第3話 アロ

SIDE:アロ


 色々と判明した衝撃の事実。俺の母様は王女様で、会った事すらないクソ親父は魔王らしい。そして助けてくれたじいちゃんは元勇者。


 何と言うか……もっと普通の村人の子とかに転生すれば良かったのに。生まれた時から命の危険に晒されるようなスリルは求めていないんだが。


 昨日俺が眠っている間に腕輪を嵌められていた。じいさんは「髪の色が変わった」とか言っていたが、この腕輪はそれが目的じゃない。

 これは「減衰ディケイの腕輪」の試作品だ。これを着けていると、魔法の威力と身体能力が本来の3分の1に低下する。副作用として髪の色が変わるという失敗作である。


 何故そんな事を俺が知っているかと言うと、これは俺が前世で作ったものだからだ。


 もっと成長したら、じいさんがこれをどこで手に入れたか聞いてみよう。入手経路を辿って宮殿パレスの一つを見つけられるかも知れない。

 前世で転生術を行使する前に、数年かけて武器や防具、魔法具を世界各地に隠した。俺が使っていたそれらは非常に危険な物が多かったからだ。使い方を間違えれば世界を滅ぼしかねない代物もある。


 俺の転生が理論通りならば、今のこの世界は前世の1500年後の筈。一か所でも宮殿パレスが見つかれば、そこから他の宮殿パレスを見つけるのはそう難しくない。出来るだけ早く武器類を回収したい。


 あと大切なのは、母様を守る事だな。前世では母の温もりというものに縁がなかった。今世ではせっかく超美人さんが母様になってくれたんだ。守らなければ魔王の名が廃る。


 ああ、魔王と言えばクソ親父だな。これは相手の出方次第だが、これ以上母様と俺に危害を加えようとするなら問答無用で滅してやる。


 とは言え俺はまだ赤ん坊だ。多少の魔法は使えても現魔王に敵うとは思えない。元勇者が面倒をみてくれるというのは僥倖だろう。勇者の技を教えてもらえれば、転生した本来の目的に大きく寄与する可能性がある。


 それにしてもあの元勇者じじい……俺の母様に変な気を起こしてないよな? 母様に手出ししようとしたら「原初の炎オリジン・フレイム」で焼くぞ? 俺は警告の意味を込めて戻って来たハンザをキッ! と睨み付けた。


「おっ? アロどうした、うんこか?」


 うんこじゃねーよ! 焼くぞ!?


「ハンザ様、違うみたいです」


 母様! その綺麗な顔をおしめに押し付けて臭い嗅がないで! 恥ずかしいから!


 とにかく、こうして俺と母様、ハンザじいさんによる3人の生活が始まった。





「アロ、はいバンザーイ」

「あい!」

「フフッ。アロはいい子ね」


 母様が俺を着替えさせてくれている。俺は出来るだけ母様の負担が減るように言われた通りにするだけ。まだ一人で着替え出来ないのだ。全く情けない限りである。


 マルフ村で暮らし始めて10カ月が経った。その間、少しずつではあるが分かってきた事がある。


 まず人間の事。ハンザじいさんのように、人間でも魔法を使える者が結構いるみたいだ。前世では俺の知る限り殆どいなかった。この1500年の間で人間が使えるように様々な工夫がされたのだろう。ただし攻撃魔法を使える者はまだまだ少ないようだ。

 これは恐らく体内に保有する魔力が関係している。人間のように魔力が少ないと、どうしても魔法としての出力が小さくなる。魔力操作という技術があって、それを体得した者が魔法を使えるらしい。


 そして魔族の事。ハンザじいさんが勇者としてバリバリ第一線で戦っていた頃、つまり30年ほど前までは、人間と魔族の間で争いが絶えなかった。ハンザじいさんとその仲間達が当時の魔王と戦い、激闘の末魔王軍を退けてから、魔族は魔族領からあまり出て来なくなったらしい。


