第25話 旅路

 ベイトンを旅立ち、南西に向かって4日経った。

 初夏の空は薄い雲が浮かんでいるだけで、どこまでも青い。街道沿いの草木は明るい黄緑色で、時折吹く風に靡く様は緑の波のようだ。


 ベイトンを出発する前に冒険者ギルドでお世話になった人達に挨拶をして回った。


 解体場主任であるガストンさんが一番気落ちしていた。「もう状態のいい魔獣は手に入らないのか……」と嘆いていたな。

 受付のノエルさんからは熱い抱擁をされた。グノエラに勝るとも劣らない豊かな胸に顔が埋まり、少しだけ生命の危機を感じた。

 ギルドマスターのヴィンセントさんからは「いつでも遊びに来い」と言われた。遊びって……。


 顔見知りになった冒険者はアクリエムの人達くらいだったので、一応王都に向かう事を告げた。冒険者はあちこち拠点を変えるから、またどこかで会う事もあるだろう。


 そうして出発した訳だが、馬車には「浮遊フロート」と「衝撃緩和レリーフ」の他、新たに製作した「気温調整エア・コントロール」の魔法具を客車に取り付けた。

 今の季節、気温は丁度良いので必要ないかも知れないが、真夏や真冬の客室内は地獄なのだ。備えあれば患いなし、である。


 野営に必要な物資は全て魔法袋に入れている。天幕や調理器具、水や食料などだ。特に水や食料は、魔法袋に入れておくと腐らないので非常に重宝する。


「ところでアビーさん」

「なんでござる?」

「ずっとその姿なの?」


 今は御者台にじいちゃんとミエラが座っていて、客室内は俺とグノエラ、アビーさんの3人だ。

 アビーさんは魔族なのに、ずっと人間の姿をしているのが気になって今更だけど聞いてみた。


「そうでござる。こっちの方が可愛いのでござるよ!」

「お、おぅ……」


 前世のゴリマッチョな姿が脳裏をよぎる。ぶるぶると頭を振って「槍王・カイザー・ブレイン」の姿を振り払った。


「そ、そっか。可愛い方がいいもんね」

「そうでござる!」


 向かいの席で、きゅるんと音がしそうなポーズをキメたアビーさん。ツインテールが揺れる。16歳という設定だが、見た目はミエラより幼いから割とそのポーズが似合っていた。


 もうカイザーの事は忘れよう。本人もたぶん忘れてる。

 俺はアビーさんからそっと目を逸らし、窓の外の風景に集中した。


 今向かっているのは「カストーリ」という都市だ。


 マルフ村、ベイトン、そして領都カストーリを含む広大な領地を治めているのは「クレイトン・ラムスタッド辺境伯」。リューエル王国北東部で最も力のある貴族だそうだ。

 俺は全然興味がなくて知らなかったのだが、ミエラさえ知っていたので驚いた。ミエラからは「常識よ」と呆れられてしまった。


 ちなみに、カストーリから西へ行くとワンダル砦に辿り着くが、その辺りは王家の直轄地らしい。


 とにかく、王国北東部で最大の都市であるカストーリに向かっている。


 ベイトンからここに至るまで、俺達が通っている街道沿いには宿もない小さな村が一つあっただけ。他の道を行けば、村や町は結構あるそうだ。


 まだ見ぬカストーリの街に思いを馳せていると、馬車が速度を落とし始め、やがて止まった。御者台との間にある小窓を開けて尋ねる。


「どうしたの?」

「兵の恰好をした人達が道を塞いでるの」

「あの制服は辺境伯軍じゃな」

「何かあったのかな?」


 俺達が会話している間に、街道を封鎖している一団から馬に乗った兵士が近付いて来た。革鎧に鉄製の兜を被り帯剣した男性のようだ。


「我々はラムスタッド辺境伯軍だ! 馬車を検めさせてもらう!」


 ミエラを残し、じいちゃんが御者台から下りる。俺達3人も客室から外に出た。馬に乗った兵士以外に、4人の兵がこちらに走って来る。彼らは馬の男と同様の革鎧と、長槍に盾を装備していた。

