第8話 ベイトンの街
「それで、ルフトハンザ様がその子達の後見人になると?」
「そういう事じゃ」
「しょ、少々お待ちください。一度マスターに聞いてきますので」
ここはベイトンの冒険者ギルド。受付カウンターの中にいた女の人が、何やら慌てた様子で上階に駆け上がって行った。
マルフ村を出て歩いて3日目。俺達はようやくベイトンの街に着いた。リューエル王国北部で有数の街と言われているベイトンは、さすがに大きい。人も滅茶苦茶多い。
北門から真っ直ぐの大通り沿いに、この冒険者ギルドはあった。石造りの3階建て、入口に竜を象った看板が掛かっていた。まだ昼前だったので、先に冒険者登録を済ませようとここへやって来たのだ。
人の数は疎らだった。奥が食堂兼酒場になっていて、そこで昼間から酒を飲んでいる中年冒険者が3人ほど居るだけだ。彼らは物珍しそうな視線を俺達に向けたが、すぐに興味を失ったようだった。
「マスターがお会いになりたいそうです。一緒に来ていただけますか?」
さっきの女の人に付いて上階に向かう。マスターとやらが居る部屋は3階にあった。
「マスター、お連れしました」
「おう、入ってくれ」
中に入ると、じいちゃんと同じくらいの歳で、じいちゃんより体の大きな禿頭の男に出迎えられた。左のこめかみから顎まで大きな傷がある。
「ハンザ! まだ生きておったか」
「ヴィン、お主もな」
前からの知り合いだったようで、二人はガッチリと握手を交わした。
「それで、その二人が?」
「ああ、そうだ」
「はじめまして、アロです」
「…………ミエラ」
ミエラは借りて来た猫のように大人しい。人見知りが発動したようだ。
「おう。俺はヴィンセント・ランドルフ。このギルドのマスターをやってる」
「じいちゃん、知り合いなの?」
「そうじゃ。儂が勇者を務めていた時の仲間じゃよ」
「ああ、俺は
じいちゃんの元仲間なら70代くらいか? 全然そうは見えない。せいぜい60歳くらい。じいちゃんといいヴィンセントさんといい、元気過ぎるお年寄りだ。いや、お年寄りなんて言ったらぶん殴られそうだけど。
「ハンザが後見人になるなら問題はないが……冒険者は危険だ。怪我しても死んでも自己責任。それは分かってるな?」
「「はい」」
俺とミエラは揃って返事をした。
「それで? この二人は
「ああ、アロは幼い頃から儂が教えたし、ミエラの弓は一流と言って良い」
「ほう」
「二人にグランウルフの姓を名乗らせる」
「そこまでか?」
「いや、それ以上じゃ」
じいちゃんの言葉を聞いて、ヴィンセントさんは俺とミエラを値踏みするような視線を向けて来た。
「お前がそこまで言うならまあいい。だが特別扱いは出来ねぇぞ? 他の冒険者と同じ『アイアン』からスタートだ」
じいちゃんから聞いた話では、冒険者には「等級」がある。下から順に「アイアン」「カッパー」「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」「ミスリル」「オリハルコン」の7つ。
勇者時代のじいちゃんは「オリハルコン」クラスだったらしい。引退した現在は「プラチナ」クラスで、名誉職のようなものだそうだ。
「依頼は受けずに『素材』で稼ぐつもりじゃ」
「ほんとかよ? より危険……ってそんな事は十分承知だな」
「それでも問題ないと儂は思っとる」
ギルドには様々な「依頼」があるが、受けられる依頼は等級によって制限があり、当然下の等級の依頼は報酬が低い。
じいちゃんの言う「素材」とは、魔物や魔獣のことだ。これらを討伐する「依頼」ももちろんあるが、依頼以外で魔物や魔獣を狩ってはいけないという事はない。偶然遭遇する事だってあるからだ。
そして「素材」はアイアン・クラスが受けられる依頼とは比較にならないほど金になる。
