第13話 アビーという冒険者

「アロ・グランウルフ殿。是非拙者と手合わせ願いたい」

「嫌です」

「ミエラ殿――」

「お断り」


 ワイバーンを倒した事で、アイアンからいきなりシルバー・ランクに昇格して2週間。

 俺とミエラは週に5~6回、ひとりの先輩冒険者から模擬戦を申し込まれては断るという事を繰り返していた。


 その人の名はアビー・カッツェルさん。ギルドのノエルさん情報によれば16歳でゴールド・ランク、主にソロで活動している。若い女性で、成人からわずか1年でゴールドになったって事でベイトンの街では結構有名な冒険者らしい。


 女性で一人称が「拙者」……個性的だ。


 ちなみにワイバーンのお肉はステーキにして美味しく頂きました。

 美味しくて懐かしくて、食べながら泣いてしまった。それを見たミエラが爆笑してたのも良い思い出である。お肉はまだ8キロは残っているのでしばらくは楽しめそうだ。


 話が逸れた。

 実は、シルバー・ランクに上がった事で他の冒険者からやっかみや嫌がらせがあるのではと危惧していた。

 いつもギルドに行くのは夕方の少し前で混雑を避けていた。それでこれまでは新人に絡んで来るような冒険者と鉢合わせする事がなかったのだ。

 でも11歳の二人組で、登録から1ヵ月でシルバーはさすがに目立つ。いよいよ絡まれる事も覚悟しなければ、と思っていた。


 しかし、その「絡み」は想像の斜め上だった。まさかしつこく「手合わせ」を乞われるとは思っていなかった。


「拙者、悪い冒険者ではござらんよ? 純粋に手合わせしたいだけでござる」

「僕は純粋に手合わせしたくないだけです」

「私も」


 週に5~6回、つまり狩りに出る日はほぼ毎日だが、それだけの頻度で話し掛けて来て、しかも女性だからミエラもすっかり慣れている。

 いや、アビーさんの見た目がそうさせるのかも知れない。ミエラと同じくらいか、下手すると年下に見えるのだ。背も同じくらいだし。胸は……成長途中のミエラよりも控え目だし。

 いやはっきり言おう。ぺったんこである。


 だが持っている武器は大きい。アビーさんの背丈より長い槍だ。穂は幅の広い刃物になっていて、突くだけでなく斬る事も出来るタイプだ。


 この幼い見た目でゴールド・ランク。見かけに騙されては駄目だ。


「僕と模擬戦しても、アビーさんには得るものがないですって」

「そんな事はやってみなければ分からないでござる」


 ……こんな感じで、いくら断ってもへこたれない。鋼のメンタルだ。これくらいでなければゴールド・ランクにはなれないのかも知れない。


 ただ、俺が模擬戦を断っているのは面倒臭いからではない。……多少はあるが、アビーさんがで、しかもかなり強そうだというのが理由なのだ。


 とてもうまく人間に偽装していると思う。長い黒髪を左右の上の方で結び、濃い茶色の瞳には好奇心が宿っている。あの右手首のブレスレットが恐らく偽装の魔法具だろう。幼い見た目にしているのもわざとかも知れない。


 なぜ彼女が魔族だと気付いたかと言うと、まず人間にしては魔力が多過ぎるし、俺にとっては魔力の質に馴染みがあった。

 それにあの魔法具に使われている偽装の術式には覚えがある。たぶん、俺が開発した物を後世で改良した品だろう。


 アビーさんが偽装してまで人間の世界で冒険者をしている理由は分からない。

 俺が予想している位の強さだったら、彼女の実力はゴールド・ランクどころではなく、ミスリル、もしかしたらオリハルコン・ランク。


 そんな彼女と模擬戦なんかしたら色々とマズい。俺が人間と魔族の混血だとバレたり、目立たないよう隠している実力もバレたりするかも知れない。彼女が魔族である以上、母様や俺を探している可能性だってある。


 つまり、俺がアビーさんと模擬戦をしても、得られるものは何もないのにリスクが大き過ぎるのだ。


「今日も駄目でござったか……でも拙者は諦めないでござるよ?」

「いや、諦めましょうよ」

「うん、諦めよう?」


 何でそんなに模擬戦したいんだ? バトルジャンキーかな?


「ではまた! さらばだ!」


 アビーさんはシュタッ! と右手を上げて爽やかに去って行った。まぁ付き纏われないだけマシかな、しつこいけど。


「……じゃあ俺達も行こっか」

「うん」


 アビーさんとは反対方向、咢の森に向かって歩き出す。

 と言っても、直ぐには森に入らない。森の手前でミエラの訓練に付き合う予定だ。


 ワイバーンの報酬で、予定よりもかなり早くお金が貯まっている。それは良いのだが、ミエラが「もっと強くなりたい」と言い出した。

 ミエラが強くなるのは俺も賛成である。だから、魔法と近接戦闘を鍛える事になった。後衛の弓使いとしては、敵に迫られた時に自衛できる力があると前衛も安心出来る。魔法については後衛として更に強化するのが目的。


 今まで3日狩りをして1日休みというリズムだったが、3日のうち半日だけ訓練に充てている。残り半日はいつも通り森に入って軽く狩りをするのだ。

 ワーウルフとサーベルウルフの効率的な狩り方を確立しているので、半日でも悪くない稼ぎになる。





 エルフの血が濃いのか、ミエラは出会った時から魔力量がかなり多かった。魔力操作の訓練はその頃から始めたが、生来の飽きっぽい性格のせいか、魔力操作にはまだまだ甘い部分がある。