 俺は念の為に鞘に入ったままのロングソードを、アビーさんは穂を布で包んだ槍を手にしている。


「馬車を検めるのは構わんが、老人と女子供相手に些か大仰じゃな」


 じいちゃんの嫌味に、馬上の男が睨みを利かせる。


「おい! 見た事のない魔法具があるぞ!」

「こいつら怪しいな」


 馬車の中を調べていた兵が声を上げた。一人は客車の天井に付けていた「気温調整エア・コントロール」の魔法具を手に取っている。無理矢理外したのだろうか。


「おい、これは何の魔法具だ!?」

「何って、儂の孫が作った物じゃよ。本人に聞けばどうじゃ?」

「貴様、口答えするか!」


 兵が槍の石突の方でじいちゃんを打ち据えようと振りかぶる。咄嗟に前へ出ようとしたが、その前にじいちゃんが槍を片手で受け止めた。


「まったく……なっとらんの。辺境伯軍の名が泣くぞ?」


 槍を受け止められた男は顔を真っ赤にしてじいちゃんの手を振り解こうとしているが、逆にじいちゃんに振り回されて槍を手放してしまった。


 その様子に残された3人の兵士が槍の穂先をじいちゃんに向ける。あーあ、馬上の人は剣を抜いちゃったよ。


「貴様、抵抗するのかっ!?」


 先の方で固まっていた兵士達がこちらに向かって来る。20人くらいかな? その足元に3本の矢が刺さった。ミエラが御者台で立ち上がり、いつの間にか弓を構えていた。


「それ以上近付いたら当てる!」


 向こうの兵士達はミエラに気圧されて動けないでいる。11歳の少女に迫力で負けるとか、本当に辺境伯軍の兵士だろうか?


 馬の人がミエラに向かったので、俺は御者台に飛び乗って振り下ろされた剣を鞘で受け止めた。


「今殺す気で剣を振りましたね?」

「ひっ」


 おっと、不味い。思わず殺気が漏れてしまった。兵が乗る馬が後退り、兵がバランスを崩した所で襟首を掴んで地面に叩き落とした。もう一発殴ろうと思ったら落ちた衝撃で気絶してたよ。


 後ろを振り返るとじいちゃんを囲んでいた兵は3人とも倒れていた。最初に槍を奪われた兵は腰が抜けたように動けないでいる。勿論、じいちゃんは怪我一つしていない。奪った槍さえ使わず素手で倒してしまったようだ。


 俺は地面に転がっている魔法具を拾い上げた。せっかく作ったんだから大切に扱って欲しい。


「これは何の騒ぎだ!?」


 気付いてはいたが、ようやく近くまで来たか。ミエラの弓で釘付けにされた兵士達の後ろに、10人の騎兵が集まっていた。全員金属の鎧を身に着け、兜は被っていない。先頭に居た一際高価そうな白い鎧の男性が馬上から誰かに問うている。


 男性……だよな? 声が男だったし。長く伸ばしたサラサラの金髪を後ろで一つに結び、女性と見紛うような綺麗な顔立ちをしている。その青い瞳が俺達を一人一人見定め、じいちゃんの所で止まった。大きく目を見開いているのは、驚きだろうか?


「まさか……グランウルフ殿ではありませんか!?」


 綺麗な顔の男性が、馬から降りてじいちゃんに近付いて来る。じいちゃんがミエラに向かって「大丈夫じゃ」と声を掛けた。


「いかにも、ルフトハンザ・グランウルフじゃ。そう言うお主は……フォート坊か?」

「ハンザ殿、お久しぶりでございます! 坊は止めてください、もう19になりましたから!」


 鎧からカチャカチャと音を鳴らしながら、フォートと呼ばれた男性がじいちゃんと親し気な挨拶を交わした。


 じいちゃんが簡単に事情を説明し、フォートさんは騎兵と街道を塞いでいた兵にいくつか指示を出した。


「アロ、フォートは辺境伯の甥っこじゃよ」

「ハンザ殿、それにお連れの皆様。うちの兵が大変な無礼を働きました。お詫び申し上げます」


 そう言ってフォートさんは俺達に頭を下げた。辺境伯の甥なら貴族の筈だが、平民を見下したりはしていないらしい。好感が持てる人だ。


「麗しいレディ、お怪我はありませんか?」

「だわっ!?」


 フォートさんは俺でもギリギリ見えるくらいの速さでグノエラの前に跪き、その手を取って何やら気遣っていた。グノエラも突然の事で反応がおかしい。


 ミエラやアビーさんに目もくれない所を見ると少女趣味ロリコンではないようだ。

 グノエラは素早くフォートさんの手を振り解き、俺の後ろに隠れた。


「アロ様、この人コワいのだわ」


 当のフォートさんはそれでもにこやかな笑みを崩さない。さっき抱いた好感は間違いだったかも知れないな。

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