第12話 【前世:1】シュタイン・アウグストス

 約3000年前、現リューエル王国がある「カルニシア大陸」は、人間・魔族・エルフ族・獣人族などがそれぞれ小国を乱立していた時代であった。


 大陸南西部、ある魔族の国の公爵領。そこに男子が生まれ「シュタイン・アウグストス」と名付けられる。シュタインはアウグストス公爵家の三男であった。

 シュタインは1歳の頃から魔法の才能を発露し、5歳になる頃にはオリジナルの魔法を開発するまでになっていた。


 魔法の研究にのめり込んだシュタインは、19歳の時に「老化遅延魔法アサナトス」を生み出す。元々魔族の寿命は250年~300年と長い。だが魔法の研究と開発には十分とは言えなかった。これは魔法のために生み出した魔法と言える。


 シュタインは常に「老化遅延魔法アサナトス」を自身に掛けながら、更に魔法に没頭する。

 幸いにもアウグストス公爵家は裕福で、シュタインには研究用の別棟が与えられていた。彼は殆ど外に出る事もなくそこに引き篭もった。食事は公爵家に勤める侍女が運んでくれていた。

 殆ど誰とも接する事無く、好きなだけ魔法の研究に打ち込めるシュタインは幸せであった。





 ある時シュタインは、長らく食事を摂っていない事に気付く。それまでは侍女が持って来てくれたのだが……。


(おかしいな? 侍女が辞めたのだろうか?)


 シュタインは久しぶりに別棟から外に出た。


「ぐぅ……太陽の光が目に染みる」


 室内の暗さに慣れた目に眩しい光が刺さる。両目の上に右手をかざして目を瞑った。

 別棟の玄関から出た所でしばらく立ち尽くし、ようやく目が開けられるようになったシュタインだったが、そこはまるで見覚えのない場所であった。


「えっ…………?」


 玄関の外に設えた敷石より外側は、腰の高さくらいに雑草が生い茂っている。50メートルほど東に建っている筈の本邸は、所々僅かな石壁を残し、他は草木に埋もれていた。

 別棟の裏側に回ってみると、15歳の時に植えてもらったシマトリネコの幼木が、信じられないくらいの大木へと育っていた。


 シマトリネコの太い枝には、たくさんの小鳥が留まっている。風が吹き、腰まで伸びた草が緑の波のように揺らめいた。


「え“え”―――っ!?」


 シュタインが上げた大声に驚いた小鳥達が一斉に枝から飛び立った。


(一体何が起こった!?)


 自らが引き篭もっていた別棟以外、辺りの様子はすっかり変わっている。本邸はもちろん、亡くなった母が好きだった庭園や何頭も馬を飼っていた厩、使用人が使っていた別棟など何もない。

 上空から様子を確認する為、シュタインは「飛翔フライ」の魔法で飛び上がった。


――シャッ!


「あぶなっ!」


 10メートル程の高さまで上がった時、念の為に展開していた「魔法障壁シールド」に矢が当たって弾いた。しかし、その後も次々に矢が飛んで来る。


(どこからだ? 『探索サーチ』)


 北東に50メートル離れた所に大きな木が2本立っている。その裏側に5つの人影を見付けた。


「おーい! 僕は敵対するつもりはないよ!」


 人影に向かって声を掛けてみるが、お返しに矢が飛んで来た。やがて数本に1本の割合で「威力増大インクリース」の魔法を掛けられた矢が混ざり、障壁に当たって大きな音がするようになった。


(むっ、威力が結構高い。うーん、どうしよう……)


 木の裏から矢を放ってくる5人を単に無力化するだけなら簡単なのだが、情報が欲しいシュタインはなるべく相手を傷付けたくなかった。

 悩んでいる間も絶え間なく矢が飛来する上、攻撃魔法が付与された矢まで混じり始めた。

 付与矢は障壁に当たると轟音を上げて爆発する。


(一人優秀なのがいるな)


 未だ「魔法障壁シールド」が破られる程の威力はなかったが、彼らに応援が駆け付けて人数が増えると面倒だ。

 早めに片を付けよう。


「なるべく弱めに……『麻痺電撃スタンボルト』!」

「「「「「ぎゃっ!」」」」」


 小さく悲鳴が上がり、矢が飛んで来なくなった。「魔法障壁シールド」はそのままにゆっくりと近付く。


 2本の木の裏を覗くと、5人のエルフ族女性が倒れていた。





 シュタインは、美しいエルフの少女から滅茶苦茶睨まれていた。

 睨まれているのは仕方ない。武器を全て取り上げて後ろ手に縛っているのだから。ちなみに他の4人はまだ目を覚ましていない。

 一応、全員に「治癒ヒール」は掛けた。


「ごめんね? でもほら、そっちが先に攻撃してきたんだし」

「宙に浮いている怪しい男が居たら先ず攻撃するべきであろう」


 エルフ少女が言う事も一理ある……あるか?