 俺ですら、今でも毎日寝る前の魔力操作訓練を欠かさない。その甲斐あって、「重力操作ヴァリティタス」のような複雑な魔法や「灼熱線ヒートレイ」のような属性を収束させる魔法も無理なく使える。


 その事を伝えると、ミエラも魔力操作の大切さが分かったようで、最近では寝る前に訓練しているようだ。


 今日は「身体強化ブースト」と「加速アクセラ」の訓練を行う。

 ミエラの武器はずっと使っている短剣ショートソードだ。剣身50センチ、柄が15センチくらいでガード付きの鋼の片手剣である。


 俺は同じくらいの刃を潰した模擬剣を使って相手をする。


「片手剣は力が入りにくい。だから両手剣のように『叩き斬る』のには向かない」

「うん」

「だから、斬る時はこう、刃を滑らせる感じで」

「こう?」

「振り抜く時に少し体に引き寄せる感じ」

「ふん! こうかな?」

「そうそう!」


 しばらく基本の素振りを行った後、「身体強化ブースト」と「加速アクセラ」を教える。

 この2週間で、ミエラの魔力操作も随分と上手くなった。これまでは魔力操作の意味が分かっていなかったようで、その意味と重要性が分かった途端、訓練の質が上がったおかげである。


「『身体強化ブースト』は全身の筋肉に満遍なく魔力を纏わせる感じ」

「むっ……」

「うん、いい感じ。そのまま剣を振ってごらん?」

「むん……凄い! 剣が羽みたいに軽いよ!?」

「その軽さを忘れないで。それを維持したまま基本に忠実に素振りするんだ」


 ミエラは素直に実行してくれた。左右の手で2分ずつ素振りをすると、目に見えて息が上がってくる。


「はぁ、はぁ……」

「最初は疲れるよね。でも訓練を続ければ意識しなくても出来るようになるし、30分くらいは連続で使えるようになるよ」

「が、がんばる」


 今の俺は「減衰ディケイの腕輪」と「増強エンハンスの腕輪」を着けたままで2時間くらい連続で使えるが、普通は30分も使えれば十分だろう。


 30分くらい休憩してから「加速アクセラ」を教える。


「『加速アクセラ』は『身体強化ブースト』をもっと細かく制御する魔法だよ。イメージとしては、動かしたい部分の筋肉に魔力をたくさん流し込む感じだね」


 まずは基本である「脚」。最初は魔法を使わずに10メートルダッシュ。その時、どこの筋肉が使われているか意識する。「走る」という動作でも驚くほどたくさんの筋肉を、複雑な順序で使っている。必要な筋肉に最適なタイミングで魔力を流し込む事によって、爆発的なスピードを得られるのだ。


「む、難しい……」

「大丈夫、焦らなくていいよ。ミエラなら必ず出来るようになるから」


 それから正午くらいまで「加速アクセラ」の練習に付き合った。この分なら3ヵ月もすればモノに出来そうだ。


 持って来た弁当を食べ、1時間くらい休憩してから森に入った。ミエラは訓練で疲れている筈だから基本的には索敵だけしてもらい、狩りは俺が行う。

 いつもの方法でワーウルフ4匹とサーベルウルフ9匹を狩って、早めに帰路に就いた。


 解体場でガストンさんに獲物を渡し、いつものようにギルドで待つ。夕方よりだいぶ早い時間なのに、何だかギルドの中が慌ただしく感じる。


「アロくん、ミエラさん! ちょっといいですか?」


 またノエルさんに呼ばれ、俺達はヴィンセントさんの部屋に連れて行かれた。


「アロ、ミエラ。実はな、王国騎士団から緊急依頼が来てるんだ」

「緊急依頼、ですか」

「ああ。ここから南西にある『ワンダル砦』は知ってるか?」

「「はい」」


 ワンダル砦はリューエル王国王都の北部を守る砦である。この砦を抜かれると、間に一つ都市を挟んで次は王都だ。


「そのワンダル砦が魔族と魔獣に襲われた」

「数はどれくらいですか?」

「魔族は20人ほど。魔獣は……1000匹以上いるらしい」


 ここ30年以上人間の領域に侵攻していない魔族だが、今回の襲撃は大規模な侵攻の前触れかも知れないと言われているようだ。

 現在ワンダル砦は包囲され、騎士団が懸命に応戦しているが魔獣の数が多過ぎる。そこで近隣の冒険者にも王国から救援の依頼が出されたそうだ。


「一応シルバー・ランク以上の奴らにだけ声を掛けている。お前達の実力はゴールド以上だからな。戦力になるのは間違いない。しかしまだ歳が歳だし……もちろんこれは強制じゃない」


 ギルドマスターであるヴィンセントさんの立場では、俺達に声を掛けたと言うアリバイが欲しいだけで、実際の戦場には行かせたくないようだ。


「ワンダル砦はどこの騎士団が守ってるんですか?」

「ん? ああ、第四だ」


 第四騎士団……それは母様が結婚したヴィンデル・アルマー子爵が団長を務めている騎士団だ。つまり俺の義理の父親に当たる。会った事はないが。


「行きます」


 俺は反射的に答えていた。

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