第9話 咢の森

「……手応えがないわね」

「初心者向けって言ってたからね」


 俺とミエラは先輩冒険者から教えて貰ったポイントで魔獣を狩っていた。


「あ、また来た」

「はいよ」


――ブモォオオオ!


 額から鋭い角を1本生やした猪型の魔獣「ホーンボア」。体長2メートル、体重300キロ以上で真っ黒な体毛に覆われている。突進力は凄まじく、大木もへし折る程だ。

 だが、如何せん攻撃が直線的過ぎる。


――ブスッ!


 こちらに引き付けたら横に飛んで突進を避け、同時に延髄に剣の切っ先を突き入れる。それでホーンボアは絶命し、突進の勢いのまま地面を滑って岩や木に当たって止まる。


「これで何匹目だっけ?」

「えーっと、12匹目だと思うわ」

「こいつらばっかりだね」

「うん。ちょっと飽きた」


 12匹目のホーンボアを魔法袋に入れながらお互いに愚痴を言い合う。


 わざわざ延髄を攻撃しているのは、なるべく素材に傷を付けない為だ。その方が高く売れるから。

 ミエラが攻撃する時は、角の下、両目の間に矢を突き刺している。


 ミエラは弓を射る時、矢に風属性の魔法「威力増大インクリース」を掛けている。強く掛けると矢がホーンボアの頭を貫通するくらい強力だ。


「もう少し奥まで行ってみる?」

「そうね」


 マルフ村に近い森で1年近くの間、じいちゃん監督の下、魔物や魔獣を狩っていた俺達にとって、この初心者向けポイントはあまりにも手応えが無さ過ぎた。


 森の奥に向かうと、出て来る魔獣に変化が現れた。50センチ近い牙を生やしたサーベルウルフ、二足歩行のワーウルフ。共に体長2メートルを超えており、群れを成して襲ってくる。


「サーベル来たよ!」

「りょーかい!」


 ワーウルフ5匹を相手にしている途中、サーベルウルフ10匹が乱入して来た。ワーウルフは跳躍して前足の爪を振るってくる。力の流れに逆らわず、爪を右下に往なしてすかさず顎の下から脳天に向けて剣を突き刺す。


 俺の背後から飛び掛かって来たサーベルウルフの眉間にミエラの矢が突き刺さる。


「サンキュ!」

「任せて!」


 ミエラは木の枝から枝へと飛び移りながら、的確に1匹ずつ魔獣を倒していく。ミエラが居る木に登ろうとしていたワーウルフの首に剣を突き刺して倒し、左右から駆け寄って来たサーベルに対しては俺の方から左の奴に踏み込む。

 首を横から突き刺し、遅れて来た右の奴には予備の短剣を投擲した。不利を悟った魔獣が数匹、森の奥に逃げて行く。そのうちの1匹は、背後からミエラが撃ち抜いた。


 5分程の戦闘で、ワーウルフ3匹、サーベルウルフ6匹を倒した。二人だけの戦果としてはまあまあじゃないだろうか。


「ふぅ。この辺まで来ると群れが面倒だね」


 木の枝から身軽に飛び降りて来たミエラが言う。


「そうだなぁ。なるべく傷を付けないように殺すのが面倒だよ」


 俺も同意する。ただ殺すだけならもっと楽なのだが、なるべく高値で売れるよう気を遣わないとならないのが面倒臭い。剣だと刺突がメインになるし。


「どのくらいまでの傷が許容範囲か、ギルドで聞いてみよう」

「そうね、それが良いと思う」

「今日はこれくらいで帰ろうか」

「うん!」


 倒した獲物を魔法袋に入れながら話して、今日は帰る事にした。





「坊主達、二人でこんなに倒したのか!?」


 冒険者ギルドに併設された解体場。そこで今日の獲物を魔法袋から取り出すと驚かれた。帰り道にも少し倒したので、ホーンボア15匹、ワーウルフ4匹、サーベルウルフ8匹になった。