「いやいやいや! 問答無用で攻撃しちゃダメでしょ!」

「何を生温い事を言っておるのだ? ここはエルフ族の領域で、今は戦時中だぞ。そしてお前はどう見ても魔族ではないか」


 エルフ少女は相変わらず睨んでいる。それでもその15~16歳に見える少女の美しさは溜息が出る程だった。

 長く伸ばした真っ直ぐな髪は明るい金色。前髪は細く整えた眉の上で切り揃えられている。強い意志が宿る瞳は新緑を思わせる明るいグリーン。

 卵型の顔は小さく、顎が少し尖っている。桜色のふっくらした唇は、白磁のようなきめ細かい肌の中で際立ち、年齢にそぐわない色香を感じさせた。

 エルフ族特有の木の葉のように尖った耳は、少女の美しさをより神秘的に魅せている。


「おい、何とか言え!」

「あ、はい。……あの、ちなみに今は何年?」

「…………は?」


 シュタインにとって、ここは魔族の国でアウグストス公爵領である。別棟に引き篭もっている間、気付かぬうちに結構な年数が経ってしまったのだろうか?


(地震や火事で邪魔されるのが嫌だから、別棟には「状態保存ディアトリーシ」の魔法を掛けてたんだよなぁ)


「いや、僕はそこの建物でずっと魔法の研究をしてたんだ。久しぶりに外に出たらすっかり様子が変わっていてさ」


 エルフ少女はアホの子を見る目でシュタインを見つめた。作り話でももっとマシな話が出来ないのか? ここがエルフ族の領域になって、少なくとも150年は経っている。まぁ確かに、あそこの建物は何をしても壊れない「呪われた建物」だと語り継がれているが。


「あー、そうか。先に僕の話をする。僕が生まれたのは北帝歴544年、本格的に引き篭もったのは……たしか19歳の時だから、563年だった」

「なに!? 北帝歴563年だと?」

「うん」

「何を馬鹿な事をっ! 今は1559年だぞ?」

「……え? それって北帝歴で?」

「北帝歴以外に何があると言うのだ?」


 シュタインは、エルフ少女の言葉を聞いて茫然自失した。


(冗談だろ? 引き篭もってから996年も経ったって言うのか? それじゃ父上や兄上達、侍女のメイベルも……もう誰もいない?)


「そんな……千年だと? おかしいじゃないか……僕は食事さえ摂ってないないんだぞ……まさか『老化遅延魔法アサナトス』にそこまでの効果が?」


 シュタインが俯いてブツブツ呟き出し、エルフ少女はそれを訝しげに見ている。


「……じゃあ知ってる人は一人も生きていないのか……」


 その呟きは殆ど消えそうなくらいの声だったが、エルフ少女の耳にはしっかりと届いていた。


「……お前も天涯孤独の身か」

「えっ? ああ、どうやらそうらしい……え、『も』?」

「私もそうだ。先の戦で、私の他は一族がみんな死んだ」

「……そうか……それは……心からお悔やみ申し上げるよ」

「……ありがとう」

「僕はシュタイン。シュタイン・アウグストスだ」

「私はアリーシャだ。アリーシャ・フォルツ・オーランド」


 握手しようとして、アリーシャの手が後ろで縛られている事に気付く。「解くから暴れないでね?」と言いながら、シュタインは拘束を解いた。


 アリーシャの顔からはいつの間にか険が取れ、目には憐みの色が浮かんでいた。握手すると、アリーシャはニッコリと微笑む、シュタインは不覚にもその笑顔に胸が弾んだ。


 これが、後にアウグストス帝国を築くシュタインと、彼が生涯を通して深く愛したアリーシャの出会いであった。

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