第21話 黄金の林檎の木
総騎士団長が去り、魔法士長も席を外すと、何とも言えない重い空気が流れる。
そりゃそうだよねえ。
邪教徒が本気だということ、今も活発に活動しているってことが分かっちゃったもんね。
誰かさんの存在が明らかになったら、総力をあげて手に入れようとするだろうな。
私は雰囲気を良くしようと明るい声を出す。
「まあ、魔神の復活を阻止できて良かった。さすが聖騎士。シルフィーユさんと結婚しているサイモンさんとは別人なんですよね。こっちの聖騎士もいい男なのかな?」
「かなり年上だし、こっちも既婚者だ」
レッドが平板な声を出した。イリーナさんが天井を仰ぐ。
おっと、話題選びに失敗したらしい。
「とりあえず邪教徒も大勢捕まったみたいだし、これで勢いを失うんじゃない?」
言いながら自分でも楽観的すぎるとは思った。
すぐにレッドに否定される。
「世情が不安だからな。邪教徒の信者が増えているという報告もある。今回の件は自暴自棄になったというよりも、ある程度の勢力を蓄えた結果とみるべきだろう。これで壊滅したなどとは思えないな」
いやあ、レッドは本当に真面目だな。
まあ、王様だから当然か。
重責を果たそうと真剣に思考を巡らす姿もカッコいい。
イリーナさんが私の様子を窺い我が意を得たりという顔をする。
やめて。余計なことは言わなくていいから。
実際にイリーナさんが口に出したのは別のことだった。
「キャズさんにどこの神殿に行ってもらうかはまた別途考えましょう。事前に先方の都合の確認も必要ですから。それよりも陛下、あの件の解決をキャズさんにお願いしては? ここ数日間悩まれている黄金の林檎の問題が解決しそうですけど」
イリーナさんの提案にレッドの顔が明るくなる。
「ああ、なるほど。それは助かるな。しかし……」
「悪いんだけど、僕抜きで話を勝手に進めないで欲しいな」
やべ。つい口に出しちゃった。
相手は王様と高司祭様。しかも、すっかり忘れていたけど、私が暗黒魔法を使えるのを隠していたのを追及している最中だったよ。
私の心配に反して、レッドはすまないと軽く詫びた。
「実は城の中に一本の林檎の木がある。この城ができた頃から毎年黄金色の実をつけていて、いわば豊穣のシンボルみたいになっているんだ。その実を結ぶにはある蜂が花粉を運ぶ必要があるんだが、その蜂が今年は寄りつかなくて困っていたんだ。まあ、人の手で受粉させられないこともないんだが、それを見られると有難みが薄れるんでね」
「あ、僕にその蜂を召喚しろってのね。うん、いいよ。あ、でも、その蜂のことを知ってるかなあ?」
私が快諾したのにレッドは渋い顔をしている。
「キャズ、先程の話を理解してないのか? あまり暗黒魔法を多用しない方がいい」
「でも、困ってるんでしょ? ちょっとだけならへーきへーき」
レッドが視線を送ったイリーナさんはにこにこしていた。
「陛下。ご心配はもっともです。ただ、私もキャズさんに危険が及ぶようなことは申し上げません。現場には私も立ち会って、過度の負担がかからないように注意しますから」
「高司祭殿がそういうなら……」
「ではでは、まずは僕がその蜂を召喚できるか確認するところから始めようじゃないか。今日は雨なので、本番は天気のいい日ということで」
張り切る私にレッドが疑わし気な目を向ける。
「何でそんなに積極的なんだ?」
「いやあ、僕の使う暗黒魔法も使い方次第ってことを証明できるかなって」
「君が魔法を使えることを隠していたことを帳消しにはしないからな」
「えー。なんでだよ。こういうのって話すきっかけとかタイミングがないと口にしにくいだろ」
「隠し事をされていたことが嫌なんだよ」
それはお互い様じゃん。
イリーナさんが割って入った。
「陛下。その点についてはもうこれぐらいにしておきましょう。過去は変えられないのですから。今後、何か新たに隠し事がなければいいのです」
「まあ、仕方ないな。おっと、残念だが執務に戻らないと、ジーレンの眉間のしわが酷いことになりそうだ。キャズ、それじゃあ、黄金の林檎の件頼んだよ」
「僕に任せておきなって」
イリーナさんの案内で部屋を移動し、蜂のスケッチをみせてもらう。
なかなかに上手な絵だった。
「ああ。ツツハナバチですね。小っちゃくて丸っこい。これなら僕にも分かります。しかし、上手く特徴をとらえた絵ですね。王家お抱えの肖像画家あたりが書いたのですか?」
「違うわ。一体誰が書いたんだと思う?」
こうやって聞いてくる以上は私の知った人物なのだろう。
わざわざ質問するということとイリーナさんの表情からすると……。
「レッドですか?」
「そう正解よ。さすがに興味を持った相手のことはよく分かってるわね」
「いえ、イリーナさんの態度から推測しただけです。ちなみに、本当にレッドには余計なことを言ってないですよね?」
「余計なことって何かしら?」
あー、ムカつく。
しゃべれないようにしてやりたい。
イリーナさんの唇が膠でくっついて離れなくなった姿を想像する。
すっとイリーナさんが動いたと思うと鳩尾に掌底が打ち込まれていた。
一瞬呼吸ができなくなり、私はかくんとそのまま床にへたり込む。
笑みを浮かべたままイリーナさんが腰を屈めると、右手の人差し指を伸ばして横に振った。
「もう。いきなり口を塞ごうなんて悪い子ね。私には効かなかったからいいけど、他の人にやったらだめよ」
私はお尻を床につけたままイリーナさんを見上げる。
「あ、ひょっとして私、無意識に暗黒魔法を使おうとしてました?」
「ええ。しゃべれなくする魔法だったわ。私の魔法抵抗を破れなかったけど」
我ながら自分のやったことが恐ろしい。
私は平謝りに謝り、許してもらうことにした。
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