第20話 魔法の秘密
レッドは感心したような顔になる。
「キャズ。それじゃあ、実際に魔法を使ってみてくれ」
「陛下。さすがにそれは」
魔法士長ジャネットさんが止めに入った。
「もし、これがすべて詐術で、陛下を害するための壮大な計画だった場合取り返しがつかないことになります」
「いや、さすがにそれはない。あまりに偶然の要素が多すぎる。それに心配なら防御のための魔法を使えばいい」
ジャネットさんは杖を構えなおすと呪文を唱える。
唱え終わると誇らしげな顔になった。
「我々は今、魔法の莢に包まれています。この魔法はなかなかに強力ですからご安心ください」
レッドは私に魔法を使うように再度促す。
そんなこと言われましても。
ブリ虫を呼び出して這いずり回らせるのを見られるのは、なんと言うか美しくないし、引かれそうな気がする。
虫を呼び出せばいいのよね。
そうだ。こうしよう。
中庭で目撃した瑠璃色の翅を持つ蝶を想像した。
目の前にふわりと羽ばたく蝶は私の命ずるとおり頭上を一回転した後、伸ばした右手の指に止まって翅を休ませる。
これなら傍目にも見苦しくないはず。
美少年の指に止まる蝶。絵画になってもおかしくないんじゃないかな。
イリーナさんが声をかけてくる。
「虫ならなんでも呼び出せるの?」
「まあ、私の見たことがあるものなら」
そこへ、レッドが声をあげた。
「あの日、酒場の屋外の席で飛んでいたトンボは、君が呼び出したものだったのか!」
記憶力がいいな。
「まあ、そうです」
「それで、あんな場所なのに蠅や蚊が居なかったんだな。何かがおかしいと思ってたんだ。その謎が解けたよ」
緩い空気を察して魔法士長ジャネットさんが魔法を解除する。
結構消耗した顔をしていた。やはり相当強力な魔法なのかもしれない。
イリーナさんが質問してくる。
「あなたは常に虫に指示を命じてなければいけないの? 普通に会話ができているようだけど」
「んー。なんか大雑把な命令でも大丈夫みたいです」
蝶が花瓶の花に惹かれているのを感じて、蜜を吸いにいってよいと許可を出した。
ひらひらと飛んで窓際に飛んでいくと花に取りつき蜜を吸いだす。
それを見届けるとイリーナさんが両手を組んで祈り始めた。
目を開くと一人何かに納得している。
レッドが問いかけた。
「何か分かったのですか?」
「ええ。この昆虫を召喚する魔法については、以前から疑問に思っていたんです。使用する魔力の大きさや習得する困難さの割に、その効果は昆虫を呼び出すという労力に見合わない内容です」
あれ? 結構貶されてる?
「でも、キャズさんが実際に使っている状態で魔力検知をして分かりました。今、キャズさんには蝶から魔力がごくわずかですが供給されています。昆虫が摂取したものが魔力になり、召喚者に還元されるのですね。結果的に使用魔力が少なくて済みます。場合によっては使用した魔力の全量回復もできるかもしれません」
ジャネットさんが関心を示す。
「それは興味深いですね」
「そうですね。魔法を使う者にとっては垂涎の内容でしょう。この仕掛けが解明できたのもキャズさんのお陰です」
えへ。お礼を言われちゃった。
これでお小言は無しに済みそうかな?
イリーナさんの声の調子が変わった。
「でも、あまり頻繁に限度を超えて暗黒魔法を使わない方がいいですね。邪神の力を行使するということは、それだけ結びつきが強くなる可能性が高いですから。それで、キャズさん。あなたの信仰する神様はどなたなのですか?」
「とりあえず、あの蝶を元に戻していいですか?」
了承がもらえたので開放する。
「えーと、正直に言っても大丈夫ですか? つまり、ヴォーダン神じゃないんですけど」
「ええ、もちろんよ。そうね、理由を説明しないと不安になるわね。あなたが信じる神様との結びつきを強めておけば、邪神からの干渉をはねのける力になると考えたの。具体的にはあなたの信じる神様の神殿にお参りするといいと考えたのよ」
そういうことか。でも、ちょっと言いにくいんだけどな。
三人の視線が私に集中する。
きっと全員ヴォーダン神の信者なのだろう。
私は仕方なく口を開いた。
「僕は、以前の生活ではショーテラル神を信じていました。まあ、今でもそうなるのかな」
ショーテラル神は商売と弁舌を司っている。だから、商人が合議制で運営するルフト同盟では比較的信者が多い。
ただ、嘘をつくのは良くないが、すべてを正直に話す必要はない、という教えは公正と高潔を司るヴォーダン神の教えとは相性が良くなかった。
様子を窺うが三人は別に感情を害した様子はない。
まあ、私がルフト同盟出身なのも知っているはずなので、想定の範囲内ということなのだろう。
レッドが口を開いた。
「我が国内にはショーテラル神の大きな神殿はないな。やはり、となると、ルフト同盟か、自由都市アヴァロニアまで行くしかあるまい」
「あの~。ルフト同盟だと僕の素性に気づく人がいるかもしれないよ」
「まあ、そうだな。ただ、アヴァロニアも先日の件がある」
ですよね。
そこへ部屋の扉が強く叩かれる。
「陛下。急ぎのご連絡です」
レッドは私の方をちょっと見てから返事をした。
「入れ」
開いた扉から総騎士団長の逞しい体が姿を見せ、レッドに向かって片膝をつく。
「お取込み中のところ申し訳ありません。タンダール王国内を探っていた者からの報告です。半年ほど前に邪教徒が高位神官を拉致、魔神を復活させようとしましたが、かの国の聖騎士により阻止された事件があったとのこと。表沙汰にはされていませんが間違いない情報のようです。国務卿ジーレン殿のお考えでは、邪神の骨の持ち主が見つからないので、眷属である魔神を復活させようとしたのではないかと推測されています」
顔をあげ私をちらりと見た総騎士団長は、これで少しはお前も真剣に危機感を感じろとその目で告げていた。
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