「しかも殆ど傷がねぇ……他の冒険者にも見習って欲しいくらいだよ」


 解体場のおじさんはガストンさん。30代半ばくらいで筋肉隆々の男性だ。ガストンさんが褒めてくれたので、面倒臭い思いも報われたような気がする。


「査定が終わるまでギルドの方で待っててくれ!」

「よろしくお願いします」

「…………お願いします」


 ギルドに置かれたテーブルでしばらく待っていると、受付から名を呼ばれた。昨日マスターに取り次いでくれた女の人だ。この人はノエルさんと言う。


「アロくん、ミエラさん。解体場からの査定が出ましたので素材の買い取り金をお渡ししますね」


 そう言ってノエルさんから明細を渡された。ホーンボアが8千×15、ワーウルフとサーベルウルフは1万5千×12、合計で30万シュエル。


「ガストンさんが凄く喜んでましたよ! 倒し方が綺麗だから、全部最高値ですって。この調子で無理せず頑張ってくださいね!」

「「ありがとうございます」」


 礼を言ってギルドを出ると、空が茜色に染まっていた。


「腹減ったなぁ」

「ほんと、お腹空いたぁ」


 俺とミエラはじいちゃんと一緒に泊っている宿に帰るのだった。





 宿の1階で食事をしながら、じいちゃんに今日の事を話した。一応、ガストンさんにはどれくらいの傷までが許容範囲か聞いたが、「このまま頑張ってくれ」と言われてしまった。


「アロ、お前は多少の魔法も使えるじゃろ?」

「……バレてた?」

「当たり前じゃ。何年一緒に居ると思っとるんじゃ」


 俺はじいちゃんとミエラの前では極力魔法を使わないようにしていた。意図的に隠していた訳じゃないのだが、あまり強力な魔法を使うと国に目を付けられると聞いたからだ。


「土系統や氷系統が使えるなら、それを矢に見立てて放つのはどうじゃ?」


 じいちゃんが言ってるのは「岩礫ロックバレット」や「氷針アイスニードル」の事だろう。炎系統は素材が燃えるから論外、風系統も対象を派手に切り刻むからなぁ……。


「魔法で倒すとギルドで目立たないかしら?」

「ミエラ、お主達はもう十分目立っとるぞ」

「え、そうなの!?」


 ミエラが「ガーン!」とショックを受けた顔になる。


「まぁ、まだ11歳で二人組だし、じいちゃんが後見人って噂も広がってるみたいだし。仕方ないよねぇ……」


 ミエラは人見知りなので目立つのを嫌がっている。小柄なハーフエルフで顔も整ってるから、俺から見てもかなりの美少女である。そのせいで色んな人から視線を向けられたり、話し掛けられたりするのが苦痛なんだそうだ。


「アロぉ……」

「まぁアレだ。ミエラは可愛いんだから諦めなよ。何かあっても俺が守るから」

「かわっ…………分かった」


 ミエラが何だか顔を赤くして俯いてしまった。いや、家族なんだから守るのは当然だと思う……当然だよね?


「ミエラは自分の身くらい自分で守れると思うがの」

「確かにそうだね」

「ちょっと! そこはアロが守ってくれてもいいじゃないっ!」


 ミエラが頬を膨らませて俺の頭をポカポカ叩く。


「分かった、分かったから! ちゃんと守るから!」

「もう、約束だからね?」

「うん、約束する」


 もちろん、言われなくても絶対守るさ。


 俺達の目標は王立学院の入学金二人分、2000万シュエルを10カ月で貯める事。その為に、生活費や休日なども考慮して1日20万シュエル稼げばいい。今日くらいの戦闘で30万シュエル稼げるなら難しい目標ではないだろう。


 俺とミエラ、じいちゃんの3人でそれを再確認した。明日、じいちゃんは住む家を決めて来るらしい。いつまでも宿に泊まるのはもったいないもんな。俺とミエラは今日と同じく咢の森に行く予定だ。


 食事の後は風呂に入り、その日は早めに眠った。

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