 因みに今の魔王、つまり俺の血縁上の父親クソ親父は代替わりした魔王のようだ。


 母様の事も色々分かった。母様は俺を産んだ時19歳。この前20歳の誕生日を迎えた。母様はいつも優しいし、若くて可愛くて綺麗だ。俺を風呂に入れるために一緒に入浴してくれる時間が何より至福である。細いのに意外とおっぱいが大きい。


 いや違う、こんな事を言いたかった訳ではない。リューエル王国の第三王女である母様の事を、国王はどうやらまだ探し続けているようなのだ。護衛の騎士達は全滅したので魔族に攫われた事は伝わっていない。村を時折訪れる行商人の話では、様々な村や町を訪れる行商人に似顔絵を配り、目撃情報を募っているのだとか。


 幸い母様はマルフ村に来る行商人とは顔を合わせていない。しかし村人達は母様を見ている。元勇者で村の安全を担っているハンザじいさんに配慮して何も言わないだけだ。いつか誰かが口を滑らせてもおかしくない。


「もし王国に見つかったらシャルはどうするつもりだ?」

「その時は……記憶を失っていたフリをします。ですが、戻らない訳にはいかないでしょう。もしそうなったら、私が迎えに来るまでアロのことをお願いします」

「分かった。任せておけ」


 ある夜、母様とハンザじいさんはそんな話をしていた。俺を連れて王都に戻るという選択肢はない。出自がバレたら、俺は処刑される可能性が高いからだ。


 母様と引き離される――そんな日は来ないで欲しいと思う。その夜、俺はいつもより母様に甘えるようにくっついて眠ったのだった。





 俺は2歳になった。


「じいじ! お水!」

「おー。アロ、ありがとな」


 じいちゃんがゴツゴツした手で俺の頭を撫でる。


「母様も! お水!」

「アロ、いつもありがとうね」


 母様の、昔より少し固くなった手が俺の頭を撫でる。


 午前中、日課の畑仕事を終えた二人に水を持って来た。最近はだいぶ喋れるようになったし、走り回ったりも出来る。


 俺と母様はこの2年でだいぶ村に受け入れられた。まだまだ若くて可愛くて綺麗な母様は、村の若い男達から憧れと欲望の入り混じった目で見られる。手を出そうもんなら俺の『原初の炎オリジン・フレイム』が炸裂するところだが、皆じいちゃんを恐れて二の足を踏んでいた。そのまま永遠に大人しくしていてくれ。


 母様が作ってくれる昼飯を食べた後は、じいちゃんから教わった魔力操作の訓練だ。腕輪の効果で魔力と身体能力が3分の1に抑えられているが、赤ん坊の頃からずっと着けているので今ではそれが当たり前になっている。かけっこしても、同じくらいの歳の子に負けないくらいに走れた。


「む、むうー」

「あら、アロ。また訓練してるの?」

「いましゅーちゅーしてる」

「あらあら、ごめんなさい」


 家の中で縫物をしている母様の横で、魔力操作に勤しむ。じいちゃんは日課のパトロールのため森に行っていた。


 この魔力操作、前世では全く意識した事がないのだが、やってみるとかなり難しい。と同時に、前世では魔力をどれほど無駄にしていたのかが分かる。

 血液と同じように全身を巡る魔力。その流れを意識しコントロールするのだ。魔力の流れは分かるのだが、それをコントロールするのが困難。


 元々、少ない魔力でも効率よく魔法を発現するために生まれた魔力操作。それを俺のような桁外れの魔力を持つ者がマスターしたら……。その結果を想像するとニヤニヤしてしまう。


「アロ? 顔がにやけてるわよ?」

「!? しゅ、しゅーちゅーしゅーちゅー」


 母様は縫物のために手元を見ている筈なのに、何故にやけてるのが分かった? これが母の特殊能力か。解せぬ。


 こうして陽が傾くまで魔力操作の訓練を続け、じいちゃんが帰って来たら夕飯だ。そして母様と一緒に風呂に入ったあと眠りに就く。


 そんな穏やかな日々がずっと続くと俺は思っていた。

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