第10話 森の奥へ

 咢の森で狩りを始めて1ヵ月。その間、俺とミエラは3日働いて休むという無理のないサイクルを確立し、実働22日で約550万シュエルを稼ぎ出した。

 受付のノエルさん曰く、1ヵ月前に登録したアイアン・クラス、しかも11歳の二人組としては驚異的な稼ぎだそうだ。


 2日目から俺たちはワーウルフとサーベルウフルをターゲットにして来た。じいちゃんの助言を元に、俺も魔法を使用し、効率的な狩りの手法を編み出した。


 まず、森の少し奥に行く道中で遭遇したホーンボアを最低1匹狩る。そして奥に移動したら、ホーンボアを少し解体して肉の一部を餌として放置。しばらく待つとワーウルフ、またはサーベルウルフの群れが餌に釣られてやって来る。

 色々と試した結果、俺が使用する魔法は「氷針アイスニードル」に固定した。これを群れの背後から延髄を狙って放つのだ。


 しかし、最初は全然うまくいかなかった。まず常に動いている獲物のある一点をピンポイントで狙うというのが難しい。そして、そもそもその狙う場所が背中側だから俺から見えないのだ。

 視点を任意の場所に移動させる魔法はあるにはあるのだが、この魔法は使用中に動けないというデメリットがあるし、結構魔力も食う。だから狩りの最中では使い辛い。


 それで、「氷針アイスニードル」を射出する魔法陣を延髄の至近距離に展開するという方法に落ち着いた。何匹も狩っていれば慣れてくるというものである。「氷針アイスニードル」に「加速アクセラ」を重ね掛けする事で威力と射出速度を上げている。

 1ヵ月経った今では、同時に5匹を正確に狩る事が出来るようになった。


 俺が「氷針アイスニードル」を放つ間に、ミエラは矢を3本放つ。ほぼ不意打ちで最大8匹を同時に狩れるのだ。そして仲間を討たれて動揺した獲物に追撃を行えば10匹以上を狩れるという寸法である。


 もちろん、想定以上に群れが大きい場合は乱戦になる事もあるが、魔獣も馬鹿ではないのである程度仲間が討たれると逃走する。そういう場合は無理に後追いしないようにしていた。


 こうして1ヵ月狩りを続けて結果も出していたのだが、思わぬ弊害が生まれた。


「ねぇアロ……こんなに簡単でほんとにいいのかしら……」


 そう。あまりにも簡単にお金を稼げてしまう為、少々疑問が生まれてきたのだ。

効率を追求し過ぎて、狩りではなく「作業」となってしまっている。

 王立学院の入学金を稼ぐ、という目的を達するにはこのままで良いのかも知れないが、全く「冒険」らしくないのである。せっかく冒険者として登録したにも関わらず。


「だよなぁ……俺もそう思う」


 そして、ワーウルフとサーベルウルフをかなりの数狩っているため、買い取り価格の相場が落ちる可能性もあった。


 つまり、この狩りの方法は潮時かも知れない。


「よし、少しずつ奥に行ってみるか」

「賛成!」

「ただし、安全第一。絶対に油断しないように」

「分かってるわよ。アロこそ油断しないようにね!」


 ウルフシリーズを仮卒業した俺達は、咢の森をさらに奥へと向かう。しばらく進むと植生が変化し、明らかに湿気が多くなった。


「なんかジメジメするー」


 土も湿り気を帯びているようだ。水場が近い可能性が高い。


――ギジャァアアア!


 突然、ぬかるんだ地面から魔獣が現れた。土色をした小山のようなカエル型で、目が6つある。


「ヴァトラコスだ、毒を吐くぞ!」

「アロ、一旦退いて!」


 体高3メートルと巨大だが俊敏に動くこいつは、舌だけでなく前足も伸び縮みする。それらを鞭のように使って攻撃する他、口からは猛毒も吐くのだ。


 ミエラは後ろに下がりながら矢を番え、顔の真ん中に向けて放った。目で捉えられない速さの矢を、ヴァトラコスは伸ばした舌で事も無げに払った。


「こいつ、目が良いみたい!」

「ああ、6つもあるからな!」


 くそ、殺すだけなら簡単なんだが……こいつの延髄ってどこだよ!? しかも滅茶苦茶跳ね回るなあ、ちきしょう!