ちなみに、「魔物」とは普通の動物が狂暴化・巨大化した生物だ。発生原因は定かではないが、動物は持たない「魔力」を有している。魔力が溜まって出来た「魔晶石」が体内にあるのが特徴。
そして「魔獣」とは、魔物が更に強くなった生物である。元の動物とは体の形態も大きく変わる。
前に森で戦ったダークウルフは魔物、エクシベアは魔獣だ。一般的に、強い魔物や魔獣ほど金になると言われている。
「まぁここの管轄には『
ヴィンセントさんが俺達に釘を刺すが、これは親心のようなものだろう。
「はい、決して無理はしません」
「…………(はい)」
ミエラはまだヴィンセントさんに慣れていないので返事が滅茶苦茶小さい。でも話自体はちゃんと理解している。
それから少しの間、じいちゃんはヴィンセントさんに昔の仲間の近況を聞いたりして、その間に最初に案内してくれた女の人が俺とミエラの冒険者タグを作ってくれていた。タグは四隅を丸めた長方形で、5×2センチの薄い鉄製。冒険者ギルドの魔法具で、そこに俺達の情報が書き込まれている。
『アロ・グランウルフ 11歳 アイアン』
『ミエラ・グランウルフ 11歳 アイアン』
紐を通すための穴が開いており、俺達はそれを首から下げた。
表面的に見えている情報以外はギルドに保管されていて、それは本人か閲覧申請して許可を得た人以外見る事が出来ない。
ギルドが保管する情報とは、出身地、現在の居住地、依頼受注件数と成功率など。俺達の場合、後見人のじいちゃんの事も含まれる。
冒険者ギルドで用事を済ませた俺達は、家が決まるまで寝泊まりする為の宿を探しに行くのだった。
翌朝。俺とミエラは早速「咢の森」へと向かった。
ベイトンから東に1時間ほど歩くと、その鬱蒼とした森が見えて来た。
「ねえアロ。あれが咢の森?」
「その筈だよ。ほら、他の冒険者もいる」
俺は冒険者ギルドで買った地図に目を落とし、森を見ながら答えた。
咢の森は周辺に比べて魔力が多いので、強力な魔獣が棲息しているという話だ。魔獣は森の魔力も糧にしている為、滅多に森の外には出て来ない。
だが数が増えすぎると一定数が森から出て危険を及ぼす。そうなる前に、冒険者達が魔獣を狩って数を減らす訳だ。
魔獣は取れる素材が多い。皮や肉、爪、牙、骨、血液、そして魔晶石。もちろん魔獣によって買い取って貰える素材や金額は異なるが、一般的に強い魔獣ほど高額になる。
「おーい! 君達は二人だけで咢の森に入るのかい?」
森の手前で、冒険者の男性が声を掛けて来た。
「はい、そのつもりです」
「…………」
ミエラが俺の後ろに隠れた。相変わらずの人見知りだ。
「もしかして、元勇者様が後見人になった子って君達?」
「ルフトハンザじいちゃんがその元勇者様なら、そうですね」
男性の後ろに来た女性の問いに答えた。って言うか、何でこの人達は後見人の事とか知ってるんだろう?
「ああ、ギルドで噂になってるのよ。あの伝説の勇者、グランウルフ様が後見人になったって!」
じいちゃん、伝説の勇者……なのか? ちょっと強い普通のじいちゃんだけどな。いや、じいちゃんになっても馬鹿みたいに強いか。
この人達は「アクリエム」っていう5人組のパーティで、シルバー・ランク。ギルドで依頼を受けながら、たまに咢の森で狩りを行っているそうだ。
「今日初めて来たんだろ? それならこの辺がお勧めだよ」
地図を見ながら、初心者にお勧めの狩場を教えてくれる。そこで遭遇する魔獣の事や注意点等も話してくれた。とても親切な人達だ。
「じゃあ気を付けてね!」
「ありがとうございます!」
「……ありがとう」
ミエラも最後にはお礼が言えた。初めて出会った他の冒険者さんがアクリエムの人達で良かった。
彼らが森に入って行く背中を見送って、俺達はお勧めポイントを目指して少し南に向かった。
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