ミエラが横で野菜の皮むきをしてくれている。


 メニューは野菜たっぷりのスープ、ボア肉の炙り、そして白パンだ。


 俺達が食事を摂っているとフォートさんが近付いて来た。


「お食事中失礼。ハンザ殿、ちょっと頼みがあるのですが」

「儂はただの付き添い。儂らのリーダーは孫のアロじゃ。頼みならアロに言うが良いぞ?」


 え。俺ってリーダーたったのか。


「……アロ殿、ここから東に馬で1時間程の場所に『義勇団』と名乗る集団がいるとの情報が入りました」

「あ、はい」

「村人の話では盗賊の類ではないようですが、リーザ様がそこに居る可能性があります」

「はあ」

「『悪魔殺し』の腕を見込んで、我らの手助けをしてもらえないでしょうか?」


 なんでそうなる。


「『義勇団』を率いているのは『竜殺し』のレイン・アンガードらしいのです」


 誰それ?


 俺の気持ちを見透かしたようにアビーさんが耳打ちして教えてくれた。

 竜殺しのレイン・アンガードは、数年前に他国から流れてきた冒険者で、そのランクは「ミスリル」らしい。まだ20歳くらいの細身の男なのに、身の丈以上の大剣を軽々と扱うという話だ。


 そんな優れた冒険者が、どうして『義勇団』なる集団を率いているんだろう?


「私も長剣の腕では国で5本の指に入ると自負しておりますが、もし『竜殺し』と敵対する事になれば、恥ずかしながら辺境伯軍には私の他に太刀打ち出来る者がおりません」


 ミスリル・ランクと言えば、一人で兵士100人以上の強さを誇ると言われている。


「つまり、軍の損耗を避ける為に俺達の助力が欲しいと?」

「……有体ありていに言えばその通りです」


 辺境伯軍の盾になれって事か。


 何でわざわざ自分から危険に首を突っ込まなきゃいけない? そこにリーザ様が居るとも限らないし、居るとしても俺達には無関係じゃないか。うん、断ろう。


「『竜殺し』でござるか。どんな男か、拙者胸が高鳴るでござるよ!」


 え? ちょっとアビーさん?


「ミスリル・ランクがどのくらい強いのか、興味はあるわ」


 ミエラまで何言ってるのかな?


「たかがトカゲを殺したくらいで粋がってる男なんて相手じゃないのだわ!」


 グノエラ、トカゲじゃないし、粋がってるかどうかも分からないじゃないか。


 あれー? うちの女性陣って戦闘狂揃いだっけ? それとも俺がおかしいのか?

 助けを求めるためにじいちゃんに目をやると、すっと目を逸らされた。この薄情者め。


 仕方ない。辺境伯軍に恩を売っておいても損にはならないだろう。


「分かりました。でも俺達は冒険者です。無料奉仕ボランティアという訳にはいきません」

「もちろんだとも! 報酬は軍からちゃんと支払おう」


 という事で、前払いで50万シュエルを受け取った。国より気前が良い気がする。

 もし「義勇団」や「竜殺し」と戦闘になった場合、働きに応じて追加報酬を受け取る事も言質を取った。


 じいちゃんと馬達はここで留守番してもらう事にして、俺とミエラ、アビーさん、グノエラの4人が辺境伯軍の小隊20人と一緒に向かう事に決まった。小隊長は一時的にフォートさんが務める。


「アロ、後ろにも気を付けるんじゃぞ」


 出発の時、じいちゃんから小声で言われた。敵に包囲されるって事だろうか?

 この言葉の意味は後で知る事になる。





 俺達は4頭の馬に乗って小隊の後ろに付いている。小隊も全員騎兵だ。魔法使いらしきローブを着た男性も2人居る。それ以外は全員槍か長剣を持っていて、盾持ちが居ない。魔法使いの一人が障壁を張れるから不要なんだそうだ。


 東に向かって30分程走ると、先行していた小隊の斥候が戻って来た。報告を聞いたフォートさんが俺達の所まで来て教えてくれる。


「もうしばらく進むと森になります。馬一頭が進める程度の道があるそうです。その先には『トリュート砦』の跡地があります」

「跡地ですか?」

「ええ、大昔に放棄された砦です。おそらくそこが『義勇団』の根城でしょう」

「分かりました」


 馬一頭分の道って罠っぽいよな……。まぁそんな事はフォートさんも分かってるだろう。斥候も居るし、フォートさんは中将だから戦には明るい筈だ。お任せしよう。


 やがて森が見えてきた。小隊は一列になって森に入って行く。俺達は殿しんがりとしてそれに付いて行った。

 森と言っても「咢の森」ほど暗くはない。木々は密集しておらず、いざとなれば馬で木の間を通れそうだ。今進んでいるのは下草が生えていない獣道のような所で、明らかに人や馬が通った跡がある。確かに、この先に誰かが居るのは間違いないようだ。


 心配していた罠や襲撃もなく、開けた場所に辿り着いた。

 目の前には崩れかけた石造りの建物。これが放棄されたと言う「トリュート砦」なのだろう。


「我々は辺境伯軍の者だ! 誰か居ないか!?」


 フォートさんが大声を上げる。誰か居ないかって、上手く隠れているけど気配が沢山あるじゃないか。まさか気付いていないのか?


 既に囲まれている。相手は50人を下らない。だが攻撃して来る気配はまだない。様子見をしている感じだ。

 そして、不思議な事にフォートさんの部下達が、を囲むような位置取りをしている。


 ん~? 何コレ。


「辺境伯軍のお貴族様が、こんな所に何の用だぁ?」


 その時、崩れた建物の陰から真っ赤な髪の男が現れた。細身なのに、身の丈を超える大剣を携えている。


「ハッハー! 本当に居たんだな、『竜殺し』! ノコノコ出て来るとは!」


 あれ? フォートさん、口調が変わってますよ?


「ここでお前を殺し、この坊主達も殺せば……俺は『竜殺し』と『悪魔殺し』を倒した英雄になれる! 次の『勇者』はこの俺だ!」


 えーと、リーザ様の事は良いのかな?


「ほぉ~う、『悪魔殺し』か。面白ぇ、手合わせしようぜ」

「お前の相手は俺だっ!」


 フォートさん改めフォートがロングソードを抜いて赤髪の男に躍りかかる。

 同時に、俺達に向かって「魔法矢マジックアロー」の雨が降り注いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る