「あーもう、仕方ない! 『重力操作ヴァリティタス』!」


 俺はデカいカエルヴァトラコスを中心に半径30メートルの重力を3倍にした。「重力操作ヴァリティタス」は非常に魔力消費が多い魔法。要するにコスパが悪い。


「ギジジジジ……」


 ヴァトラコスは俺達に向けて口を大きく開き、毒を吐こうとした。


「これでも動けるのか……『氷針アイスニードル』!」


 「重力操作ヴァリティタス」の効果範囲の内側に「氷針アイスニードル」を5つ展開。延髄の正確な場所が分からないので適当に撃つ。

 次の瞬間、ドサッと大きな音を立ててカエルが横倒しになった。


「ふぅ……面倒臭い奴だった」

「ほんとに。私苦手かも、見た目的に」


 まぁそうだよな……全身にイボがあって素手では触りたくない。魔法袋の口を向けて、少し遠い所から収納した。


「ミエラ、どうする? もう少し奥に行ってみる?」

「そうね……一応様子だけでも確かめない?」

「そうだね。じゃあ価値は気にせずどんどん倒してみよう」

「うん……今のカエルだけは避けようね?」

「……いいよ」


 ミエラは余程ヴァトラコスが嫌なようだ。


 更に進むと今度は空気が乾いてきた。幸いにしてあれからカエルには遭遇していない。

 その代わり、岩のような外皮のロックリザード、金属質の外皮を持つメタルリザードと相次いで出くわした。どちらも2メートルを超える巨大なトカゲ型魔獣である。


「かったーい!?」

「剣が折れそう!」


 矢が刺さらず、剣も通らない。


「『灼熱線ヒートレイ』!」


 炎魔法を直径1ミリ程度に集束して放つのが「灼熱線ヒートレイ」。範囲を可能な限り狭める代わりに超高温になる。貫通するのが玉に瑕だ。


「やばばばば!」


 メタルリザードの頭だけでなく、その後ろにあった岩も貫通して背後の木が燃えだした。


「『散水スプリンクル』!」


 初級水魔法で鎮火する。


「もう、アロ! 何やってんのよ!?」

「ごめんごめん、次はもっとうまく加減するから」


 危うく森林火災を起こす所だったので素直に謝っておく。

 そこに突然影が差した。俺はミエラに抱き着いてそのまま思い切り飛ぶ。


――バシュッ!


 さっきまでミエラが立っていた地面が大きく抉れた。


「な、なにっ!?」

「ミエラ、後ろに下がって!」


 俺が倒したメタルリザードを片足で押さえ、俺達を見据えるワイバーンがそこに居た。


「ワ、ワイバーン……」

「大丈夫、ゆっくり下がるんだ」


 体長8メートル、翼長18メートル。赤黒い表皮はメタルリザードを超える硬度を誇る。長い首の先にとげとげしい頭。前腕は翼になっており、後ろ足の鋭い爪と口に並んだ鋸のような牙、長く太い尾を武器にする翼竜だ。


 この色と頭の形から、アムリア種だな。ワイバーンは生息地でいくつかの種に分けられている。この咢の森を超えて遥か先に聳えるアムリア大山脈に生息するワイバーンで間違いないだろう。


 こいつは口から魔力弾を放つ。純粋な魔力を超高圧でぶつけるのが魔力弾。さっき地面が抉れたのはその攻撃だ。


「アロ……」


 俺はミエラを背中に庇いながらゆっくりと距離を取った。ワイバーンは俺達から目を離さない。ようやく身を隠せるくらいの岩の所まで来た。


「ミエラ、ここに隠れて」

「アロ、どうするの……?」

「あいつ、物凄く美味いんだ」

「えっ!?」


 俺は岩陰から一気に飛び出した。そう、アムリア種のワイバーンは滅多にないくらい美味しい。これは前世の知識だけど。前世ではあまりの美味さに乱獲されて絶滅寸前だったのだ。ここで逃すわけにはいかん!!


 俺は右手首に嵌めた「増強エンハンスの腕輪」を外してポケットに入れた。これは身に着けている魔法具の効果を約1.2倍にするもの。

 つまり「減衰ディケイの腕輪」の効果を上げ、俺の能力を約20%に押さえ込む為にこれを着けていた。「減衰ディケイの腕輪」だけでは物足りなくなっていたので、1年以上前から両方着けていたのだ。

 ちなみに「増強エンハンスの腕輪」もじいちゃんの道具箱で見付けた。


 これで俺の能力は約33%まで上がる。ワイバーンごときなら20%のままでも十分だが、出来るだけ可食部を残して倒したい。これが俺の本気だ。


「悪いな。食われるために死んでくれ」


 「身体強化ブースト」「加速アクセラ」を重ね掛けし、ワイバーンに迫る。ワイバーンは俺に向けて魔力弾を放つが、そんな遅い攻撃は当たらない。

 危険を感じたのかその場から飛び立とうとする。後ろ足でしっかりとメタルリザードを掴んだまま。


「それも俺のだ、返してもらうぞ」


 俺は「飛翔フライ」も使ってワイバーンの頭上に飛ぶ。


「『灼熱線ヒートレイ』」


 頭の真上から「灼熱線ヒートレイ」を放つ。それはワイバーンの頭蓋を貫通して地面に穴を穿った。

 さっきよりだいぶ加減出来た。これならミエラに怒られないだろう。


重力操作ヴァリティタス


 ワイバーンをゆっくり地面に降ろす為、重力を弱くしてその体を支えた。


 俺が地面に降り立つとミエラが岩の陰から飛び出し、俺に抱き着いてきた。


「アロ! 大丈夫、怪我してない!?」

「大丈夫だよ。ほら、ワイバーンもちゃんと倒したし」


 魔法袋にワイバーンとメタルリザードを収納しながら答えた。


「もう! 心配させないでよね!」

「あはは……ごめんごめん」


 さりげなく右手首に「増強エンハンスの腕輪」を着ける。


「さて。今日はもう十分じゃない?」

「そ、そうね! 帰りましょう!」

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